2010クリスマス企画

Another Christmas

 2

12月23日・中編


〜楓〜

「ちょっとどういうつもりよっ!」
玄関先で靴を履けと指示されて、とりあえずブーツを履いた。
「おまえがあんまり辛そうな顔してるからだろ!無理矢理連れてきたのは確かに悪かった……だけど、いい加減諦めた方がいいだろ?」
諦める?本宮のこと?そんなの……とっくに諦めてるわよ!今日は見せつけられた感じがしてただけ。奥さんの朱音さんだっけ?幸せそうだったし、可愛いだけの若い子を選んだんじゃないって事はあの家の中みてればわかるもの。子供みてれば判るじゃない!
「そんなこと、社……蔵木さんに心配して頂かなくても結構です!」
わたしはドアを開け外に出ようとして、ぐらりとふらついた。……やばっ、酔ってたんだっけ、わたし。
「だから無理すんなって……乗れよ」
どうやら社長は一滴もお酒を飲んでなかったらしい。彼が運転するベンツの助手席に押し込まれたわたしは、しかたなくシートベルトを締めるとムスッと黙り込んだ。車はすぐにスタートして、大きな通りへ出る。
「ちょっと何処へ連れてくのよ!」
どういうこと?自宅はこっちじゃない、反対方向だ。
「機嫌直せよ。ちょっと話しがしたいだけだ」
「それなら今すぐ終わらせて」
「おまえなぁ……」
ついつい攻撃的な口調になってしまう。どちらかというと命令形な彼が、今日はやけに下手に出てくるのは気のせいだろうか?
「オレは運転しながらだと落ち着いて話しできないんだよ」
そう言って連れてきたのは……
「ちょっと、なんでこんなとこに来るわけ?」
社長が車を停めたのは、有名ホテルの正面玄関だった。わたしを車から引きずり降ろすと、ボーイに名前を告げてホテルの中に入っていってしまう。もちろんしっかりと腰を抱かれて逃げられない。というよりもまだ酔ってて足もとがおぼつかない。ホテルと言っても泊まるだけじゃないことはわかっているから、たぶん最上階のラウンジにでも連れて行かれるのだと思っていたら……
「ちょっと、ここ宿泊階じゃないの!」
エレベーターが停まったのはかなり上の宿泊施設だった。
「とにかくおまえとは一度ちゃんと話したいが……酔ってるおまえはすぐ怒り出すし、手が出るだろ?」
それって、あの時の事言ってるの?
最初に酔っぱらって本宮に置いてけぼりにされた後、わたしは会計で二人が目を離した隙にふらっと外に出て、そこでうるさくナンパしてきた男を習ってた合気道の技で投げたわけよ。まあ、護身術ぐらい習っておかないと、女一人で営業課長の座まで昇り詰められないからね。
「とにかく……部屋取ってるから、来い」
ああもうこれが社長じゃなかったら、投げ飛ばしたい所だ!だけど、こいつも心得があるのか、腕を取らせないよう、上手くわたしを抱え込んでいる。だからといって、なんで素直について行ってるんだろう?本当に嫌ならココで騒いで人を呼べばいい。だけど、もし警察とか来たら?一応曲がりなりにも我が社のTOPだ。あまり大事には出来ない。
何よりも、大丈夫だと信じ込んでいた……ビジネス以外の付き合いはしてきたつもりもないし、誤解されるような態度も取ったことはないはずだ。
ドアを開けてわたしが自分から入るまで、ひたすら待っている……このままUターンして帰ってもいいはずなのに、わたしはゆっくりとその部屋に足を踏み入れた。スイートなのか、その部屋にはベッドは見えない。あの扉の向こうがそうなのかと想像させるけれども、とりあえずここは応接間のようなものよね?そう考えて部屋の中央にあるソファセットの前まで進んだ。
「一応な、今日は……プライベートのつもりなんだよ」
はあ?プライベート??社長命令で連れ出しておいて?
まさか……と思ってすぐに否定する。ナイナイ、そんなことは絶対無い!
