目が覚めると隣には誰もいなかった。
昨夜からほとんどずっと繋がりっぱなしだった相手、親友の望月椎奈。
彼女はそのシーツにわずかにその香りと、初めての証を残して消えていた。
 
オレは彼女を抱いた。だけどそれはその後親友に戻るという条件で。
だけど、これでよかったんだろうか?本当に...
 
 
オレには親友が2人いた。
高校に入ってからのつきあいだが二人とも信用できる奴らだ。一人は男でもう一人は女だ。この二人にだけは、オレは心を許せた。他にも説教たれてくる奴もいるけれど、この二人は別格なんだ。
土屋章則と望月椎奈。
章則は穏やかで優しい男だ。自分に持ってないその雰囲気に憧れる。奴もオレのように思ったとおり振る舞えるのが羨ましいといった。茶道を嗜む和の男だ。奴とは一緒にいても何するわけでもなくただぼーっとしていられた。奴の部屋は居心地よくてよく入り浸ってた。
もう一人は女だけどオレが唯一信用できる女だ。野瀬京香もさっぱりとしていい奴だけど、ころころ男変えたり、不倫であろうがなにであろうが好きなモノは好きな性格も嫌いではないが、そう言う意味では信用できない。
俺の母親は不倫の末オレを置いて家を出ていってしまった。それがそもそも女に対してオレが信用したり期待したり出来ない原因かもしれない。中学の時付き合ってた女だって結局高校が別れたらさっさと他の男のモノになっていたしな。その子と付き合ってるときだって色々あったさ。親友と名乗ってる女がオレにいい寄ってきたり、彼女が誰かと遊んでたとご丁寧に注進してくる奴。女ってこんなだったか?期待はしてなくてもどんどん幻滅していく自分がいた。けれどもその反対に女の柔らかさや暖かさに一時でも心の渇きを癒されているオレがいる。欲しいときに抱ける女は便利だ。優しい言葉を贈っていれば機嫌がいい。代わりはいくらでもいるから、ややこしくなったら別れればいい。
けれど...椎奈だけは、女でなく親友として側にいて欲しかった。
女らしくはない、けれども明るくて気持ちのいい奴だった。一緒に居るだけで元気がもらえた。自分がどんどん前に進んでいけるように思った。まっすぐで、馬鹿正直でくそ真面目。そして友達想いだ。
高校1年の時、まだ椎奈がいい子だなって程度に想っていたとき、椎奈の友達の宮下苑子が告白してきた。椎奈が苑子を頼むと言った。大切な友達だからと...オレは笑って苑子と付きあって欲しいという椎奈の態度に、なぜだか腹が立った。中学時代の彼女のことは椎奈にも話して相談していた。で、別れたから自分の友達とつきあえ?オレってそんな風に見られてるのかと思ったら、悔しいような気がして...
すんなりつきあうとは言ったものの、宮下は見た目は可愛いが、そこらの女と同じだった。つきあい出すとキスをせがみ、身体を差し出してくる。せっかくだからもらっておくけど、意外にも彼女は初めてじゃなかった。オレからすると何だって感じ。別にバージンじゃないとダメとかそんなんじゃない。ただ、何もかも初めての振りをしてるのがおかしかった。
『なんだ、初めてじゃなかったのか?』
そう言ったときの彼女の表情。騙してきたのに、これだけは騙せなかったってやつだ。けどその後手を出そうとしないオレにしびれを切らしたのか、彼女の攻撃は意外にも自分の友人に向かっていた。
 
