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社会人編

〜志奈子・5〜

「どういう事なんだ?」
月曜日の朝早く、今から行くからとメールが入っていた。返事をする前に部屋の呼び鈴が鳴り、ドアを開けると怒った顔の日高先生が立っていた。ほとんど眠れていなかったから対応出来たものの、時計を見るとまだ7時にもなっていない。おそらく、深夜に送ったわたしのメールを見て、納得出来ずにこうやって朝から訪ねてきたのだろう。
「ごめんなさい……メールの文面通りです」
「そんなんじゃ納得いかない!ずっと心配してたんだぞ?なのに……」
たった数行のメールで全てを終えようとしたわたしに腹を立てるのは当たり前で、納得出来る物じゃないと思う。
<今日はごめんなさい。だけど、これ以上日高先生の好意に甘えることは出来ません。これからは同僚としてやり直させてください。>
これだけでは伝わらないのはよく判っている。だけど……どう話せばいいのか、昨日のわたしには考えることが出来なかった。
悪いのは全部自分で、日高先生は悪くない……甲斐くんだって、わたしが無理に迫らなければそのまま帰ったはずなのだから。氷室さんを裏切らせるようなことをしたのはわたし。甲斐くんを忘れられなかった自分が悪いのだ。だから幾らなじられてもしょうがない……
「理由が聞きたいんだ、ちゃんと話してくれないか?」
「今……ですか?」
「すぐに話せないようなことなのか?」
「はい……」
今、そんな話しをして、一日素知らぬ顔で授業が出来るほど厚顔ではない。後悔してはいないけれども、人として恥ずべき行為だということは自覚している。付き合っている人がいながら、子供も出来てもうすぐ結婚するという人と一晩中抱き合っていたのだから。
「それじゃ今夜、ちゃんと話そう。もう一度ここに来ていいのか?」
「……はい」
そういえば、この部屋に彼を入れたことすらなかった……いつも車から降りるところまでしか送ってもらわなかった。部屋へ誘ったこともなかった。それがわたしの気持ちだったのだろうか?
学校まで送って行くと言われたけれども、それは拒否した。これ以上一緒にいて、噂が立ったら彼に迷惑をかけてしまうから。
わたしは怒ったまま立ち去る彼を見送ったあとそのまま玄関先に座り込んだ。
「ごめんなさい……」
日高先生の憤りを考えると、学校へ行くのすら気も重い。昨日から続く身体のだるさと虚脱感で動かない身体を無理矢理立ち上がらせて、それでもわたしは学校へ行く準備を始めた。
本当は今日は休んでしまいたい程だった。あれほど甲斐くんに満足させてもらった身体も、今じゃ倦怠感しか残っていない。後悔はしていないけれども、罪悪感が身体を縛り付けていた。
それでも学校に行かなくちゃ……それが仕事なのだから。

その日は一日中身体もだるく、思考能力もまとまらなかった。いつもならお昼時に日高先生が話しかけてくるのに、今日はまったく目も合わせていない。こんな日々がこれから続くんだろうなって、考えると気が重かった。
先に帰って部屋で待っていると、しばらくして日高先生が訪ねてきた。
「入っていいか?」
今朝と同じ、怖い顔。今日一日そんな顔をさせたのはわたしだ……
だけど、初めてこの部屋に彼を迎え入れたのが別れ話の時だなんて、自分が最悪の女に思える。外で話せる事ではないし、日高先生に何を言われてもしょうがないのだけれども、こんな無情な女をどうしてこの人は好いてくれたのだろう。付き合ってる最中、軽いキスはされてもわたしを抱こうとしても、わたしが強張るとすぐに止めてくれた。大事にされていたのだと思う。身体だけでなく、わたしを意志を尊重してくれていたのだ。そんな価値のない女なのに……
「それで、どうしてなんだ?」
何から話せばいいのだろう?
