2012クリスマス企画

Wonderful Christmas

 2

12月22日


〜楓〜

「ちょっと、朝から何すんのよ!」
「ん? 何ってナニだけど?」
 ああもうこの男は!!
 朝から盛ってこようとする夫を押しのけてベッドから抜け出す。まあ、いつもは娘が眠ってる間であれば、朝であろうが昼であろうがされてしまう……普段はあまり時間がないからね。夫の亮輔は社長職だし、油断や隙を見せると若造がと年配の重役たちに足元を掬われてしまう。おまけにすっごく晩婚になってしまったわたし達。結婚した歳が40で出産したのが41だものね。
『かなり損してると思うんだ。もっと早くに出会ってればもっと色々出来たのに』って、色々って何?って聞き返すのが怖かったぐらい。その分他の女と色々ヤッてただろうと思うけど、そのあたりはお互い様にしないとね。わたしだって何もなかったわけじゃない。ただ、彼ほど遊んではなかったと思うけど。
 娘の麻莉亜はまだ起きてはないけど、今日はいつものように朝からそういうことをしている暇はない。12月22日は忙しいのだ。いや、忙しくしたのだ、この人が自分で。
「あなたもゆっくりしてる暇ないわよ? さっさとシャワー浴びて、準備手伝ってよね?」
「はいはい、奥様。けど大まかな準備はイベント会社に任せてるんだろ?」
「それはそうだけど、準備があるでしょ?」
 以前から本宮の家で毎年やっていたというクリスマスパーティを、今年はうちでやると言い出したのは亮輔だった。やるといっても手配するのは全部わたしなんだけどね。そりゃ、仕事に比べたら楽だし楽しいわよ。場所も早くから準備できるようにマンションのパーティルームを借りてあるし、おおまかな準備と後片付けはイベント会社に任せることにした。うちはまだ子供が小さいし、亮輔の実家のようにお手伝いさんなんか雇ってないしね。それでも細かなところは手作り感を出したくて、羽山のとこの瞳や本宮の奥さんの朱音さん、部下だった富野の奥さんの麻里ちゃんたちと打ち合わせして手伝ってもらうことになっている。例年のお楽しみである子供向けの料理とお菓子も何種か朱音さんが作ってきてくれることになっているし、当日は瞳と麻里ちゃんが仕切ってくれるそうだ。わたしは何もしなくていいようだけど、やはりパーティはパーティだ。彼に恥を欠かせるような真似はしたくないし、楽しいパーティにしたい。それに……彼に喜んでもらえるように綺麗にしたいじゃない? 久々のお洒落なんだから!
 たまに彼の実家に行ったりもするけど、今のところ公の場所には出ていない。これほど仕事を休む気はなかったのだけれど、瞳ちゃんも朱音さんも口をそろえて『仕事はいつでもできるけど、子育ては今しかできない』って言われて……来年からは少しずつ復帰するつもりでいるし、亮輔もそのつもりみたいだ。彼の直属の秘書の座は空けてあるらしい。だからこれはその前の準備というかご褒美のつもりなのかしら?