この1年間の社長のわたしに対する態度は、本宮や羽山達とそんなに変わりはないように思えた。仕事仲間としての信頼と好意をはき違えたら、また惨めになるだけなんだから……
「とりあえず、座って落ち着いてちゃんと話そう」
そういって壁際にあるバーの冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出すと、備え付けのクリスタルのグラスに注いで渡された。
話すって何を?仕事の話しなら腐るほどしてきたじゃない……
「もう、落ち着いてるわよ……」
本当は、酔いなんかとっくに覚めていた……この部屋に入った時点で。
びびってるんだ……わたし。
男の人と付き合った経験なんて、10年前の数ヶ月だけ……こうやって男の人とホテルに入るだけでも怖がってる。馬鹿だよね、怖がったところで別に何もないはずなのに。
1年もの間、一度も誘われたこともないし、酒の席でもわたしには一切触れてこなかった。わたしもビジネスライクな口調と態度は崩したことがないし、社長だって決してプライベートな部分には踏み込んで来なかった。それに何よりも、わたしのことを認めてくれていた。仕事のブレーンとして、羽山や本宮と同じ扱いをして貰ってると思っていた。絶対安全なんだって思ってたし、もちろん信用もしている。
だから……それ以上の感情には気付かないようにしてきた。
自分の中で、この男を認めていることも、信用してることも……そして手を出されないことを寂しく思っていることも。相手は社長だし、遊びたいならわたしなんか相手にしないだろうって。それも、こんな年食った女相手にしなくっても、いくらでも相手が居るんだから……
なのに、今日はいつもと違って、わけの判らない彼の行動に面食らって、随分社長を意識して、逆らうような口調になっていた。今はちょっと落ち着いて、その事についても深く反省している。
社長は向かい側に腰をかけると、少しだけ身を乗り出して聞いてきた。
「おまえ……まだ本宮さんのこと、好きなのか?」
「はぁ?何言ってるのよ……そんなの大昔の話しだって言ってるじゃない。向こうにいる間、まったく相手が居なかったわけでもないのよ?それとも、昔好きだった男が居ちゃ悪いの?今はちゃんと仕事相手として接してるでしょ?」
結局は何も始まらなかった……だからこそ今は普通にしていられる。そりゃ、ちょっとだけ甘酸っぱいようなほろ苦いような気持ちも残っちゃいるけど。
「……それは判ってる。おまえはちゃんと普通に仕事してるよ。ただ、期待してるんなら……あそこの夫婦は仲いいし、本宮さんも前の奥さんの時は散々で、その後、ほんと幸せそうだからさ」
判ってるわよ、そんなこと。
「羽山先輩と本宮さんには不文律があるの知ってた?」
「不文律?」
「そ。おまえさ、仕事はじめた頃よく愚痴ってたんだってな?女だからって、仕事させないなんて何事だ!って……いつかきっと女でも仕事ばりばりやって課長とか部長になってやる!ってさ。その時あの二人は出来るだけポートしてやろうなって誓ったらしい。それはイコールおまえに仕事辞めさせないってことだったし、関西支社だって、あっちのほうが人員が手薄だから、上に上がるのなら向こうの方がいいと、おまえが向こうに行くよう薦めたのはあの二人だから。まあ、オレが社長になってからは、本社の方が規制が少ないだろうとこっちに呼び戻したけど」
「嘘……そんなの聞いてないわ」
だって、仕事も好きで続けたいと思ってきたけれども、その傍らわたしは密かに求めていた。あの温かな家庭を、自分の居場所を持ってる彼女たちを羨ましいと……男相手に仕事で立ち向かっていくよりも、ずっと楽で、ずっと幸せそうで……それは逃げだって判っている。手に入らない負け惜しみでしかない。だから出世が叶った今、彼女たちを羨む必要なんて無いのに。
見たくなかった……アレもコレも欲しいなんて欲張りだけど、認めたくなかったんだ。別の幸せが存在することを。
「二人ともおまえを結婚退職させるには惜しいって……だから、オレは」
いつもと違って真剣な顔した社長を前に、思わず喉をごくりと鳴らした。
「これからも柳原とは仕事のパートナーとして一緒にやっていきたいと思ってる」
なんだ、そんなこと言う為に……ヤダ、期待しちゃったじゃない。恥ずかしいな、自意識過剰っていうの?わたしなんて女の魅力一つもないのに。仕事以外取り柄なんて無いのに……
「あ……りがとうございます。ほんとに、光栄です。社長にそう言って貰えて……これからも頑張りますので……それじゃ、失礼します!」
わたしは立ち上がり、涙を堪えたまま深くお辞儀をした。このまま上手いこと後ろ向いて、この情けない顔は見られないようにしよう。みっともないものね、最高の褒め言葉くれたのに、ちょっとだけ寂しかっただなんて……失礼だよね?
