ドアを開けたら...

〜竜姫〜

「紺野、ちょっと...」
同じゼミの中川に呼び出された。
「何?今度のゼミコンパか?たしか中川とあたしが幹事だったよな?」
酒宴好きのうちの教授のために、月1位でゼミのコンパがある。おかげでうちのゼミは皆仲がいい。
「あぁ、それは俺がやっとくよ、来週ぐらいな。そうじゃなくて、紺野お前やっぱり久我と付き合ってるのか?」
「え?あ...うん。」
照れる。きっと顔真っ赤なはずだ。
「あいつのどこがいいの?」
「へ?どこって、なんでそんなこと聞くの?」
「なんでって、あいつはすっごいたらしで、泣かせた女が多いって聞くから、そんな奴と付き合ったりしたら、お前がきっと不幸になると思って。」
なんかその言い方に腹がたった。曲がりなりにも元親友、現彼氏の悪口言われて黙ってるほど紺野竜姫は大人しくない。
「何言ってんだよ、広海はそんな奴じゃない。あいつはいい奴だよ、そりゃそんな時もあったけど、それは...相手が広海について来れなかったんだと思う。あいつは映画の事になると、ほかの事見えなくなるからな。けど、中川にそんなこと言われる筋合いないと思うけど?」
ちょっとまくし立てる。いい奴だと思ってたのに...
さっぱりしてて、面白くって、ゼミのムードメーカーだ。なのに、人にケンカ売ってくるなんて、らしくないよ。
「紺野...本気なんだな。」
「本気も何も、あいつは高校時代からの親友だよ!少なくとも中川よりは広海のこと判ってるつもりだよ。何で急にそんなこと言い出すんだよ!」
ちょっと困った顔した中川は、興奮した口調のあたしに比べて落ち着いてた表情で苦笑いをして答えた。
「まって、俺、紺野にケンカ売ってるつもりはないから。俺...お前のこと気になってたんだ。でも男っ気ないし、いつか言おうって思ってたら、休み明けてからのお前急に女っぽくなって、俺くらくらした。もしまだ久我と付き合ってなかったら、俺と付き合ってほしいって、言いたかったんだ。」
「....?」
なんで?あたしみたいなのと付き合いたいって言ってくれるのは、広海ぐらいだと思ってたのに...(このときは秀のことはすっかり忘れてた。)女っぽくなったのだって、広海のせいなのに...。
「いいよ、返事はわかってるから。ただ俺はこういう気持で、まだ吹っ切れてないから、俺の前であんまり無防備にならないでくれ。紺野の事、男友達みたいには思えないから。ま、ゼミではできるだけ今までどうりにするよ。じゃ、またゼミでな。」
そう言って去っていく中川の後姿を見ていた。
友達だと思っていた。男同士のようにお酒飲んで、盛り上がれるし、ゼミの事で相談したり...けどあいつはそうは思ってなかったって、女として見てたって...。
そりゃ、あたしも広海のこと男として見てたから人の事言えない。けど...
男女間の友情って成立しないの?


