ずっと、離れない...

〜芳恵〜
何でこんなに緊張するんだろう?
「散歩でも行くか?」
「う、うん。」
頷きながらも心拍数が上がっていく。
ホテルの中庭らしき場所、日も暮れ始めたオレンジ色の風景の中に、いつか見たシルエットが目の前にある。両手をポケットに突っ込んで2、3歩先を歩いてる。
二人で歩いてるだけなのに...緊張しすぎて側にも寄れないなんて...
普段なら肩を並べて昨日のナイターの結果を話題に話しも弾むのに、なんで今日だけ?ううん、あの夜からだ。あいつが夜中に逢いに来てからずっと...。

部活引退してからは、毎日一緒に帰れた。お互い引継ぎとかがあって少し遅くなってもちゃんと待ってたりする。それに帰り道も今までみたいに真っ直ぐ帰らずにどこかに立ち寄ったりした。それがマクドだったり、本屋だったり、それだけなんだけど。普通の恋人同士のように振舞うのが照れ臭くって...まるで付き合い始めた頃みたいに顔がまともに見れなくなったりした。
二年も付き合って、やっと自然に一緒に居られるようになったと思ってた。どちらかっていうと一方的にあたしが話してばかりだったりもするけど、意見もちゃんと言ってくれるし、見た目友達同士みたいでも、たまに手を繋いだりもしてくれる。すりすり擦り寄ったりしても照れながらもにこって笑ってくれてた。イベントごとにはちゃんとプレゼントも交換したし、キ、キスだって、何度か数えられるほどだけどしてる。
なのに、違うんだ...ここんところ、あの夜からあいつの態度っていうか、反応が違う。だっていつもみたいに手を繋いでもすぐ引き寄せられるし、そっと擦り寄ったりしてもきつく抱きしめられてしまう。今までそんな反応してなかったよ?にこっとわらってそのままだったのに...なんで?それに、さ、しゃべらないなぁって思ってたら、いきなりキスされたり、した...自転車置き場の影や、誰も居ない教室、帰り道、別れ際。それも今までと違う、あの夜みたいなキスが待ってる。嫌じゃないけど、なぜかあのキスの後は苦しくって、あいつだってすごく辛そうな顔してるんだよ?時々唇だけじゃなくて、耳や首筋にまでキスしてくるんだから...。そうされるとあたし変な声が出ちゃったり、背筋がぞくぞくってしたり、からだから力が抜けそうになるんだから...。あれは高校生がするキスじゃないよね?それにさ、どうやって覚えたんだろう?あんなキス...
昨日も...終業式のあと、誰もいなくなった教室に連れて行かれて、またあのキスをされた。そのとき初めて胸触られた...教室の隅っこに追い詰められたみたいに壁際で...キスだけで立ってられなくなったあたしは座り込んじゃってた。覆いかぶさるように抱きしめられて、耳元やうなじの辺りにもキスされて、最初ブラウスの上からだったけど、その次にはブラウスの中に入ってきて...そのとたんにびっくりして思わず飛びのいちゃった。だって、その、胸の先に触れられたとたんびりって電気走ったみたで、あたしつい...
