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社会人編

〜志奈子・4〜

約束の日、日高先生と出かける時よりも少しだけお洒落しようとしている自分が居た。甲斐くんが一緒だと、変な格好出来ないから……彼は普段着を着て立っているだけでも人の目を惹く。モデルのバイトしてたからか、さりげなくポーズが決まっている様にも見えるし。
窓から甲斐くんの車がアパートの前に停まったのを確認して、わたしはゆっくりと深呼吸しながら部屋のドアを開けた。
今日で最後……そう思えばあの、最初で最後のデートが思い出されてしまう。
一緒に歩く気恥ずかしさ。慣れ親しんだカップルのようにはいかなくて、まるで付き合い始めたばかりのようにぎこちなく歩いた。だからといって付き合いが長い分、何処に行く?とか、これからどうする?なんてこと、今更聞けなくて、お互いの視線の先を読もうとしていた。わたしたちは肌を合わせてはいたけれども、部屋にいる時以外のお互いをまったく知らなかったことを痛感したんだ。
今日は、食事をするだけ。そしてきちんと話して終わる……それだけなのだから。少しだけ熱くなる身体を抑え込むように、わたしはゆっくりと表情を殺して彼の車へと歩いていった。
「ありがとう、来てくれて」
甲斐くんらしくない、そんな言葉が小さく聞こえたけれど、わたしは無視するように何処に行くのかと聞いた。誰かに聞いたのか、この辺りで美味しいと評判のイタリアンのお店に行くという。前に……日高先生に連れて行って貰ったことがあるお店だった。今度は、彼と甲斐くんを比べるのかなと思ってしまった。

何を話していいのかわからないから、わたしは甲斐くんの話を黙って聞いていた。食事しながら込み入った話なんか出来るわけでもなく、同窓会の話や仕事の話。水嶋さんって先輩が氷室さんの従兄弟で直接上司だとか……平気で氷室さんの名前を出すところをみると、わたしが彼女とのことを何も知らないと思ってるようだった。そんなに隠したいならずっと隠していればいい。一緒に住んでたあの頃から付き合ってたことも、子供が出来て結婚するってことも知ってるのに。そこまでしてわたしともう一度セフレの関係に戻りたいのか、それとも……
もしかしたら甲斐くんの本心が聞けるかも、なんて都合のいいことを考えてしまっていた。あの時、最後にわたしにくれた優しさも、言葉も……アレが本音だったら。
『志奈子の身体が一番いい』
『本当は、離したくない』
まだそう思ってくれている?なんて、馬鹿な未練に引きずられているのはこの身体だ……どうせなら、日高先生にちゃんと愛されてから逢えば良かったと、今更ながらに後悔する。でも、怖かったのだ……淫らに乱れて軽蔑されることを。良識派の日高先生からすればセックスだけで繋がってたわたしと甲斐くんの関係は理解出来ないものだと思う。恵まれた家庭に育った彼からすると、愛されることを知らず、ただただ互いの温もりを補充しあってただけの関係なんて……きっと理解出来ないに違いない。それに、甲斐くんは上手すぎた。キスにしてもセックスにしても。もし、日高先生と寝てしまったら……彼と比べてしまう事はわかっていた。そして自分が甲斐くん以外の相手とセックスしてどうなるのか……誰が相手でも同じように乱れてしまうのか、それを自分で知るのが怖かった。

「ごちそうさま、とても美味しかったわ」
話は弾まないまま、食事は最後のエスプレッソが運ばれてきて終わった。ドルチェの味もよくわからないほど、わたしは見かけだけ静かに食事を味わってる振りをしていた。そうしていれば氷室さんの話もあまり聞かなくて済んだから。
わたしは席を立った。だってゆっくり話す必要もない……こんな茶番。昔一緒に住んでいた二人が、過去を懐かしんで食事するのは、あと二、三十年先でいい。まだ、思い出にするには早すぎたのだから。