「竜姫、どした?えらく考え込んで...」
今日は映研で次の作品の打ち合わせがあるのでまだ部室でごろごろしていた。
「ん...広海、男女間の友情って成立しないの?」
「はあ?なんだ珍しいな、竜姫がそんなこと言い出すなんてな。ま、俺は成立すると思ってためでたい奴だからなんともいえない。今はこうだし...」
部室の机に頬杖ついてるあたしの後ろから両腕を回して髪にキスする。
誰も居ないからいいんだけど、いつものあたしなら、何をする!って怒鳴るんだけど、そんな気力も湧かない。
「おい、どうした?どっか具合悪いのか?」
「別に...」
「だって、竜姫が部室でくっついても怒らないなんて...アレ以来ここでは恥ずかしいんじゃなかったの?」
ニヤニヤ笑ってこっちの顔を覗き込んでくる。
そう、ここ、部室であたしはこいつにバージンを奪われた。好きだったから許しちゃったけど、後で考えるともう、とんでもないことで、恥ずかしくて当分和室のほうには目も向けられなかった。だって、思い出しては赤くなってしまうんだから...
それ以来、ここでは、誰も居なくてもスキンシップ(ようするにベタベタ)はだめってことにした。私が!
「もう、それどころじゃないの!あいつが、」
言いそうになって口を噤む。
「『それどころじゃない』って、何がかな、竜姫サン?」
あ、広海の顔が強張ってる....口元だけ引きつって笑い顔作んないでよ!怖い。
「べつに、何でもない!」
「そんなはずがないね。言えよ、言わないと、ここでスルよ?」
ただただ頭を振り続ける。ずずっと近寄ってくる、怖いってばその顔!
「なんでもない、あわっ、ちょっと言われただけだから!」
椅子側から追い込まれてあたしはいつの間にか机の上に押さえ込まれてるというか、逃げてるというか...
「何を!?まさか好きだとか、付き合ってくれとか、いう類のことか?」
「うぐっ...」
黙ってしまう。広海の顔はもう数センチのとこまで近づいている。
「やっぱりな、誰にだ?少なくとも仲がいいと思ってたオトコ友達だろ?」
「あー...それは...んんっ!」
荒らしく塞がれた唇に驚く。なっ、これは反則!!
「うぐぐんっ!!ひゅうひゃらひゃなれへ!」
(訳:言うから離れて!)
判ったのか広海の重さが身体から消える。身体を起こして椅子に座りなおす。
広海はあたしの前で見下ろすように立ってる。
「同じゼミの中川に言われた...広海と付き合ってないなら付き合って欲しいって。もう男友達みたいに思えないからって...いいやつだと思ってたのに。」
頭の上で大きなため息が聞こえた。
「当たり前だろ?かたっぽが異性としてみてたら成立しないだろ、友情は!お前さ、自分が思ってる以上に女感じさせてるんだぜ?あんまり男を泣かせないようにな。」
「なんで、泣かせるって、そんなことしないよ!」
「あのな、前から言ってるだろ!竜姫の男の前の態度って無防備すぎるの!自分を男と同じだと思うなよな!と、特に最近のお前は、い、色っぽかったりするから...」
真っ赤になって言うなよ!こっちが照れくさくなるじゃない。
「それは...広海のせいでしょ?」
「そうだ、俺のせいだ、だからそんなお前が怖い...他の男に目つけられるだけでも嫌だ!」
「そんな大げさな...一人いるかいないかでしょうが。」
また怖い目になってる。
「秀に、中川、あと木村に上野!お前と付き合ってるかどうか確認いれてきやがった。くそっ、絶対男と二人っきりになるなよ!お前は女なんだからな!なんならココでもう一回判らせてヤロウか?」
「ひ、広海、恐ろしい言わないでよっ!わ、わかりました、気をつけます!だから...この手離して...」
いつの間にか両手を捕られて逃げられない状態にされてる。
判ってる、男の人の力には敵わないってこと...最初にそう教え込まれたから。広海の身体で...あれが知らない人だったり、好きでもない人だったらと考えるとほんとに怖くなるから。
でも、やばいよ、彼の狂気っていうか凶暴な本能に火がついたみたい。まだ怖い目してる。
片手であたしの両腕を捕らえなおすと、下を向いて逃げようとするあたしの顎を持ち上げて噛み付くようなキスが始まる。
      もう逃げられない。
「うっ、んんっ...はうっんっ!」
あたしを掴んだ力が緩まる。あたしはその手を彼の首に回してすがりつくようにしてキスを受ける。なんども角度を変えて、深くお互いを味わう。やっと離れたそこに糸をひきながら。
「だめだ、止まんない...竜姫、ここじゃだめだろ?だったら、な?」
「ミ、ーティング...は?」
息も絶え絶えの声で聞くけど、力が入らないから彼の腕の中だ。
「今日は中止、張り紙して帰ろう!」
「こ、こんな時間から...?」
まだ2時だよ?ね、ちょっとそれは...


そのあと張り紙した広海に引きずられる様にして大学をあとにした。
後で聞いたら、中の様子を聞いていた後輩達は気を利かせて入ってこなかったらしい。あぁ、もう恥ずかしい!
広海の馬鹿!ヤキモチ焼き!
でも、ちょっと嬉しかったりする。

そのまま離してもらえなくって、帰りはまた車で送ってもらわなければいけない時間だった。