 きっと彼は気がついてたのね。わたしが、出産後子育てしながらも少し物足りなさを感じて焦っていることを。この年になるまでずっと仕事一筋だったのに、昨年のクリスマスに式を挙げて、その時に赤ちゃんができるのがわかって……結局生む前に産休に入った。だってね、高齢出産よ? 40過ぎての初産、後がないと思うと怖くて……不安通り越してやけくそになってたかも。いろんな検査を受けなきゃいけなくて、それなりにリスクも多くて、迷ったり悩んだりしてたらきりがなかった。そんな時、瞳にはかなり助けられたなぁ。
『生まれてくるのは二人の大事な子供でしょ? 堕ろす気がないんだったら、生む前に悩んでもしょうがないの。悩むのは産んでからにしなさい』
 さすがにふたりの男の子を育てあげただけあるわよね。母は強しってこういうことかと思った。優しくて穏やかで、でも結婚してから格段しっかりしてきた。色んな覚悟を乗り越えてきたんだよね。だからこうやってきっぱりと言い切れるんだ。リスクがあるかもしれない出産に対しても……
 ホントはね、諦めてた。結婚はいつか出来たとしても、子供は産めないんじゃないかなって。40過ぎても仕事だけが取り柄で、子供だけでも産みたいと思っていてもそういう相手すらいなかった。諦めて関西支社からこっちに帰って来て、見せつけられたのが昔好きだった男の幸せな家庭。
 そのうえやたら煩く言ってくるのは年下の、しかも我社の社長だし? 相手にしてられないって思うほど傲慢で自分勝手な俺様で……だけど、いつの間にかほだされて、強引に迫られて、その腕の中に落ちた。
 たしかに私生活でも同じく振り回されるけど、大事にされてるのもよくわかっている。年上のそれも40過ぎた女を嫁にすると言って、実家の親に反対されてもそれを押し通してくれた。『俺が惚れて結婚したいのは楓だけだ』って……
 妊娠がわかった時も、向こうの母親に少し皮肉交じりに心配されたけど、『そんな心配のしかたするんなら、生まれても会わせてやらない』と冷たく言い放ち、母親を泣かせていた。一人息子なんだから、もう少し母親に優しくしてあげてもバチは当たらないと思うんだけど『甘やかすとつけあがるから』と母親を一刀両断だった。
『マザコン男なんてやだろ? 取り敢えず母親を自立させるのに苦労したよ』
 なんて言ってたくらい。あまりに干渉がひどくて、20代の頃はまともに付き合う相手を作るのが怖かったほどらしい。それでもかなり遊んでいたらしいけど……
「無理しすぎるなよ、イライラすると麻莉亜が泣くぞ? 冷たくしすぎると俺も泣くからな」
「もう……」
 シャワーを浴びる前にちゅっと頬にキスして行く夫。泣いたりしないくせに……どちらかというと泣かせるのが好きらしく、わたしはこの人と付き合い始めてからどれだけ泣かされたか。滅多に泣かない女だったのに……今じゃベッドの中で、最後には泣き出してしまうほどのことをされたりする。今ではそこまですると麻莉亜が一緒に泣くから遠慮してくれてるけど、別の部屋で寝かせるようになったらどうなるんだろう? 少し怖い気がする。
「着替えたら荷物持ってパーティールームに行ってね」
「わかってるって。なあ、時間短縮の為にも一緒に浴びないか、シャワー」
「え?」
 どうしよう……そのほうが早い気もするけど、きっとそれだけでは済まない。
「……やめておくわ」
「そう言わずに、な?」
 そう言ってわたしの身体を掬い上げると縦抱きでバスルームに連れて行こうとする。
「ちょっと、おろしなさいよ!」
「まあまあ、ちょっとだけパーティの間にされたくはないだろ?」
「うっ……」
 それはいやかも。コイツならやりかねないから。
「シャワー浴びるだけよ! 絶対しないんだからね!」
 そう叫んだ数分後、シャワーの飛沫とソープの愛撫で感じさせられて、大いに予定は狂わされた。


〜朱音〜

 今日は恒例のクリスマスパーティ。参加しているのはいつもの4家族。それぞれの子供も一緒だけれど、なんと今年は瞳さんのところの息子くんたちまで参加してきて、皆が驚いていた。場所がうちでなくてよかったわ。この人数じゃうちだとパンクしてしまう。
「いいパーティルームだな。うちにもこのくらいの部屋作ればよかったかな?」
 そんな恐ろしいこと言わないで。夫の俊貴さんが本気でそう言い出すのには焦った。うちのリビングもホームパーティ用にかなり広めだけど、こんなに広かったら子供部屋が取れなくなる。ここは専用の部屋だから……確か、マンションを選ぶときに色々候補あげてここにしたのは、うちを建てたのと同じ系列の建設会社を選んだとか言ってなかったかしら? フジサワハイムの親会社、フジサワ建設が建てた最新設備の高級マンション。大理石のエントランスにホテル並みのロビー。24時間有人管理で、コンシェルジュやガードマンが常駐。図書設備まであるそうだ。内装、外装、防音設備もさることながら、一部屋ごとにカラーもイメージも入居前に変えることが出来たそうだ。電気設備も最新ですべてオート、ごみ処理もダストシューターですべて持ち出さずに出来るシステムになっている。部屋ごとに広いベランダと駐車場から直結したエレベーターがあり、セキュリティシステムも完璧なのだそうだ。周辺に病院薬局などの医療施設も近く、立地条件もよすぎるぐらい。
