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「あぁ、もうほんとに女って、めんどくさい!!」
女なんか嫌だ!男に生まれたかったよ、ほんと。
そしたらやりたいこと思いっきりやって、皆に女の癖にとか言われずに、家出て一人暮らしして、それでもって遠慮せずにあいつの親友やって...
なのに現実は、身体も心も女以外のナニモノでもないあたし。
男みたいに振舞って、あいつの似非親友を気取って、かっこつけてる。
自分でその壁を壊すのが嫌だった...ドアを叩いて中に入れてもらうことすら出来ないでいる。
そんな自分が一番嫌い...
「竜姫?ああ、ここにいたのか。捜したんだぜ?」
私達が所属する映研のごったがえした部室で、講義の空き時間を潰してたあたしに声を掛けてきたのが、長年のあたしの悩みの元凶の主、久我広海だ。
「なん?あたしゃ眠いんだ、ほっといてくれ...」
昨日こいつに借りたDVD明け方まで見てて、寝不足がたたってやたら眠いんだ。
久我は映画好きだけあって、山ほどもってるんだよな。身内が業界内にいるらしいんだけれど、あたしも好きなんで高校時代からよく借りてる。
ちょうど次の講義まで時間があるので、畳のある部室で毛布に包まってたとこ。
「今日4時に役者紹介するからって、皆に連絡まわしといて。」
奴も靴脱いで畳に上がってくる。
え?なにやってんですか?
「お〜あったけぇ。まだちと寒いもんなぁ。」
あたしの毛布の中にもぐりこんで来るなよ!不意にそんなことされたら、演技できないじゃんかよぉ!馬鹿、人の気も知らないで...
あたしは紺野竜姫、大学3年。
自宅から2時間かけてここに通ってる、いたって真面目な大学生。見かけハンサムと言われる身長168cmの女もどき。
映研なんかに入ってるのは、今あたしの隣でぬくぬくといった顔してる、こいつのせい。普段は女の子に『クール』とか言われてもてるくせに、その伸びきった顔コピーしてばら撒いてやろうか?
そんなことしないけど...
男仲間にだけ見せる、かっこつけてない顔。これは親友の特権なんだ。
久我広海、高校時代からの腐れ縁。
高校でこいつが生徒会長で、あたしが副会長だったという仲。そしてあたしが唯一認められたいって思った相手。それは人間として、友人として、仲間として、それからそれ以上に...
「ったく、暑苦しいよ、出ろってば!」
身体が緊張するし、胸の鼓動なんて聞かれてみろ?何言われるかわかったもんじゃない。足で蹴りいれてやる。これはあたし専用の毛布なの!終電10時半なんていう、とんでもない僻地に住むあたしの必需品なんだから!
「いいじゃん、ちょっとぐらい、親友が寒さで震えてるんだ暖めてくれよ?」
うわ〜〜っ!耳元でしゃべるなっ!!ただでさえ声優顔負けのバリトンの甘い声してんだから!
頭があたしの右肩のところに置かれてる。ああ、右肩でよかった、心臓は反対だ...なんて言ってられない!親友の仮面を被らなきゃ。
「人が見たら変に思うぞ?あたしらが親友同士って言っても、けっこう疑われてんだからな。ほら、ひとみちゃんだっけ?あの子の耳に入ったらどうするんだよ!」
こいつにはしょっちゅう彼女が出来る。出来たらすぐに映研に連れて来て撮影に参加させるんだからすぐわかる。いつもその彼女に睨まれながら、『こいつ俺の親友』なんて紹介されて...
「あん、ひとみ?先週別れた。」
「はぁ?早っ!1ヶ月もたんかったんかぁ?」
「まあね。」
はあ、さよですか...
久我は映画馬鹿だから、いつだって次撮る映画の事やなんかで頭一杯で、話す事といえば映画の事ばっかりで...見た目に惹かれてきた子はたいてい途中でぷっつん来るらしい。
あたしのこともあるらしいんだけど、こいつはそんなことお構いなし。よき理解者、協力者でもあるあたしは、あいつからすれば『親友なんだから』側にいて当たり前らしい。そう、あたしはあいつにとっては<男>なんだから...
側にいたいけど、側にいすぎると辛いことに、もうとっくに気がついてるのに...
友達だから、壊したくない今の関係。
だって彼女はいずれ別れる日が来る。長続きせずに分かれていく女の子を尻目にあたしはまた親友として側にいられるんだ。
あたしってもしかして凄い演技派かも知れないね。
だって誰が見たってあたしたちの事お似合いの親友同士って言ってくれるよ。ほんとにあたしが女に見えないって。
ほら、上手でしょ?自分の気持隠すのが。
「竜姫、この子が今回の主演女優やってくれる麻生麗奈さんだ。お世話頼むよ。」
結局講義の時間が伸びて、4時に少し遅れて部室に飛び込んだあたしの目の中に飛び込んできた理想のお嬢様。儚げで、綿菓子みたいで、可愛くって...