わたしの後を追うように甲斐くんも席を立って会計を済ませると、車の側で待つわたしの元へ駆けてきた。そんなに、急がなくてもいいのに……ここはバス一つ通っていない。タクシーでも呼ばない限りは歩いても帰れない。
「少しだけ、話したい」
そう言って甲斐くんは街へ戻る途中、大きな公園の駐車場に車を止めた。
「なにを話すというの?」
助手席と運転席の距離は、停車するとぐっと近くなる。だけどお互いに向き合わず、前だけ向いたまま話し続けていた。
さっきまで……目の前で食事してる甲斐くんに何度も見とれそうになった。相変わらずキレイな顔。食べ方も嫌いじゃない。残さず食べるし、マナーもちゃんと出来ていると思う。きちんと育てられてないと言ってたけど、こういう所だけは何処に出ても恥ずかしくないように教えられているのは知っていた。わたしの方が慣れてなくて恥ずかしいぐらいで、以前食事に行った時は、必死で読んだマナーの本で入れた知識を総動員した。最近は日高先生と色んな所へ行くので少しは慣れてきていたけれども。
「怒ってるのか?まだ……」
「怒るもなにも……」
もう済んだことだと言いたかった。彼の意図が分からない。セフレとしてはやっていけないと、あれほど言っているのに……
「やり直すことは出来ないのか?」
何を馬鹿なことを!せっかく鎮めていた感情が爆発する。
「決まってるでしょ。結婚するんだから!」
子供が出来るんでしょ?だったら、ちゃんと責任とって籍入れなきゃダメじゃない!それに相手は……雇用主の令嬢じゃない!氷室さんの会社を受けた時点で、将来のことも考えていたって事でしょう?だったら……最初から気持ちは決まってたってことじゃない。なのに、もし氷室さんにわたしの存在が知れたら……大変なことになるんじゃないの?だから……邪魔にならないように、セフレとしていられなくなる前に自分から離れたんだよ?だって……未練たらしく縋り付いていたくないじゃない!彼の未来を前にすれば、何も持たないわたしなんか、どれほど彼を想っていてもなんの意味も持たないのだから……
「今更なコト言わないで……」
もうそれ以上は、言葉が続かない。込み上げてくる思いと感情に揺さぶられて、わたしは……二年前とちっとも変わってない自分の気持ちを思い知らされた。離れても気持ちは……甲斐くんを好きだという気持ちは変わってなかったんだ。日高先生が幾ら優しくて、これからの温かい未来を与えてくれるとしても比べられないほど、こんな激しく苦おしい想い……『欲しい』と、心も身体も泣き叫びそうになってしまう。離れていても怖いほど求めていたのに、こんな近くにいて、甘い言葉でそんなこと言われたら、例え氷室さんのことを知っていても心が揺れて、溢れてしまう。
――――ダメ!
ぎゅっと嗚咽を堪えても鼻頭が熱くなって、唇が震える。
もう……止められない。
目頭が熱くなって、こぼれ落ちる涙……泣いちゃダメなのに!泣いたらきっと甲斐くんを心配させてしまう。
彼は、優しいから……
「志奈子……泣いてるのか?」
「どうして!今頃になって来るの?どうして!!」
堪えていたモノが凄い勢いで溢れ出す。叫びとなって、車内に充満する。止められなかった嗚咽が喉の奥から漏れて甲斐くんに聞こえてしまっているはずだ。もう、バレちゃったよね?隠してたわたしの気持ち……
「教師の仕事をしてる志奈子を邪魔したくなかった……一年目って慣れるまで随分大変だって、朱理も言ってたし」
もうやめてっ!聞きたくない!氷室さんの名前は……
「お願いだから……もう、わたしに構わないで!!」
終わったんだから、もう何も始まらないのよ?わたしには日高さんがいるし、甲斐くんにも朱理さんがいるじゃない!