「すっげえ、こんな綺麗な部屋でホームパーティなんてはじめてだ!」
「ちょっと、恥ずかしいこと言わないでよね、大地」
 感心するように眺めているのは瞳さんのところの長男大地くん。高校生だという彼は、今風のつんつんしたアシンメトリーな髪型にシャツとジャケットの重ね着、ジーンズをずらして腰ばきしてチェーンをジャラジャラ付けていても、母親と一緒にいると子供に見えてしまう分、微笑ましかった。でも、ちゃんと面と向かって話すと、すごく礼儀正しくてきちんと話せる子だった。
「わかってるよ、なぁ? 源太」
「うんうん、これすっごく美味いよ? 他のと違うよね? 作ったのは朱音さんなの?」
 そう言って、わたしが作って持ってきたお子様向けのメニューに飛びついているのが次男の源太くん。ケータリングのだとどうしても子どもたちが食べにくいだろうと思って色々作ってきたんだけど、すごく美味しそうに食べてくれている。このぐらいの男の子ってほんとに食べるのね。まだ中学生だという彼は図体だけ大きい子供みたい。
「源太、それはちっちゃい子供向けなの。あんたはもう中学生になるんだから、こっちの大人向けのを食べなさいよ」
「えーだってこれおいしいじゃん!」
 もう、嬉しいこと言ってくれる。子どもたちはプレゼントでもらったおもちゃに夢中で食べるどころではないようだ。
「いいのよ、いっぱい作ってきたし。楓さんも気を遣って子供メニューを増やしてくれてるし……ほら、あんなにかわいいのわたしには作れないから」
 低いテーブルに並べてあるクリスマスのお菓子。手掴みで食べられるいろんな物が用意してあった。マジパンや砂糖菓子はクリスマス仕様だ。あの何種類もあるマカロンはわたしもぜひ食べてみたい。
「そう? でもこの子たちの食べる量を甘く見ちゃダメよ。部活はじめてからは、もう底なしかって思うぐらい食べるのよ。一日一升は炊くからね、お米」
「い、一升??」
 それは凄い……瞳さんに止められて少しだけシュンとしてる源太くんを見上げる。
 かわいいなぁ。中学生でも身長は170cmを超えてるらしくわたしでも見上げてしまう。でもしぐさや表情はまだまだ子供っぽいのよね。瞳さんも特にこの源太くんが元気すぎて何かしでかさないかとハラハラしてるみたい。
 ああ、うちも聖貴が大きくなったらこんな感じになるのかしら? なんて思ったり……なんだかこうやって知り合いの子供たちを見ていると、普通の大きな子を見るよりも自分の子供の未来の姿に投影して、数年後の成長した姿を想像して思わず頬が緩む。
「たしかにすげえご馳走だよなぁ。このマンションもすげえし。それにしても社長の蔵木さんは若いよなぁ……親父より年下なんだろ?」
「そうだよ。だから君のとこのお父さんや本宮さんらの助けがないと困るんだ。いつもお父さんを遅くまで仕事させてすまないね」
「ひえっ!」
 母親に話しかけたつもりが、当の社長本人が近づいて来たものだから、大地くんは驚いて持ってたお皿を落としそうになっていた。
「いえ……あの、もうオレたち子供じゃないんで、何処かに遊びに連れて行ってもらおうとか思ってないから。別に家にいてもいなくてもいいんで、休みの日でも存分にこき使ってやってください」
 ほら、話し方が変わった。背筋も心なしか伸びてる。
「大地、そんな言い方はないだろ。おまえ今年はもうお年玉いらねえんだな?」
「いや、いります! ごめんなさい、お父様!」
 後ろから父親に羽交い締めにされて笑いながら謝ってる……やっぱり子供だ。
「もう、こんなところまできてじゃれ合わないの、ふたりとも」
 呆れた瞳さんに止められて今度は羽山さんのほうが頭を掻いて謝っている。きっと普段から楽しい家庭なんだろうな。いいな、こんな家族になれたら……
「朱音、どうした? ぼーっとして。若い子に見とれてたんじゃないだろうな?」
 いきなり俊貴さんに肩を抱かれて、わたしもお皿を落としそうになった。
「ち、違うわ。あんな家族いいなぁって……聖貴が大きくなったらどんな風になるのかなって」
「少なくとも羽山んとこみたいにはならないぞ。あいつは昔っからあんな感じなんだ。やっぱり大地くんと似てるな……源太くんとたして2で割った感じだった」
「そうなの? やっぱり親に似てくるのね」
「ああ、だから聖貴はわたしに似ておとなしい子になるんじゃないかな?」
 子供の頃の彼は、見た目はおとなしそうでも、そのぶん真面目で頑固で融通がきかなかったってお義母様が話してらしたけど?
