2010クリスマス企画

Another Christmas

 1

クリスマス前 

〜俊貴〜

「今年は週末とクリスマスが重なりますね」
富野が嬉しそうに声をかけてきたのは、まだ夏前のことだった。
「そうだったか?おまえ、気が早すぎないか?」
「いえいえ、だって予約とか早めに取っとかないと……今年はDLに行きたいと美奈が言うんですよ!下の子はうちの母親がみてくれるんで、ちょっと行ってこようかなと思ってます」
「まさか……24日有給取ったり……」
「あ、しましたよ?」
おい……おまえ、この時期うちが忙しいの判ってるだろうが?
しかし、一時他部署に左遷されて仕事も生活もどん底に落ちかけた富野は出世街道からは完全に外れている。無理することもないか……今は、再びよりをもどして家族と紡ぐ時間の方が優先ってわけだ。
「でも、部長だって今年は無理しなくてもすみそうでしょ?優秀な部下がいるわけだし」
確かに……関西支店から戻ってきた同期の柳原楓は、後任の課長として申し分なく仕事をしてくれている。だが、少し楽になったと言っても、若社長は相変わらず結構な無茶を言ってくれるからな。
代替わりした3代目若社長の蔵木亮輔は、同期の羽山の大学時代の登山部の後輩だ。わたしも違う大学でワンゲルに入っていたので、まだ蔵木が余所の会社に勤めてる時から一緒に山に登ったり、結婚式に呼んだり親しくしていた。現在は親しくと言うよりも主要ブレーンの一人に加えさせて貰い、若社長と共に経営改革に燃えている。世襲制の社長である限り、どうしても周りは父親と自分を比べてくる。古い重役達はどうしても先代の子飼いで自分の思うようにならないため、早くから社内で自分寄りの人間を集めて来たわけだ。頼りにされて悪い気もしないし、自分がやりたかった企画や方針が通るのは嬉しいことだった。ただし……他社との接待や打ち合わせ、会合などが極端に増えたのは言うまでもない。その席には必ずと言っていいほど新課長の楓を連れて行く事になる。営業関係だけでなく、最近は社長のお供の時でも何故か楓が指名されて連れてこられている。
楓は確かに仕事は出来るが、あまり酒の席での接待には向いていない。そこそこ綺麗な女であることが武器にもなり弱点にもなってしまっている、諸刃の剣だ。あまり男慣れしてないのは見ていて判るが、仕事だけはいやってほど出来るのでそこは安心だ。社長や同じく同期の羽山が一緒にいれば誤解はされにくいが、妻の朱音に一度疑われた事がある限り、あまり接触しない方がいいと距離を置いていた。一度は告白されてしまったから……余計にな。
「それじゃ、今年は合同クリスマスパーティはやらないんだな?」
「何言ってるんですか!23日があるでしょ?オレたちがDLに行くのは24、25ですよ」
それじゃ、やっぱり今年もやるんだな……だけど、その参加メンバーがとんでもない顔ぶれになるとは誰も予想していなかった。

