ずっと一緒に...
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「ほーっ、なるほどねぇ。」
クラブ終了後、皆が帰ったクラブハウスに居残りさせられてたあたしは、よっしーにことのしだいの説明を余儀なくさせられていた。
でも即初えっちは言えなかった...。これくらいは秘密にさせてね。
「じゃあ、紗弓も来栖も二人とも長年片思いしてた訳?そんでもって、来栖のあの女たらしは断るの面倒だったから?それも紗弓が原因ってわけ?」
「そんな...ことないと思うケド。」
「ふうん」
じっくりと腕組みして、足組んで、こっちの表情を読み取ろうとする彼女の眼は試合の時と同じだ。はっきりいって怖い...。
『笹野ってさ、味方につければ頼もしいけど、敵に回すと怖いだろ?たぶん紗弓が一番良く知ってると思うけど。』
遼哉はそう言ってた。その通りなんだ。よっしーってば、本能で嗅ぎ分けちゃうけど、けっこう作戦立てる知能派なんだ。だから頼もしい女房役、我チームのBOSS。うまく人を使い分けてしまうところはもう尊敬だよ。あたしにピッチャーやってみればと薦めたのも彼女。
『紗弓は見かけよりずっと精神力あるよ。ピッチャー向け!絶対に諦めないしね。』
そういったのは仲良くなって2週間後だった。
敵に回すと怖いって云うのは、去年の体育祭前のことなんだ。ちょっとがっしりタイプのよっしーが何でも出来るのが癪に障った突っ張り系のクラスメイトの女の子にねちねちと嫌がらせを言われてたときに、クラスメイトに手を回してその子を体育実行委員に推しちゃったんだよね。でもそんなの全然こなせない子で、結局よっしーが手助け口助けして体育祭切り盛りしちゃったの。だって、皆に嫌われてたら誰も競技に出てくれないでしょ?その話を別のクラスだったあたしは後で聞いたんだけど、今じゃその子とも仲良くやってる。向こうが完全に折れたってかんじ?
そんな彼女が野球部の彼氏、今村君の前だけはなんて云うか女の子になるんだよね。そこがまた可愛いんだ。無口な彼は、時々行き過ぎるよっしーを唯一止めれる人だと思うの。
「紗弓?聞いてるの?」
「ごめん、なに?」
ぼけっとそんなことを考えてる間に目の前までよっしーが来てる。
「だから、あの、来栖遼哉が、あんたに指1本触れずに我慢してるはずないでしょ、っていったの!だってあいつすかして冷めた振りしてるけど、中身は相当な暴君だと思うんだよね、あたしの勘ではね。」
にんまりと笑う芳恵ちゃん、当たってます。何で判るの?
「あの動じなさは相当肝座ってるでしょ?おまけに自信家だから何でも余裕あるしね。何より女にもてるからがっついてないじゃない?あれは敵に回すと怖い男だよ、うん。」
おんなじこと遼哉も言ってたなんてしったら...きっと芳恵ちゃん怒るだろうな。
「で、やったの?どうだった?やっぱりうまかった?紗弓ぃ、今後のためにも教えてよ!」
眼をキラキラさせて聞いてくる。そのストレートな表現はやめてよ...。
「もう、そんな話ここで出来ないよぉ!」
さすがに涙ためて訴えると許してくれた。今村君とはキス止まりで悩んでるのは知ってる。けど、痛いんだよ?ほんとに痛くって、2.3日出血してて生理用品使ったりしたんだよ?(あたしだけかも知れないけど...)試験中で助かったんだから、その、身体はしんどかったけど、試験も遼哉のヤマがなければ全滅してたと思うし...。部活なんて出来ないよ、きっと...。やってる人って凄いと思う。
「まあ、許してやるとするか。そんな可愛い顔して訴えられたら来栖じゃなくったっていちころだね。紗弓、その顔他ではしちゃだめだよ?」
「えっ、なんで?」
あたしが首をかしげて聞くとよっしーが抱きついてきた。
「もう、紗弓ったら可愛すぎ!なんか来栖の気持わかってきたわ。多分あのお姉さま軍団に睨まれる、きっといじめやすいって思われるかも!」
なんかよくわからないけど、芳恵ちゃんは『あたしが護ったげる!』って決意しちゃったみたいでした。
「あれ?柔道部まだやってるよ?」
校門まで自転車をついてると、薄闇の中武道館に煌々と明かりが灯ってた。
「あれ来栖と染谷じゃん。乱取りって言うより試合みたい。」
「ほんとだ...」
二人して自転車置いて覗き込む。
1階級は完全に上の染谷君相手に必死で投げ技かわしてる。遼哉独特のすり足がステップになる。
(なんか、懐かしい!遼哉がほんとに柔道やってる。)
あたしが原因でやめてしまった柔道、遼哉は続けたかったのかな?