「それにあそこは男ばっかりだからな。うちは愛音がいるしな。ああはならないだろう?」
 うちの子たちの方をみると、物珍しいのかふたりの大きなお兄ちゃんにたかっていた。
 聖貴と美奈ちゃんは最初警戒してたようだけど、母親に似て優しい顔立ちの大地くん相手にすぐに打ち解けていた。やたらと抱っこをせがんでるのは愛音と亜貴くんね。さすがに美奈ちゃんは抱っこされるのは恥ずかしいみたいで遠慮して、大量の食べ物を口にしている弟の源太くんを不思議そうに見ていた。
 美奈ちゃんも今年から小学生になったのよね。この1年でまた一段としっかりしてきたように見える。聖貴も今年から保育園で、母親から離れて過ごすことにも少し慣れて、夏休みには長い間祖父母の家に泊まっても泣かなかった。愛音はお兄ちゃんがいれば平気だし、そのあいだ家にはふたりきりで……俊貴さんはわたしを離してくれなかった。
 ああもう、思い出すだけで恥ずかしくなるようなこと、いっぱいされて。ダメダメ、今思い出しちゃ。
「ああやってみると、みんな大きくなったよな」
「そうね。聖貴はいつもお兄ちゃん風を吹かしてるけど、美奈ちゃんや大きいお兄ちゃんたちがいたら小ちゃく見えるわね」
「ああ、それに……こうやって余所の子たちを見てると、色々と子育ての勉強にもなるな」
「ほんとに……瞳さんも羽山さんもすごいよね。あんなに大きな子を育てて」
「最初からでかかったわけじゃないから、生まれたときはうちとおんなじで、色々苦労して大きくなったんだろうな。俺に断りもなく勝手にでかくなるんだって、羽山は言ってたけどな」
 長男の大地くんはもうすでに父親の背を追い越している。源太くんも後少しみたいだ。今すごく伸びてる最中らしい。
「あなたもいつか聖貴に追い抜かれちゃうのかしら?」
「いつかな。けどそう簡単に抜かさせやしないさ。身長も、男としても……男の子がいると余計に負けられないって思うよな。あいつが追い抜きたいって目標になれるような父親になりたいよ。そのためにももっと努力しないといけないな」
 こういう事を言うから、何度でも惚れなおしてしまう。もちろん、愛音には甘すぎたり、反対に聖貴には厳しかったりと、子供の扱い方の意見の食い違いでたまに喧嘩になる時もあるけれど、それもぜんぶ子供たちの幸せを願ってのこと。こうして皆と集まって色んな家族を外から見ることで、自分たちのことも見直せるのだと思う。家にだけいて、一方的に聞く話ばかりでは何もわからないから……
 あれだけ勝に文句たらたらの麻里さんだって、一緒にいるところを見ればまあうまくやってるってわかるし、以前はガンガン吠えてた楓さんも、すっかり母親らしい顔になっている。あれだけ強気だった蔵木社長も、娘の麻莉亜ちゃんと奥さんの前ではなんだか格好つかないくらいデレデレだし? 羽山さんのところも、子供が大きくなっても夫婦は相変わらずって感じで、きちんと奥さんをエスコートしてるのは素敵だなって思う。
「朱音さん、旦那様といちゃついてばかりいないで、こっちで一緒に食べましょうよ。子どもたちはうちの子たちがみてるから」
 瞳さんに呼ばれて、行っておいでと彼に軽く背を押された。
「うちの旦那も見てるから大丈夫よ。ね、これ美味しいのよ!」
 さっそくマカロンに手をつけている麻里さんと、その向かいには楓さんがテーブルを囲んでいる。
 子どもたちは……美奈ちゃんと聖貴は源太くんが持ってきたポータブルのゲームを覗き込んでいる。あれ、保育園でも持ってる子が多くてどうしようか悩んだんだけど、結局クリスマスプレゼントに選んだのよね。まだゲームとか早いとは思うんだけど、持ってる子の家に毎日あそびに行きたがったりするし、美奈ちゃんも持ってるから……俊貴さんと相談してゲーム本体をサンタさんから、中身のゲームは俊貴さんの実家で用意してもらった。
 大地くんは愛音と亜貴くんを両方の膝にのせて相手してくれている。勝は……眠くってぐずっている楓さんの娘、麻莉亜ちゃんの相手。おかげで他のみんなは手が空いてリラックスした様子で、ママ組パパ組に別れて話し込んでいる。
「いいわよねぇ、若い男の子がいるのって。それだけで若返るぅ」
 そう言う麻里さんはいつもより派手というか、若づくりなのは気のせいだろうか? ショートパンツにロングのチュニックなんて、わたしには履けない!