全部話せないとしても、伝えたいことだけを伝えようとするのは難しい。自己弁護するようなことをしたくない。わたしに弁護する余地など何処にもないのだから。
「わたしは……これ以上先生とお付き合いすることは出来ません」
「どうして?」
「先生に相応しくないからです」
「そんなこと……オレが決めるよ」
ため息と共に答えが返される。本当に困ってるような怒った顔だった。
「昨日、先生と約束してたのに……わたしは男の人と逢ってたからです。一昨日からずっと一緒にいました」
「……男って?」
「大学時代に、一緒に住んでいた人です」
「一緒に……住んでた?付き合ってたかどうか判らないって、言ってたんじゃなかったのか?」
「……はい、付き合ってるって、わたしは思っていませんでしたから」
「それは……ルームシェアしてたって意味なのか?」
「いえ……家賃は彼が払ってくれてました。でも、高校時代からずっと身体の関係がありました。でも、その時はずっと……身体だけの関係だと思ってたんです」
日高先生の顔が歪んだ。
そう、軽蔑されるような関係だった。甲斐くんとわたし……でも、本当はそうじゃなかったってことが昨日判って、その事実がわたしの宝物になったのだ。
「昨日、そいつと……寝たのか?」
「はい。朝まで一緒にいました」
答えた瞬間、耳元で大きな音がして、左頬に熱くジンジンと麻痺したような痛みが湧いてきた。
「そんな女だったのか!」
日高先生の握りしめた拳が震えてる……怒ってるような泣いてるような表情。だけど、叩かれたわたしよりも、叩いた方の彼の方が辛そうに見えた。どうして?殴られるようなことをしたわたしが悪いのだから、こうやって殴られてもしょうがないのに。もっと口汚く罵られてもしょうがないのに……
いつも明るくておおらかな彼に、こんな表情させたわたしの罪……わたしみたいな女に本気になってくれたというのに、わたしは最悪の裏切り行為をしてしまったのだ。
「何を言われても仕方ないです……わたしはそんな女だったんです」
一晩中抱かれて、歓喜の声を上げてその快楽を貪り合った。先などないのに……互いに傷つける相手がいたのに。
「……それで、その男とやり直すのか?」
怒りさめやらぬまま、日高先生は詰め寄ってくる。
「いいえ、それはありません……彼は、勤める会社の令嬢と結婚が決まっていますから。元々その人が本命だったんです。わたしは……その人がいるのを知っていながら、一緒に住んでもらってたんです」
「なんで本命がいるのに……そんな男のどこがいいって言うんだ!」
その腕がわたしの両肩を掴んで揺さぶる。わたしが軽く目眩を起こしそうになるほど、強く……
「……どこが、よかったんでしょうね」
顔とセックス?他に何があるんだろう……こうやって、日高先生と比べてもどちらが人として、恋人として、将来家族となる相手として考えても答えははっきりしているのに。
だけど今なら言える……心が惹かれたんだと。
切っ掛けは身体でも、同じ寂しさを知っていたから……お互いに本当に欲しい物を持ってなかったから。
そんなこと当時は全く判っていなかった。ただただ甲斐くんの熱情に翻弄されていた。だけど、離れられなかった理由も、惹かれて止まなかった理由も、今ならよく判る。そしてそれががわたしだけの気持ちじゃなかったことも……
「昨日初めて彼の気持ちを聞きました。好きだったって……やっと言って貰えたんです。わたしはただのセフレじゃなかった……ちゃんと愛されてたって、判っただけでいいんです」
「ただのセフレじゃないやつと一緒に住んだりしないだろ?普通」
「彼は……普通の家庭を知らなかったんです。母親がいなくて……父親の愛人達に面倒見てもらって育ったって言ってました。わたしも同じでした……父がいなくて、母だけで、その母にも幼い頃からあまり構って貰えなくて……自分の事は自分でやらないとご飯も食べられなかった。母が邪魔だと言うなら、夜中でもアパートの外に出ていなければならなかった……」
「え?確か両親は揃ってるって……」
「母が中学の時に再婚しましたから。高校に入った時に家を出て一人暮らしさせてもらって、それ以来此処にくるまで一度も帰ってません」
「そんな……」
「彼は家庭的な事に餓えていました。わたしが料理したり家事をするのが嬉しかったみたいで……だから、身の回りの世話をさせる為に一緒に住まわせてたのに過ぎないんだと、そのついでに気軽に抱けるからだと思ってたんです。でも、違うって……ちゃんと好きだったって昨日言って貰えて……嬉しかったんです、わたし」