「今更何を言われても返事は一緒よ。お互いに、誠実になりましょう?もうセフレの関係は終わったんだから」
何から逃げてきてるのか、言わなくてもわかっているから……お願いだから、何も言わずにわたしの目の前から消えてよ!あんな関係にはもう戻れない。今はそれぞれの相手と幸せになることを考えればいいのよ。こうやって逢うのも最後なのだから……
「オレは……セフレだとは思ってなかった!」
「え……?」
その言葉に耳を疑った。最初に……そう言ったのは彼の方だ。だから、ずっと……わたしは……
「でも、教師になりたいおまえの邪魔はしたくなかった……だから最後まで本当の気持ちは言えなかった。もう遅いのはわかってる……だけど結婚してしまう前に、そのことだけケジメ付けておきたかったんだ」
セフレじゃなかったの?だったら……わたしはなんだったの?甲斐くんにとって、わたしは……
「志奈子のこと、ちゃんと好きだったって伝えておきたかった……もう遅いって、無理だってわかってるけど。オレは志奈子のことずっと好きだった」
嘘……好きって……わたしを?ずっとって……いつから?一緒に住み始めてから?もっと前からなの?
「最初はカラダだけ抱ければいいと思ってたけど……離れていたくなくて、一緒に暮らし始めてからは他に女なんか居なかったんだ!おまえだけだった……」
「嘘……そんなこと、今更……」
それは……違うでしょ?氷室さんが居たのに。でも、最後まで嘘で通してくれるなら、それでもいい。今更言われてもどうしようもないことだから。
「付き合ってる相手がいても、まだ結婚したわけでもないんだから、最後にチャンスが欲しいんだ」
その言葉にびくりと身体が震えた。そのことは、否定しないんだね?それでも、最後に……何がしたいの?
「本当にオレのこと、もう忘れたのか……」
甲斐くんが近付いてくる。今までわたしに触れようとしなかった彼が、目の前まで近付いてきてる。
「甲斐……くん?」
助手席に覆い被さるようにして、わたしの目の前に顔を近づけた甲斐くん。
――――ああ、懐かしい……彼の匂いだ。
最後までこのキレイな顔には慣れなかった。目の前にある甲斐くんの顔を間近で見ただけでドクドクと心臓が脈打つのがわかる。
覚えてるんだ……身体が。この後、どうされるかとか……彼に触れられたらどうなるのか、指先一つで、たぶんわたしは……
「志奈子、好きだ……愛してる」
ふわりと身体が暖かくなる……抱きしめられていた、彼に。
「それを……今、言うの?卑怯だわ……」
抗う事の出来ない身体の記憶に、わたしは身を任せていた。ただ残った感情だけが口に出て彼を責めていた。
「遅すぎるのはわかってる……でも、今言わないとオレは一生後悔する。もう……遅いってわかってるけど、それでもオレは……」
その言葉を言う為に、ここに来たの?子供が出来てしまって、結婚しないといけない今になって、言い忘れたその言葉をわたしに告げる為に来たというの?
やり直したいというのはセフレの関係じゃなくて、好きだと言わなかった二人の関係のことだったの?
甲斐くんの腕の中……抱きしめられながら眠るのが好きだった。
求められるのが辛い時もあったけど、誰かに望まれることが嬉しかった。ただ身体だけでも……
でも、それは身体だけじゃ無かったって、思っていいの?
「あっ……」
そっと、彼の指先が、知り尽くしたわたしの身体の敏感な稜線を撫でる。それの意味するモノは、言葉にしなくても知っている。ずっと、わたしたちは身体で会話してきたから……互いが欲しいと、必要だと、ずっと……
「……わたしも、好き……だったわ」
ずっと、心に秘めて伝えなかった言葉を、初めて口にした。口にすれば、もう、自分を止められない事を自覚していたのに!