「けどね、かさ高いわよ。洗濯物も半端無いし、やたら偉そうにするし」
「そうしたい年頃みたいね」
 さっきの大地くんの言動を思い出す。背伸びしたい年頃なんだろうな。親が近くにいないときと話し方も変わるみたいだし。
「いちいち腹立ててもしょうがないから、こう考えることにしてるの。うちの旦那が若い頃はこんな感じだったんだろうな、って。想像してると楽しいというか、旦那までが可愛く感じるわよ?」
「わたしも、今日は大地くん達を見て、聖貴の大きくなったところを想像してたの」
「聖貴くん大きくなったら本宮さんに似そうよね。……ということは、美奈はわたしの小さい頃に似てるから、わたしみたいになるってこと?」
「そうなるんじゃないの?」
 麻里さんの言動にクスクスと瞳さんが笑う。たしかに美奈ちゃんはおしゃまでちゃっかりしてて明るくて……でもさみしがりやで泣き虫。麻里さんがほったらかしにされるとダメなのは数年前の勝とのゴタゴタで証明済みだ。あ、勝もそういうとこあるよね? もしかしなくても似たもの夫婦だったのかも……振り回された年月を思い返すと、ため息をつきたくなる。
「女の子は自分を見てるようで苛つくんだって。大地の同級生のお母さんが言ってたわ」
「え、そうなの? じゃあ、うちの麻莉亜もわたしみたいに強気になっちゃうわけ? ダメだわ、喧嘩しそう……」
「そうとも限らないわよ、パパに似たら……あ、でもパパもああだから、気が強くなるかその反対かどっちかかも。あまり押さえつけると子供って萎縮しちゃうから、話しかけてきたらできるだけ聴いてあげるようにしなきゃね。楓は仕事優先しそうだから、それだけは気をつけてあげて。でないと喋らなくなっちゃうから。表情とか、子供はいつだって信号出してるからね」
「気をつけるわ……」
 来年から職場に復帰するらしく、楓さんは真剣に頷いていた。そうなんだ、子供は聞けば話してくるけど、聴いてもらえないとわかると話さなくなる。そういった口に出せない不満は、うまく伝えられない分ちゃんと信号を出しているのだそうだ。そして思った以上に子供は大人を見ている。親の背中を見て子は育つと言うけれど、やっぱり仲良くしてる家庭のこどもは精神的にも安定しているし、そうでない家庭の子はやはり感情の起伏が激しいらしい。暴力振るう子はどこかで振るわれているからだって。
「まあ、両親が愛し合ってれば大丈夫よ。少々喧嘩してもね」
「うう……」
 楓さんが恥ずかしそうに下を向く。今日もここに来る前に軽く喧嘩してきたらしい。だけど心配するほどじゃないってことは、首筋に出来たばかりのキスマークを見ればわかる。だれも彼女に教えないけどね。


〜大地〜

「だいちにーちゃん、もっとだっこ」
「あきも、あきも!」
 ちっちゃい子はいとこで慣れてたけど、ふたりがかりで来られるとちょっときついかな? 愛音ちゃんと亜貴くんは同い年らしく、どちらも自分が上だからとか下だからとかがない分譲らない。
「ちょっとまて、ひとりずつな?」
 何度も抱っこしてたらさすがに腕がだるくなってくる……ずっと抱っこしてるお父さんやお母さんを尊敬するよ。
「じゃあこうしよう、膝の上だったらいいだろ?」
 ソファにに座って膝を叩くと二人同時に乗っかってくる。でも座ってるからまだ楽だ。

ピンポーンと、盛り上がるパーティルームにインターホンが鳴った。
「ああ、俺が出るよ。たぶん、従姉妹の子だろう」
 そう言って社長の蔵木さんが玄関ホールに向かう。そして、連れてきたのは可愛らしい女の子だった。いや、女の子でいいのか? 背はちっちゃいけど中学生じゃないよな? 化粧してるし……今時の高校生は通常よりケバく化粧してる奴もいる。たぶん、俺より下か同じぐらい? それにしても、めっちゃかわいい! くりっとした目、ふわふわの白いセーターが似合ってる。足元はミニスカにニーハイソックス。絶妙の境界線……やべえ、今ドキッとした!