「オイ、まだ話しは終わってないぞ」
そう言われても、もう振り向けないよ……こんな顔見られたくない。
「柳原、待てよ……楓!」
不意に名前を呼ばれて、ドアの手前で腕を掴まれた。
「離して……!もう、帰るんだからっ!」
「帰って、どこかに行く予定あるのか?」
「それは……」
「もし、今日俺が誘わなかったら、おまえは何処に行くつもりだったんだ?明日明後日の夜はどう過ごすつもりだった?」
もう独身の友人はあまり残っていない。バツイチでも再婚しちゃったり、まだ籍は入れてないけどラブラブの彼氏がいたり、子供がいて大変だから連絡を取らなくなった友人もいた。今日の夜も……明日の夜もその次も、独りだ。
「別に……飲みにでも行くわ」
それは嘘。たぶん一人で部屋にいるのがオチだ。明日は仕事だし、その後は……一人寂しくイブを過ごすのはもう毎年のことだもの。
「そこで……男でも漁るのか?」
思わず振り向いてその頬を思いっきり……叩いていた。
「馬鹿にしないで!」
「いてっ……」
叩いた手も、胸も苦しくて震えていた。
認められてると思ったのに、なんでそんな事言われなくちゃいけないの?誰とナニしようが勝手じゃないの!
男?遊びや寂しさ紛らわすような関係はもうしないって決めたのよ!だって、自分が惨めになるから……
「わたしが何をしようが、社長には関係ないでしょ?」
「関係ある!おまえは勝手に遊ぶな……他の男に指一本でも触らせてんじゃない」
はぁ?なんでそんなことあんたが言うのよ!
「それは社長命令なの?」
「違う……オレが腹立つからだよ!」
「なっ、何言ってんのよ……」
なんであんたが腹立てるのよ?
「なんでおまえなのか、オレにもわかんねえけど……先輩や本宮さんのように互いに信頼しあって暮らせる相手が居るの、いいなって……いつかオレにもそんな相手ができればって、ずっと思ってた。まさか、こんな好みとは正反対の口うるさい女だとは思わなかったけどな」
「……なによ、喧嘩売ってるの?」
「違うって!だから、ようやく見つけたんだよ。仕事馬鹿で、オレ相手に媚びの一つも売れない女で、向こうっ気は強いのに、変なとこヘタレで……人としての自信はたっぷりだけど女としての自信はまるで無しの、外の男相手では余裕かましてるけど、オレの前だと可愛くなる女」
「なっ……好きなこと言ってんじゃないわよ!!可愛いって……誰のことよっ!」
そんなこと言われたこと一度も無いわよ、馬鹿っ!それに全然褒められてる気がしないんだけど?
「おまえだろ?いつまでも小学生みたいな片想いしやがって……本宮さんは個人的にも尊敬してる人だけど、今日なんか思わず嫉妬で殴りたくなったぞ」
「……はぁ?」
嫉妬?なんで?今日は別に本宮を見てたんじゃないわよ!あの家にある物が凄く羨ましかっただけで……
「オレなんか、年下で、おまえからしたら全然その気にもならない相手だろうけど、オレといる時のおまえは……素直じゃないけど可愛いんだぞ?オレが社長だって事忘れるほど言いたいこと言ってムキになって逆らってくるの……腹立つほど可愛くてしょうがないんだからな!判ってないだろ?」
知らない……そんなの知らない!
だって……わたしを見る視線の熱さも、時々伸ばされてくる手の意味も……知らない!気付きたくなかった。
だって……彼は社長だよ?玉の輿なんてみんな簡単に考えてるけど、余程のことがなければ大きな取引先と縁を結ぶ方が会社に貢献出来るじゃない?愛人なんて何人いたっておかしくないんだからね?そんな相手に、何も期待しちゃダメって……
「楓」
身体を包む強い腕……背中に張り付く熱くて逞しい身体。
「これでも随分悩んだんだ……おまえに手を出していいかどうか。あの二人にもいい加減な気持ちで手を出すな、立場を考えろって釘さされた。おまえから仕事奪ってしまう様なことがないようにって」
「うそよ……そんな素振り、ちっとも」
信じられない……信じたくない。
「仕事仲間としてのおまえを無くすのが怖かったからな。だけど、もう、限界なんだ……こうやってプライベートで誘っても、おまえは全く気づきもしないし、仕事のスタンス全く崩さないし……」
だって、ソレがわたしだもの!