わたしの中の抑えきれない感情が暴走し始めていた。
「せっかく……せっかく忘れてたのに!!」
大声で叫びそうになるのを必死で堪える。もうダメ……泣きそう。
「あなたはいつだって、わたしが一番したくないことをさせるんだわ」
だって、わたしだって……欲しかったの。
甲斐くんが、欲しくて、欲しくて、しょうがなかったの。
精一杯の虚勢を張って、彼の元を離れてこんなに遠くに来たのは、すぐにあの部屋に帰りたくなる自分を抑える為。ケータイを変えたのも連絡を取りたくなったりしないように。全部断ち切らないと、わたしの身体は戻りたがっていたから……ずっとあの部屋に、甲斐くんの元に。
「しな……」
わたしは自らの手を伸ばし彼の頭を引き寄せて、わたしの名を呼ぶその唇を自ら塞いだ。
今まで……自分からこんなコト、したこと無かった。甲斐くんが求めてくれる事に慣れていた。
だから、再会してからずっと、心の中では待っていたのかもしれない。甲斐くんがわたしを求めてくれることを。でも、抱きしめるだけで、それ以上のことをしないようにと、我慢してるのがわかったから……
だから、もう待てなかった。
再会した甲斐くんは今までと違って、強引に奪ってはくれなかった。それはもちろん彼の立場も有るだろうけど、わたしの本音は無理矢理でもいいから抱きしめて欲しかった。キスして全てを奪って欲しかった。まだ、日高先生に抱かれていないこの身体は、いまだに……甲斐くんのモノだったから。
何度自分に言い聞かせても、甲斐くんには氷室さんがいると、求めちゃいけないとわかっていて止められなかった……自分の心も、身体も。
「今日だけは……全部忘れてくれる?」
「何……を?」
今日だけでいいの。甲斐くんも未練があってここに来たんだろうけど、優しい彼のことだから氷室さんのことを放って置けないはずだ。生まれくる子供の命に責任を持たないはずがない。
わたしが日高先生だけを思うことが出来ないように、こんなわたしでも彼の心の中に存在し続けていられたんだ。
前みたいな関係にはもう戻れないけど、今だけ……今だけ甲斐くんをわたしに下さい。前の関係に戻りたいだなんて馬鹿なことを言い出す彼だけど、今日を最後に二度と逢わないから。
だから氷室さん、許して……日高先生、ごめんなさい……
「わたしも全部忘れるから……」
お互いの相手のこと、今だけでも忘れて……
「今だけ、わたしをみてくれる?」
甲斐くんが優しく微笑んでくれた。それだけで、もう十分……
「みてるよ……志奈子しかみてない。今も、ずっとまえから……」
嘘でも嬉しかった。甲斐くんも嘘じゃないなんて言ってくれたけど、これは今だけの言葉だって分かってる。一緒に暮らしている間も、ずっと氷室さんのこと、大事にしてきたんだよね?就職先も彼女の父親が社長を務める会社に決めて。欲望はわたしだけに吐き出して……だってモデルをやってる彼女の身体には無茶出来なかったでしょ?わたしの身体にはいつだって甲斐くんの痕跡が残っていた。見えないところに付けられた痕や、甲斐くんに注がれた体液や匂いは恥ずかしいほどわたしの身体に染みついているように思えた。動けなくなるほどされたのも……全部わたしにしかで出来ないからだよね?
今は……子供が出来て無理出来ない身体になった氷室さんの代わりに、こんなに離れた所にいるわたしの身体を求めてくるなんて、余程……溜まっているのかもしれない。あれほど、してた甲斐くんだもの。きっとこの2年の間は氷室さんに……してたんでしょ?教師になる為にモデルを辞めたと言っていたし。彼女ほど器用なら、わたしみたいに苦労することなく仕事を覚えてしっかりこなしてたはずだもの。
『嘘じゃない』
そう聞こえたような気がしたけど、激しくなるキスの中すぐに何も考えられなくされる。倒されたシートの上で、わたしはこれからされることを思い出して、恥ずかしいぐらい感じる身体を捩り始めていた。


「あっんっ……やぁ……」
久しぶりに甲斐くんに触れられただけで、わたしはもうどうしようもないぐらい乱れていた。頬に触れる指先にすら感じてしまう……小さな車の助手席じゃ狭くて、重なったままでは身動きしづらい。服も脱がされることもなく、たくし上げるだけで甲斐くんの手が入り込んでくる。はだけた胸元も下着をズラされただけで、吸い付かれ優しく甘噛みされる。その刺激は下腹部へ走り、触れられてもいないのに濡れて、甲斐くんの指が下着の中に潜り込んだ時は恥ずかしくて泣きそうになるぐらい身震いした。
