風花〜かざはな〜

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〜恭祐・回想8〜

もうもどれない……
素肌で抱き合い、目覚める朝。求めれば溶けて合わさる身体。
交わることを除けば、全てでゆき乃は僕を受け入れてくれた。

離れられない……

こんなにも腕の中にいる女が愛しいなんて……いくら気持ちで繋がって居るとしても、襲い来る不安と焦燥。その正体は僕にも、ゆき乃にもわかっていた。いつか失ってしまうかも知れない、そんな不安が絶えず二人を追いつめていた。
同じ部屋で過ごし、同じ夜、同じ朝を迎える幸せ。ゆき乃の中に入れなくても、身体を重ね、ゆき乃が喜ぶのを見て僕も何度も果てた。ゆき乃の身体に、ゆき乃の手の中で、そしてゆき乃の口の中に……
僕はまるで抑えの効かない子供のようだった。
二人でいる部屋の中、欲しければ引き寄せた。
目の前で微笑むゆき乃を狂わせたくなって、トコロ構わず押し倒すなんて、本当に自分が怖いぐらいオカシかった。僕の名を何度も呼ばせて、「愛してる」と喘ぎながら言わせてようやく満足する。そうしておいて、彼女がイク瞬間、初めて彼女の身体のすべてを手に入れた実感があった。自分自身をそのままにして愛撫するものだから、その時間も長く、意地悪なほど攻め立ててしまう。
台所に立つゆき乃の後ろ姿にすら欲情してそのまま押し倒したこともある。彼女は羞恥心で真っ赤になりながらも僕を拒むことなどない。コンロに手をかけながら耐えるゆき乃の服の裾から忍ばせた指先で立ったままイカせた。テーブルの上で震えるゆき乃の秘所を愛撫し、溢れる蜜をすすりしたたかに酔った。
湯船に引き込みもした。出掛けた先の車の中でも我慢できずにゆき乃に触れた。まるでケダモノのようだとも思ったけれども、以前の女性の身体に溺れていたときほど心は荒んでいない。むしろ満たされて、充実していた。
時々その罪を思い出し、ゆき乃が辛そうに涙することもあった。だけど、そんなときは何も考えられなくなるほどゆき乃を狂わせて、イカせて、腕の中で意識を飛ばして眠る彼女を見て自分がほっとしていることに気がつく。

「こんなに自分が抑制きかなくなるなんて思わなかったよ」
どんなに昼間愛そうとも、ベッドに入ると尚更我慢できずにゆき乃の裸体を思う存分堪能した。抱きしめるだけで我慢していたことを思い出すと、良く耐えたものだと思えた。今は箍がはずれたままの、愚かな獣。
肉親であろうと平気で交わる獣のように、いっそ自分のモノで愛したいと何度も思った。だけどどこかで人だというプライドと、不可侵を貫くことでゆき乃への愛を維持したかったのかも知れない。
そして、清純なゆき乃が、娼婦の如く奉仕する姿に愛の深さを見いだして歓喜している自分も居た。その一生懸命している姿を見ているだけで、いきそうになる自分……ゆき乃の口中で愛撫される快感だけでも満足しようと、それだけでいいとさえ思った。