「本宮さんのこと、ずっと……好きだったんだろ?」
そう、ずっと……でも、もう無理って思った時から、次に好きになれる人が出来るまでの代わりのように思っていた。だけどそんなヒト出来ないし、一番身近にいる人は、自分には到底無理な相手で、相手にもされてないって、ずっと思ってた……割り切ろうと、ずっと見ないふりしてた。
「だけど、今日からは……オレを見てくれよ」
「……無理だよ」
脳内の知識を総動員して答えを出す。うん、無理!そうとしか言えない……
「なんでだよっ!ちょっとは考えろよ、この馬鹿!」
「考えてるわよっ!そんなの、ずっと……だけど、無理なモノは無理なの!」
想像したって無理だから!それなら一生本宮に片想いしてる振りする方がましよ!
「どうしてだ?理由を言え、理由を」
「それは……」
わかんない……けど、無理な相手だって認識してきたから……今更それを変えろと言っても無理だよ。
付き合ってどうするの?もう後戻り出来ない年齢だよ?当然社長には後継者が必要なんだから、どうせならちゃんと子供産める奥さん貰わなきゃでしょ?わたしなんか……もう蜘蛛の巣張って錆びてるかもしれない。
それとも……付き合うだけって意味?それならなんとか……ううん、ならない!ダメになった時この会社にいられないじゃない!やっぱり……無理!
「オレの事が嫌いなのか?」
「き、嫌いな分けないじゃない!ずっと一緒に仕事していきたいと思ってるし、仕事の面でもすごく尊敬してるわ」
「だったらいい加減素直になれよ!おまえのその態度の、何処がオレを拒否してるんだ?オレにだけ女の顔見せて……それでも違うっていうのか?」
そんなもの見せた覚えないわよ?
「でも……このまま仕事だけのほうが……絶対いいもの」
今更脇道にも踏み出せないほど、まっすぐココまで来たのだから。考えられない……他の人生なんて。
「怖いのか?そうだよな……今の仕事続けさせてやれないかもしれない。それでも欲しいんだ……楓が好きだ。ずっと側で闘って欲しい。だけど今のままじゃオレが嫌なんだ……仕事だけのパートナーで、その身体に触れられないのも、これから先他の男のモノになるかもしれないのを指くわえてみてるのは……我慢出来ない」
一瞬ゾクリと身体が震えた……ずっと身体の奥で意識していた。社長のこと……
他の男のモノになる予定はまったく無いけれど、この男のモノになる……そう考えただけで、身体が女として目覚めていく。気づきたくなかったな……自分の中のこんな気持ち。
「しゃ、社長……」
「だから、社長はやめろって!」
「もう、一々うるさいく言わないで……」
「いい加減黙れ!」
後ろから顔をねじ曲げられて唇を塞がれた。
「んっ……」
「呼べよ、名前で……」
楓、と耳元で囁かれる自分の名前に震えた。
「蔵木さん……」
「おまえなぁ、自分がその名前になるって考えられないのか?亮輔だろ!」
「りょう……すけ」
また深く……今度は正面から抱き寄せられて、身体の半面が彼と密着させられた。
熱い……触れる何処の部分も、おへその辺りに感じる塊も、熱い。
「一生側にいてくれないか?会社でも、家でも……ベッドでも」
「んんっ!」
返事が出来ないほど激しく唇を奪われ、掻き抱かれた。わたしの身体の中から色んなモノが吸い出されるかと思うほど激しく唇を攻められ続けた。
「……楓、全部オレのモノにするぞ?その身体も、仕事も、生活も……」
支配される……そんな気がした。彼の愛し方は、たぶん……さっきのキスみたいにわたしの全てを奪い尽くすのだろう。
「仕事はいやってほどさせてやるから……それ以外の時間と身体は全部オレに差し出すんだ」
もう……寂しさを仕事だけで埋めなくてもいいの?欲しいもの全部、手にはいるの?
「はいって言えよ……楓」
耳元の甘やかな囁きは束縛を意味する鎖。だけど素直じゃないわたしはすぐに返事が出来ない。
「しょうがないな、言わせてみるか?」
「えっ?」
彼はわたしの身体を抱え上げると、隣のベッドルームへ運び込んだ。


23日が前中後編に別れました。あとは後編……ハートマーク付き!(笑)
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