今まで通り椎奈と接してると苑子がやたらとそれを嫌い始めた。おかしいなと思ったが、女はみな我が儘だ。俺がどうこうする前に椎奈が少し距離を置いてきた。苑子は親友だと言っていた椎奈を泥棒猫呼ばわりし、オレを取っただの、取ろうとしただのと吹聴しまわって、椎奈を中傷の渦の中に放り込んで平気な顔して、オレとつきあい続けたんだ。時には椎奈がオレの悪口を言ってると言って。
許せなかった。なぜ椎奈にそんなことをする?オレと椎奈はただのトモダチなのに。何ら疑われるようなこともない。なのに...そんな目にあっても椎奈は一言も苑子を責めなかった。苑子を責め立てる京香や未来からも庇うほどだった。
『何で椎奈にあんなこと...椎奈が何かしたのかよっ?』
『椎奈椎奈椎奈!圭司は椎奈ばっかり!付き合ってるのはあたしでしょう?なのに...あの女が圭司になんか言ったんでしょう?そうなんでしょう?』
『おまえ、自分の友達のどこ見てんだよ?椎奈がそんなこと言う奴じゃないのはおまえだって知ってるはずだ。おまえがやったこと、全部京香や未来から聞いたんだよ。』
『っ...でも、椎奈が悪いのよ!圭司はあたしの彼氏なのに、話したり、二人であってたり、だから、だから!』
『椎奈はオレにとっても友達だ。大事な親友と言ってもいい!それはもう男とか女の壁を超えてると思ってる。』
『ずるいわよ、圭司!つきあっててもキスしても、えっちしても、一度も好きだって言ってくれない。まるで彼女のあたしよりも、親友の椎奈の方が大事みたい!』
『その通りだけど?つきあってくれって言ったから付き合った。可愛いと思ったからそう言った。キスして欲しそうだったからキスした。抱いて欲しいと言ったから抱いた。それ以上に何があるんだ?オレは、はっきり言って彼女よりも、親友の章則や椎奈の方が大切だ。ただ椎奈に大事にしてやってくれと言われたから大事にしてただろ?』
『ひどい...』
『おまえが椎奈にやったことの方がひどいと思うぞ。椎奈は一度も自分から話しかけてこようともしない、避けられてたよ。椎奈の友達と付き合うと避けられるんだったら、オレはもおまえとはもうつきあわない。』
『そ、そんなっ!!』
『オレは友達を裏切るような、そんな奴が一番信用できないんだ。悪いな、けどおまえがつるんでる奴らな、オレもよく知ってるんだよ。あの中の中井って言うの、オレの中学からのダチだから。柄は悪いけどいい奴だぜ。おまえに本気だってさ。』
それっきり苑子とは話もしていない。だけどそんな苑子を椎奈は『友達だから』と許した。一度友達として付き合った者に対して最低限の礼を払うことの出来る女だった。
オレはその時から、椎奈を親友と呼び、他のどんな女と付き合おうが別れようが、こいつだけはずっと友人でいたいと思い、その信頼だけは裏切るまいと心に誓ったんだ。
それ以来、オレに近づいて来る女なんてそんなのばっかりだった。女達はオレを束縛しようとする。いつも一緒に居ろとだだをこねる。誕生日には指輪が欲しいとねだってくる。面倒な生き物。自分の母親とだぶらせながら弄んでいる己の愚かさ。
そして、いくら親友だと言っても椎奈の存在を許そうとしない。それもオレにでなくあいつに辛く当たる。またそれをオレに言うような奴じゃない。椎奈は苑子の件で、尚更オレの信用を大きくした。こいつは信用できる、絶対に裏切らない、そう確信出来たんだ。
母親をも信じられないオレにとって、唯一信用できる女。付き合う女にスペアはいくらでもあるけれども、親友の椎奈にはスペアがない。オレは一生親友の椎奈を大事にするって決めたんだ。
女に対するオレの最後の砦、こいつを無くしたらオレは一生女を信用できなくなってしまいそうだった。
椎奈は男関係はあまりなくて、簡単に誰かに簡単に恋するタイプじゃないように思えた。きっとこいつが好きになったらとことんで、一生かけて思い通すんだろうな。そう思えた。
だけど実際には自分に向けられる恋愛感情には疎い。一部の女子を除いて(オレがらみ)は人気もある。あの明るくって前向きなところが好かれてるんだろう。少々気が強すぎるが、それでも男子たちまで好意的だ。あいつは女を感じさせないからな。オレにも、なんだかんだズバズバ言ってくる。けどオレばかりを責めるんでなく、オレの苦労をねぎらってもくれる。オレの見た目じゃなく本質を理解しようとしてくれてるのがわかるんだ。
だれにもなびかない椎奈。
最もオレが側で睨み効かせてたらそこらの男は椎奈に近づいてこなかったんだけど。しょうもない男に椎奈はやれなかった。オレの大切な親友なんだからな。
同じく章則の視線が椎奈を追ってるのに気が付いたのもこの頃だ。何度か聞こうと思ったが、お互いの均衡が壊れそうで聞けなかった。本気だったら自分から言い出すと思ってたし、その頃は章則も他に彼女がいたから。
3年の夏休み、オレは女子大生の彼女ができた。綺麗な女だった。頭のいい女で、オレは夢中になった。身体も凄くよくて、あんなに溺れたのは初めてだった。それまではただヤルだけだったのに、女を喜ばせる色んなテクニックを教わった。それと同時にオレもかなり喜ばせてもらった。泊まりに行った時は朝まで繋がっているほどだった。スキモノといえばそうかもしれない。夏中夢中になっていた。
だけど終幕は早かった。秋にはもう彼女には他の男がいた。毎日会えない男ではだめだったらしい。まるで...そう、まるでオレのお袋のような女だったと気が付いたのは別れてからだった。お袋は忙しいオヤジにほったらかされて若い男と懇ろになり、そのまま出て行ってしまった。そんな女にうつつを抜かしていた自分を恥じて、同じく捨てられたそのトラウマにひどく責められ自暴自棄になっていた。いろんな女と付き合ってみたのもそうだ。たかが親のことで傷ついたりこだわってるところを見せるのが嫌で、外側ではずいぶんと大人びたところを見せていたかもしれない。けれども付き合うたびに嫌な面ばかり見せられる。女にはもう何も求められない。身体さえあればいいなんて思っていた。向こうも利用してるんだったらオレも利用してやるさ。これだけ評判の悪い女ったらしのオレに近づいてくるなんて、そんな女ばっかりなんだからな。
 
そんなオレを救ってくれたのも椎奈だった。椎奈が救ってくれた訳じゃないな、椎奈の存在に救われたんだ。
正面からオレに向かってきた。オレが怒りにまかせて締め上げた時でも目を見開いて必死で何か訴えてきた。彼女からはいつだってオレに対する思いやりが感じられた。それは確かに友情だったと思う。恋愛感情なんて一時的なモノは信じられないし、持続するものじゃないってわかってる分期待もしていない。だけど友情なら?オレは椎奈との友情を永遠に維持させたいって願った。彼女の存在がオレの精神を危ういところで支えてくれてるのだ。親にさえ見捨てられたオレの心の拠り所ですらあった。
 
