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クリスマスを過ぎても・2007

本当のHolyNight−聖夜−
12月22日  朱音

「そうだ、朱音。今年のクリスマスイブは食事に行かないか?クリスマスは平日だしな、日曜ならゆっくり出来るだろうから。それに、その身体じゃ作るのもしんどいだろ?無理させたくなかったから、ゆっくり落ち着ける店を予約してるんだ。」
俊貴さんったら、やっぱり予約してたんだ?
イベント好きというか、クリスマスを特別なものと考えてる彼は、やっぱりクリスマスの予定を組んでいたようだった。それを直前まで言わずにいるなんていうのも彼らしい。少しでもわたしが驚いたり喜んだりするところが見たいらしい。
仕事を辞めてから、少しだけ張り合いを無くしてたの一番知ってるから...
特に切迫早産で入院した後は絶対安静とか言われて、買い物に出ることもままならなくて、全部俊貴さんがやってくれていた。さすがに一日中家にいるのは退屈で、たくさんDVDとか借りて来てくれたけど、見る気になれない時もあったもの。
その反動か、動いてもOKがでてからは、少しずつ出掛けたり、マタニティビクスなんかにも通ったりした。それも彼まで付き添って。結構徹底してるのよね、ついてくるって決めたら休みの日はべったりだし、検診でも半休取って付き添ってくれるから。今までの仕事虫の彼からは想像出来なかった。
たぶん、切迫流産とかで初っぱなから危なかったりして心配かけたせいだと思う。そうでなくても愛されてるって実感はあるから、それが過剰になっても仕方ないかも知れない。意外と子供好きだし、初めて出来た赤ちゃんをすごく楽しみにしてくれてるから...

「じゃあ、楽しみにしてますね。」
「少し早めの時間にしたよ。24日の16時から予約を取っている。朱音は夜遅くまで出歩くのは無理だろう?だから昼過ぎにゆっくり出よう。食事の後、少しぐらいは夜景を見てクリスマス気分を味わおう。その代わり早めに帰るけれどもね。」
にっこり笑って赤ちゃんの為にと付け加える。
「ええ、そうね。」
久しぶりの外出になるわね。うーん、何着ていこうかしら?妊婦だからあまり着れるものが無いけれども、お正月用のワンピースとコートでいいかしらなんて思い浮かべる。そういえば妙子がマタニティのフォーマル持ってるからいつでも貸してくれるって言ってたっけ?
来年のクリスマスには家族が増えているから、当分二人っきりのクリスマスなんて無くなってしまうものね。ちょっとだけお洒落して、楽しみたいなぁ。
「それじゃ、行ってくるよ。プレゼンの後、打ち上げをかねた忘年会だから遅くなる。先に寝てなさい。」
「飲み過ぎに気を付けてね。」
「判ってる、今日は車で行かないから。電車がなかったらタクシーで帰ってくるよ。」
「いってらっしゃい」
ちゅっとわたしの頬とお腹にキスを落として彼は仕事に向かった。


「ふーっ」
大きくせり出したお腹を脚の間に入れるようにしてソファに座る。結構夜寝るのも、座ってるのも苦しくなってきている。
予定日はまだ先で、年末なんだけどなぁ。
少し遅れると1月1日なんてお正月生まれだよ?最初は遅れやすい、なんて妙子から聞いている。彼女は予定より1週間遅れて、必死で歩いたそうだ。そんなことになったらまた俊貴さんが大変だわ、と考える。
あんまり順調にいかなかった妊婦生活。
最初は仕事を優先しすぎたせいだとわたしも思っていた。仕事が楽しかったし、いくら子供が出来たとしてもそんなに変わりなく働けると思っていた。妊婦で産休直前まで働いていた女性もいるのだから。
わたしの場合、妊娠が判った後も仕事を続け、俊貴さんや上司の羽山さんの忠告も聞かずに少々無理してしまった。その挙げ句に切迫流産を引き起こしかけた。軽い血の混じったおりもので気がついたので、即産婦人科に駆け込んで病名を言い渡された。まだ3ヶ月にもなってなかったので薬もでない。ただ自宅でじっとしてるだけ。2週間ほどの休養で何ともなかったけれども、その間に悪阻が悪化してしまって、体力をかなり落とした。彼の心配そうな顔は無理しないでくれと訴えていたが、仕事を辞めろとは決して言わなかった。ずっと一緒に仕事してきたんだもの、一番よくわかってくれていたと思う。
でも、さすがに7ヶ月目で切迫早産になってしまった時には焦った。お腹の張りが取れなくてなかなか寝付けなかったり目が覚めたりするなぁと思っていた矢先、検診で子宮口が開いていると言われ、しばらく入院して点滴を余儀なくされた。
その時はさすがの俊貴さんも『どうする?』と聞いてきた。けれども、切迫早産の原因は自分かもしれないと、己を激しく責めていた。その...安定期に入ってからは、結構してたから、マタニティえっちというか、その、俊貴さんもかなり我慢してたみたいだし、少しだけのつもりが、つい、わたしも夢中になってしまったり。それは彼がそうさせるからなんだけど、彼自身も治まりつかないみたいで、時々暴走しかけるのを必死で自己規制していた。
結果、やはりまた安静にしていなければならなくて、このまま早めの産休にはいるか、それともいっそのこと退職するかを考えなければならなかった。育児休暇を取ったとしても1年、預けられるほど近くに両親が居るわけでもなく、おそらく託児所か保育園に預けることになる。それから復帰するか、いっそのこと一旦退職して子供が手を離れたら再就職するかどちらかだった。
そして、わたしは退職を選んだ。
勿論仕事は好きだったしやり甲斐もあった。少し寂しくもあったけど、産まれてくる子供をこれ以上苦しめたくなかったのと、子育てに専念したいとういう考えからだった。どうしてもやりたければ仕事を続けてもいいと俊貴さんは言ってくれたけど、最初に子供が出来たらって言ってたし、私もそんなに若くないから、しっかり子育てと、出来れば後もう一人ぐらい欲しいなぁなんて思っていたから。
仕事は、又余裕が出来たら再就職を考えればいいと思っていたし、俊貴さんからもそう言われた。会社側もその考えを受け入れてくれて、私の退職は退院後すぐに決まった。