12月23日

〜朱音〜

「これでいいかしら?」
「そうですね、結構凄いんじゃないですか?朱音さん頑張りすぎですよ」
麻里さんはそう褒めてくれるが、やはり心配だった。
目の前にはクリスマスの料理の数々、昨日から二人で作って持ち寄ったご馳走が山ほど……リビングのソファに並んで座った美奈ちゃんと聖貴はなにやら楽しげに話しているし、フロアでは下の子供達をそれぞれの父親が相手している。
合同クリスマスパーティを、毎年富野一家と一緒に楽しんでいたけれども、今年は俊貴さんの同期で元上司でもある羽山さん家族と、なんと、若社長までもが……来ることになっていた。
事の始まりはまた例の如く勝だ。彼が自慢げにうちと一緒にクリスマスパーティをやると、羽山さんに話すと、同期の自分より部下の富野一家と仲がいいのは悔しいからうちも参加すると言い出したらしい。うちと言っても羽山家は夫婦だけの参加だ。奥さんの瞳さんは俊貴さん達より2歳下で、子供達ももう高校生と中学生。二人とも友達とクリスマスを過ごすので、夫婦二人だけでは寂しいらしい。
今はこうやって一緒にクリスマスを祝っていても、うちもいつかは子供達もそれぞれの友人や特別な相手と過ごすようになるんだろうか……
わたしたちにとってクリスマスは特別だ。イブに付き合い始めて、そしてその日が結婚記念日になった。翌日のクリスマスは長男聖貴の誕生日で……毎年、クリスマスが来るたびに思いを新たに、幸せを再確認する。だけど、いつか子供達は離れていくんだろうな……想像するとちょっと寂しくなってしまった。
「だけどまさか社長まで来るって思わなかったわよね」
一番困惑してるのは勝と麻里さんだろう。今は元鞘に戻っているけれど、数年前には離婚調停にまでこじれた夫婦。その結果仕事にも支障をきたした勝は左遷されるしで、現在はまた俊貴さんの部下に戻っていても、社長と懇意になるなんて思っても見なかっただろうから……
「だけど、二大部長一家と若社長の来るパーティにうちが一緒でいいのかしら?だって勝さんは出世街道から外れちゃったし……本宮部長や羽山部長がいなかったらとうに左遷どころかクビになってたかもしれないのにね」
その原因が自分にあったことも彼女は大いに反省している。色々あったけど、今では一番仲良くして貰ってるし、子供の年齢も近くて、いいママ友だ。
「その上24日に有給まで取っちゃって……本来なら本宮部長に譲るべき所なのに……ごめんなさいね」
「いいのよ、それでも今年は週末ゆっくり出来るから」
今回のクリスマス24.25日と、富野一家はDLに泊まりがけで遊びに行くらしい。これは美奈ちゃんのおねだりの結果らしく、小さな亜貴くんは勝の母親が見てくれるからなんとか一緒に出掛けられるのだろう。だけど、うちはまだ下の子が一歳半と小さいから、当分DLなんか無理だろうなぁ。聖貴もまだよく判ってないみたいだし。でも、来年か再来年あたり行きたいと駄々を捏ねそうだわ。
よく考えたら勝のところも23日が結婚記念日なんだよね。だけど、数年前に寄りを戻した時にもう二度と失敗しないようにと、その日はうちと一緒にパーティして二人の気持ちを再認識するのだそうだ。それ以外の日も結構一緒に出掛けてる気がするけどね。
だけど、本当に週末ゆっくり出来るかどうかは謎だ……俊貴さんがそう簡単に離してくれるとは思えない。
「あ、そろそろ時間ですよ」
壁の時計を見て麻里さんがそう言ったすぐ後にインターホンが鳴った。
「ああ、わたしが出よう」
俊貴さんがモニター付きのインターホンを確認して社長と口にしたので、急いで麻里さんと二人玄関へ向かった。