オレが女子大生の彼女と別れた頃、いつの間にか椎奈に彼氏が出来ていた。椎奈に彼氏なんて...考えられなかった。椎奈はいつだってオレの親友で、彼女がいないフリーの時には椎奈や三宅と帰るのが常だった。なのに椎奈に彼氏ができた。その相手の岡本は、やたらオレのとこに来ては椎奈と手を繋いだとか、毎日一緒に帰るんだとか散々惚気にきやがる。しまいにはキスしただって?そりゃ椎奈も付き合ってればキスぐらいするだろう。けれどもいちいち報告に来るそいつに苛立ってる時に、またオレに告ってきた女がいた。ちょっと綺麗だけれどもすれていて経験もかなりありそうだった。オレは苛立ちと共にその子を抱こうとしていた。教室で、それも椎奈の鞄が残ってるのを知っていて...
廊下に人影があるのに気が付いていた。椎奈だろうと言うことは予測がついていた。女を解き放ち校門で待つよう伝えて、一人になると椎奈の名を呼んだ。そして椎奈を責めた。と言うよりもあれは八つ当たりだよな。だけど椎奈はきっぱりと『好きな男にしか抱かれたくない』そうはっきり宣言した。オレは思わず椎奈を抱きしめてしまった。なんでそんなコトしたのかオレにもわからない。けれども椎奈がオレの欲しい答えを口に出してくれたんだ。オレは親友として感謝のハグだと言って誤魔化したけど、本当に嬉しかった。もう一度女を信用しようって思った。
けれどもその子はすぐにオレと寝たがったし、そのトモダチもオレに迫ってきた。馬鹿らしくて全部ヤッて捨てた。しばらくはそんなのの繰り返しだっただろうか?紹介されて寝て、すぐに別れる。その繰り返し。受験勉強も全くやる気なし。もっとも、ばあちゃんが受験のとやかく言うこともなく、オレは千里がいた大学を目指すのも止め、またひどくやけっぱちになっていた。
そんなオレにつっかかってきたのが椎奈だった。オレは怒りにまかせて椎奈の首元をつかみ締め上げたがそれでも奴の目はオレを睨み付けていた。その目が涙を浮かべながら必死でオレに『負けるな!』って言ってるように思えた。だけど持ち上げたその腕を降ろすことが出来なくて、男と違って思ったより華奢で軽い椎奈をこのまま壊してしまいそうな錯覚に陥る。章則に羽交い締めにされるまでその腕を降ろすことが出来なかった。感情が治まり俯くオレの頭を、いつもオレがするようにぽんぽんと叩いて許してくれる椎奈だった。
オレはこの親友のためにも、もう馬鹿なまねはやってられないとそのとき思ったんだ。
それからは猛勉強、なんとか私立のいいとこに入れた。正月初詣に出かけたときに着物姿の椎奈と合格祈願をしたのがよかったんだろうか?御利益は確かにあったと思う。
 
卒業式の後、みんなでお別れ会だと教室に集まった。もちろんアルコールなしの、報告会のようなものだった。終わりかけた頃椎奈の姿が見えなくなった。
「あれ、椎奈は?」
「さっきまでいたけど...」
章則も見てないらしい。もうすぐこの街を出ていく俺としては最後に椎奈にちゃんと礼を言っておきたかった。そして恥ずかしいけど、卒業してもずっと親友でいて欲しいなんて告げるつもりだった。なんだか告白するより緊張してたんだ。
「椎奈なら岡本くんに呼び出されたけど?」
未来がそう言ったとたんに章則が眉を寄せた。
「岡本、大学ほとんどダメだったんだ。なんか悩んでるっぽくって、他の奴も少しおかしいって...なんか思い詰めてる感じでさ、気をつけて欲しいって他の友達から言われてたんだ。」
「まさか...」
オレたちは教室を飛び出した。空き教室を覗いていく。誰もいない別棟に入ったときにかすかに物が倒れる音が聞こえた。その向こうには資料室がある。オレたちは走った。京香と未来はさすがについて来れなかったけど。
「椎奈っ!?」
そこには岡本に組み敷かれ、制服のスカーフを口に突っ込まれて動けなくなった椎奈の無惨な姿があった。セーラー服の上はズリあげられ、下着を押し上げられたそこには椎奈の白い胸が晒されていた。まくり上がったプリーツスカートから鍛えられた椎奈の脚がばたついてるのが見えた。引き下ろされた下着、屈辱に真っ青になって耐える椎奈のぐちゃぐちゃの泣き顔。
一瞬、オレはキレた。何を考えるでもなく岡本に殴りかかっていた。椎奈から引きはがしこれでもかと殴り続けてるときに未来が椎奈の名を叫ぶように呼んだ。
振り向くと椎奈の様子がおかしかった。ひっひっと呼吸を繰り返して固まったように震えている。これは...同じ症状を見たことがあった。うちのクラブのマネージャーが炎天下の合宿で無理しすぎて倒れる寸前呼吸困難になって、その時彼女が紙袋を使って呼吸し始めたのだ。よくなるのと言っていたが、それが過呼吸症候群だと聞かされて、症状は息を吸いすぎて吐けない症状。二酸化炭素を吸わさないといけないのだ。
「どけ、未来!何か紙袋かビニール袋、ないか!?」
椎奈の身体は冷たかった。がくがくと震える身体は弱々しくて...未来が急いで服を直していたが首筋やあちこちに赤い痕がつけられている。
椎奈はこんなこと望んじゃいなかったはずなのに...
「椎奈、息をするんだぞ、ゆっくりだぞ!」
見渡しても何もない。オレは椎奈の鼻をつまむと椎奈の口をこじ開けて自分の口で覆った。ゆっくりと息を吹き込む。オレから送られる空気を吸い込みそれからまた吐き出す空気をまた送り込む。それをしばらく続けると硬直していた椎奈の腕が緩みはじめる。つまんでいた鼻を解放して、それでもしばらくはマウスtoマウスで呼吸を繰り返す。まるでキスでもしてる気分だけど、これは人工呼吸だ。思ったよりも柔らかい椎奈の唇にほんの少しひるみながらも安定してくるまで続けた。
緩んだ椎奈の唇はこんな非常事態でもオレには甘く感じられた。馬鹿な、親友の唇に欲情してどうする?おれはそっと唇から離れた。
「ゆっくり、まだゆっくり、吐いて、あんまり吸うんじゃない。過呼吸だよ、うちの部でよくなる奴が居て、二酸化炭素を吸えば楽になるはずなんだ。」
椎奈の指先がぱさりと床の上に落ちた時、ぐったりと椎奈の身体はオレの腕の中に崩れ落ちた。
すぐに意識を取り戻した椎奈だったけどオレらは岡本が許せなかった。
椎奈に岡本のことどうするか聞いたら、『もう二度と見たくない』それだけ言った。『忘れたい』と。学校や警察に言うとなればこのことが何度も蒸し返される。オレたちは椎奈を京香の家にやった後、岡本を締め上げた。
「おまえ、どういうつもりなんだ?」
「...」
目立たない場所に移ってオレと土屋は岡本を尋問していた。激しい怒りと憤りは、かなり収まりはしたものの、それではすまされない感情に支配されていた。
「椎奈は許してもオレらはおまえを許さないぞ?あんなひどいことをして...」
「おまえと...だと、おもったんだ...」
「は?」
「工藤と、付き合ってるって、おもったんだ...」
「なんでそんな誤解?」
「初詣で仲良く並んでお参りしてるのを見たんだ...椎奈は、いつも、僕といるより、すごく笑ってて...僕といるときはいつも困ったように笑うばっかりで...付き合ってるって言っても、受験があるからって断わられたのに、うやむやにしていたのはオレの方なんだ。だけど、おまえと仲良さそうな椎奈の笑顔が頭から離れなくって、受験もうまくいかなくて、きっとおまえ達は付き合ってて、工藤はここのとこ女の噂聞かなかったから、きっと椎奈が、おまえとやってるんだろうっておもったら悔しくて...」
「そんなはずないだろ?オレと椎奈は親友同士だ。間違ってもそんな感情はない。」
そう答えた自分の唇に椎奈のあの柔らかな唇の感触がが蘇ってくる。
「僕だけが知ってるはずだった。椎奈の照れた顔、赤くなって恥ずかしそうにするとこ。全部僕の物にしたかった...好きだったんだ、ほんとに...」
「無理矢理やっていいもんじゃない。」
章則が岡本を見据えてそう言う。こいつがこんなに怒ったのも初めて見た。やはり椎奈のことを...?
「椎奈に二度と近づくな、そして姿も見せるな。いいな?それが条件だ。そうでなかったらおまえのやったことみな学校と家に言うからな。けど、おまえだってこれ以上椎奈を傷つけたくないだろう?」
岡本が頷くのをみてオレたちは奴を解放した。
その後、京香の家に駆けつけた。震えてまるで弱々しい子供のように怯えた目の椎奈は見ていたくなかった。椎奈はいつだってオレに元気をくれるはずの存在だったんだ。
なのに...
守ってやりたい。そう心から思えた。その不安をすべて拭ってやりたい。
けれどもそう思ったのはオレだけじゃない、章則もそうだったんだ。
アイスを買って帰ろうと行ったのは章則だった。京香の家に一番近いコンビニで雪見だいふくの徳用を買った。『椎奈はこれが好きなんだ。』と...オレは、そんなことは知らない。オレは甘い物は嫌いだから、そんな話を椎奈としたことなんかない。あいつは俺の好きな物とか嫌いな物よく知ってるけどな。
椎奈は章則の差し出したアイスで笑った。
オレは...何も出来なかった。
 