「はじめまして、磯崎麻衣です」
「俺の従姉妹の子供なんだ。S大の1年で、今うちの実家に下宿してる。今日パーティーするからおいでって言っておいたんだ。でないとうちのおふくろの年寄りだらけの集まりに連れて行かれるぞって」
「すみません、関係ないのにおじゃましちゃって……これ、みなさんでどうぞ」
 持ってきているのはミスタードーナッツの袋。やっぱ手土産とか大学生になったら気を遣えるんだな。
 ドーナッツの箱を目指して子どもたちが一斉にダッシュした。おい源太おまえまで……ガキじゃないんだからがっつくなよ、恥ずかしいだろ?
「麻衣ちゃん、みんなを紹介するわね」
 社長さんの隣に立った奥さんが順番に紹介していく。
「主人の会社で大学の先輩の羽山さんと奥さんの瞳さん、それから息子さんの大地くんと源太くん。高校2年生と中学2年生ですって。麻衣ちゃんより年下ね。それから羽山さんの同期の本宮さんと奥さんの朱音さん、その子供の聖貴くんに愛音ちゃん。こっちは本宮さんの部下の富野くんとその奥さんの麻里さん。それから美奈ちゃんと亜貴くんよ」
 うわぁ、目があった! 少しだけ笑ってくれたように感じたのは気のせい? 年上みたいだけど、同じクラスの女たちみたいに騒がしくなくていいな。小さいけどすごく姿勢がいいし……
「おねえーちゃん、あそぼ!」
「こっちこっち! だいちにーちゃんといっしょ」
 亜貴、愛音、グッジョブだ! 手を引かれながらもニコニコと笑って側に来る。可愛いなぁ……
「だっこ、だっこ!」
 今度はふたりいるのでひとりずつだ。小さな子の話にも嫌がらずにちゃんと聞いてる、優しい人なんだな。
「大地くん、だよね? 子供好きなのね。わたしも大好きなの……幼児教育を専攻しててね、将来は保育士になれたらいいなと思って」
「そうなんだ。オレのまわりはいとことか弟とか、オレより小さいのばっかりだから、ちいさい子には慣れてるけど、別に……」
 好きとかっていうんじゃないかな? だけどやっぱ大人だよな、将来のことをもう考えてるなんて。オレはまだな何も考えてなかった。取り敢えず大学へでも行っとくかって感じで、候補はおやじの出た大学。ワンゲル部がすげえ楽しかったって自慢ばっかりするんだもんな。
「嫌いじゃなきゃ相手できないよ? 子どもたちもそう、そういうのちゃんと読んでるよ。でも、子供相手って結構根気がいるでしょう?」
「ああ、それはいるけど……」
 自分の父親はいるときは構ってくれたが、忙しいときはあまり遊んでもらえなかった。しょうがないよねと母は言ったけど、自分が親になったらいっぱい遊んでやろうって密かに思ってた。
「大地くんって……見かけは今風だけど、中身はちゃんとお父さんとお母さんの子なんだね。亮輔さんからたまに聞くのよ、すごくいい先輩がいて、いつも目標にしてるって。やたら懐が広いんだって。奥さんもそうだからいつも助けられてるって」
「そんなことを?」
 確かにちょっとお人好しすぎるんじゃないかって思うほどの両親だ。人のためでも一生懸命になるところがあって……最近ではトモダチ夫婦が子育てで困ってるからと助けに行ったり、料理上手な人がいるといって教わりに行ったり。母親が楽しそうなのは悪くないし、お土産のお菓子や料理は最高だから文句はなかったけど、そんな風に言われてたんだ。
 親が褒められるのって、いやじゃないな。うん。
「大地くん、ちゃんとふたりの子供って感じ。そっちの源太くんも……まだ子供だけど」
「ああ、あいつね」
