ドアを開けたら...
〜迷走編〜

「ちょっと実家に帰ってくる。」
そういったきり彼は帰ってこない。
なんで?どうして?連絡ぐらいしてくれたらいいのに...
携帯もつながらないし、メールの返事も来ない。

2週間目、とうとう痺れを切らして彼の部屋へ行ってみた。映研で必要なマスターテープも奴の部屋にあるし、それって今週いるんだよね。それに、あたし合鍵もらってるから...

あれ?鍵、開いてるじゃない...帰ってるんだ!
「広海、いる?」
でも玄関には見慣れないヒールの高いパンプスがきれいに置かれてた。
(だ、だれの!?)
「あら?広海さんのお友達かしら?」
「えっ、あのっ大学の映研の者です。久我君の持ってるテープを取りに来たんですけど...身内の方ですか?連絡取れなくて...」
綺麗な人...長い髪を綺麗に後ろでまとめて、ピシッと着たスーツはやさしい色のソフトなラインのもので、いかにも大人の女性って感じだ。今日のあたしは普段の白いシャツにブラックジーンズ。
「広海さんのお父様の会社の者ですわ。彼はここにはもう戻って参りませんわ。よかったらその品お持ちになってください。」
とりあえず様子がおかしかったので必要最低限なくなって困るマスターテープを手にする。この中には広海の大切なものも入っているし...
「あの、それどういうことでなんですか?」
「ここは近々引っ越されます。」
「そんな、大学は?ずっと休んでるんですけど?」
「卒業に必要な分だけ行かれると思いますよ。お父様の会社に入られるのでしたら、中退というわけにはいきませんから。」
にっこりと営業用のスマイルで返された。こっちのあせってるのなんか、完全無視!
「じゃあ、映研、サークルのほうは?」
「もう参加されません。」
うそ...広海はお父さんの会社には入りたくないって、映像関係の仕事したいって言ってたのに!なんで、連絡取れないこと事態がおかしいじゃない!
「すみません、久我くんと連絡がとりたいんです。わたし紺野といいます。彼は映研の部長なんです。今いないと困ってしまって、お願いします。」
「さあ、そういったことはすべて会長が決められてますから...くすっ、あなたが紺野さん?ここの鍵をお持ちなんでしょう?返していただけますか、ここは会長の所有物件になってますから。」
「そんなっ...か、返すんなら久我君に直接返します!失礼します!」


なんなんだろ、この違和感。あの秘書らしき人の視線も物言いもすべてが気に食わなかった。
どうしよう...
そうだ、秀って従兄弟だよね?彼に聞けば何かわかるかもしれない...
あたしは急ぎ美咲の家に駆け込んだ。
「美咲、今日は秀は来るの?」
「え、判らないわよ、そんなの...どうした、なんかあったの?竜姫顔色悪いよ。」
「広海が...いなくなるかもしれない。」
あたしは知らず知らずの間に泣き出していたらしい。美咲が背中を擦ってくれてる間も混乱したままの頭で、泣き続けていた。

「竜姫ちゃんが泣くなんて、よほどなんだね。」
美咲が呼んでくれたんだろう、いつの間にか秀が来ていて、心配そうな顔していた。
「ね、なにかしらない?何でもいい...あたしには判らないんだ。」
「その女の人ってこう髪をまとめてて、色気のあるタイプでスタイルのいい綺麗な人?」
「そうよ...」
「それ、会長の秘書の巻田さんだよ。広のやつ親父さんとぶつかってこけたんじゃないかな?僕のとこには何も情報は入ってきてないけどさ、奴のとこ兄貴が社長してるけどまだまだ会長の権力強いんだよ。やつ、会社に入らないなんていいだしたんじゃないかな?この間撮ったフィルム映画会社に持ち込むって言ってただろ?それ上手くいったんじゃないかな?」
そういえば上手くいきそうだって連絡貰ったきりだ。
「もうマンションも引き払う手はずしてるって...どうしよう、どうしたらいい??」
「そうだな...けど兄貴の雅俊さんは広海の好きにさせてやりたいって言ってた筈だよ?わかった、雅俊さんと連絡とってみる。ちょっとまってて...」
携帯片手に表に出て行く。
「まったく嬉しそうに...竜姫の役に立てるのがよっぽど嬉しいのね。」
「美咲、それは友達としてだよ...」
「判ってるって...すぐにわかるといいね、久我クンのこと。」
「うん...」
美咲はいつも大人っぽくってしっかりしてて、男性経験も豊富なんだと思ってたら実は違ってて...いつの間にか秀と付き合ってたのには驚いたけど、どちらも本気みたいだった。(秀ちゃんのひとりごと2参照)二人とも、すっごくしっとりしてていい感じのカップルなんだ。美咲も以前のように髪をまとめたりせずさらりと落としている。雰囲気も随分柔らかくなった。ぜんぶ秀の影響かな?
「今から逢ってくれるって、行こうか、竜姫ちゃん。」
秀が部屋に戻ってきて車のキーを取り出す。
「え、ほんと?」
立ち上がって秀のあとに続く。
「美咲、なんでこないの?」
付いてこず無表情で見送る美咲を少し怒った顔で秀が振り返った。
「え、私も行くの?」
「当たり前でしょ?僕は従兄弟の彼女のためじゃなく、僕の彼女の親友のために動いてるんだよ?あなたが来なくてどうするんですか?」
真っ赤になる美咲。いまだに真田くんのストレートな愛情表現の言葉になれないらしい。相変わらず優しいよなぁ、秀ちゃんは...