ピンと張った空気、試合の緊張、投げた時の気持ちよさ、投げられた時の悔しさが、あたしの中で蘇ってくる。
「うおりゃぁ!!」
ちょっと顔に焦りが出始めた染谷君は一歩大きく踏み込んで大外を掛けにくる。すかさず交わした遼哉は片足になった染谷君を腰に乗せ、その右腕を深く捕らえて身体を前屈させた。
基本に忠実な、けれど身体全身を使った1本背負い投げが決まった。
「1本、それまで!」
遼哉の顔が緊張を解くのが判る。汗で張り付いた前髪を軽くはらって大きく息を吐いたあと口元の口角を上げる癖、変わってない。あれは自分の満足の行く技が使えた時の顔。あの顔が好きだった。ちょっと色っぽいっていうのかな?あたしが一番最初に遼哉にときめいた顔。
「紗弓、今日は来栖と帰る?」
にたにたと笑うよっしーのまた何か企んでる顔。
「い、いいよ...別に、多分遼哉バスだろうし、きっとまだ遅くなるよ?」
「だってさ、紗弓今すごく愛しいものを見る目だったよ!こう切なさがあたしにまで伝染してきたみたい。」
「ばか、もう、いいんだってば、帰ろうよ。」
今更一緒に帰るのって恥ずかしいよ。あたしは芳恵ちゃんを自転車のとこまで引っ張って行こうとしてた。
「紗弓、さっきの見てたんだろ?」
がらりと窓が開いて背中に声がかかる。あんまり大きな声出さない彼にしては珍しく大きな声であたしを呼ぶ。随分興奮してるみたい。振り返るともう息を整えて涼しい顔でこっちを見てる。
「一緒に帰ろう、そのために俺クラブに入ったんだぜ?」
「遼哉、お前それを言うか?」
その後ろから染谷君登場。『紗弓ちゃ〜ん』って呼んで手を振ってくる。遼哉の肘鉄が入ったけど...
「さっき主将の俺倒しといて、女のためとか言うか?普通。俺なんか彼女なしで耐えてるのに...。紗弓ちゃん、可愛そうな俺、慰めてやって!」
笹野でもいいと付け加えてよっしーにかばんぶつけられてる。
身体に似合わずお茶目な染谷君をそのまま残して、遼哉は着替えに行ったみたいだ。
「やっぱりいいセンスしてるよ、遼哉のやつ。即レギュラーに入れたくてね、皆認めさせるために俺とやったんだけど、正直負けるとは思わなかったよ。」
ちょっと悔しげな顔見せて染谷君が笑う。
「あいついくら誘ってもその気にならなかったのになぁ、すごいよ、あそこまで本気にさせるのって、やっぱ小畠が絡んでたんだな。殻谷道場黄金コンビ復活か?」
笑ってそう話しかけてくる。そうなんだ、染谷君はあたしが柔道やってた時分を知ってるんだ。あの頃の仲良かった二人も...。
「ま、大事にしてもらえや。あいつの事だ、紗弓ちゃん泣かすようだったら俺に言いな!何かあったら俺に乗り換えても...」
窓から顔を出してた染谷君が消えた。
「紗弓、今行くから待ってろよな。」
遼哉が代わりに顔を覗かせた。なんか照れてるような、顔?
「紗弓、あたしも先に帰るから、ごゆっくりね♪」
「あっ、よっしー...」
取り残されたあたしは道場の壁にもたれて待ってると、すぐに遼哉が来た。
暑かったんだろうな、シャツのボタン目一杯あけて、ネクタイなんて引っかかってる程度の結びよう。シャツも袖も捲り上げてる。
「お待たせ、紗弓。」
二人並んで歩き始める。正確にはあたしの自転車をついてる遼哉と、その横にあたしが並んでるんだけど...これってこの間の反対だけど、憧れの彼氏と下校の図だよね?前によっしーが今村君と帰る後姿を見ていいなぁって思ったんだ。
最初っから飛び越しちゃってるから、もしかして最初っから出来るのかな?憧れの清くただしい男女交際、step1から、なんてね。
「紗弓、離れて歩くなよ。」
右手一本で器用に自転車をついてる遼哉はこともあろうにその空いた左手であたしの腰を抱くと、ジャケットの下のブラウスの上からわき腹をさわさわと撫で回す。
「ひゃんっ...!!りょ、遼哉!」
「紗弓、3週間ぶり〜。」
そのまま、にっこり笑って引き寄せられて、髪にキスされる。遼哉の汗の匂いに包まれる。いきなり道端で密着してどうするの?たしかに3週間の間触れることは出来なかったけど...