だけど、2年もの間誰も受け入れてなかったその中は、思ったよりも甲斐くんの指に抵抗を感じてしまう。痛いかと聞かれて必死で否定する。わたしの反応が少し違う毎に甲斐くんは躊躇して……嫌がったりしたらすぐにでも止めてしまいそうだった。
今日は自分から望んだのだ。抱いて欲しいと……今までセフレとして扱われてきたと思っていたのに、そうじゃなかったと……愛してる、好きだと言って貰えた。たとえ、それがもうすぐ他の人と結婚する事が決まっていても、あの時は間違いなくわたしを愛してくれていたのだと思えるだけで幸せだった。だったら、最後に……愛されてると信じて抱かれてみたかった。
身勝手だよね、こんな考え方。わかってる……父親になろうって人を、その子供まで裏切らせるのだから。だけど、もう……今だけは止まらない。甲斐くんがわたしを求めてくれるなら、わたしも彼を求めたい。別れを決めて最後に甲斐くんに抱かれた時も、本当に欲しかったのはこの言葉だった。
『他に女は居ない』
『おまえだけを、愛してる』
嘘だとわかっていても、その言葉を聞かされて後先も考えずに欲しがってしまうわたしは卑怯だ。だけど、今日はわたしが求めて、彼は答えてくれただけ……もう、二度と迷惑かけないし、甲斐くんだって、これで諦めもつくよね?あの時、互いにその言葉が足りなかったから、だから今になってこんなに求め合ってしまうだけなんだよね?今ようやく取り戻して追いついたんだ……2年前に。
「抱いて……いいか?」
その問いにわたしは頷く。わたしも抱いて欲しい……その代わりに約束して?これきりだと。朱理さんの所に帰ったら全部忘れて、彼女とお腹の赤ちゃんを幸せにしてあげてね?そうでないと、わたしは……生まれてくる赤ちゃんからパパを奪えない。だけど、今だけは……全部忘れさせてほしかった。
「お願い……抱いて」
わたしは縋り付くように懇願する。
「帰るまで抱いて……壊れるぐらい抱いてよ!」
痛がるわたしを気遣ったりせず、前みたいに……ううん、前以上に好きなだけ抱いて欲しかった。何も考えられなくなるほど……だけど、わたしが少しでも戸惑いを見せると、彼は動きを止めてしまう。だから、わたしは自ら彼のベルトを外そうとすると、甲斐くんは再び運転席の方へ移動してくれた。ファスナーを降ろして下着の中から既に勃ち上がっていたソレを取り出して口に含む。今まで恥ずかしくてあまりしたことはなかったけれども、覚えている限りのやり方で、舐めてしゃぶって、口に含んで扱いた。
「くっ……」
苦しげな声が頭の上から聞こえる。口の中のモノははち切れんばかりの勢いで膨張している。このまま……口の中に出されてしまうかもと思うぐらいの勢いだった。車の中でしたことがあるかと聞かれて、ないと答えた。日高先生とはキス以上したことがない。抱きしめられても、その手が伸びてきた時にわたしが身体を硬直させてしまうから、未だにそれ以上手を出してこない。経験はあると話してるけど、わたしが怖がっているからって……優しい人なのだ。なのにその人を裏切ろうとしている。でも、本当は怖がってなんかいない。甲斐くんに触れられただけで、こんなにも身体が欲しがるのだから。だけど、そう感じないのは……わたしが抱かれたいほど日高先生のことを本気で好きじゃなかったってことだよね?本当に……いまでも焦がれるほど好きなのは、やっぱり甲斐くんだけなんだ。
「おいで……」
彼の声が優しく誘い、身体ごと運転席側に引きずり上げられ自分を跨がせた。
「逃げられなくしてやる」
そう言って、わたしの中まで濡れているのを確認した彼は、履いていたストッキングをビリビリと破り、下着をぐいっと横にずらして、彼の熱く滾ったソレを宛がうと、一気に突き上げながらわたしの腰を引き落とした。
「ひぃっ!!」
思わず上げてしまう悲鳴のような声。言葉通り逃げられないこの態勢で仰け反る以外出来なくて、大きなクラクションの音を響かせてしまっていた。思わずビクリと身体と神経が目覚めそうになった。
「やっ……甲斐くん」
けれども、すぐに意識は自分の中にいる甲斐くんのモノに感じ始めていた。
甲斐くんが、わたしのナカにいる……
「もう、逃げられないぞ」
凄い圧迫感と共に、ズンズンと奥底まで容赦なく突き上げてくる。
甲斐くんだ……甲斐くんの……
「オレが帰るまで、離さないから」
――――だけど。
いつものように甲斐くんは避妊するつもりがないのだろう……今だって、ゴムすら付けていない。それがわたしたちのいつのもセックスだった。だけどわたしは……甲斐くんのもとを去ってから避妊薬は飲んでなかった。
もし今その事を口にしたら……セックスを止めてしまうだろうか?