「恭祐様……このまま……んんっ」
ゆき乃が強請るように欲しがり、僕のモノを口に含んだまま激しく頭を揺らす。吸い付くようなその快感と与えられる刺激に腰が痺れて、脊髄を駆け上がり頭天まで持って行かれそうになる。
「ゆ、きの……あっ、そんな……くっ!!」
ゆき乃が僕の猛りを口にしたまま、吐き出される欲望を最後の一滴までも吸い尽くし、呑下す。その快感は計り知れなく、僕は息を切らして果てる。それでも最後まで奉仕を続けるゆき乃のその婬らで艶のある表情に僕は再びその口の中で大きさを取り戻してしまう。
互いの身体を入れ替えてお互いを愛したりもした。同時に果てる喜びを味わい、共に快楽の汗を拭ういとまもなく眠りに落ちることもしばしばあった。
何度もゆき乃は繋がることを望んだ。「かまわない」と。だけど、一時の快楽で思いを果たした後、ゆき乃は後悔したりしないか?もし子供が出来てしまったら、その時は……その子供すら苦しめることになるのだ。その子供に胸を張って親だと言うことが出来るのだろうか?互いに家族の愛に恵まれなかった分だけ、不幸せな子供は作りたくなかった。それがどれほどの不幸か、お互いに嫌と言うほどわかっているのだから。
一度身体を繋げてしまえば、自分をコントロールする自信などなかった。それは身体だけの関係であっても、しばし女性にイカされる経験があった。それが愛しいゆき乃を抱いたとき、自分で自制が効かないだろうことも予想された。
知っている……
ゆき乃ではないけれども、女性の身体の中の気持ちよさ、直ぐにでも吐き出したくなるほどの欲望の沸騰する瞬間を。慣れた女性達はそこそこ自分で避妊もしてくれたし、毎回同じ女性でなければ、安全日を狙って遊んでくる女もいた。それに、出来ても平気で堕ろしてしまう女性もいるのだ。
だけど、ゆき乃がそんなことできるとは思えない。子供が出来るリスクを考えると、今までの自分の性行為自体までもが恐ろしくなってしまうほどだ。
だから、このまま、愛するだけで、いなくてはならないのだ。


ゆき乃はどんどん綺麗になっていった。
それは毎日囁く僕の愛の言葉のせい?それとも毎夜僕がゆき乃を可愛がるから?
艶の出た肌、表情はゆき乃がまだ処女だとは誰も思わないかも知れない。彼女の友人達は祝福してはくれているが、本当に繋がっていないなんてきっと知らないだろう。
ゆき乃の身体に溺れるばかりでなく、仕事の面でも宮之原に入り学業の傍ら仕事を覚えようとしていた。
父を恐れてこびへつらうもの、様子見のもの、そして中には父が信頼を置くと共に、僕がただの坊ちゃんでないことを知り仕事を仕込もうとしてくれる人もいたりする。父への反発で敵対して来るものだっている……
力也と裏で手を組みながら宮之原の中の事情を把握し、分析していった。
いずれ、内側から切り崩して父に打撃を喰らわせ、そのあと宮之原を再編成できれば一番いいのだ。
時間は僕を束縛し、疲れ果てた身体をゆき乃の側で休ませ、ゆき乃の身体で生きてることを再確認する毎日が続いた。

宮之原を大事にしているつもりはない。だが、僕はゆき乃しか自分の妻には迎えたくない。そのためには宮之原をつぶせるぐらいでなければ逃げられない事態に陥ることは目に見えていた。ゆき乃と二人逃げることは簡単だ。だけど、妻を迎えず、一生ゆき乃と暮らせれば、宮之原を護っていくぐらい苦にもならないことだった。
全てはゆき乃を守り手に入れるため、誰にも文句を言わせないため、ゆき乃との生活を維持するため。
そのためには時間はいくらあっても足りなかった。
強くなる為に……父にも負けない、誰よりも強い自分になるために……
「ゆき乃は、どこまでもついていきます。何も残されなくても、その先が地獄でも、恭祐様さえいらっしゃるなら……でもやっぱり、恭祐様に無茶はさせたくありません。だから、もしもの時はゆき乃を捨てて下さい。恭祐様のためなら、ゆき乃はこの身体ぐらいどうなってもかまわないんです。そう思えるほど、たくさん愛して頂きましたから」
不安を隠せないゆき乃はこうやって哀願するのだ。いざとなれば自分を捨てろと。それは自分が他の男のモノになることだなんてわかっていないんだ。ゆき乃を誰かに渡すなんて出来はしないのに!!
他の男にゆき乃を渡す。そんなこと、考えるだけで狂いそうだった。
ゆき乃を愛している。本当はもっともっと大事にしたいはずで、こんな身体の関係を深めたかった訳じゃない。
だけどどこかでもたげた不安の鎌首が、ゆき乃を失うんじゃないか、誰かに奪われるのではないかと僕に焦燥をもたらす。
普通の男女の仲でも信じればこそ強い絆もほんの少しのほころびから心の闇は広がるという。それがこんな不安定な関係であれば余計にその不安はつきない。
いつかゆき乃は自分から離れていくんじゃないだろうか?
こんな、異母兄妹との不安定で成就しない関係など重すぎるだけじゃないのだろうか?
僕の指先と舌の愛撫だけでこんなにも感じて乱れるゆき乃が他の男に抱かれたら?
その身体の全てを奪われるなら、その前に自分のモノにしてしいまいたい。
だけど、それは出来ない。
終わりのない思考の輪にはまり込んでは、抜け出すためにゆき乃の身体に触れ、ゆき乃を求めるしかなかった。