 
 
街を離れるオレは椎奈に何もしてやれなかった。
章則が側にいると言った。オレも頼んだと言った。それが何を意味するものか、わかっていて気づかない振りをした。
それからたまにオレからメールしなければ椎奈からくることはなかった。たまにみんなで集まったときも、いつものように振る舞う椎奈だったけど、昔のようなはじける元気さは無くなっていた。
『あたしだって大人になるわよ。』
そう答えたけれども、あいつの、章則の視線が椎奈に絡まるのを何度も見た。オレと飲んでるときにもたまに突き刺さるような視線。それは章則だった。
オレは親友を二人とも失いたくはなかった。
なのに...
あの日
『圭司...椎奈を泣かせた。』
早朝に章則からの電話に目が覚めた。
『なんだよ、朝から...』
『僕は椎奈を裏切ってしまった。椎奈は多分今泣いてる...僕はもう慰めてやれない。発作を起こしても、もう...』
意味不明だった。けれども前々から気が付いていたことだ。章則と椎奈が付き合ってるんじゃないかという予感。
オレは隣に寝ていた女をたたき起こすと部屋の前に放り出して車に飛び乗った。高速を飛ばしに飛ばして、椎奈の家には昼前には着いた。家の前には椎奈の車があるってことはうちの中にいるんだ。玄関は空いていた。椎奈の名を呼んだけれども出てこない。オレは二階に上がり椎奈の部屋のドアを叩いた。返事を待たずに飛び込んだその部屋の真ん中で...椎奈は泣いていた。
ぐしゃぐしゃの顔、惚けたようにうつろな目からはまだ涙が溢れていた。もたれたベッドの横にくしゃくしゃの紙袋...
発作がまた出たと言った。オレは、椎奈を抱きしめた。あの時みたいに力無く座り込んだ椎奈を力一杯抱きしめた。元の椎奈に戻って欲しくって、そのためなら何でもしてやりたかった。キスしてオレの精気を送り込めるならそうしてやりたかった。
けれども出来ない。
これ以上椎奈を傷つけられないし、失いたくない。女の代わりはいても椎奈の代わりはいないんだ。
どうして椎奈ばかりこんな目に遭うんだ?普通に人を好きになって結ばれる男女が多いのに、それがたとえ一時の感情でも、その時には幸福感を感じてるはずなのに。なんで椎奈はこんなに苦しむんだ?あいつは幸せになっていいはずの女なんだ。なのに...
 