 隣でゲームに興じてカッコイイところを聖貴って子に見せて自慢してる。ほんとまだガキだ。
「わたし女子校ばっかりで男の子とあまり喋ったことなかったんだけど、大地くんとは普通に話しやすくて楽しいな」
「ほ、ほんと?」
 うわぁ、もしかして男と付き合ったことないとか? オレはあるよ、一応。中学の時も彼女いたし、高校でも。今はちょっといないけど……最初は告白されたら嬉しくて付き合ってきたけど、なんかうまくいかなかったらやめた。女が何考えてるのか全くわかんねえし。次は、すごく好きになった人と付き合いたいって思って、今は断ってるとこ。モテんだからな、これでもちょっとは。
「メルアドとか、あとで聞いてもイイ?」
「い、いいよ。赤外線やる?」
「う、うん」
 うわぁ、なんか照れくせえ! だけど女子大生なんて知り合い今までいなかったし? めっちゃかわいいし、同級生の女よりもよっぽどすれてない感じがする。いいな、新鮮。オレはたるい喋り方する女は嫌いだったから。親に紹介すんのが恥ずかしいような子はゴメンだ。前に告ってきた女が家まで押しかけてきて、おふくろと顔合わせた時に『こんちわっす』で済ませた奴がいた。ああいうのはホントパス! そういうのに限ってすぐやらせてくれるらしいけど……あとで俺のトモダチと付き合って、そいつに教えられた。俺のこと相談にのってる間にヤッちまったって。ゴメンて言われたけど別によかった。そんな女こっちから願い下げだ。
「ねえ、なにやってるの?」
 えっと、美奈ちゃんだっけ。なんかすげぇ目して見てくんな。子供でも女は女か?
「メルアドの交換だよ」
「ふうん、大地おにーちゃんは麻衣おねーちゃんが好きになったの?」
「えっ?」
 急に何を言い出すんだ。まったく子供ってわかんねえ。男の子はまだわかりやすいけど。
「ち、違うよ! お友達になったの。それだけだって」
 こういう親の知り合いの子供同士とかって、何かあったらあとがややこしそうだよな? それに、俺のほうが歳下だし。
 ちらっと麻衣さんの方を見ると……えっ? 顔、真っ赤?? ウソっ……子供に言われたぐらいで?
「ボクはみなちゃんがだいすき! しょうらいおよめさんになってもらうの」
「もう、まさきくんったら」
「へっ……」
 まだ子供なのに……何言ってんだ? にっこり笑って手を繋いで見つめ合ってる?
「だってね、わたしまさきくんのママだいすきなんだもん。ヨメシュウトメかんけいはだいじなのよ。まさきくんのパパもすっごくカッコイイから、おおきくなったらまさきくんもかっこよくなるとおもうの」
「はぁ……」
 確かに本宮さんは男のオレから見てもカッコイイと思うよ。社長さんもカッコイイけど、なんていうかアクが強い? その点本宮さんは垢抜けててジェントルマンって感じだ。そう、正統派オトコマエ!
 しかし、女ってこえぇ……こんなちっちゃい頃からそんな事考えてるのか?
「おい、聖貴、おまえそれでいいのか?」
「ん?」
 わかったようなわからないような顔をする。そうか、おまえその年ですでに言いくるめられてんだな。
 よし、いつか……いやもう少し大きくなったらオレが色々と教えてやるよ。
「なんかあったらオレに相談しろよな? 男と男の約束だ」
「おとことおとこのやくそく? うん、わかった!」
 それは通じるらしい。ガッチリと握手して男同士の友情? を誓いあったさ、4歳の子どもと。


〜瞳〜
 なに、あそこ……
 大地が麻衣ちゃんとメルアドの交換?
 やるじゃない! 我が息子よ。
 で、そのあとは聖貴くんと? 何やってるの??