大女のあたしとは見た目も雰囲気も正反対。
久我の奴が連れてくる彼女や女優ってみんなこういうタイプなんだから、好みまる判り。高校の時にすでに気がついてたけどね。
「お世話?」
「学内の子じゃなくて、外部大学から無理やりきてもらったからね、良くしてあげて。」
そして小さな声であたしの耳元で囁く。あたしは顔が赤らまないよう、平静さを装って、親友の演技。ううっ、腰にくるわ...
『他の野郎が手を出さないように見張っておいて。』
他の映研の部員達には近づけさせないようガードしろと?
麗奈さんの茶色いふわふわした髪は背中の中ほどまで揺れていて、色白で大きなくりくりとした瞳でこっちをみてる。ちょっと不安そうな瞳。もしかしてこれは...
「はじめまして、麗奈って呼んでくださいね。」
それでも極上の微笑みであたしに挨拶してくれる。
思わず自分の長めだけど黒いザンバラの前髪をみる。ここんとこ、バイトが忙しくてカットにも行ってないから、ショートカットだけど前髪だけ長いのが異様に長くなってる。おかげで男前になったんだって、今日言われた。
「この方がいつもお話される親友の竜姫さん?広海さんの仰ってた通り、すごく素敵な方。まるで宝塚男役の方のよう...」
なんだかほうって、ため息ついてません?時々あるんだけど、女の子に異様にもてたりすることって...でも違うよね?さっき奴の事広海さんって名前で呼んだもんな。そういうことだよね?だって、あたしが親友でも、自分が竜姫って呼び捨てにされてても、奴の事を名前で呼ばないのは、女の名前のように呼ばれるのを嫌ってるのを知ってるからで...
たいていそう呼ぶのは彼の彼女になった人だけ。
胸がずきんとはねる。
彼女だったんだ...。
けれど紺野竜姫は感情を外に出したりしない。もう慣れっこだ。
だから...
「了解、で男優は決まったの?」
「今回も同じく秀に頼んでるよ。奴は中身はともかく、外見では申し分ないからな。これで上映会の収入で元が取れるだろ?麗奈が出れば、男性客も見込めるしな。」
「秀!またあいつなの?」
あたしは思いっきりうえって顔した。真田秀一、久我の従兄弟だと言う彼は、見た目は麗しの面構えなんだけど、中身はとんでもなく女ったらし!共演女優に手は出すわ、うちの部員にも手は出すわ、来るもの拒まずのとんでもない奴!おまけになぜかあたしにまでちょっかい出してくる。たぶんこういうタイプは珍しいんでしょうけど、すっごく苦手な奴!
だって、唯一あたしを女扱いするからだ。
未だにそんな奴は秀以外に現れてない。迷惑な相手だけれどもね。
「秀には釘刺しといたから大丈夫だと思うけどね。」
そうですか...。従兄弟殿には自分の彼女には手を出すなって言ってる訳だ。へえ、久我広海はそういうことも出来ちゃうんだ。どちらかって言うと、『お好きにどうぞ』的なとこあったのになぁ。よっぽど大事なんだ。
「な、ならいいんだけどね。そうだ、シナリオできたらしいから、今から美咲のとこに取りに行ってくるよ。」
さっきメールが来てたのを思い出してそう言う。
濱名美咲、彼女も高校時代からの腐れ縁?親友というよりも、こいつもあたしが認めてる友人の一人。頼ってくる一方の友人どもの中で、唯一頼ってこない奴。あたしに意見してくれる。それがもう的確で...観察力に優れてるのは、小説家希望だからかな?今回も前回も脚本家として外部大学からの参加だ。
「濱名のとこ?俺も早くみたいな、一緒に行くよ。」
「へっ?ちょ、ちょっと...」
椅子に腰掛けてる麗奈さんが眉をしかめてる。
『お姫様の機嫌損ねてどうすんの?一緒に連れて行けないんだから、ここに他の部員とほっぽとく訳にはいかんでしょうが!』
小さく耳打ちしてやると気がついたみたいだ。
あたしなら嫌だもんね。仲間だってわかってても、自分を置いて他の女の人と出かけるのを見るなんてね。
「だから、あたし一人で」「僕が一緒に行ってあげるよん!」
「「はあ?」」
後ろから聞こえたのは秀、真田秀一の声だった。
「来んでもよろしい!」
後ろも見ずに一刀両断、一言で断る。久我はあたしの怒った顔を見て笑ってる。
「なんで?送るよ〜僕の愛車でさ!美咲ちゃんの家なら前に行ったことがあるから判るし〜、竜姫ちゃん、行こうよ、ね?」
「五月蝿い、一人で行きます!ここのマウンテン借りてくから!」
部室には置き自転車が1台ある。
「そうだ、その前に、麗奈さん紹介しないと...」
振り向きざまにそう言うと、すでにしてるよ。!
「はじめまして、真田 秀一です。しゅうちゃんでいいからね♪じゃ、行こうよ!」
おいおい、こんな綺麗な子を前にしてそれで終わり?珍しい。
「秀、だめだ、お前は。真っ直ぐ帰ってこないだろ?俺も早く見たいから、竜姫頼むな。」
「じゃあ、行って来る。」
部屋を出るその後ろで麗奈さんの隣に腰掛ける奴がちらりと見えた。