「よっ、メリークリスマス!」
両手一杯のクリスマス仕様に包装されたプレゼントの包みを抱えた若社長が、にこやかな笑顔を見せる。年齢より若く見えるのはその屈託のない笑顔のせいだろう。羽山さんや俊貴さんが渋いタイプなら、どちらかというと優男タイプ。そしてその横に……意外な人の姿があった。
「はじめまして、柳原楓と申します」
とりあえずといった愛想笑いを携えた、いつかのあの人だった……
「楓?なんでおまえが……」
愛音を抱っこしたまま、ひょっこりと顔を出す俊貴さんも、彼女が来ることは知らなかったみたいだ。
「く、蔵木さんに……無理矢理連れてこられたのよ」
渋々と言った表情で社長を睨み付けてる……なかなか気が強そうな人。羽山さんに以前わたしとよく似てると言われた事があるけど、ぱっと見ではよく判らない。年齢よりも若く見えるし、もちろん仕事もすごく出来そうに見えるのは、意志の強そうな目と姿勢の良さのせいね。背もすらっと高くて、どんな男性と並んでもあまり見劣りしない強さがある。今日は普段着と言ってもスーツできちんとメイクして、前見かけた時と同じで相変わらず出来る女って感じだった。
「だってさ、みんな奥さん同伴だろ?オレだけ一人って嫌じゃないか」
「だからといってプライベートでまで連れてこないでよ!」
思わず社長にそんな口の利き方していいの?って思うほど柳原さんは言いたい放題だ。
「亮輔は……最近楓をオレたちとは別の接待パーティとかにまで連れ回してるらしいな?」
あ、俊貴さんも社長のこと名前で呼んでる!あくまでもプライベートってことなのかな?
「しょうがないだろ?秘書課の若い子連れて行ったら仕事にならないんだから」
「それはいつまでも一人で居るからだろう?」
「どうせなら我が社で初の女性営業課長の顔売っとく方がよっぽど合理的だろ?」
若社長は結構モテるけど今の今まで独身を通している。秘書課女性達のアプローチがかなり凄いって話しは社長に就任する前から聞いていた。上手くいけば超玉の輿だものね。俊貴さんの話じゃ適当に遊んでるってことだけど、最近は忙しいようで女性の影も見えないらしい。
「それはわかるが、プライベートまで付き合わせちゃ楓が可哀想だろ?」
去年疑ったことをまだ気にしてるのだろう。俊貴さんはわたしの方をちらりと見て目だけで謝ってくる。
「すまんすまん、オレが言ったんだよ。うちのかみさん年くってて、ココじゃ浮いてヤダとかいうからさ。そこそこ年食ったの連れて来いって亮輔に……イテっ」
後ろからにょきりと顔を出した羽山さんと、その耳を引っ張ってるのは奥さんの瞳さんだ。何度か顔を合わせているし、もちろん結婚式にも参列して貰っているけれども、10歳近く年齢が離れている為、あまり親しくする機会が今までなかった。
「楓ならうちのが仕事してる時から知ってるしな」
元同僚だという瞳さんは、当然の事ながら俊貴さんも柳原さんも知っている。懐かしそうに玄関で挨拶が飛び交う。瞳さんと話しながらリビングへ向かう柳原さんの存在が気になるけど……
「朱音?」
呼ばれて見上げると心配そうな俊貴さんの顔。愛音は彼の腕の中でちょっとうとうとしてるみたい。男の人の腕ってしっかりしてるから、子供ってすぐに眠くなるみたいなのよね。
「すまんな……あまりいい気はしないだろうが」
「大丈夫よ。誤解は去年解けてるでしょ?」
「そうか……ありがとう」
誰も見てない最後尾の玄関先で、そっと引き寄せられてキスされた。それもちょっと深いの。
「んっ……俊貴さん、お客様がいらしてるのに……」
「わたしは誰に見られても構わないと思ってるよ」
何処まで本気なのか判らないけれども、そう言ってにやっと笑った彼に未だにときめいてしまう。昨夜だって祝日前だからといって子供達が寝た後、激しく求められてしまったし……
「だけど……色っぽくなった朱音は見られたくないから、先に台所へ行ってなさい。わたしがおもてなしをしておくよ」
そういってわたしの耳の後ろを軽く撫でて行ってしまう。ビクリと震える身体を押さえ込む。弱いって知ってるくせに……
「もう……ずるいんだから」
きっと首まで真っ赤になってるはず。
いつだってやられっぱなしだ、俊貴さん相手では……
火照った心と体を深呼吸でおさめながら台所へ直行したけれども、やっぱり麻里さんにバレてからかわれた。


12月23日・前編

 〜楓〜

いったい、わたしが何したって言うの?
「おい、早く来いよ」
目の前を歩く背の高い男を睨み付けるけど、ちぇっと舌打ちして再びドンドン歩いていく。歩調を合わせるなんてしてはくれない。
エラそうに……何が社長命令よ!何で、わたしが昔好きだった男の家になんか行かなきゃなんないの?それも、嫁と子供と幸せそうに暮らしてるところへ、クリスマスパーティ?どうせ予定なんて無いから、仕事ぐらい幾らでもしますよ?だけど、これってプライベートだよね?なんでわたしが付き合わなきゃいけないわけ?
クリスマスなんてもの、とっくにわたしの中から無くなっている。女も40歳を前にすれば、そんなものどうでもよくなる。今更恋人を探すって気にもならないし、探そうにも前日までびっちり仕事でプライベートもあったもんじゃないんだから。
そうさせてるのはこの社長だ……蔵木亮輔、わたしより2歳下で、昨年社長に就任後、先代の経営基盤を元に、若手を集めて思い切った経営改革を試み、この不況時をパワーで乗り切った凄腕社長だ。見かけは飄々としているのに、その屈託のない笑顔は周りを引きつけるカリスマ性を持っている。それは、認めるわよ……だけど、忙しい仕事の最中、毎晩接待だ、企業パーティだと連れ回してくれる。これって秘書の仕事じゃないの?って思うけど、わたしの顔を売るのが目的だって言われたらしょうがない。関西支社からこっちに来て、課長としての仕事はまず顔を覚えて貰うことだから……
今日も家まで向かえに来て、ここまで社長の車に乗せられてきたけど、通りはクリスマス一色だった。
だけど……見ててもムナシイだけだ。まだ今年は一人で見てるんじゃないからマシかな?
「予定がないと言ったのはおまえだからな?羽山も瞳さん連れてくるだろ?だったらおまえしか連れていけないじゃないか」
そりゃ、瞳さんは結婚するまで羽山達と4人で一緒にいたから仲良かったけど、わたしが関西支社に転勤してからはあまり逢ってはいなかった。
何より気が重いのは、行き先が普通のパーティ会場でなく本宮の自宅って言うのが駄目なのよ。だって、見せつけられるわけじゃない?わたしが欲しくて手に入らなかったもの……
「それと、今日は社長とか呼ぶなよ?周りが気を使うからな」
「えっ……そんな」
無理だと言いたかった。
「今日は社長として行きたくはないんだ」
だったら……どうしてわたしを連れて行くのよ。仕事でしか繋がって居ないはずなんだから……