逃げたあたしの方を唖然とみてるあいつに、すごくばつが悪くって、思わず『ごめん』って謝ったら、『いいよ』って...。『怖い?』って聞くから、『怖くない、き、急だったからびっくりした』っていった。『俺もびっくりした。』っていうからあいつの胸に手を当ててみた。あたしよりもどきどきしてたみたいだった。見た目はいつもどおりのあいつなのに...ううん、目が笑ってない、すごく真剣な顔してる。そのまま腕を引かれてあいつの胸の中でぎゅって抱きしめられてた。その間中、ずっと、どくんどくんってあいつの胸の音聞いていた。
『帰れる?』って、しばらくして、小さく聞いてくる。頷くとスカートの埃やら払ってくれて...。『明日、ほんとにいいのか?』そういわれてこくりと頷いた。あいつに手を引かれて帰ろうとしかけたんだけど、その時あたしの身体が変なことに気付いたの。生理はまだ先なのに、なんかおかしくって...すぐにトイレに行ったら、あたし、少し濡れてたみたいで...あ、あたしって、経験もないくせに濡れちゃうような淫乱な女だったのかと思うと、もうショックで...きっとこんなのあいつに知られたら嫌われちゃうって...こんなこと紗弓にも相談できなかった。昨日の夜もあんまり寝れなくって、今日の事もすごく怖くって、不安で...また昨日みたいにされて、あいつに気付かれたら、そう考えるだけで、大好きな人とのキスまで怖くなってしまった。

「な、ほんとにおまえ変だぞ?やっぱり、昨日俺がしたこと、怒ってるのか?」
「お、怒ってなんかないよ。あ、あたし...」
だめだ、久々に涙腺緩んでくる...ずーっと我慢してたから余計だろうか?昔みたいに情緒不安定で、泣きたくもないのに勝手に涙がこぼれてくるよ。
「うっく...」
「な、泣くなよ...言ってるだろ、おれはおまえの泣いてるとこだめなんだってば...芳恵?」
二人っきりになったときは芳恵って呼んでくれる。あたしはまだ竜次なんて呼べなくって、せいぜいキスしたときに竜次くんって呼ぶのが精一杯。
あたしの顔を覗き込むと、ぎゅって抱きしめてくれた。彼の匂いがあたしの身体いっぱいに広がる。不思議なことにいつだってそうされると涙は止まる。
「竜次くん...」
名前で呼んでみる。身体が柔らかく震えた気がした。力が抜けて、彼にすべてを預けてしまいたくなる。いつだって優しいあいつの腕の中、何にも言わなくてもこうしててもらえるだけで安心できる。その彼の腕がいっそうきつくあたしを抱きしめる。苦しくて息が出来なくなるほどきつく...
「り、竜次くん?く、苦しいよ...」
「ごめん、早いけど部屋に行ってもいいか?俺、もう...」
あいつの掠れた声が耳元で囁かれた。あたしは怖かったくせに、その声があんまりにも甘くって、そのくせ切羽詰ってるような気がして、すぐに頷いていた。

〜紗弓〜
「ね、ほんとに芳恵ちゃん大丈夫かなぁ?」
すぐに部屋へ連れ込もうとする遼哉を説き伏せて、あたしたちはゆっくりとホテルのお庭を散歩してた。だんだんと空が橙色に染まり始めていた。
「紗弓、昨日あったこととか笹野から聞いてねぇ?」
「なに?」
「そっか聞いてないんだな。」
「なんかあったの?」
心配になるじゃない...芳恵ちゃんほんとに変だったから。
「ん、言っていいのかなぁ...俺さ、竜次からずっと相談受けてた訳、笹野の事でな。」
「へえ、そうなんだぁ。どおりでここのとこふたり仲良ししてると思ったんだ。」
「ま、笹野ってさ、見かけしっかりしてて、人の恋路にはちょっかい出すくせに、自分の恋愛はすごく不器用だろ?」
「うん、人の応援はするくせに、あの二人って、まるで親友同士って感じで、たまに今村くんかわいそうかなって思う。ま、遼哉ほど見境ないことないから芳恵ちゃんにはちょうどいいかもだけど?」
「おまえな...まぁ今まではな。あいつも野球一筋で、わりとストイックにやってきてたのが笹野にはちょうどいいレベルだったんだけどなぁ、やっぱり男だろ?今回の旅行だって俺らおまけみたいなもんだぜ?俺は朝まで紗弓と居られたらめちゃくちゃ幸せだからそれでいいんだけど、果たせなかったときの事を考えると辛いわけだよ、男としてはね。」