切迫早産のあとは、いつ生まれてもいい時期までは安静に継ぐ安静で何も出来なかった。そうすると自然に体重が増え、9ヶ月目には少し運動をするように言われたり、むくみもあったので塩分制限の食事にしなければならなかった。
そんな中、俊貴さんはすごく献身的で、定期検診にも必ず付き添ってくれるし、安静時には食事の用意もしてくれた。運動が必要だと一緒に歩いたり泳いだり、ジムのマタニティのコースに体験も一緒に付き合ってくれたり。
クールな本宮課長の普段の姿からは想像出来ないほど。隣で真剣に説明を聞いてる彼は、こっちが笑ってしまいそうなほど一生懸命だったんだもの。

その日、妙子にマタニティフォーマルのワンピースを貸して欲しいと連絡したら、すぐに子供連れて持ってきてくれた。
「いいわね〜クリスマスっぽくって。うちなんかもう、クリスマスは子供の日よ?」
「そうね、サンタにならなきゃだし?」
「そうそう、ご馳走も作らないといけないし、ケーキ高いからうちは手作りよ〜」
「いいじゃない、その方が」
「まあね、その分旦那がわたしにもクリスマスプレゼント奮発してくれるしね。っていっても自分で買って事後承諾だけど。」
「そんなものなの??」
「そうよ、子供が中心なんだもの。あ、でも朱音の所は結婚記念日でもあったんだっけ?」
「うん、そうなの、だから俊貴さん張り切っちゃって」
初めて結ばれた日でもあるし、付き合い始めた日でもある。去年はなんか勝に振り回されて大変だったけど。
「そっか、らぶらぶだもんね、あんたのとこ。ほんとそれじゃあ妊娠中の浮気なんて心配ないか?」
「え?」
「結構多いらしいよ。朱音の旦那さんモテルタイプだしね、女がほっとかないでしょ?狙ってる女性は男が欲求不満なとこを狙ってくるわけよ。色気仕掛けの身体で落としてくるわけ。だって妊婦相手じゃ、まあ欲求は解消しないでしょ?よっぽど淡泊ならしらないけど?」
にやにやと妙子が笑う。
何度か、電話中にちょっかい出されたり、首筋に付けられたキスマークを見られたりしてる。そういう話しはしたこと無いけど、朝からあたしがぐったりしてるとこを見ては勝手に読んでるみたい。まあ、当たってるけど...
「そ、そうなんだ...欲求不満、だろうね。」
「まあ、その時は抜いてあげたりとかしてるんでしょ?」
「た、妙子??」
「あはは、夫婦なら誰でもやってるでしょ?アレで出来ない日もあるんだし、それでもむらむらしてると判るじゃない?まあ、その時はね〜」
「まあ、そうだけど...」
何度かそう言うこともしたことあるけど、最近はお腹が苦しくてそれもしなくていいって言われてる。
大丈夫かな?彼...
「朱音のトコはベタ惚れだから大丈夫よ。それに子供すごく楽しみにしてるじゃない?前に逢ったときなんか、『判らないことがあったら頼らせてくださいね』なんて言われちゃったわよ。もう二人もいるからこっちが先輩なんだけど、あんたの旦那落ち着いて渋いじゃない?もう子供何人いてもおかしくない年齢なのに、可愛いわよね、そういうとこ。」
本当にそう、子供がいる私の友人や、自分の同期の羽山さんなんかにもいろいろ聞いてるらしいし、ネットや育児書でも調べてるらしいから。
「こら、暴れちゃ駄目!おばちゃんのお腹には赤ちゃんがねんねしてるんだからね?」
二人の年子の子供はきゃっきゃと笑いながらわたしの足下から離れた。さっきはおうたを歌ってあげると言って、お腹の前で大合唱してくれたり、ホントに妙子はのびのび子育てしてるわ。
「うちは近くにあたしの両親の実家があるしね、同居じゃない分気が楽よ。専業主婦もまた楽しいよ?出掛けたり出来ない分あたしがこうやって来てあげるし?うちも出掛ける方が楽なときもあるのよ。この子達元気すぎて」
けらけらと笑う。車の免許持ってるし、旦那様も公務員で地道に稼いでるから、妙子に言わせると安泰らしい。
それからしばらくお茶して、おもたせのケーキ食べて妙子は帰っていった。