今度こそずっと側についていてやるつもりだった。
けれども椎奈は強く、すぐに立ち直りばりばりと仕事に打ち込んでいた。オレも直属の上司の手伝いで入社2年目にして東京支社に出向となり、1年間プロジェクトの手伝いにどっぷり浸かった。なぜオレが連れて行かれたかっていうと、独身で体力があって、しょっ中関西と関東の往復が可能な奴ってことでの白羽の矢だったらしい。そのプロジェクトも終わり、無事関西に帰ってきたところだ。向こうで出来た彼女とも綺麗に別れてきた。元々そっちにいる間だけのつもりだったから、懐深く入らせてはいない。寂しいときのぬくもり程度でよかったんだから...
帰ってきてもお互いに忙しくて椎奈とは逢えなかった。メールや携帯で連絡は取るものの土日祝日仕事の椎奈とは時間が合わない。しかたないので京香や三宅と飲んでたんだけど。
いきなりの椎奈からのメール、<お願いだから今夜一緒に飲んで!>ってあいつらしくないと思ってたら、男を連れてきていた。
「藤枝史郎です。」
そうにっこりと笑って名刺を差し出した椎奈の同僚と名乗るその男の目は、初っぱなからオレに対して敵対心丸出しだった。
こいつ、椎奈に本気か?オレの探るような言葉にも正面から答えてくる。けどこいつ、なんかオレに似てねえか?隣で椎奈がやたらため息ついてる。嫌なのか?嫌だったらなんで連れてくるんだ?面と向かって勝負挑まれたら買っちまうだろ?
椎奈はそいつにきっぱりと宣言した。『誰とも付き合わない』と...ちょっと待て、それはヤバイだろ?『結婚しない』?おい、それは...まさか?椎奈まだ...章則のことが忘れられないのか?そんなに好きだったのか、奴のこと。
冗談半分でその藤枝ってやつとくっつけるようにからかってみる。けれども椎奈はいつものノリなんて無くて、京香達が来てもため息ばかりで押し黙ってしまってる。
オレは椎奈がトイレにたったのを見計らって、席を立ってその後を追った。
椎奈は珍しく不機嫌な顔をオレに向けた。
「椎奈、あんまり飲んでないみたいだけど、今日は調子悪いのか?」
「飲む気にならないだけよ。」
言葉も心なしかとげがある。
「まあ、そう怒るなって。こうしとけば個人的に誘われることも少ないし、そのときはオレらと一緒にすればいい。それで慣らして椎奈さえその気になったらいいんじゃないか?意外とまっすぐな男じゃないか。まあちょっと自信家で自惚れも強そうだけどな。」
そうなんだ、こうやって椎奈も色んな相手に慣らしていかないとな。一生彼氏なんて出来ないだろ?オレと章則の約束、『椎奈がちゃんと本当に好きな相手と結ばれて、幸せになるのを確認して欲しい』と。それまではこちらからも連絡はしない。親友との最後の約束だった。だからオレはちょっと柄にもなく躍起になってたのかもしれない。1年も離れてしまっていて、今度帰ったらちゃんと約束を果たそうそう思っていた。それらしき相手がいるんならそれでよかったのに、その気のある相手にこれじゃ先は真っ暗じゃないか。今度つきあい始めた女の子は同じ会社の同僚で、結構束縛してくるんだ。あんまり椎奈の相手ばっかりしてたらまた怒り出すだろうなぁ。こいつなら構わないって思うのに...椎奈の頑固者め!
「よけいなお節介よ。藤枝くんすっかりその気みたいで...またこの飲み会に誘ってくれって言ってるじゃない!」
「いいじゃないか、そうやって慣れていけば。藤枝ももうちょっと成長しないと椎奈の相手にはならないだろうけどな、せめてオレぐらいはね?そうしたらちょっとは範囲広まるだろ?この中にいたら無茶はさせないし、そうでもしなきゃおまえぜんぜん相手探そうともしないし...」
「もう、やめてよ...そう言うの。あたし、誰ともつきあいたくない。もう、あんな思いしたくないから、お願いだから放って置いて、構わないで!!」
やっぱり、それほど章則のことが好きだったのか?じゃあなんで...
「何いってんだ?おまえそんなんじゃ一生彼氏もできないぞ?まさかあの結婚もしないって言うのも本気じゃないだろ?だからオレが親友として、椎奈に相応しい男を責任もって捜してやるって...でないとオレが安心できないだろ。」
「どうして工藤が安心しなきゃならないのよ?」
椎奈がマジ切れしてる?なんでこんなに怒るんだよ。くそっ...
「あ、章則に頼まれたんだ。男同士の約束だ。あの時の話は椎奈には言えないけど、あの時点で章則はおまえのことをまだ凄く大事に思ってたんだ。だから、今度はオレに頼むって、椎奈が幸せになるようオレにちゃんと側にいて守ってやって欲しいって、頼まれたんだ。だからだな...」
椎奈が押し黙って、オレを睨んでた。下唇かみしめて、じっと...
「人に頼まれたから...だからやたらメールしてきたり電話してきたり?で、彼女が出来たら邪魔だからさっさと彼氏を当てがってやろうかってこと?馬鹿にしないで、今回は連れてくる羽目になったけど、申し込まれたのは彼だけじゃないわ。だけど、断ってるだけなの!あたし誰とも付き合いたくない...」
「ちがう、椎奈、そんなつもりじゃない...けど、おまえ危なかしすぎるんだ。オレはずっと側にいてやれるもんじゃない。そりゃ、どうしようもない時は呼んでくれたら飛んでいくさ。けど、オレの知らないところで、またおまえが泣いていそうで、不安なんだ。あいつなら同じ職場で側にいてもらえるだろ?おれはおまえが心配で...」
違う、それは違うんだ。オレは、本当におまえが心配で、大切で、もうこれ以上傷つけたくなくて、だから...オレはいつだって自分の彼女よりも椎奈のこと...
椎奈のことが大切なんだ。たった一人になってしまった親友だから。
なのにオレはよけいな一言を言ってしまった。
「それにさ、あいつ、多分かなり経験ある...本気みたいだし、おまえもそろそろ前向けよ。」
だってさ、もし経験豊かな奴だったら間違いなく椎奈を抱いていたと思うぞ?章則は大事にしすぎてたのと、経験に伴う自信を持ってなかったからだと俺は思ってた。
だから...
「それを決めるのは椎奈でしょ?工藤、あんたじゃないわ。さっきから見てたらなにを煽ってんのよ。そうかと思ったらお互い挑戦的な目で見てるし。あの藤枝って子、あんたに似てるけどあんたじゃないのよ。中身はあんたよりよっぽど真面目だわね。」
「なんだよ、京香、それどういう意味だ?」
なかなか帰ってこないオレたちを心配したのか京香が口を挟む。オレの頭はいきなり熱くなった。何をいってやがる、この女は?
「女の子をちゃんと見てるってこと。可愛いとか、綺麗だとか、付き合いやすいとか、楽だとか、そんな基準で選んでない。あんたよりよっぽど女をちゃんと見てるわよ。」
「何言ってんだよ、オレがいつ...」
「そういうならあんたが今まで付き合ってきた女の中で、人間性で選んだ子なんていた?本気になれる子がいたの?一生付き合っていけるような、そんな女が...」
わかってるさ、そんな女ばかりだってこと。それだけじゃない、オレがそう扱ってることも...ふと隣にいる椎奈を見る。泣きそうな表情で押し黙っている。なんんだよ、オレが泣かせたのか?オレが悪いのか?けど男と女なんてそんなもんだろ?信じられるような確かなモノなんて何もない。代価を求めない友情の方が余程信じられるさ。
けどなんでオレがここまで言われなきゃなんないんだ?オレは椎奈のことを心配してるだけだろ?なんでオレが女のことで言われなきゃなんないんだ??
「うるせえな、京香、おまえに言われなくってもわかってるさ。けど、どうせいつか離れていくんだ。男と女なんて、子供がいたって、他に好きな相手が出来たら簡単に別れてしまえるんだよ。そんなもんにこだわってどうするんだ?オレは...帰る。」
「工藤、あんたまだ両親のこと...?」
オレは一瞬びくっとした。椎奈はもちろん京香だってオレの両親のことは知ってる。お互いの浮気で別れたオレの両親。お袋はオレをオヤジの実家に残して男と出て行った。つい興奮して思わず口に出てしまった...そう、オレはいつだってそんな風にしか女を見ることが出来なかった。いつまでも子供っぽいけど、結局そこから抜け出れてないんだ。
「じゃあ、工藤は椎奈と藤枝をくっつけたいんだね?でもさ、藤枝のあの調子じゃ独占欲強そうだから椎奈を自分のモノにしたら離さないんじゃないの?親友って言っても三宅も工藤ももう逢わせてもらえないかもね。あんたそう言うの考えたことある?」
何を言ってるんだ?椎奈が誰と付き合おうが、オレが誰と付き合おうがオレらは変わりない親友だろうが?くそ、なんか頭に来たっていうかやってらんないね。
「...そんなの関係ないだろ?明日は仕事あるからオレはもう帰るからな。」
オレは席に戻って荷物を掴むと席を立った。
 