もう恋なんて出来ないと思っている。特にその気になったらヤバい相手には、プライベートでは一切接触しないに限るのよ。でないと、前みたいに失敗するから……
入社当時は、これでも仕事や恋愛にも燃えてた。同期の本宮は出逢った当時から落ち着いていて如才ない男で、顔も声もすごく好みで、すぐに惹かれた。羽山とも登山の話しなんかで盛り上がっていて、その話しが面白くていつの間にかよく3人で一緒にいることが多くなり、仕事の話しを肴に遅くまで語り明かしたりもした。
2年後、入社仕立ての瞳ちゃんを見初めた羽山が彼女と付き合い始めて、それからもずっと4人で一緒にいた。わたしと本宮は付き合ってはいなかったけれども、いつもペアで、一緒にいると付き合ってるみたいな錯覚をしてしまいそうだった。もしかしたら向こうも……なんて意識して、そのうち告白されるかもしれないって、ずっと待っていた。けれども、結局そんな日は来なかった……自分から告白する勇気のないわたしは、関西に転勤が決まってそれっきり……最後まで恋愛関係に発展することはなかった。
だけどその後も、想いだけズルズルと引きずってしまって、気付けば恋愛しないまま30歳過ぎてた……焦ったところで仕事一途のわたしに自分から恋愛なんて出来るわけもなく、その当時一緒に仕事していた単身赴任で妻帯者の男に強引に口説かれて、気付けば不倫してた。あの時も、食事だけって言われて誘われてのこのこ付いていって、お酒飲んで……そう言う仲になってしまった。結局その男も元居た支社に戻った時に家庭へと帰っていった。なんで不倫なんかって思うけど、他に居なかったんだよね、わたしなんかに優しい男なんて……どっか本宮に似てたし。
で、もうすぐ40歳。今更焦って結婚相手を探そうとしても結婚相談所に駆け込むしか無いだろうし、主婦業させるような男ならこっちは御免だ。仕事を辞める気はないから……だからこのままでいればオールドミスだ。それに、何歳になっても結婚は出来るだろうけど、子供産む適齢期はもうすぐ終わってしまう。初産で40過ぎれば高齢出産だったっけ?残念ながら出来るような行為はここ数年したことが無いけど。
もし、あの時関西支社に行ってなかったら……自分から本宮に告白していたら……
今から目にする幸せな家庭は、わたしのモノだったかもしれない、なーんて、馬鹿な妄想。
その代わりに手に入れたのが今の役職だ。逃げずに、頑張ってきたのがようやく認められた。
関西でも仕事すれば、ある程度は出世はしたけれども、結局は課長補佐止まりだった。実力至上主義の我が社では、若くてもどんどん上に上がっていける。事実同期の本宮も羽山もとっくに課長になっていたけれども、わたしにはその役は回ってこなかった。その彼らが近々部長になると聞いた時は、ちょっと悔しかった。わたしは女だと言うだけで、課長以上の仕事をしても評価されることは無かったから……
それがようやく認められて課長職につけたけれども、10年ぶりに本社に戻ると、上司は本宮だった。今まで諦めきれなかったその男は、見合結婚した相手とは別れたと聞いたていたのに、いつの間にか再婚して子供にも恵まれていた。もし本社に戻ったら……なんて期待していた自分が馬鹿らしい。
去年、10何年振りにようやく告白めいた言葉を口にしたけれども、すぐに流された。本宮にとってわたしは同僚以外の何者でもなかったってわけだ。ちょっとヤケクソになって、ホストクラブにでも行って豪遊してやろうかなとも思ったけれども、仕事と接待が忙しくてそれどころじゃなかった。
けれど、今日の同行先が本宮の自宅だなんて……こうなったらヤケクソよ!とりあえず瞳ちゃんがいてくれるから話し相手には困らないけど、精々お愛想笑いし続けてやるわ!