避妊具無しだと抱いて貰えないかもしれない……わたしの価値はソレぐらいにしか考えられなかった。だって、どう見てもわたしより綺麗な人ばかり甲斐くんの周りにいたんだよ?なのにわたしを選んで抱いてくれたのも、好きだと言ってくれたのも……また抱きたいと思ったのも、避妊しなくていいからだよね?
今更言えない……だけど、今日が安全日かそうでないかもわからない。薬を止めてからしばらく生理も不順だったし、忙しいと遅れたりした。それに、以前のようにセックスの相手が居なければ、自分の生理がいつ来るかなんて気にすることもなかった。前は……期末テストの始まる前だった?
もし、このままされたら……わたしにも赤ちゃん、出来ちゃうんだろうか?出来たら、甲斐くんはわたしを……
あり得ない。だって相手は氷室コーポレーションのお嬢様だもん。
「志奈子、志奈子……」
何度もわたしの名前を呼んで、中の感じるトコロを擦られて、わたしも感じて彼のモノを締めつけて離そうとしない。
ダメなのに……欲しがっちゃダメなのに……
今更やめてとも言えず、思考は拒否するのに身体が欲しがって離さない。
もう……止まらない。
「だめだ……我慢出来ない……もう」
甲斐くんの腰の動きが大きくなって、ナカで破裂しそうなほど膨張しているのがわかる。いつもはわたしがイクのを待ってくれてたのに、今日は……全然容赦がない。
そんなに、したかったの?そんなに……わたしのナカに……出したいの?
「あっ……やぁ……だめ、だめっ!」
「ん……くぅっ……」
言葉だけはダメと言いながらも、どくどくと脈打ちながらわたしのナカに精を放つ彼のモノを柔らかく何度も締めつけていた。飲み干すように腰を使い、自分のナカの一番深いところで彼を受け止めていた……
「だめって……言ったのに……」
「ごめん、まだだったよな?このままイカせてやるから」
ダメの意味が違うのだけれど、もう、どうでも良かった。今更拒んだところで遅いだろうし……もしそうだとしても彼に迷惑をかけるつもりはない。もちろん、甲斐くんに抱かれる事を決めた時点で日高先生のこともお終いにするつもりでいた。だって、好きな人に抱かれた身体で、今更彼の元には行けない。わたしを真面目で身持ちが堅い女だと思ってくれているのなら余計に……
わたしは自分の快楽の為にセフレになったり、好きな人に抱かれる為なら、お腹に赤ちゃんが居て結婚しようとしている相手がいても、自分が付き合っている誠実な人も裏切ったりしてしまうような女なのだから……
日高先生にはもっと相応しい人が居るはずだ。

今は……ずっとこうしていたかった。甲斐くんに抱かれて、甲斐くんの情熱を受け続けていたかった。
「このまま……ずっとおまえの側に……いたい」
逃げちゃだめだよ……大丈夫、甲斐くんは優しいから、きっといいお父さんになれるはずだよ?