「だけど!!そいつは結婚するんだろ?他の女と!だったら、そんな奴のこと忘れて、オレと……もう一度やり直さないか?」
引き寄せられていた……日高先生の、厚くてがっしりした胸の中に……
「だめです、わたしにはそんな資格……ない」
「昨日のことは忘れる……オレたちはまだ始まったばかりじゃないか?」
まだ、キスしかしたことがない、ほんとうの意味での恋人同士にもなれてなかった。
「は、離して……お願いです」
必死でその腕から逃れようとしたけれどもびくともしなかった。わかっている、このまま身を預けた方が楽になるって。だけど……
「なんでだ?嫌がるのか、オレのことは!」
判っているけれども身体が拒否をする。きっと、この人に全てを任せれば幸せになれるだろう。でもそれは、甲斐くんの事が忘れられたらという前提でだ。それが出来ない限り、わたしはこの人を裏切り続けるのだ。だったらこれ以上続けることもやり直すことも出来ないだろう。
「……ごめんな、さい。無理なんです……」
「どうしてなんだ!!」
日高先生はわたしの肩を食い込むほどキツく掴み引き離すと、睨むようにまっすぐにわたしの目を覗き込んできた。
「オレはずっと見てきた……この学校に来てからの志奈子のこと。何事にも一生懸命で、男性とも話し慣れてない様子が可愛くて……すぐに惹かれていくのが判ったよ。だけど、オレと話す時でも焦ったりして……誰とも付き合ったことがないと思いこんで、2年近くずっと同僚として怖がらせないよう、無理しないように接してきたんだ。なのに……交際を申し込んだら、経験があるとか言いながらも近付くと怖がる。もしかしたら昔、何かあったんじゃないかと思って、今まで気を使って手も出さなかったんだ!ゆっくり順序踏んでやっていこうって、ずっと自分に言い聞かせて……この部屋だって初めて入れてもらったよな?きっと、簡単に男を部屋に入れちゃいけないって言われて育ったんだと思って遠慮してきたんだ。いいとこのお嬢さんだろうから、ちゃんとプロポーズして、全部それからだと……ずっと我慢してきたんだ!……それが、男と寝てたって?オレとの約束破って、一晩中やりまくってたっていうのか?」
否定出来なかった……一晩中、抱かれていた。甲斐くんのモノを自ら望んで、喜んで受け止めていたのだから。
急に、日高先生の声の調子が低く変わった。
「だったら、オレともやれるだろ?婚約者のいる男と寝られるんだ。それなら、おまえにプロポーズするつもりだった男とも寝れるよな?」
ドンと、背中から床に落とされて、組み敷かれていた。
「せ、先生?」
「志奈子、好きなんだ……オレは……別れたくない!」
「いやっ!」
首筋に彼の唇が這う。キスされようとしたけれども顔を捩って逃げた。
「くそっ!」
「きゃあ!」
馬乗りになった彼がわたしの衣服を左右に引き裂いた。隠そうとするその手を掴んで床に押しつけられる。
「なんだよ……コレ……」
その言葉に顔を背けた。
胸元に残された無数の紅い痕……甲斐くんがわたしに残したモノだった。それは体中に付けられている。
甲斐くんは知っていたはずなのに……わたしに付き合っている人が居ることを。なのに以前と同じように、こうやって全身に痕を残し、そして身体の中にも溢れるほど注がれた。甲斐くんのモノを……
「こんな痕……付けて……他の男が抱けないようにして……そのくせ他の女と結婚するって、どんなヤツなんだよ、そいつは!」
くそっともう一度吐き捨てると、今度は乱暴に衣服の上からわたしの身体を無茶苦茶に嬲り始めた。優しい愛撫とも違う、痛みで服従させようとする男のやり方……
そのやり方に、ぞくりと身体が拒絶した。
あの時の……隣の大学生にされたことを思い出していた。
「い、いやぁあ!!」
いつもとまったく形相が違う日高先生の息は荒く、嫌がるわたしの下腹部から下着を抜き取り、強引に膝を割ろうとする。わたしは必死になって這い回って部屋の中を逃げる。でもその足を捕らわれ割かれる。
力じゃ敵わない……
もうどうなってもいい体のはずだった。二度と甲斐くんには抱いて貰えないのだから。日高先生が怒ってこんなことしてもしょうがないことをわたしはしたのだから、甘んじて受け入れればそれですんだかもしれない。恋人同士であれば、とっくに身体を繋げていたはずの二人の関係を拒否したのはわたしだったから。