「そうなの?でも芳恵ちゃんだって勝負パンツはいて、お化粧して、お姉ちゃんに借りてきた服着て頑張ってるよ?」
「外側はな...中身がついてこないからあいつ焦っちまって...昨夜なんか遅くまで相談電話でおまえにメールも打てなかったんだぜ?」
そいうえば、遼哉からのおやすみメールが届いてたの夜中の二時頃だったのよね。もちろん今朝見たんだけど。
「あいつもさすがにこのままじゃ初えっちは難しいだろうって思ってさ、引退してから1週間かなり努力したらしいんだ。まあ笹野を慣れさすためにキスしたりまあ色々やろうとしたらしい。」
「い、今村くんも男の子だったのね...」
「そりゃそうだろ?2年もよく我慢したもんだぜ。俺には出来ねえ。」
「期待はしてないよ...」
「ぐっ、まあ、それでとうとう昨日我慢できずにだな押し倒して胸触ったらしい。そしたら笹野がすっげえ勢いで飛びのいて、あいつ自信なくしてたんだ。おかしいよなぁ、ちゃんと順番教えといたのに...」
「そりゃ、今村くんに遼哉のごとく強引なやり方できるわけないでしょ?でもいいなぁ...何か芳恵ちゃんすごく大事にされてるって感じ。」
「確かにな...大事にしすぎだよ。2年も付き合ってキスもイベントの時だけとか、それも触れるだけで我慢してきたって言うんだから鉄人だよあいつは...」
「遼哉には絶対出来ないね。」
「この、そこまで言うか?」
「じゃあ、この旅行中あたしに触れるだけのキスで我慢できる?」
「馬鹿、出来る訳ねえだろ?今だって我慢してるのにさ...」
ぐっと引き寄せられる。そ、そりゃ周りには誰も居ないし、夕日が落ちてきてあたりは橙色と建物の影が濃いシルエットを描いてる。十分にロマンチックなシチュエーションなんだけど...
『紗弓の水着姿見せられて、着替えて色っぽい格好で目の前にいられちゃ、こっちは反応しっぱなしだっちゅうの。おまけに、どのぐらいサセテもらってないと思ってるんだ?』
熱い吐息と一緒にあたしの耳元を掠める遼哉の熱っぽい声。
「えっと、1ヶ月かな?」
「正確には明後日で2ヶ月!部活なくなったら即ヤラセテくれると思ってたのにガード固いしよ。俺も今日が待ちきれなかったんだぞ?」
押し付けられてる遼哉の下半身もそういってるのが判った。
「それは...あたしもだよ...。でも遼哉学校でもすぐえっちいことしてくるでしょ?だけど、その...身体だけってかんじのえっちよりも、ここでちゃんとまるまるあたしを愛して欲しいなって、思ったの...その、我慢させた分、す、好きにしていいから...」
最後のほうの声は小さくなる。あたしも、芳恵ちゃんほどじゃなくても決心して来たんだからね。遼哉と一晩居るってことがどういうことか...逃げてちゃだめだし、あたしに遼哉の全部受け止めれるかどうかわかんないけど...
「紗弓...そんなこと言って後で後悔してもしらねえからな...」
遼哉の唇が落ちてくる。熱っぽくあたしを塞ぐと激しく絡めてくる。
だめ...これ以上こんなキスしてたら...おかしくなっちゃう。
遼哉に慣らされた身体はキスだけで次に与えられる快感を覚えていて期待してしまっている。身体の芯まで熱くさせられる遼哉のキス。今まで逆らえたことはない。かろうじて学校だという羞恥心だけで踏みとどまらせることの出来た理性も、誰も知ったものの居ないこのホテルでどうやって押しとどめることが出来るのだろうか?
こんなにもえっちに慣れた自分を思うと、親友の何も知らない体を羨ましくも思ってしまう。彼女の少年のような身体も今夜女になるのだろうか?彼女が2年もの間本当に好きだった男の子の手で...
(頑張ってね、芳恵ちゃん。あたしも...)
何度もキスを繰り返しながら部屋へと向かう。心も身体も遼哉が欲しいって言ってる。今から大好きな彼に抱かれる期待で震える体を彼に預けながら...