なんでこんなに腹立ててるんだオレは?
いいじゃないか、椎奈が藤枝と上手く行ったら椎奈の男性恐怖症も楽になって、俺も安心して女とつきあえるって訳だ。
章則に頼むといわれていながら東京支社に出向したりとかで、全く椎奈のことを見てやれなかった。ようやくこっちに帰ってきて、彼氏の一人ぐらいできたかと思っても全くできてない。何度も、へたすれば自分の彼女よりも多くこっちからかけていたかもしれないメールと電話。あってみればわかると思ってたけど以前と同じ堅い蕾のまんまの椎奈。もう25になるっていうのに??それなのにあのせりふ、『結婚するつもりはない』それってあいつの場合恋愛もしないってことなのか?
藤枝はそんなに悪い男には見えなかったさ。にてる部分は認めよう。けどあいつは椎奈の良さがわかったんだ。だったら...
あのとき、椎奈の手を引き寄せるのを見て、ダメだって思ったのは?あれはダメじゃなくて、オレが嫌だったのか?
高校時代の椎奈の彼氏の岡本が、オレは嫌いだった。やたらと椎奈のことで自己主張するし、思い詰めたような椎奈に執着するあの目が嫌だった。だけど章則の友人でもあるということで、オレはあまり相手にしなかった。章則とも、つきあってるらしいとこは実際には見てはいない。
まさかな...
 