「ゆき乃、昨日運転手の西田に聞いたんだけれども、妙が……ここのところ調子が悪く伏せっているらしいよ。おまえもあれから館に帰っていなかったよね。僕もそうだけれども……幸い来週から夏期休暇にはいるだろう?今度の休みに一緒に帰らないか?」
ゆき乃にとって妙は母親同然の存在だと思う。それは僕にとってそうだ。
「父は今渡航中だから帰って来ないと思うよ」
ゆき乃が気にするだろうから、そう付け加える。
「妙さんが……本当ですか?帰ってもいいのですか??」
やはりゆき乃はその可愛らしい顔を直ぐに曇らせた。
「ああ、ゆき乃にとっても妙は親代わりになってくれた人だろう?もちろん僕にとっても大事な人だからね。母がほとんど家にいなくて、僕の躾やら教育はすべて妙がやってくれたんだもの。やはり一度顔を見に帰ろう?」
遊び歩く母に代わって、身の回りの一切を取りはからってくれていたのが妙だ。厳しい気性だが、思いやり深く、いつだって僕らのことを自分の子供のように心配してくれている。元々は祖父の妾だったというが、思慮深く知性のある彼女はそれなりの名家で育ったと思われた。
「あの……妙さん、どのような具合なんでしょうか?」
「さあ、詳しいことは西田も知らないみたいだったよ。今年の夏は暑いから身体に響いたのかな?妙も誰かさんみたいに弱音を吐かない人だから、無理したんだろう」
ゆき乃をちらりと見る。そう、ゆき乃はそんなところは妙そっくりだった。血の繋がりは無いだろうに、共に生活するとそうなるのか、ゆき乃は妙のようになろうとしていたしね。今年の夏も、ゆき乃は貧血起こしそうになっても僕に何も言わずに大学構内で何度か倒れそうになったりしたのだ。その時、かなりきつめにちゃんと言うように言ったのだが。
「それは……恭祐様がいけないんです……」
ゆき乃が拗ねた口調でぼそりと言う。その言葉が可愛くて、僕は思わず笑いながらゆき乃を引き寄せる。
「朝までゆき乃を可愛がって寝かさなかったときのことを言ってるの?それともお風呂場で逆上せて倒れる寸前まで虐めてしまったこと?それとも……」
「もう、知りません!!」
慌てて逃げようとするゆき乃を抱きしめながら、真っ赤に染まった耳朶に囁く。
ゆき乃の身体はすぐさま溶けそうに柔らかくしなる。その感触を感じながら、僕はその手を離せずにいた。
「館に戻ってる間は、こうやってゆき乃を独り占めできないのが寂しいんだけれども?だって、ゆき乃はコック長や庭師の友造にも可愛がられてたからね。それに……」
そう、誰にも、妙にすら言えない。二人の関係。けれども今日のゆき乃は、またすぐに不安げな表情に戻ってしまった。
「妙のこと、心配?」
「はい……恭祐様、もし館が大変でしたら、わたし夏の休暇の間だけでも館を手伝ってもいいですか?」
「構わないよ。だけど、そうなるとなおのこと辛いな……ゆき乃に触れられない夜が続くときっと僕は狂ってしまうよ?ゆき乃の部屋に夜這いに行きそうだよ」
そうしてゆき乃にキスすると歯列を割ってその口内を犯していく。彼女の舌先を深く絡め取り、味わいながらゆき乃をソファに押し倒しゆっくりと身体を重ねる。
甘い吐息を漏らすゆき乃をじっと見つめる。
「もう、ゆき乃を抱かずに眠れないんだよ?出張の時ですら辛いのに……僕はしばらくしか館には居られないけれどもね。仕事もあるし……こちらに戻らないといけないから。ゆき乃はゆっくりしてくるといいよ。ただし部屋には鍵をつけさせるからね?」
館は安全だと思う。皆の目があるし、何より妙がいる。それでも多少の不安を隠せなかった。
それから出発する日まで、何度もゆき乃の身体を貪った。眠ってしまう時間が惜しくなるほど、二人何度も快感の架け橋を登っていった。