「それで、おまえの彼女まで連れてきたのか?」
「いけなかった?雅俊兄さん。」
広海のお兄さんは20代後半ですごくやり手の青年実業家に見える。広海も見た目ワイルド系だけどそれを少し軌道修正した感じかな?
ここはお兄さんのオフィスらしい。
「まあいいさ、俺は広海には好きにさせてやりたかったんだが、どうもどこかから横槍が入ったらしくってな。君、紺野さんっていったよね、温泉に一緒に行ったのは君だろう?」
「え、は、はい...その節はす、すみませんでした!!」
「いやいいんだ。あれは俺が広海にプレゼントしたからどう使おうと構わないんだけれども、そのことを親父の秘書が嗅ぎつけて、今回の広海の映画会社への就職活動まで知られてしまったらしくってね。親父はいきなりそれを知らされてカンカンって訳だ。」
兄弟だからかな?声が少し似てる...
「巻田さんですよね...厄介だな。」
「なんだ、秀一も知ってたのか?...まさか、おまえも?」
「あ、雅俊兄さんも?...広海もだよ...前に聞いたことがある。まったくあの女も厄介だよね。」
「そうか。親父も男ヤモメだから好きにすればいいんだけど、あの女だけはたちが悪い。離せない気持ちもわからないじゃないが...」
???わからないよ、何のことだろう?美咲を振り向くとすっごく冷たい目してる。わぁ、これって美咲が本気で怒ってる目だ!
「美咲、何を怒ってるの?」
真田くんがびくって肩を動かして美咲のほうをゆっくりと見た。
「み、美咲?あのさ、昔の話だから、ね、そんな目するなよぉ、頼むから...」
ぷいっとそっぽを向いた彼女の肩を抱いてちょっとごめんと言って部屋の外へ連れて出た。
「ほう、君もそうだが、秀一も随分と面白い子を彼女にしたな。」
「え?」
「二人ともあんまり見かけや名声にはこだわらない、違うかね?」
「そうですか?そういうのあまりよくわからないです。あたしは広海、久我くんのお家が会社やってるとかって聞いてましたけど、映画を撮ってる彼が好きで付き合ってたんです。まさかこんな大きな会社だなんて始めて知りました。」
ほんとうに大きな自社ビルを持つぐらいの<KUGAコーポレーション>は内外でも有名な大手の貿易会社だった。ここに来るまで知らなかったんだけどね。だって私は卒業後は実家の店を手伝わなきゃいけないから、就職活動してなかったんだ。
「秀一の彼女はかなりわかりが早いみたいだが...」
「え?」
ずいっとお兄さんが寄ってくる。
「君はその見かけ通り、少年のようなのかな?それとも...」
いきなりくいっと顎を持ち上げられる。
「お、おにいさん??」
「うーん、それじゃ感じが出ないなぁ。名前で呼んでもらったほうが...」
「何やってるんですか!!雅俊兄さん。」
顔が近づいたその瞬間秀たちが戻ってきた。
「あ、もう帰ってきたのか?秀一もっとゆっくりしてこいよ。」
その隙にさっと身体を離して美咲の後ろに逃げ込む。う、美咲から男性コロンの匂い...いつも秀がつけてるやつ、がした。ちょっと見ると美咲の頬が赤い?
「キスだけで済ますなんて久我の人間らしくないぞ?もう少し時間あると思ったのになぁ。」
「何言ってるんですか!広の彼女ですよ、竜姫ちゃんは!奴はマジですからね。たとえ雅俊兄さんでも、彼女に手をだすようなら広も、僕だって許しませんよ?」
「うーん、好みのタイプなんだけどなぁ。こういうすれてないタイプ好きなんだけど、広海が本気なら無理かな?あいつは執着心強いからなぁ。」
「まったくあんた達親子は...その女癖何とかしないと、お嫁さん見つかりませんよ!」
雅俊さんはまだ独身らしい。もてるだろうに、なんでだろう?
「まあ、あんな父親が側にいればそうなってもしょうがないでしょうけれどもね。おば様が早くに亡なってからというもの、お盛んな上に、あの女性陣では歪みますか?」
「まったくだ。仕事も出来て抱いてもいい女でも、あれだけ自己顕示欲やら権力欲が強ければいくらなんでも女性に対する夢はなくなるよなぁ。」
か、会話が見えない...美咲の服を引っ張って訴える。
説明して!!
『たぶんね、お父様はかなり女性関係がお盛んらしいんだけど、けっこうすごい女たちみたいよ。その...周りの若い男の子にも手を出してくるみたいで...」
「???」
『要するに、久我くん兄弟も秀もみんな手だされてるってわけ!!だからそういうタイプが苦手で、わたし達みたいなのがめずらしんじゃないの?』
「美咲、昔の話だってば...」
秀が気にして言葉をはさんでくる。
もしかして、あの秘書さんも広海と??
それでわかった気がする。自身ありげな笑みも、皮肉も全部...
『それと...気がついてないだろうけど、竜姫いまお兄さんに口説かれてたのよ。』
「ええ!!嘘っ!」
ちらっとおにいさんの方を見るといきなりウインクしてきた。
「はは、悪かったね。あまりに好みのタイプだし、竜姫ちゃん初心で可愛いいから。でもそういうことなら協力するよ。」


