ずっと一緒に...

「ごめん、俺がこんなんじゃ、しょうがないな...」
二人遼哉の部屋で毛布に包まっていた。時計は九時を指している。
「ううん、あたしだけが怖い思いしたんじゃなかったんだね。遼哉も同じ気持でいてくれた。それが嬉しいの。」
壁に掛かった二人の制服。あたし達は下着しか身に着けてない。隣り合って座った毛布の中で互いの体温を分かち合っている。
「そろそろ送ろうか?落ち着いたみたいだから。」
「もう少し、一緒にいたいよ。もっと、近くがいい、遼哉...」
そっと遼哉の首に両手を回して身体を預ける。あたしにしてはすっごく大胆な行動だと思う。でもそのくらい、もっと一緒にいたいんだもん。
「紗弓、怖くない?俺が触れても、怖くない?」
すごくおっかなびっくりの顔してあたしの顔を覗き込んでくる。
「うん、だって遼哉は助けてくれたもん。あいつらとは違うでしょ?あたしの大好きな人だよ?それに...遼哉にしか消毒できない、でしょ?」
そのとたんに強く、背中が折れるほど強く抱きしめられた。
「お願い、今夜ぐっすり眠れる分だけやさしくして。」
「ああ、いくらでも優しくしてやるよ。時間が来るまでずっと抱きしめててやるから。」
あたしは遼哉の腕の中にすっぽりと収まって、ベッドの上って言うより、遼哉の膝の上にいた。毛布のなかで彼の手が優しくあたしの身体を包んでくれてる。1mmだって離れたくない気分。時計は9時30分を過ぎようとしてる。
「そろそろ、限界だよ。その、時間も、俺の理性も...。」
遼哉がいつもの顔で笑ってみせる。
「ん、ねえ、明日朝からここに来てもいい?」
「いいよ、俺が誘おうと思ってた。俺もクラブ休むって言っといたからね。明日は紗弓の行きたいとこならどこだって連れて行ってやるよ。いっぱい遊ぼう、な?」
「あの、その...えっちは?したかったんじゃないの?」
恥ずかしいけど聞いてしまう。なんかね、何でも聞けちゃいそうな距離なんだ。さっき泣いてる遼哉をみてしまってから、もっと近づいた気がしてるのかな?本当の遼哉に...
「そりゃね、でもこんな状態の紗弓に手出すほど俺は鬼畜じゃないよ。紗弓しだいかな?明日はお袋夕方までうちにいるから、外で逢おう。」
「外で、もしかしてそれってデート?」
「あ、ああ、そうなるな。」
「デートかぁ...なに着て行ったらいいんだろ?あたしさ、デートなんて初めてなんだ...緊張しちゃうよ。」
「そっか、ごめんな。俺がいきなりえっちしちまったから、お前そうゆうのすっ飛ばしだったもんな。明日は全部順番どうりにやろっか、えーっと『紗弓さん、俺とデートしてください!』なんてな、返事は?」
「はい!よろこんで!」
明るい声のあたし自身に驚いてると、遼哉がそっと額にキスしてきた。
「帰ろう、送るから...でないとこのまま朝まで離せなくなりそうだよ。」



「ピンポーン♪」
朝の8時。うちは自営な分朝はみんな遅い。クラブのあるあたしが唯一の早起きなのだ。
「おはよ、遼哉。」
「はよ、紗弓昨日はちゃんと眠れた?」
「うん、遼哉のおかげだよ。寝るまで話してくれてたし...」