館までの移動手段に、僕は車を選んだ。少し疲れるけれども、ゆき乃と二人っきりになりたかったからだ。
ゆき乃が昼食用にと弁当を詰めて持ってきたのを、途中休憩した見晴らしのいい高台で広げてピクニック気分を味わった。食後少し仮眠をとるときも、ゆき乃を引き寄せ、その膝に頭を預けた。うたた寝から目を覚ますとそこにゆき乃がいることが嬉しくて、思わず引き寄せてはキスをした。ここが屋外じゃなかったら、そのまま愛していたかも知れない。
館への距離が近づくと共に、ゆき乃の口数が減っていく。
もうすぐ二人っきりでなくなる。
大学の友人達の前でいるように、普通に話したりすることすら奇異に取られるだろう。あの館の中では、僕とゆき乃の立場は違ってしまう。それを無くしたくて、今、努力しているのだが、まだまだ自分の力は非力だ。


「恭祐様、お久しぶりでございます」
車を館のエントランスの前に停めると、料理長の亀田をはじめ、古くから館で働く面々が出迎えに来た。車の助手席から降りてきたゆき乃を見ては驚いているようだった。
この館を出たときは、まだ幼さを残した少女だったのが、見る間にあか抜けて女性らしい美しさを備えて帰ってきたのだ。今のゆき乃は使用人には見えない、どこをどうとっても良家の子女に見えるのだから。
「ただいま、亀田。今夜は久しぶりにおまえの料理が食べられるね」
「はい、今夜は私も腕を振るわせていただきますよ。でも、恭祐様はゆき乃ちゃんの料理を食べてらしたんでしょう?この子の料理の腕はたいした物だったはずですよ。なんせ私が教え込んだのですから」
亀田に可愛がられていたゆき乃は嬉しそうに微笑む。やはりこの館はゆき乃にとっては家だったのだ。辛い思いも多かっただろうけれども、幼い頃からココで育ったゆき乃は年配者には可愛がられていたから。
亀田とゆき乃が言葉を交わしている間に庭師の友造も飛び込んでくる。
一応館の子息である僕に遠慮はしているけれども、ゆき乃に構いたくてしょうがないようだ。
それも仕方ない。今は自分のモノと主張するわけにもいかず、諦めて彼らに譲った。
友造なんかは涙まで流してるんだからしょうがない。
亀田に僕の前だと窘められていたが、構わないと答えた。さっさと部屋に行けば良かったのだが、そうそうゆき乃の側を離れる気もなかった。
「本当に、綺麗になって、まるで志乃さんのようじゃ。ああ、早く妙さんのとこへ行ってやりな。おまえさんが居なくなって1年、みんな帰ってくるの待ってたんだが、きっと一番寂しかったのはあの方なんだろうから」
友造にそう即されて、ゆき乃は僕の方を仰ぎ見た。
「先に行っておいで、荷物は部屋に入れておくよ。ゆき乃の荷物も一旦僕の部屋に入れておくから……さあ、待ってるよ、妙も」
「はい!」
そう言ってやると、ゆき乃は弾かれたように妙の部屋に向かって駆けだしていった。

      

恭祐サイドもあと一話です。