お兄さんは今は都心のマンションに住んでるから家のことはなかなかわからなかったらしい。さっそく今日家に戻って様子を報告すると約束してくれた。
「大丈夫だよ、まあ一時的なものだと思うけど、広はそんなに簡単に夢を諦めたりしないから...あいつの執着心の強さは竜姫ちゃんも判ってるだろう?」
「うん...」
「取り合えず今日は美咲のうちに泊まりなよ、僕は二人を送ったらさっさと帰るからさ。」
「竜姫、そうしよう。一人で考え込んでもしょうがないからね。」
二人の言葉にその日は甘えた。

「おはよう!」
朝早く秀の元気な声に起こされた。

昨夜はついつい悪い方に行きがちな考えを美咲と話すことで何とか食い止めた。
広海は本当にあの秘書さんを抱いたんだろうか?それって秀も、お兄さんも?なんだかすごい世界だよ...お父様の恋人だったら裏切りにならないんだろうか?
「秀がね、言ってたんだけど、久我くんのお父様って実力主義らしくって、女性も競わせてるんですって。何人も愛人はいるけど、本妻にする気はなくって、ほんとうにお眼鏡にかなったら息子を誘惑してその妻の座を狙えって言ってるぐらいなんだって。それを間に受けて本当に誘惑してきたりと大変らしいわ。秀にまでその飛び火があったらしくって...それにアノ秘書さんに手を出されたのって秀が17ぐらいだそうよ。広が相手にしなくなってからだっていってたから、久我くんだって16ぐらいの頃の話じゃない?もう気にしたらかわいそうだよ。」
美咲も気にしないようにするといってるんだからとわたしも極力過去の事って思うことにした。他にもいろいろあるんだから、いちいち言ってられないよね?

「雅俊兄さんから連絡あったよ。やっぱり自宅に監禁されてるって...」
「どうしたらいい??」
「...今から逢いに行く?今日は叔父さんも秘書の巻田さんも留守らしいから...ただし、竜姫ちゃん男装できる?女の子が会いに来たら目立つだろ?スーツかなんか着て誤魔化せない?」
「わかった...」

         

6話から迷走編です。いきなり姿を消した広海に、謎の秘書?さてこれからどうなるのか?わたしも知らなかったりして(笑)とりあえず真実はひとーつ!いつからぶらぶになるはず...わたしが書いてて欲求不満になる前に〜