たぶんそう思う...

誰かのところに行ってるんだろうか?
そうだあの時、一緒にいた女の人たち、特にメガネ掛けた色白...
「もしもし、ススム?ちょっと聞きたいんだけど...」
その人の番号を聞きだす。
「もしもし、恭子さんですか?ぼく、将志です。ええ、槇乃さんの...そこにいますか?いえ、変わらなくていいです。その代わり、迎えに行っていいですか?」
〜槇乃〜
「ごめん、恭子、今晩泊めて...」
頭は回ってなかった。ただ家には帰りたくなかった。

『あたしの広野くんを返してください。』
団地の前で呼び止められた。風邪気味で体調が悪かった。早く家に帰ってぐっすり眠ろうって思ってた。マー君が来てたらおじやでも作ってもらおうかなって。
目の前には、クリスマスに来ていたあの可愛い子がいた。その子が瞳に涙浮かべて...言った。
『ひ、広野くんはあたしの初めての人なんです...お願いです、返してください。』
なんて答えたらいいのか判らなかった。嫌味な女たちなら啖呵きって見せればそれでいいけど、こういうタイプが一番苦手。
『たぶん、彼は昔の思いが叶ったことに浮かれてるんだと思います。でも、おねえさんがいなかったらあたしたちあのまま付き合ってたはずなんです...』
そっか、付き合ってたのか...それは...聞いてなかったよ。
『こんなこといったら何なんですけど...噂になってるんです。おねえさんと広野くんのこと。学校や、この団地ででも...ここにあたしの知り合いの人が入ってるんですけど、その、受験生の広野くんを引っ張り込んでるって...その人も、親か会社に言ったほうがいいんじゃないかって...だから、あたしちがうよって、あたしと付き合ってるんだからそんなことないよって、そんな連絡しないでってお願いしておきました。』
『そう...で、わたしはどうすればいいの?』
『広野くんとは、もう逢わないでください。おねえさんにはもっとふさわしい年齢の人がいるでしょう?それに、広野くんとあたしが付き合ってるって思ってもらわなくちゃいけないし、もともとそうなるはずだったんだから...だから、お願いします、邪魔しないでください!!』
『...わかったわ』
考えるの面倒なほど頭が動かなかった。なんで?って思ったけど、言い返すきっかけも反論する気力もなくなって、ただもう目の前の事実から早く逃げ出したかった。
だから...その憤りのまま、まーくんにひどいことを言ってしまった。
『...いいから...今日はもうかえって。』
『え?』
『すっごく気分悪いの!だから...隣に、自分の家に帰りなさいよ!!しばらくこっちに来ないでくれる...』
その夜熱が出て寝込んでいた。でも翌朝何とか薬をのんで仕事には出た。あんまりひどかったので帰りに病院で点滴を打ってもらったりした。
聞けばいいのに...崩した体調では明るい考え方がひとつも浮かんでこなくて、必死で家にたどり着いて部屋で死んだように眠っていた。
真っ暗な部屋に帰ってきて、寒い部屋にいくらヒーターを入れてもちっとも温まらない。
こんなにも...まーくんの存在があたしを支えてくれてたなんて。寂しい、寒いよ、つらいよ...まーくん。
次の日帰ると食事の仕度がしてあった。そういえばここ何日かまともなもの食べてなかった。
「まーくん...」
暖めて食べたそれはどれも消化のいいもので、その味に慣らされてたわたしはしっかりそれを食べてしまった。なんだか元気が出てくるような、優しい味。
まーくんの優しさがしみてくる。
きっとあの女の子のいってることは全部が本当じゃないと思う。でもいくらもう推薦が決まったからといって高校生が女のところに入り浸るのもよくないって思っていた。それにまーくんの場合極端だから、ひっついてる間なんてもうべたべただし、他の事なんかどうでもいいって感じで、やっぱ怖くなる。このままでいいのかなって...まーくんにはもっと他にしなくちゃいけないことや、考えなきゃいけないことがあるんじゃないかなって。なのに毎日といっていいほどうちに来てご飯作って待ってて、そのあとえっちして泊まっていって...朝自分の部屋に戻って学校いって...そんな繰り返し、よくないって前からそう思ってた。ただ、言い出せなくって、それに慣らされていて...あの子が言ってくれて踏ん切りがついただけのこと、そう思わないと...

『あの、明日あたし広野くんのとこに泊まります。その意味わかりますよね?』
夜電話があった。どこで調べたのか、家の電話にかけてきた。彼女のほうから誘ったんだろうな...それともまーくんが?でも、あんな可愛い子に迫られたらさすがのまーくんでもだめだろうなぁ...
『それに、あれだけ言ったのに、まだ広野くんおねえさんの家に出入りしてるんですよね。それじゃまた誤解されちゃいますよ、そうでしょう?』
そうだね、駄目だよね、このままじゃ。でも自分からなんて言い出していいのかわからない。ううん、そんな勇気ないよ...でも、はっきりさせなかったら、またまーくんは来るんだよね?
朝、置手紙して、出かけていった。
『もうご飯は作らなくてもいいから。もうこないで...今夜は帰りません。―槇乃』
きっとあたしが隣にいたら遠慮するから、ううん、隣にいるのをずっと意識して一晩中いられないから、だから今夜は友達のとこに泊めてもらおうと思った。そうすれば、今時分何してるかなんて気の狂うような思いはしなくていいんだ。
だって、あたしに触れるあの優しい手が、彼女に触れて、あたしを求めてくるあの激しさで彼女を抱くなんて...考えたくなかった。
だから...