「だからあの時はね……」
「いや、オレだったらな」
「オイオイ、そんな無茶な方法論は無いだろ?」
それでも羽山と本宮と3人でいると楽しかった……昔に戻ったようで。思わず色んな論争が上がってきて、夢中になって話して、飲んで……今いる場所を忘れたかった。
だけど……
「朱音、いいよ、愛音はわたしが見てるから、そっち片付けておいで」
ぐずる娘を抱きかかえて、パパの顔を見せてる本宮を見てると辛くなる。結局は子供かぁ……わたしには手に入らない温もりの世界。
このまま、わたしは子供を産むことも無く年老いていくんだろうなぁ……結婚も、家庭も、家族すらなく……これからずっと一人で、仕事だけして生きていくんだって思ったら……飲まずに居られなかった。
「おい、柳原、聞いてるのか?」
「え?なに……あ、社長?」
ちょっと酔いが回りすぎて、ぼーっとしてしまっていた。普段の接待とかでは気を使っているのでこんなに酔うことはない。わたしが酔うのは親しい人といる時だけだ。そういえば一番最初に社長と飲んだ時も、羽山と本宮がいたから随分と酷く酔っぱらったんだっけ。特に本宮に告白スルーされたあとだったから……
最初に酷い所見られたから、それ以来社長の前でもあまり肩肘貼らなくて済むようになったんだよね。おかげで仕事上言いたいこと言えるし、その分向こうも結構好きなように言ってくるからずいぶん楽だ。
「……だから、今日は社長って呼ぶなっと言ってるだろ?」
ああ、そう……だっけ?
「なあ柳原、飲み過ぎじゃないか?もうやめとけ」
そう言って、社長はわたしが持っていたグラスを取り上げる。
「何よ……うるさいわねぇ」
気持ちよく酔っぱらっていたのに、一気に苛々に火がついた。もう、泥酔一歩手前。理性なんて残っていない。本音が込み上げてきて抑制出来なかった。
だって、酔っぱらう要素は山ほどあるのよ?料理は美味しいし、部屋の中も夫婦の仲もすこぶる良くって、子供達も可愛くてかしこくて……直属部下の富野の奥さんはちょっと苦手なタイプだったけれども、本宮の嫁を凄く大事に思っているらしく、わたしが本宮に近づくと睨んでくる。おもしろがって何度か肩に手を置いたりしてやったんだけど、そうするとさりげに本宮が払ってくるんだ。
なによ、そんなに奥さんが大事?今年の嫁へのクリスマスプレゼントは教えて貰えなかった。知っていたら同じ物を購入してやろうかとも思ったけれども、今年は自分へのご褒美プレゼントも止めてしまった。
幾ら着飾っても40歳だよ?早生まれだから来年の2月まで39歳でいられるけど、取ってしまった年齢は元に戻せないんだから……
やだな……ここにはホントわたしには手に入らない物ばかりある。居心地良くて、悪い……
「柳原、おまえマジで酔ってるだろ?」
「酔って……悪い?来たくないって、言ったのに……連れてきたのはあんたでしょ!」
もう減俸でも何でもしやがれ!社長相手でも言いたいこと言ってやるわよ。気づきたくないから、ずっと目を瞑ってきたのに……仕事と引き替えに捨ててきたもの。だってそれはわたしの手に入らない物だったから。
好きな男には振り向いて貰えず、望んだところで手に入らない。
ずっと「イラナイモノ」として扱ってきたそれらが目の前にある。本当に欲しかったモノ、見ないふりしてきたのに、あんたは見せるんだわ。そしておまえには無理だから、ひたすら仕事しろとでも言うの?
「珍しいな……楓がココまで酔うのって」
本宮は心配そうに口にするけれども、近寄って来ない。
「大丈夫よ……あっ」
立ちあがってふらつく身体を後ろから誰かに抱き留められた。っていっても社長以外いないけど……
「悪い、連れて帰るわ……どうやらオレのせいらしいしな」
ぐいっと身体が引っ張られ、赤ちゃんみたいに立て抱きにされた。
「ちょっと、降ろしなさいよ!一人で帰るから……ね、羽山、あんたも止めなさいよ!瞳ちゃんも、笑ってないで!」
おろおろと見てるのは本宮とその嫁だけってどういう事よ?
「亮輔、おまえ……」
止めようとしてくれるの?本宮が社長の肩を掴んだのが判る。
「大丈夫だよ。おまえらの大事なお姫様に無茶なことはしないよ」
お姫様って誰の事よ?まさかわたし……じゃないわよね、とうが立ちすぎているもの。
「それなら……」
ちょっと、諦めないで止めてよ!
「それじゃ邪魔したな。後はゆっくりやってくれ」
そのまま担がれて、わたしは社長と本宮の家を後にした。

予定変更です(涙)リアルじゃないけど、連載します〜
HOME  TOP  BACK  NEXT