「志奈子……おまえが好きだ、愛してる……だから」
「だめだよ」
わたしはゆっくりと首を振る。逃げないで、そして幸せになって……あなたも朱理さんも。だけど、お願い……今だけはこの人を下さい。この先一生誰とも愛し合うことはないから。今だけ、この人が言葉にする愛に縋らせてください。
「だから、今日は……もっと、もっとして……最後だから」
わたしは、ゆっくりと自分の腰を捩り、まだ半分硬さを維持している甲斐くんのモノをゆっくりと締め上げた。こんな事が出来るなんて知らなかったけど、欲しいと思うと自然と身体が求めて蠢いてしまう。
「……志奈子っ、おい、あっ……」
戸惑うような甲斐くんの声。耳元で『くそっ』と声がすると同時にいきなり硬くなった甲斐くんがわたしを突き上げて来た。
「あっ……もう……いくっ……んっ!」
同時に外と中を擦り上げられて一気に昇り詰めて身体を痙攣させてしまう。だめ……もっと刺激が欲しい。
「志奈子……本気なんだ……オレは……」
そんなこと言わなくていいから、もっと、もっと、何も考えられなくなるほど……
「もっと……して……欲しいの、甲斐くんが……」
彼を強請りながら、忘れさせてと叫ぶわたしの震える身体を甲斐くんは何度も優しくさすってくれた。
変わらない……こういうところは。でも今は……もっと欲しい。そう思うわたしをそっと自分の上から助手席に降ろすと上着を掛けてくれた。彼はさっさと身支度して、車を移動させてホテルの駐車場に止めると、わたしを抱き上げたまま部屋へと向かった。
「甲斐……くん」
「望み通りにしてやるよ……最後、なんだろう?」
耳元で小さく聞こえたその声。その後はもう、二人会話らしき言葉を口にすることなく貪りあった。

「んっ……んっ」
「はぁ……はぁ……」
キスしながら、着ていたモノを脱がせあった。もどかしいほど、引きちぎる様に脱がせた服がベッドまで転々と散らかっていく。
「志奈子……」
「……ああっん」
ベッドに押し倒されて、すぐに脚を開かれ、深く彼を受け入れた。
「志奈子……」
甲斐くんは、壊れた機械のように何度もわたしの名前ばかりを呼んだ。そして腰を振り続け、わたしのナカで何度も、何度も、果てた……
インターバルには指と舌でわたしをイカせ、わたしが狂ったように欲しがると再び与えられる。合間も休むことなくキスと愛撫を繰り返し眠りに落ち、目覚めるとまた繋がろうとしていた。
今日は……日高先生と約束していた。お弁当を作って、遊園地に行こうって……
あのまま、日高先生と付き合ったら、穏やかな恋が出来たかもしれない。だけど、それが本当の恋なのかどうかもわたしにはわからない。甲斐くんとこんな関係にならなければ、きっとわたしは恋愛感情を自分の中に受け入れることはなかっただろう。きっと、ツンケンした嫌な先生になっていたと思う。そもそも先生にすらならなかったかもしれない……偏った自分の感情を矯正してくれたのは甲斐くんだ。もう一度誰かを好きになれるかなと思ったけれども、甲斐くんが現れて気が付いた。
他は……ないんだ。わたしにとって欲しいと思ったのは甲斐くんの心だけだった。ずっと欲しかった心を、やっと貰えた……心と体が一緒に繋がっていることを実感出来た。だけど、それは他の人の不幸を見ぬふりして得た幸せだ。わたしに出来るのはちゃんと彼を帰してあげることだ。そして、日高先生に不実を詫びてお別れすること。こうやって抱かれるだけで十分だと思えるほどわたしは幸せなのだから。
何度彼がやり直そうと言っても、もう遅いことはわかっているから、わたしは首を振る。帰って、朱理さんを幸せにしてあげて?彼女と、お腹の中の子供と……
「これは夢だと思わないと……」
帰ったら全部忘れて欲しいから。わたしは何度も彼にそう言った。
泣き顔は見せない。嗚咽を呑み込んでわたしは平静を装う。
もう十分すぎるほど言葉も、情熱も貰ったから……
わたしは必死で笑顔を作る。幸せだよって、甲斐くんに覚えていて貰う為に……
そしてわたしはシャワーを浴びると言ってバスルームに向かった。立ち上がって歩くたびに彼がわたしのナカに出したモノが流れ出ていく。
「うっ……くっ」
シャワーをひねって、頭からお湯を浴びながらわたしは泣いた……
「甲斐……くん、甲斐くん……」
本当は、縋って、泣いて、ココにいて、と言いたかった。朱理さんの元に帰らないで欲しいと……
だけど、言えないから……
いくら掻きだしても甲斐くんのモノがわたしのナカから出ていってくれないように……わたしのナカから甲斐くんが消えることはないんだ。
――――もし、わたしに……出来ていたとしても、迷惑はかけないから。安心して?