「泊めてくれないの?」
「いいけど、どしたの?死人みたいな顔してるよ?風邪は治ったの?あのぼうやに看病させてたんじゃないの?」
同じ職場の恭子はあたしがこの数日風邪を引いてたのも知ってる。
「させてないよ...いいから、泊めて...お願い...」
「槇乃?どうしたのあんたらしくもないわね?ちょっと、まだ熱もあるんじゃないの?無理したわね、大丈夫?身体もつ?」
「そのぐらいもたせるわよ...こんなことぐらいで仕事に穴開けるあたしじゃないわよ。」
「可愛くないわね、槇乃。じゃあ、あたしも終わったらあんた迎えに来るから、タクシーで帰ろう。」
わかったと返事してデスクに戻る。
終業と同時に木野が寄ってきた。
「片瀬、今夜飲み会あるんだけどいかね?」
木野...なんであたしを誘うのよ?
「行かない...」
「最近付き合い悪いよなぁ、おまえ。男でも出来たのか?」
「あんたこそ平野さんとのデートで忙しいでしょ?」
「うん?まあな、けど最近おまえと飲んでないなって思ってさ。おまえと飲んでいろいろ話してると元気出るからさ...ここんとこおまえ元気ないし、俺の元気を分けてやろうかとおもってな。」
「い、いらないわよ、あんたの元気って平野さんとのらぶらぶパワーでしょ?いらないってば。」
「ったく相変わらず可愛くねえ奴だな。もうちょっと素直だったら俺もおまえのこと...」
「え?」
「なんでもないさ...片瀬も素直になれよな。」
「木野...?」
どういうことだろ?ひらひらと肩越しに手を振って去って行く。
「あらら、今言うかね〜」
「恭子...?」
あたしを迎えに恭子が来ていた。
「槇乃、あんたが素直になってたら木野と両想いだったってことじゃないの?」
「そういうことなの?」
「平野もなかなかのお嬢様で我侭ぶりがすごいらしいからね。」
「ふうん、そう...」
興味、なくなってるよもう...それよりもあたしの心の中はまーくんのことでいっぱいで...
あたし、素直だったかな?まーくんには...
昔から知ってたし、気合入れてもしょうがない気がしてた。でもそばにいるとどきどきして、まーくんの喜ぶことしてやりたいって思った。まーくんにもすごく甘えてた。だから、それもすごく気になってたんだ...
「帰えろっか?今夜はじっくり話しきくからね。」
恭子がメガネをきゅっとあげて、丸っこい顔で優しく笑ったくれた。