「やだっ、こんなとこでどうしたの?」
「やりたい、紗弓とえっちしたい!」
なんなの?あたしがせっかく憧れの男女交際の第一歩の喜びをかみ締めてるのに
!憧れてたのは、まず手を繋いで、ってあるじゃない?なのにストレートにや、やりたいだなんて...そんなぁ...そりゃもう一回やってるけど。
「んんっ!やっ...こんなとこで、やめて、遼哉っ!」
片手で捕らえられてるだけなのに、逃げられない。いくら暗いからって、ここお墓の前だよ?確かに毎晩電話してきてはそのようなことを口走ってたけど、本気なの?
「ん、黙れよ。おまえ何週間お預け食らわされてると思ってるんだ?」
立ち止まって自転車は柵に寄りかけられた。あたしは遼哉の腕にがっちりと抱え込むようにして囚われている。遼哉の身体のどこもが熱い。あたしに触れてる手も、唇も、胸も、全部があたしにその熱を伝えようとしてくる。繰り返される口付け。あたしの中を一杯にしていく遼哉に翻弄されながらも少しずつ、答えていくあたしがいる。
気が遠くなりかけた頃、やっと開放された唇はもう息をすることすら忘れている。
「俺がどれだけ紗弓を欲しいか判るか?」
あたしの耳元で擦れた声が囁く。その息の熱さに首筋から身体を震わせてしまったあたしは、ただ俯いて首を振るだけ。
「ここでめちゃくちゃにしたいほどだ。くそ!それでもこれ以上できないんじゃ...生殺しだよ。」
遼哉の手が制服の上からあたしの身体を感じようとさらにその下へもぐり込もうと動き始める。
「やぁっ、ん...遼哉ぁ」
右手がスカートの後ろから、左手が左のブラウスの脇からあたしの素肌をなぞり始める。抱きしめている腕の力とはとんでもなく正反対の、触れるか触れないほどのタッチで下から上へ上がっていく。
「紗弓の可愛い声が聞きたい、俺の下で鳴かせたい!」
耳の後ろの首筋を丹念に舐め上げられる。必死で声を殺してはいるものの、腰が砕けて遼哉に支えられてなきゃ立ってられなくなる。
「毎晩夢の中に出てきやがって、気が狂っちまうよ。」
狂ってるのはもうすでにこっちの方...。こんなにも触れられるだけで起こってくる甘い疼き。身体は覚えてるのだ。初めてのときの遼哉の愛撫のすべてを...。
「遼哉...」
あたしのおなかの当たりに遼哉の熱い塊が押し付けられてる。
(やっぱり、我慢してるのかな?)
切なげな彼の顔を見上げる。身体の力を抜くと遼哉の腕の力も少し緩む。
「あたしも、遼哉に抱きしめられたかったよ?」
何度もベッドの中で思い出していた。遼哉の愛撫、抱きしめられた時の心地よさ。彼だけじゃない、あたしだって...
「紗弓、ごめんな。男の身体ってこんなんだから、すぐに欲情しちまうけど、それは紗弓だからな!もう他の女なんて見えてないから。お前を俺のもんにしてずっと離さずにいたいくらいなんだ。染谷が紗弓の名前呼ぶのすら許せないぐらいね。」
「大丈夫だよ、あたしもてたりしないもん。」
くすくすと笑ってみせる。そんな心配要らないのに?
「馬鹿、お前気がついてないだけだ。お前も、笹野もそうだけど、ソフト部の奴って結構隙がないんだよ。練習熱心だし、真面目だし。なのにここ3週間でどれだけお前の名前が男どもの口からでたか。そりゃ原因は俺だから満足してるけどな?」
「え?どういう意味?」
「そりゃ紗弓が女になったからでしょ?」
また押し付けられる。嫌じゃないけど、恥ずかしい。
「お前に男が出来たなんて、今のとこ誰も知らないからな。隙が見え初めてから、可愛いとか、急に綺麗になったとか言われてるよ。腹立つけど、前から男子に人気あったのも気がついてない?」
そういってまた身体をまさぐり始める。弾かれたように反応し始めるあたしの身体。
「笹野なんて気付いてたんじゃないの?あいつの場合なんとなくだろうけど。」
笑いながらブラの中まで忍び込んでくる遼哉の指先。胸の蕾をかすめるようにして動いていく。
「あん、いやぁ...」
笑い顔の遼哉とは反対に目を潤ませてしまってるあたし。もう恥ずかしいよ...
「その顔、その声、俺だけのもんな。」
ふっと目を細めて身体を引き離すと、あたしを自転車の後ろに乗せた。
「これ以上は俺も自信ない。胸触っただけでそんな顔するようにさせたのは俺だけど、帰ろう。」
『ほんとに辛いんだ』そう耳元に残して。
あたしは自分の自転車の後ろに横座りして遼哉の腰に手を回す。
「あんまり引っ付きすぎるとほんとに襲うぞ?」
そう言われたって...もっと力を入れて抱きつく。身体の火照りも、この甘い疼きも納まらない。きっとそれは遼哉も同じだろうけれど。
「週末、絶対に逢おうな?」
背中越しにそう言われた。