わたしはゆっくりと湯船に浸かって、自分の下腹部を撫でた。

「最後にさ……笑ってよ」
帰り支度を済ませたわたしに、甲斐くんはそう言ってきた。
時刻は夕方。ケータイの電源は落としたままだった。本当なら遊園地で遊んで……その後食事してるかな?今回はまっすぐ送り届けられただろうか?心の中で日高先生に詫びながらも、自分がどうするかは既に決まっていた。
「泣いてなくて幸せそうに笑ってる志奈子の顔が、みたい」
何馬鹿なことを言ってるのかなと思ったけど……そういえば、わたしは教職に就くまでそんなに笑わなかったな。笑うことを忘れていたのかもしれない。でも、笑えるようにしてくれたのは子供達じゃない……甲斐くんが、そうしてくれたんだ。人と繋がれることも、わたしに人を好きになることも教えてくれたから。
「もう……何を言い出すのよ……バカ」
笑おうとしても笑えなくて、泣き笑いの凄く変な顔になったと思う。
「だったら、泣くなよ……オレが見たいのは、おまえの笑った顔だ」
最後ぐらい……笑顔で別れよう。そうすれば、甲斐くんもわたしの笑顔だけ覚えていてくれるかもしれない。
わたしは必死になって笑顔を貼り付けた。涙は止まらなかったけど、ちゃんと笑えたと思うんだ。
なのに……なんで甲斐くんが泣くの?
「ううっ……うわぁぁ!!!」
「か、甲斐くん……」
大声で泣き始めた甲斐くんは縋り付くようにしてわたしを抱きしめてきた。
「志奈子……志奈子ぉ……」
掠れた声で何度もわたしを呼んで……まるで母親にしがみつく子供のようだった。
「ぐっ……くそ……とまんねぇ……ごめん……」
何度もごめんを繰り返すけれども、泣き止めまない子供のようにしゃくり上げ続ける。
「いいの、もう……いいのよ」
わたしは母親のような気持ちで甲斐くんの頭を抱えて撫で続けた。
もしかしたら……甲斐くんはわたしが思うほど強く無かったのだろうか?
彼が本当に欲しかったのがわたしで……それを取り戻しに来たとしたら?
ううん、だめだよ。だからといって彼に、朱理さんとその子供を裏切らせるわけにはいかないよ。仕事だって続けられなくなってしまう。
わたしは、甲斐くんの母になればいい。自分の理想の母親……子供の幸せだけを願って生きる優しき存在。もし、子供が出来ていたら、甲斐くんだと思って思いっきり優しくしてあげるんだ。甘やかして、一杯抱きしめて、寂しくないように。毎日毎晩一緒に、ずっと側に……
だから、あなたは朱理さんのもとへ帰ってあげて。


部屋に戻ってケータイの電源を入れると、日高先生からの留守電とメールがいくつか入っていた。
心配する内容ばかりで心が痛んだ。付き合っている人が居るのに、わたしは他の男と……それは裏切り以外のなにものでもない。責めて、詰られても仕方のないことをしたというのに、日高先生の問いかけは優しかった。だからこそ、電話をかけることが出来なかった。
「ごめんなさい……」
わたしはメールにそう添えて、短い文章を送信した。
日高先生に対する申し訳なさと、甲斐くんへの想いが鬩ぎ合う。だけど、今は何も考えたくない……
わたしはケータイの電源を落としてベッドに潜り込んだ。一晩中愛された身体はギシギシ痛んで、疲れて果てていたけれども、目を閉じて甲斐くんの匂いと温もりを思い出しながら、いつの間にか眠ってしまっていた。

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