なんとか10時に送り届けられたけど、帰ったら和兄がにやにやしてた。
『まぁ、遼哉だから許すけどな、他の男だったらここで投げ飛ばしてるぜ。』
お兄ちゃん、あなたいつからそんな妹思いになったの?訝しげに見てるあたしの頭をぐしゃっとすると、ん?って顔した。
『今まで男っ気なかったからな、でもま、いっか、俺も人の事言える立場じゃないし。親達にはそのまんま染谷先生と食事って言っといたからな。次からは髪ちゃんと乾かしてこいな。』
え?あ!あたしの髪まだ濡れてるんだ、それにシャンプーや石鹸、遼哉と同じのだし...ばれた?でも、今日はしてないんだけどなぁ。
遼哉はちょっと照れくさそうに笑ってる。
『和兄、明日デートするんだ、紗弓と。明日は何時までだったらいいかな?』
『ははは!うちは今まで門限作ってなかったからなぁ、俺が決めることじゃないけど、朝から出るんだったら、暗くなるまでって言いたいけど、親がここ帰ってくるの10時回るからな、適当に誤魔化してやるよ。今日のもな。』
和兄は遼哉の背中をどんどん叩いてる。最後に『泣かすなよ』っていった。遼哉は怖いくらい真剣な目で頷いていた。
その後、ベッドにもぐりこんだ時間に携帯が鳴った。遼哉が心配して電話して来てくれたんだ。それからしばらくあたしが眠くなるまで、ずっと話ししてくれた。長電話苦手なのに、優しい声でずっとあたしの名前を呼んでくれて...だから、夢の中でも遼哉の声だけが聞こえていた。

あたしたちは、駅まで自転車で行くと、電車で30分ほど乗り継いで街に出た。だってうちは田舎なんだもん。駅から出ると遼哉と手を繋いだ。朝ごはんどっちもまだだったから、マクドで朝マックした。これこそ、デートだよね?憧れてたんだこういうの。それも遼哉と...
映画でも見ようって捜したけど、あんまり見たいのがなかったから、二人でぶらぶらウインドウショッピングしたり、大きな公園の中を散歩したりした。遼哉と一緒に見るものが新鮮で、彼の好みや趣味なんかがわかって、なんだか嬉しかった。手を繋いだり、肩に手が置かれたり、耳元で何か言われたり、恋人同士のしぐさも照れくさかったけど、嬉しい。昨日の事が嘘の様で、彼が無理してるんじゃないかなって思えるほどだった。
「なんか欲しいものない?」
いきなり遼哉がそう言った。
「えっ、別にないよ、なんで?」
「いや、何か買ってくれとか、どこの店に行きたいとか言わないんだなって思って...」
やっぱり今までの人と比べてるのかな?
「だって、今までクラブばっかりで、あんまり街に出たことなかったんだもん。わかんないんだもん、遼哉の思うとこに連れてって?」
「馬鹿、そんなん言ってみろ、俺が行きたいのはあそこぐらい。」
そういって指差すのはラブホじゃないけど、シティホテルのあたり。
「え、だって昨日は...」
言いかけて途端に恥ずかしくなる。こんな健全なデートコースの最中に言えない昨日の会話は。
「嘘だよ、あそこでさ、お昼バイキングやってるんだ、ちょっと早いけど行こうか?」
「え、ホテルでバイキングって高いよ?」
さっきも奢ってもらったとこだから、凄く気になる。
「俺結構持ってるよ。バイトもたまにしてるし、お袋看護婦だろ?食事の用意中々出来ないから食費とか余分にもらってるし、服とかもお袋がすぐに買って来るからあんまり使わないんだよ。」
遼哉のお母さん、昔何度かあってるんだよね。すっごく綺麗でしゃきしゃきしてて、年齢より若く見えちゃうのよね。センスもよさそうだもの。
「似合ってるよ、その服。」
黒のデニムパンツにTシャツ、それからレザージャケットが大人っぽい。胸のとこにサングラスなんか入ってる。かけてるとこ見たいなぁ。きっと似合っちゃうんだ。
「そっか?紗弓も今日めちゃくちゃ可愛い服だね。朝ドキッとした。」
あたしだってデートの服、悩んだんだよ。薄い生地のワンピースは唯一持ってる余所行き用なの。淡い色に花の柄が入ってて、結構身体の線にそってて膝丈のノースリーブ。上からはファスナータイプのGジャンを着てる。けれど、きっと隣にいるあたしなんて、他の人から見れば子供っぽく映ってるに決まってる。足元はスニーカーだし...。だってこれしかもってないんだもん。
そういえばさっきから女の人の視線が来てるよね?やっぱ遼哉って人の目引くんだ。目立つのは学校の中だけじゃないんだなぁ。特に年上の人にもてるんだろうな?
そう考えると、足元が子供を主張してるように、凄くアンバランスなものに見えてきた。いままでおしゃれをあんまりしてこなかったのが悔やまれる。
(あたしって、クラブ以外に取り柄ないんじゃないのかな?)
「なにため息ついてるの?足元じーっと見て。」
「別に...」
「靴欲しいの?」
「え、なんで?」
「それだけ真剣に見つめてたらね、先に行こうか?靴屋さん、そこにデパートもあったし。」
そう言うと、遼哉の方が嬉しそうに歩きはじめた。