 母親としてはこういう場で息子がどう動くか心配だった。源太はまだ子供で、食べたあとはゲームだからよしとして、大地は麻衣ちゃんが来てからちょっと雰囲気変わったじゃない? なんかこう、格好つけてるような……
「どうした?」
「あ、あなた。ちょっとね、大地が……」
「ん? なんだもう麻衣ちゃんに目をつけてるのか? 早いな」
「さすがあなたの息子だわ」
「おい、オレはそんなに軽くないぞ?」
「だけど、誘うのも、告白してくるのも早かったと思うけど」
「それはだな……他のやつに、取られたくなかったからで」
 あら、それは聞いたことなかったわ。
「取り敢えず親としては見守りましょう。要らないこと言って意識させすぎちゃダメよ」
「わかってるって……ああ、そろそろお開きらしいぞ。小さい子どもたちがそろそろ限界だろう」
 昼過ぎから始まってもう夕方だ。外は真っ暗……小さい子達はお昼寝しそこねてうつらうつらしている。聖貴くんと美奈ちゃんはさすがに元気だけど。
「あら? 楓は……蔵木くんもいない?」
「ああ、あいつらな……さっきから姿見えないな。どっかで盛ってんじゃないのか? 楓も母親になってからかなりホルモンでまくってるみたいで、線が柔らかくなったしな。さっきからそわそわしてた、亮輔のやつ」
「時々相談受けるけどね……かなり強引らしいわよ、蔵木くん」
「あいつの執着心の強いのは今に始まったことじゃないけどな。まあ、ほんとに無理そうだったらおまえが止めてやれ。俺も言ってやるからさ」
「そうね……女も40歳過ぎたら男次第なのかもね」
「どういうことだ?」
「ちゃんと栄養貰ってれば干からびないってこと」
「そうだな。男の精力は無尽蔵じゃないけど、女は……」
 不意に夫の唇が耳元に触れた。
『女はどんどん良くなってくるからな……最近のおまえって、かなりイイよ』
「ちょっと」
 何を言いだすの、この人ったら! でもそれは言えるかもしれない。受け身じゃなくなってる部分もあるし、カラダもこう、わかってきたって感じ? 多少の努力はもちろん夫婦間でも必要だ。周りの女性達に影響受けて、わたしもここのところカラダ磨きを続けてるしね。
「帰ったら……な?」
「バカッ、子供達がいるでしょ」
「あいつら部屋から出てこないって」
「もう……」
 甘い声で誘われてその気になってしまう。
 恥ずかしくて周りを見回すと朱音さんも本宮くんの側で幸せそうに微笑んでる。麻里さんは……ああ、また旦那に怒鳴ってる。でもあれもあそこの愛情表現なのかしら? 

「すまないね、ちょっと席を外してしまって」
 戻ってきたのは蔵木くんだけだった。楓はどこかでダウンしてるの? まさかまた……あとで楓怒ってなきゃいいけど。
「今日はみんな来てくれてありがとう。楓もすごく喜んでいたよ。これからも麻莉亜と共によろしく頼みます」
 蔵木くんの挨拶を切っ掛けに皆帰る準備を始めた。後片付けは業者がするからということでそのまま帰れるのだ。
「それじゃ、みなさん良いクリスマスを!」
「メリー・クリスマス!」
「それじゃ、帰ろうか。本宮、またな」
「ああ、休みがあけたらすぐに仕事だけどな」
 本宮くんのところは、明日の23日は実家でクリスマスだそうだ。聖貴くんの誕生日である25日はいつもなら休みを取るるらしいけど、今年は聖貴くんの保育園があるからと朱音さんに却下されたらしい。
「じゃあうちはネズミーランドに行ってきます! お土産楽しみにしててくださいね!」
「どうせクッキーだろ?」
 富野くん達は明日から家族でランドに行くって。若いわね……
「うちはまったり過ごそうか? どうせ明日明後日子どもたちはいないさ」
 大きくなるとそれぞれのトモダチと遊びに行くのが常。今日集まったのが珍しいぐらいなのだ。
「そうね、ふたりでシャンパンでも飲みましょうか」
 こっそり買っておいたシャンパンをあける時が来たかしら? たまには夫婦でロマンチックにクリスマスを過ごしてもいいと思うの。
 それぞれの夫婦が、それぞれのクリスマスを過ごすために帰っていった。
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遅れてしまいましたが、長いです(汗)
新しく羽山の子供とか出てくるし〜〜〜〜大地!なんかお書いてて楽しいです、若い子(笑)
もうすでにイブですが、クリスマス気分をお楽しみくださいませm(_^. .^_)m