だけど……どうしても嫌だった。昨日甲斐くんは何も付けずにわたしの中に欲望を吐き出していた。もし、できていたら……今日高先生に抱かれて同じ事をされたら?どっちの子供だと聞かれても判らなくなってしまう……
ダメ……甲斐くんじゃなきゃ!甲斐くんだから……受け入れたんだ。全部欲しかった……彼のモノすべてをこの身体で受け止めたかった。
もう判っていた。わたしは母のように抱かれることだけが好きなんじゃない。甲斐くんだから抱かれたかっただけなのだから。
以前は大丈夫だと思ってた。いつか日高先生を受け入れる日が来るのだと……だけど、もう無理だった。一度甲斐くんに抱かれて、全部思い出してしまったら、もう他の人に抱かれるなんて、無理だ。この身体は、この先一生甲斐くん以外のモノにはならない。例え彼が他の人のモノになっても、身も心も彼のモノだと叫んでいる。
「やぁ……やだ、甲斐くん……甲斐くん……」
必死で日高先生の腕から逃れ、掴まれた足を離してもらおうと藻掻くけれども、男の腕力に敵う訳がない。
「なんで嫌がるんだよ?男知ってるんだろ、好きなんだろ抱かれるのが!オレはな……昨日もう一回プロポーズするつもりだったんだ!観覧車の中でプロポーズして、指輪渡して……受け取ってくれたら、少々怖がってもその日は抱いて自分のモノにしてしまおうって思ってたんだよ!なのに……他の男に抱かれてただって?連絡がないのは事故か何かに巻き込まれたのかと心配してたのに……その間、この身体をそいつに抱かせてたんだ?そんなに良かったのか?その男は!そんなに、何年も抱かれ続けてきた男の身体が忘れられなかったのか!」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
必死で目を瞑って身体を捩って抵抗する。気持ちいいだけなら誰だってよかったはずだった。だけど、のし掛かる重みも、鼻腔に感じる匂いも、甲斐くんじゃなければ……もう、嫌なのだ。日高先生の事は同じ教師として尊敬しているし、人間的にも好意を持っている。だから付き合えると思っていた……キスもしたし抱きしめられても大丈夫だと思っていた。いつかはセックスも出来るようになると……だけど、いつだって近付かれると身体が強張った。抱き寄せられても身体が緩むことはなかった。キスも、唇を緩ませることすらなかったのだ。それ以上踏み切れなかったのは、わたしの身体が甲斐くん以外を拒否していたから。そのことに気づいてしまったから、今はもう受け入れることは出来ない……たとえそうすることで日高先生に許して貰えるとしても。
「許してください……わたしは……もう……ううっ……っ……」
怖くて震えて、いつの間にかしゃくり上げて泣いていた。そんなわたしに気が付いて、ようやく彼の腕が緩んだ隙に壁際に身体を寄せて縮こまった。もうそれ以上逃げ場はないけれども、身体を抱え込んで許して欲しいと泣きじゃくりながら懇願していた。守りたかった……この身体を。最後に甲斐くんに愛された証に。

「もう……遅いのか?」
しばらく沈黙が流れた後、日高先生はくしゃりと表情を歪ませて脱力した。そのまま床に手を付き、ぐったりと項垂れた。
「何やっても……ダメなんだよな?」
「ごめんなさい、ごめんなさい……わたしが悪いんです」
わたしには謝ることしかできなかった。大丈夫だと高を括って彼と付き合い始めた。どうにかなるなんて思ってたんだ。言ってたはずなのに……一生結婚する気も、誰とも付き合う気はないと。それを違えたのは甲斐くんだったからで、どんなに素敵な人が現れても、それは甲斐くんじゃなかったから……
「もっと早くに手を出してればどうにかなったか?」
それは違う……もっと早くに気が付いただけの事だ。ずっと心の中に甲斐くんが居た事に……彼以外受け入れられないことに。
首を振るわたしに日高先生はため息をついて身体を起こした。
「オレには抱かれるのも嫌なほど、そいつのことが好きなんだな」
「はい……ごめんなさい」
深く息を吐いた先生はどかりとあぐらをかいて床に座った。
「……オレって馬鹿みてえ」
頭を抱えて、自嘲しながらもう一度ため息をついた。
「先生は悪くありません!全部わたしが……」
「いや、判ってたんだ……オレと同じ強さで想ってくれていないことぐらい。それは同僚としての好意で、それ以上じゃなかった。そうだろ?」