「これください。」
遼哉が選んでくれたパンプスはヒールは低めだけどストラップがついてて歩きやすかった。淡い色で、ワンピースにもぴったりだった。こんなので遼哉に釣り合うわけもないけど、少しでも彼とならんで恥ずかしくないようになりたい。けど...
「だめだよ、あたし今日そんなに持ってないもん。」
値段さっき見たけどちょっと高めだったよ。おこずかいそんなにもらってないから、無理だし...。
「いいの、紗弓に似合ってたからプレゼントさせてよ。」
「でも...だめだよ!」
欲しいけどだめだよ。靴を脱ごうと屈み込むその耳元で『またお返しは紗弓からもらうから』と言ってその手をさえぎった。
え、それってまさか?
「またご飯でも作ってよ。」
「あ、それなら...そんなんでいいの?」
遼哉はにっこり笑ってる。よかった、両親が自営業だから料理はよくするほうなんだ。クラブが遅くまであるときは出来ないけど、忙しげにしてる親を見てたら自然とするようになってた。和兄もけっこううまいんだよ。
でも、変だな?いつもの遼哉ならすぐにえっちな話にもって行って、あたしを困らせて喜ぶのに、今日はほんとに違ってるよ。いつもの倍優しいけど...なんか違うよ?

ホテルのバイキングから出ると2時を回っていた。おなかは満腹で苦しいくらいだもの。ケーキもすっごくおいしかったの!
「ね、次はどこに行く?」
「そうだなぁ...」
遼哉も考えてるけど、そんなにすぐいい考えは出てこない。
でも、あたし...行きたいところも、何か買いたいものも何にもない。今すごく遼哉に近づきたい、もっと近くで彼を感じたいって、そう思ってる。私って、変かな?
遼哉のジャケットの裾を握り締める。言えるかな?声震えそう...
「遼哉と、二人きりになりたい...」
驚いた彼の顔。それがすぐに真剣になる。
「そんなこと言うなよ。決心が揺らぐだろう...」
「決心?」
目線を逸らした遼哉の顔を追う。
「昨日の今日だから、絶対に紗弓を怖がらせないようにって、えっちは、その、我慢するつもりだから、頼む、そんな目で見るなよ、理性ぶち切れそう...」
そう言うと足早に通りに向かって歩き出す。あたしは彼のジャケットの裾を握ったまま急いでその後を着いていく。
「遼哉、待って、あたし、怖くないよ?遼哉なら怖くなんかないよ。昨日の事忘れさせてくれるのは遼哉でしょ?」
立ち止まってじっと下向いてて、大きく肩で息をするとサングラスをかけた。
「おいで。」
振り向いた遼哉はやっぱり凄くかっこいい!あたしは伸ばしたその腕の中に飛び込む。ぎゅって肩を抱かれて、そのまま歩きはじめる。
しばらく歩き始めるとビル街で、お店のない通りに入って行った。
前方にご休憩って書かれた看板をみて一瞬身体をびくりと硬直させる。
(やっぱり、そう言うことだよね。)
それも正確にはあたしが誘ったってことになる?...んだよね。
遼哉がかけてたサングラスをあたしに掛けさせた。視界がいっぺんに暗くなる。歩き辛いよ?仕方なく遼哉にしがみついて歩く。
遼哉は慣れたしぐさで入り口の機械を操作して歩き始める。
(やっぱり、来たことあるのかな?こういうとこ...)
ちょっとため息がでる。
「紗弓?」
ドアを開けて部屋の中に誘われる。
「もう、逃げられないよ、覚悟してる?」
遼哉が後ろ手でドアを閉めて鍵をかける音が部屋の中に響いた。
あたしの動悸も大きくなった。