 
それからしばらくは椎奈に電話もメールしなかった。
苛ついていた。やたらと苛ついていた。これほどまでにオレは椎奈の存在に依存していたのか?
しばらくたって椎奈からメールが来た。
<今、藤枝くんと付き合ってる。工藤のお薦めだったでしょ?すごくうまくいってるよ。だから安心してね。>
そっか、うまくいってるんだ。喜ばしいことなはずなのに、なぜだか寂しさを覚える。自分に彼女が居るときはたとえ付き合っていても椎奈優先があった。それを嫌がる女とはすぐに別れたし、女だけど親友だって言うのを認めてくれる女も居たからな。だけど椎奈の場合はどうなんだろう?自分の彼女がほかの男と仲よさげにしていたら?藤枝はオレを知っている。あいつの挑戦的な目を見てるから、あんまり声かけない方がいいかなと思っていた。
椎奈が藤枝と付き合ってる。その事実は少なくともオレを苛つかせた。あれから椎奈からも連絡はない。うまくいってるんだろうけど、なんか相談とかないのかよ?あっちの方は大丈夫だったんだろうかといらぬ心配をしてしまう。そばでしつこくうなだれてくる女を邪険に扱ったら怒って出て行ってしまった。それ以来なんだか面倒くさくて女に声もかけてない。近づいて来る女もさらっとかわしてしまう。オレとしたことが、ここ数ヶ月女なしだ。仕事も忙しくてそれでちょうどよかったんだけどな。愚痴る先に連絡が取れなくてあっちもご無沙汰で、オレのフラストレーションはMAXにたまってたんじゃないだろうか?
金曜の夜だって言うのに女もそばに置かず部屋に戻っていた。帰りに会社の同僚と軽く居酒屋で飲んだけど、早々に引き上げてきた。ベッドにばさりと身体を落としたとき携帯が鳴った。登録してない番号。誰だろう?
『誰?』
『藤枝です。今さっき椎奈さんを振りましたよ。あんな、お堅い女やってられませんよ。この歳でキス止まりって言うのもね。』
『おまえっ!』
『やっぱり怒りますか?あなたの大事な親友を傷つけたんですからね。今さっき部屋から追い出しましたよ。行き当てあるかどうか知りませんけど、送っていく気もしないんでね。』
『どこだよ、椎奈は?』
『○○通りの3丁目の交差点を一本入ったとこなんですけどね、このあたりは大通りまででないとタクシーも拾えないですからね。その前にあのあたり歩いてたら変なのに連れていかれますよ。あの通りそういう女が立ってるので知れてるから。心配なら迎えに来ればどうですか、工藤さんとこからだと近いでしょう?』
そう一方的に言って電話は切れた。オレは車のキーを掴むと部屋を飛び出した。
飲んでたけど、そんなの構わなかった。椎奈が傷ついてる。あいつの泣き顔だけが浮かんでいた。もしかしてあいつにひどいことされたんだろうか?拒否して罵られたんだろうか?
『京香、おまえ今どこだ?』
こんな時はオレだけじゃだめかも知れない。オレは京香に連絡とった。
『カレの部屋だけど?椎奈が泊まりに来るって言ってたけど、藤枝のとこに泊まるって言ったからこっちに来ちゃったのよ。』
『そっか...な、連絡あったんだろ?』
『あったわよ。部屋に帰ろうかっていったら会社の友達のとこに泊まるからいいって...今回はあたし行かないわよ。工藤、あんたも今まで椎奈に助けられてきたんだったら、今回はちゃんと支えてやってよ。あんた一人の力でね。いい??』
オレはわかったと答えて電話を切った。車は10分もしないうちに大通りについた。3丁目の交差点のあたりに女の姿がヘッドランプに照らされるのが見えた。
「椎奈!」
車から降りて駆け寄る。肩がびくりと震えるのがみえた。
「何ふらふら歩いてるんだよ、乗れよ!」
「く、工藤...?」
「藤枝から連絡もらったんだ。今椎奈を一人で帰したって。おまえ泊まるとこどうするんだ?京香に連絡入れたら彼氏のとこだって...おまえ藤枝とこに泊まるつもりだったのか?」
「.......」
椎奈は答えない。こみ上げてくる涙を堪えてるんだ。そんなに藤枝のことが好きだったのか?だったらなんで...
「うぐっ...うう...なんで...なんで工藤が来るのよ...」
椎奈は女みたいに気を引くような泣き方をしない。いつだって必死に堪えて見られまいとするか、それとも素直に泣き続けるかだ。手を伸ばさない限り誰かにすがることはない。
「悪い、京香連れてこれなくって...けど、親友が迎えに来ちゃ悪いのか?」
抱き寄せてしまいそうになるその手を椎奈の頭にぽんと置いて椎奈の泣き顔をのぞき込む。
子供みたいにうっうっと嗚咽を堪えてるのを見て、思わずその頭を抱きかかえてしまった。すぐにそれを誤魔化すように車の助手席に押し込める。
何があったか、聞いても答えないのでとりあえずオレの部屋にでも連れて行こうと思っていた。
「ほっといてっ、か、構わないで...どこかで、降ろして...どこでも、いいから。」
いつになくムキになる椎奈だった。オレじゃだめなのか?そんなに頼りにならない親友かよ?京香じゃないと、だめなのか...
「馬鹿、ほっとけないだろ?いったい奴になんて言われたんだ?なあ、もうオレの部屋に着くけど?そんなおまえ一人にしておけないだろ。親友をさ...」
放っておいてと何度も言う椎奈をなだめながら車はもうオレの部屋の前に着いた。車を駐車場に入れて椎奈に降りるように言った。
「一晩ぐらい泊めてやるから。それに...やけ酒飲むなら、付き合ってやるよ。」
 