「…………」
「だけど、いつか必ず振り向かせられるって自分で思いこんでたんだ……馬鹿みたいだよ、オレは」
「違います、わたしも大丈夫だって思ったんです。日高先生は尊敬出来る先輩だし、素敵な人だからそのうち大丈夫になるって……」
「結局は大丈夫にならなかったんだろ?だけど、それをオレは志奈子が男慣れしてないからだと勝手に思い込んでいた。けど、ずっと好きな奴が居たから、そいつ以外ダメだったって、そう言うことなんだよな?」
その問いに素直に頷いた。わたしは甲斐くんが好きだった……ずっと。たぶん最初から。
「勝手に思いこんで……早合点してた。今はダメでもきっと時間をかけて慣れたら大丈夫だって。2年待ったんだから、あと何ヶ月でも待つつもりだったんだ。志奈子が心も体も開いてくれるのを……だけどそいつでないとダメだって、志奈子が気付いたんならオレにはどうしようも出来ない。精々その男捕まえて文句言ってやるぐらいだな。なんで志奈子以外の女と結婚するんだって」
「彼は悪くないんです!わたしが……勝手に……」
「だけどさ、どう考えてもおかしいだろ?そいつだって志奈子の事好きだって言いに来たんなら!やり直すつもりで抱いたんじゃないのか?なのに、そいつは他の女と結婚するって?そしておまえは俺と別れて……一生一人でやっていくつもりなのか?」
「そのつもりです……」
「なんだよ、それ!ちゃんと別れて来なかったのか?ずっと好きだったとか、そんなの一緒に住んでる時に全部言うもんじゃないのか?そいつも、おまえもなにも言わな過ぎだろ!!普段から志奈子もオレにあんまり思ってることとか言わないけどさ、二人ともそれは酷すぎるぞ?そんなんだから、今時分になってそいつとは付き合ってたつもりはなかったとか、本当は好きだと言って貰ったとか言う羽目になるんじゃないのか?」
ちょっと呆れたような口調でそう言い放たれ……わたしは図星を言い当てられたので、何とも答えようがなかった。
「ごめん……乱暴なコトして。だけど、そいつ……そんなモノ体中に付けるぐらい志奈子に未練あったんだろうな」
服を直せと言って、彼が後ろを向いてくれたので、わたしは急いで下着を履き、はだけた前を引き寄せて紅い痕を隠した。
「それで……昨日は、ちゃんと自分の気持ちを言ったんだな?」
「はい……セフレだと、思ってたけど……そうじゃなかったって言って貰えたんです。ずっと好きだったって」
ちゃんと好きだったって言えた。甲斐くんも好きだったって言ってくれた。
「今は無理か……」
「え?」
「ようやく両想いになれた気分なんだろ?」
「……そうですね。最初っから諦めてたけど……わたしのことも少しは想ってくれてた事が判っただけで、充分です」
「……いくら待っても、オレじゃだめってことだよな」
そう、いくらいい人で、いくら素敵な人でも……無理だ。なにより身体が拒否しているから。
「すみません」
しばらく沈黙が二人の間に流れた。

「しばらく……辛い目に遭うかもしれないけど」
「はい……」
それは一旦出た噂のことだろう。明日から普通の同僚として接するわけだ。避けられて酷く当たられても文句は言えない。
「どちらかが異動になるまで、噂とか続くよ?」
二人が付き合ってるという噂は既に広まっているし、あの時一緒に飲んでた教師仲間にも、わたしたちは付き合ってると言ってある。もう、あの輪にも入れないだろう。どこの学校へ移ったとしても、その噂はずっと尾を引くだろう。
「覚悟してます」
日高先生は、そうかと言いながらゆっくりと立ちあがった。
「叩いてごめん……帰るよ」
「……すみません」
「頬、ちゃんと冷やせよ?たぶん明日腫れるから」
「ありがとう……ございます」
その言葉に彼の優しさを感じていた。本当に自分は馬鹿だ。こんな優しい人を……だけど、自分の心と体は言うことを聞いてくれなかった。たぶん甲斐くんが来なくても、同じ結果を出したことだろう。
「明日からも仕事、頑張ろうな……船橋先生」
そう言い残して、ガチャリとドアの音を立てて日高先生が部屋を出て行くのがわかった。
頬と胸に痛みを残して……
すべて自分が悪い……そう実感する為に、こうやって痛みを残してくれた彼に感謝した。そのことで少しだけ気持ちが楽になることが出来たから。
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