「そっか、そんなこと言われたの?それその子のでっち上げじゃない?」
「そう思う?」
「たぶんね...でも何でそんなの信じちゃったんだよ、槇乃。」
「どしてだろ...」
恭子の部屋でコタツにもぐりこんで頭をテーブルに置いてため息をつく。
体調も悪かったのは確かだけど...あたし何か引け目を感じてたんだろうか?まーくんの若々しさを見せ付けられるたびに眩暈のような至福を感じていた。だってさぁ、お肌なんかも綺麗なんだよぉ、つるつるでさ...あんまりひげも濃いほうじゃないし、体つきもまだ少年っぽさを残してて、綺麗なんだよね。それをさ、あたしなんかが相手でいいのかなって、ふと思うときもあったのよ。でもいつものごとくまーくんのペースで考える暇なしで、まーくんといると居心地よくって、ついふにゃってなってる...
ほんとうなら、あんな可愛い子と恋愛してるはずなんだよなって。あの子に返しって言わて、ついそうだなって思っちゃった...まーくん、10年間勘違いしてたんじゃないかなとか、まーくんの想いは小さいときの刷り込みだったとか、って...あの夜だって、記憶ないし...あれさえなければって思ってしまうよ。
「それで、槇乃の気持ちはどうなのよ?」
「どうって...」
「あのぼうやのこと、遊びだったとか?もう飽きたとか?」
「そ、そんなはずないでしょ!!そりゃ最初は、いきなりだったし、焦ったけど、考えてみたら昔から知ってて、肩肘張らなくていいから楽だったし、ご飯作ってくれるし、一緒にいると楽しいし、元気になるし、それに...え、えっちの相性もすごくいいみたいだし...それに、それに...」
「ふう、槇乃がそこまで言うのはじめてじゃない?いっつも意地張って、かっこつけて、自分のスタンス崩さなくって、男なんていらないって態度だったのにね。」
「え、そんな...そんな態度とってた?」
「ちょっとは自覚してんでしょ?大学のときのカレもそれで逃がしたんでしょ?木野くんのことだって、気がついてなかったんでしょ?最初はうまくいくかなって思ってみてたけど、あんたやっぱり突っ張ってて、甘えないじゃない?木野が先にあきらめたんだよ。」
「え〜〜っ!嘘、そんなの知らないよぉ...」
「あんた男に甘えるのヘタだもんね。おまけにタメの男ばっかりじゃ、甘えずにいたら相手が頼りにされてないって自信なくすよ?」
「うう...」
その通りかも...まーくんは素直に甘えてくるから、こっちもいつの間にか素直になっちゃってるときあるんだよねぇ...それに、そういう意味の気なんか使ったことないわよ。周りに見つからないかとか、そっちばっかり気になって。
「今から帰る?」
薬もらって、とりあえずはかなり楽になった。会社帰りに恭子行きつけのおくすりやさんに寄って、漢方薬とか栄養剤も出してもらってたから。
「でももう遅いよ...」
今時分、あの子がまーくんと...
まーくんがあの子を抱いてる?あの腕で抱きしめて、あの指で愛撫して、いつもの無敵の微笑でにっこり笑って相手を虜にして、あの若さで朝まで離さないんだろうな。
いやだ!
まーくんが他の子に触れるなんてヤダ!!
「槇乃...あんた泣いてんの?」
「な、泣いてなんか...」
あれ?なんで...
「槇乃、意地っ張りもいい加減にしなくっちゃね。あのぼうやがほんとにそれを望んでるの?違うでしょ、あんたもわかってるくせに...」
『ちゃらら〜』
恭子の携帯が鳴った。
「はい、あ...うん、いるよ...わかった。いいよ、場所は...」
恭子が台所のほうへ行ってしまったので洗面所で顔を鏡に映してみた。
うわぁ、泣いた顔だ...ぶさいく。ぱしゃぱしゃと洗った。
「槇乃、あたしちょっと出かけてきていい?」
「え、なんで?お客さん?だったらあたし帰るよ?」
「違うよ、買い物〜買い忘れてたのコンビニ行ってくるから〜」
「あ、じゃああたしも行くよ。夜中に女の一人歩きは危険だよ。」
「...あんた今の顔外に出す気?」
「あ...」
ちょっと恥ずかしいかも?
「いいよ、行って来るから〜鍵持たずに行くから開けといてね。」
「うん、わかった〜ね、恭子ぉ、アイス買ってきてよ〜一緒に食べようよ。」
「はいはい、あんたが食べたいんでしょ?買ってくるわよ。ほんとに男にもこれぐらい甘えればいいのにね。」
ばたんと戸が閉まる。
泣いていいかな...もうすこしだけ...もう、帰れないし...もうまーくんとも...
「ううっ、馬鹿だよね、あたし...」
つけっぱなしのテレビのバラエティ番組の笑い声が部屋にあふれる。うちの団地と違ってつくりがこじんまりしてる分、落ち着くようで、落ち着かない友人の部屋。
帰るべき自分の部屋が悲しすぎる...隣にいる限り知らない振りばかりも続けられないじゃない?回覧板だって持っていかないといけないし、ゴミだしで出会うかも知れない。引っ越そうにもあの家賃であれだけの部屋はなかなか見つからない。でも一人なら、このぐらいの部屋で十分なんだよね...
『ばたん』
ドアの開く音。ああ、恭子帰ってきたんだ...
「引っ越そうかな...あたし。」
「なんで引っ越すの?」
「へっ?」
振り向くとコンビニのビニール袋を引っさげたまーくんの姿。
「なななな、何でここにいるのよ!!」
「恭子さんに聞いたんだよ、ここ。そしたら下で出会ってこれもっていけって...」
持ち上げた袋の中身はアイスが二つ。
「引っ越すって、本気?そんなに俺と離れたいの?槇乃さん...」
「だ、だって...」
背中を向けたあたしの目の前にアイスの入った袋が下ろされる。
「恭子さんから伝言、槇乃はなかなか素直にならないから、強引に押し倒すの許可しますって。」
「はあ?なによ、それ、恭子が?」
「今晩帰らないからごゆっくりだって♪」
「なっ、なに??」
後ろからまーくんの腕があたしを閉じ込める。あのこを抱かなかった腕...あたしだけの...
「槇乃...俺、槇乃じゃないと駄目だってあれほど言ったのに、まだわかんないの?またわかるまでその身体に言い聞かさなきゃだめ?」
まーくんの吐息が首筋にかかる。肩に置かれた彼の柔らかい髪がふわりとあたしの頬に触れる。
「お言葉に甘えて、離す気ないんだけど、いい?」
あたしはうなづくしかなかった。

         

やっと仲直りか??さて〜  まだまだ問題はありますが、迎えに来たまーくん。素直になれるのか、槇乃は?次回らぶらぶなるか、乞うご期待!!(ほんまかいなぁ〜〜)