オレの部屋に椎奈を入れたのって初めてだっけ?女が切れたことないから、あまり呼んだことなかったっけ?
「飲むだろ?」
オレはそう言って冷蔵庫から取り出した冷酒の瓶を床に並べた。大きめのグラスとともに。つまみはろくなのなかった。椎奈はビールは飲まないからな。その代わりワインや甘口の冷酒なら飲むんだ。そのくらい知ってる。この冷酒だって知り合いに美味しい冷酒があると言われて分けてもらったやつだ。いつか椎奈に飲ましてやろうと思って...椎奈はぐいぐいと煽ってる。最初から酔ってるみたいなのに大丈夫だろうか?
「おまえ、まだだめだったのか?」
しばらくして聞いてみた。素直に頷く椎奈だった。オレも付き合うと腹を決めて冷酒を煽る。足りなくなっておかわりを取りに行くとき足下がふらついた。かなり来たかな?一向に話そうとしないのでひたすら二人で飲んでるだけなのだ。それで椎奈の気が済むんなら朝までだって付き合うさ。
「おまえも少し話せよ...はき出したいもんあるんだろ?」
身体の緊張が解けた椎奈は子供みたいに床にぺたんと座り込んでぼうっとした目でグラスに口を付けていた。その目がゆっくりとオレを見る。もともと視力のよくない椎奈だ。ちゃんと見えてないんだろうけど、空を見つめてるのかオレを見てるのか、焦点の合わない目は潤んで、半開きの唇は赤く、白い肌は酔いに染まり、なんだか別の女が居るようだった。
「椎奈...?そんな目で見るなよ。」
たまらずそう口にしてた。
「え...」
「藤枝にもそんな顔見せたのか?」
「な、に...?ここまで飲んだりしてないよ...」
「だろうな、そしたらおまえ今自分帰されてないだろうな。そのまま襲われてるわ。おまえもう抵抗できなさそうだし。」
嫌、実際襲われたんだろか?で、また出来なかったのか?
『ほんとに好きな相手とじゃなきゃできない』
そう言ったのは高校時代のことだ。好きなのに出来なくなってしまったのは岡本のことがあってから...
「こんなに飲んだこと、ないよ...」
「ああ、いらん男の前では飲むなよ。」
「けど...」
「なんだ?」
「飲んでできるんだったらとことん飲んで、してもらっちゃった方がよかった...」
「何を...」
椎奈がやっと話し始めた。だけど...
「だって、大事にとって置いても、使い物にならないんだったら意味ないじゃない...さっさと捨てちゃった方がよかった。」
何言ってるんだ?おまえは本当に好きな相手とじゃないとだめなんだろ?そこらの女みたいなこというなよ。
「けどできないんだろ?」
「だ、め...みたい。ね、そんなにセックスって気持ちいいの?そんなにしたいものなの?」
真剣に聞かれて困ってしまう。
「それは...まあ、確かにな、男は気持ちいいぜ、最初っからな。女の最初は痛いらしいけど、男はまあ、いいからさ。」
「初めての女って面倒?」
「そうだな、やたら痛がったりされたら面倒かな?オレはあんまり好きじゃないな。」
「そうなんだ...慣れるといいもんなの?」
「まあな、女の方からせがむ奴もいるしな。女も慣れればそう当気持ちいいらしいぜ。男は回数決まってるけど、女は何度だってイケるらしいしさ...」
だんだんと会話が増えてきた。けどこの内容...
「椎奈、おまえと猥談するのはじめてじゃねぇ?もっと早くにそういうことオレに聞けよな、経験だけは豊富だぞ。」
そうおどけて答えてやる。
「でも、あたしには怖いだけだったから...章則にだって、だめだった。藤枝でもだめだったよ。工藤おすすめだったのにね。」
あははと椎奈が笑う。その顔が泣いてるように見えた。やっぱりずっと引きずってきてるんだ。岡本のことも、章則のことも。
「やっぱりこんなんじゃ一生一人だよね。みんな相手見つけて幸せになって...あたしはそうなれない分みんなの幸せになる姿見ながら仕事するんだぁ...いっそのこと、無理矢理してくれる人探してさっさと穴あけてもらおっか?ね、そういうとこないの?男の人にはあるんでしょ?女の人用そんなお店ないの?お金さえ出せばってとこ。あたしが泣こうがわめこうが、無理矢理にでもやってくれる人!上手だったら痛くないかな?できたら、あたし少しは自信着くかなぁ...」
何言い出すんだ??こいつは!
「うん、そうだ、明日にでも行ってくるわ、探せばあるだろうし、あたしみたいなのでもお金出せば相手してくれる人いるよね!あたしお給料ためてるから結構あるわよ〜ホストクラブにだって通えるぐらいあるんだからね〜」
なに言ってるんだ?オレは少し苛ついて椎奈が飲もうとした手を止めた。
「もう飲むな、それ以上...」
「いいじゃない、やけ酒の相手してくれるんでしょ?だったら工藤ももっと飲みなよ、明日はきっと女になってみせるんだから、前祝い一緒にしてよ!」
何やけくそになってるんだよ?誰でもいいって?誰でもよくなかったから悩んでるんじゃないのか?そりゃ世の中金払ってまでやって欲しがる女もいるかも知れない。けど何も椎奈がそんなことする必要ないじゃないか?無理矢理してくれる人?そっか...章則も藤枝もそれが出来なかったってことか?藤枝ならテクでなんとかしそうだったのにな。
だけど...下卑た欲望の対象となって、再び傷つくのは目に見えてる。そうなったら椎奈は一生男を嫌うだろ。椎奈の身体を這う知らない男たちの手を想像して身震いした。
「やめとけ...」
椎奈が飲もうと並々注いだグラスを奪う。
「やっ、返して!」
やけくそになってる椎奈。やばい、女に見えるよ、椎奈が...
「ほんとに誰でもいいのか?」
オレは知らず知らずのうちにそう口にしていた。オレはその酒を一気に煽って椎奈の方に向き直った。
「誰でもいいんだな...だったらオレがやってやるよ」
 
 
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〜あとがき〜
工藤編は合計2話になりそうです。その後3人称で話が続きます。辛すぎてこれ以上1人称でかけそうになかったので…失敗したらごめんなさい〜へたくそを許して。
というわけで、1話にもなかなか収まらなかった朴念仁、どあほうの工藤編。いったいこいつは何を考えてたんだ〜ってこういうことを考えていた模様。
この後ハートマーク付きですので、未成年の方はごらんにならないようお願いします
 

 

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