誰かが来てくれるだけでも気分転換になるわね。
本当に自分は仕事が好きだったんだって思うのは、こうやって時間を持て余したときだったりする。でも、この子を無事産むことがわたしの今一番すべきこと。やってみれば子供育てながらの主婦業も大変だってことは散々妙子から聞かされてるしね。
それにしても今夜は遅くなりそうね。
俊貴さんは夜中を回っても帰ってくる気配がなかった。
携帯にメールもまだない。珍しいなぁ?いつもならこれからの予定とか送ってくれるのに...酔っちゃったかな?
しょうがない、先に寝るか。
そう思っていた矢先に携帯が鳴った。でもそれは俊貴さんではなくて、勝だった。

「もしもし?」
『あ、朱音?遅くにごめん。課長...もう帰った?』
勝は、あたしが会社を辞めた後、人手不足解消のため営業から商品開発部に異動した人員の穴埋めで、再び営業に戻ってきていた。だから今は実質俊貴さんの部下。生活面では、すでに麻里ちゃんとは別居&離婚調停中らしい。資材部にいては残業もないし、麻里ちゃんのパートも禁止したため、家賃もままならないと実家に戻ったらしいのだが、見事に姑と合わずに、彼女は飛び出してしまったらしい。それもまた、子供を置いて...
『今度こそは、俺ももう許せないよ。』
そう言って勝は離婚調停に持ち込んだ。子供を自分の方に引き取るためにだ。勝側に有利な条件は多く、このままだと親権も養育権も勝のものになりそうだと言っていた。麻里ちゃんは、友達の所に居候しながら、喫茶店のバイトとかで生計を立てているらしく、子供を引き取れる環境ではないらしい。
これもまたいつもの如く報告してくる勝から聞いた話...時々家にも部下を連れてきたりするから、俊貴さん。
「まだだけど、どうしたの?」
『...そっか、たぶん大丈夫だと思うけど、課長かなり前に帰ったんだよ。』
「え?」
『クラブの女性と抜けちゃったんで...それで俺、心配で』
嘘...まさか、ね?
『なんかさ、ココ課長の通いの店だったらしくって。そこで馴染みのホステスさんがついてくれたんだけどそれがまた綺麗な女性でさ、課長ともなんか意味深で...その、雰囲気がさ、普通じゃなくて。俺も、覚えがあるからさ...実は一回だけ、浮気したんだ。水商売系の女性と...その、妊娠中はあんま出来ないだろ?だから、つい溜まっちゃってさ。まあ、あの課長のことだからそんな心配ないと思うけど、一応、な?』
俺は朱音の味方だからなんて言い足して。
そりゃ、あんまりしてないよ...切迫早産の時、自分が、その、やりすぎたせいだって彼は思いこんでたし、さすがにお腹が大きくなりすぎるとこっちも辛いし?してあげるのだって、最近は屈むのさえ辛くなってきてるし...
でも、まさか...
『そのホステスさんが席を立った後、課長もトイレに行って...その後会計済ませて先に帰ったって言うんだ。その女性も帰ってしまって。他の連中には俺上手く言っといたけど、残った俺たちもさっき解散してさ。店の人に聞いたら、昔かなりの馴染み客だったって言うしさ。もし帰ってるんならいいんだけど...朱音、大丈夫か?』
私の返事がないので心配したようだった。確かに目眩もするようなことだけど、わざわざ言ってくるのが勝なわけだ。
「大丈夫よ。俊貴さんはあなたとは違うわ。もう、変なこと言わないで!!」
そう言いきったものの、勝との電話を切った後なかなか眠れなかった。
久しぶりにお腹が張って苦しくって横にもなっていられないほどだった。


明け方にメールが入ってきてるのに気がついた。
<遅くなってごめん、飲み過ぎてホテルに泊まったんだ。始発で帰るから、ゆっくり寝てていいよ>
嘘ついてる
ホテルに泊まったの?誰と?一人で?
今になって、こんなことって
信じられる人だと思いたい。ううん、信じたい。
だから、早く帰ってきて?


お願い、あなた...

2007.12.22
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さてさて、朱音です。久しぶりの妊婦気分。お腹が張ります(笑)
なんせ切迫両方やったのは自分なんで…あはは、仕事のしすぎ?
波乱が出てきてますが、引き続き明日もお楽しみ下さいませ♪

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