ドアの向こう側...

「はぁ、久々の彼女があんな子だったら衝撃強いよ...おまけに前兆なし、いきなりだもんな。」
麗奈さん、ほんと奴の好みって言うより、理想に近いんじゃないかな?
あ〜あ、また辛い撮影になりそう...
仮病つかっちゃおうかな?それとも...やめるなんて出来ないくせにね。

「美咲、取りに来た!」
「あがってくれば?」
入り口で急かすあたしを尻目にコーヒーなんぞ淹れてるよ、この人は。
「久我も早く見たいって言ってるから、すぐ帰るよ。」
「ちっ、せっかくコーヒー淹れたって云うのに?インスタントじゃないよ。ちょっとは脚本家に付き合えってば。」
相変わらずのお言葉、はいはい付き合いますよ。
「で、それだけじゃないでしょ?」
「へ?なにがよ」
砂糖にミルク入りのあたし好みのコーヒーをすすりながら、本に目を通すあたしに鋭く突っ込んでくる。美咲はあたしの演技を唯一見破った奴だ。
「ちょっと雰囲気、余裕なくなってるかな?」
「ん...久我の奴、また彼女出来たみたい。」
コーヒーを持ったままちょっと移動して、クッションの上に腰を落とす。
「ふうん、やっぱりね...」
「なんで美咲にはわかるのかな?それがまた綺麗な子でね〜、今度の映画の女優でもあるんだ。」
「そぉ、最悪パターンか?」
「そだね、最悪クランクアップするまで見てなきゃなんないね〜」
「また気楽そうに言う振りして!もつの?その間。」
「わかんない...だんだん限界に近いかもだね。」

この2年、何度も彼の車に乗ることもあった。でも必ず誰か呼んで二人で乗らないようにした。DVD借りるのもメールで頼んで、部室で受け取るようにした。
『なんか避けてねえ?』
久我にもそう言われたけど、
『まさか気のせいだろ。』
としかいえない。あとはいままでと同じだからね。
    けどもう二度と二人っきりになっちゃいけないんだ。
美咲にも言ってない。あたしが久我と距離を置き始めた日のことを。


映研に入ってすぐの歓迎会。あたしは遅くなると思って初めての外泊を親に許可もらった。もちろん美咲のとこに泊めてもらうつもりで。
その晩、しこたま酔ったのは久我の方だった。なんだかその日は奴も荒れてて、悪酔いして、ふらふらで帰ろうとするのを仕方なくあたしが送った。
美咲ん家が近かったからタクシーで送って、部屋に放り込んで帰るつもりだったのに...玄関先じゃ風邪引くと思って寝室まで連れてった。
「いいじゃんかよぉ〜、泊まってけよぉ〜」
かなり酔ってるみたいだった。
「やだよ、酔っ払いの介抱なんぞごめんだね!」
あたしも少し酔ってたけど奴ほどでもない。
「一人じゃ寂しいだろぉ〜」
そう言っていきなり抱きついてきた。酔っ払いとは思えない、意外と強い力だった。
「やめろって!」
振りほどけず、そのままベッドの上に組しかれてた。
「あ、いい匂いだ...」
初めてつけた香水は日本のブランドのもので、高くもない物だった。自分のつけたマリンシトラスの香りがベッドの上に広がっていった。
「んんっ!」
酒臭い匂いと共にあたしの唇が塞がれて、あたしの身体の上には男として興奮してる奴がいる。
慣れたキスだった。あたしはほとんど経験なくて、ただひたすらされるがままだった。いきなり口内を這い回るような激しいキス。解放されるまで声も出せない。
「やだぁ...やめて...」
ようやく解かれた唇で小さく抵抗する。
けれど、好きだったから...こうされること、いつかは...って望んでたから。
身体は抵抗できなかった。
「やわらかいなぁ。」
久我の手のひらがあたしのそんなに大きくないスリムな胸にあてがわれてた。
「やめて、あん、やだよぉ...」
胸を優しく揉まれて自分でも信じられないくらい甘い声が出てしまってた。
いつものメンズっぽい白いブラウスシャツのボタンをはずされて、胸を露にされる。奴の唇はどんどん降りてきてあたしの胸の蕾をついばみ始める。
「ひゃん、やっ...ほんと、んっあん、やめて...久我っ!」
その頂はあまりにも敏感で、あたしは始めてのその感覚に少し怖くなってた。
「なんだよぉ、まるで竜姫みたいに呼びやがって...」
「えっ?」
竜姫みたいに?じゃあ奴はあたしを誰だと思ってるわけ?
「やだ、やだっ!」
その瞬間あたしは久我を突き飛ばして部屋を飛び出していった。


あたしは、あたしじゃない人の替わりに抱かれるなんてやだ!

今夜だけの関係でもいいかと思ってたのに...酒の上の過ちでも、こんなに思ってる人に抱かれるならって...
初めてだから、本当に好きな人に抱かれたかった。いくらあたしの事を男みたいに思ってても、身体だけは女なんだもん。その後の事を考えると怖かったけど...

誰かの代わりだけは嫌。奴との友情が終わっても、竜姫として抱かれたい。

でも、終わる?親友じゃなくなる...
そして今までの彼女みたいに捨てられて、忘れ去られるんだ...
嫌だよ!それが一番いやだ!久我と映画の話したりするのが好き、一生懸命撮りたい映画の話をしてる時の目が好き。時々耳元でこそっと囁く声も好き。全部好き!それが今夜で終わってしまうなんていやだ!


美咲ん家に着いても、悪酔いしたって言ってすぐに休ませてもらった。身体のあちこちに奴に愛撫された感触が残ってて熱をもってるみたいだった。
あたしはその夜、久我が覚えてないことだけを祈って、自分の身体を抱きしめて眠った。

翌朝、本当に熱を出したあたしは、そのまま美咲ん家でお世話になってた。週末をはさんで久しぶりに部室へ立ち寄るといつもの奴がいた。
一瞬身体が震えて、次の瞬間熱くなった。
「お〜竜姫、ひさしぶりな!さっき聞いたんだけど、歓迎コンパのあと俺送ってくれたの竜姫だったんだってな?俺なんかやったか?もう、飲み会の途中から記憶なくってさぁ。」
「そう...あんま飲み過ぎるなよな。まあ送って行ったって言っても、タクシーでマンションの前で降ろしただけだよ。あたしはすぐ美咲ん家に行ったから。」
よかった、気付いてない。これでいいんだ。

あれからあのコロンは二度とつけていない。