2006クリスマス企画

クリスマスを過ぎても

 

〜3度目のクリスマス〜
12月24日

〜朱音〜
 
23日は祭日だけど土曜日で、クリスマスは特別だからと俊貴さんが言い出して、25日も有給を取らされた。クリスマスイブだけでなくクリスマスの日も大事で、二人で3日間をゆっくり過ごすことを決めていた。
確かに結婚記念日は24日だけれども、次の日までなぜ?なんて愚問は聞けない。
毎年翌日の25日にまともに動けた日はないのだから…
 
 
昨日は買い出しにでて、一日かけて部屋の中をクリスマスで飾り、料理の用意をして、すべて準備万端。今日は何もせずにまったりと過ごそうと思っていた。
だけど、俊貴さんは出掛ける気満々で、思い出作りのプランが山ほどらしい…普段キリッ、パリッとした無口な本宮課長が、休日はこんなに奥さんに甘い旦那様だなんてだれが信じるかしら?飾り付けも手伝ってくれるけど、邪魔も多くって困ってしまったほど…
しょっちゅう後ろから手をだしてきて作業を止められてしまう。
「もう、だめってば…」
「なにが?」
「ん、やだ、邪魔しないで、」
「後でいい。急がなくても明日までに出来ればいいんだろ?」
「でも、」
「大丈夫だ、後でオレが飾っておく。」
「あっ、ん…ぁ」
そのままラグの上だったり、ソファに引き上げられたり、夜には寝室に連れ込まれたけれども、疲れただろうとお風呂まで一緒に…
準備に昨日一日かかったのはそのせい。
はぁ、課長はもっとクールだと思ってるわよ?会社のみんな。
 
朝からまったりのつもりだったけど、やっぱりお出かけだと連れ出された。ごちそうは夜に食べるらしい。
二人で腕を組んで、街中のクリスマス気分を堪能して、ランチもクリスマスの特別なランチをお洒落な店に連れていかれた。予約は前から入れていたらしいんだもの、本当に抜け目ない。
「んーおいしかったぁ」
「だろ?朱音を連れていきたかったんだ。」
「ランチだし、車があるから飲めなくて残念だね?」
「いや、こんな時間から飲む気はない。夜に朱音を酔わせてからだよ。でないと美味しく食べれないだろ?」
って、何を食べるつもり?答えは車に戻るとすぐわかる。案の定、彼が乗っかってくるから。
「もう、俊貴さんっ。ダメよ、まだ真っ昼間よ?」
唇が首筋を滑る。
「ここは地下だし、こんな隅っこ誰も気が付かないよ。」
「やっ、ん…」
のびてくる指、なぞる肌、重なる唇に吐息まで奪われて、わたしは彼の思うがまま喘がされる。
「あっ、やぁん」
「ほら、ここ、もうこんなになって…俺も、なんだ。」
そう言って自分のモノにまで手を触れさせる。
「ね、おねがい、うちに帰ってから、ね?」
軽くさすってからそう言うと、一通り攻め立てて得心したのか、ようやく離れて衣服を整えてくれた。
彼は、車でするのも好きって言うか、最初を思い出して興奮してしまうらしい。
「じゃあ、さっさと帰るか?」
ハンドルを握る彼は既に平常で、憎らしいぐらいだった。
あたしはコンパクトをだしてパフで押さえてから口紅を塗り直す。
でないともう無茶苦茶だもの。
 
 
車が発車してすぐ、あたしの携帯が鳴った。
 
 
「勝?」
なぜか勝からなんだけど、電話の声は焦って上擦って、パニックを起こしてるようだった。
「なに、どうしたの?あせってちゃ判らないでしょう!しっかりしなさい、父親でしょう?」
要領を得ないけれども、子供が、とか叫んでいた。もしかしなくても一大事なのかも知れない。
「富野か?何を人の女房に電話してきてるんだ?あいつは!」
俊貴さんがその名前を聞くと一気に不機嫌になっていたけれども、わたしはかまわず言葉を継げる。その様子に彼も察したようで何も言わなくなった。
『昨日から麻里が帰らないんだ!で、探してる最中に子供を車に置いていたら、ぐったりして、おかしいんだ!!』
子供は真っ赤な顔をしてぐったりとして汗をかいているらしい。息はあるけど返事をしないらしい。
「救急車は?呼んでないのね。行きつけの病院とかは?」
『わからないんだ、オレ…』
情けない声が聞こえる。
「風邪を引いてなかった?水分は?」
『ジュースを飲ませてたんだけど…』
それは既に空だという。聞くだけではらちが明かない、救急車を呼んだ方がいいかも知れない。その場合親の方も色々聞かれるだろうけれども、命には変えられない。
「で、今どこなの?」
聞けばこの近くの住所だった。昨夜、麻里さんもこの辺りに来ていたらしいという。
「判った、すぐに行ってやる。」
その非常事態に俊貴さんがすぐさま反応して車をそちらに向けてくれた。
 
 
5分後、その場に到着する。
勝が結婚前から乗ってる黒のレビン、助手席に何度も乗ったことがある。黒は温度が上がりやすいから、今日のような12月なのに陽気な日はかなり温度が高くなる。
「勝!」
「朱音、ど、どうしよう、オレ…」
この状態で救急車を呼べば、間違いなく保護責任を問われるだろうと思う。勝はがたがた震えながら必死で子供を抱きしめていた。
「俊貴さん、車の中にタオルあったの、だして!それから、勝、子供用のイオン飲料水ってある?なかったら大人用のでもいいからそれとミネラルウオーター、買ってきなさい!」
レビンの後部座席は狭いのでわたしたちの車に移し、ぐっしょりとなった衣服を脱がせてバスタオルで拭いた。そのあとはわたしがいつも使ってる膝かけようのフリースでくるんだ。子供は熱がかなり高いようだった。こっちの車内もそこそこ温度を保ったまま素早く済ませる。急激な体温低下は危険なはず。
『子供って体温維持が上手に出来ないのよ』
妙子がそう言っていたのを思い出す。子供用のイオン飲料水だって、彼女がそれを飲ませていたのを覚えていたのだ。大人用は濃度が濃すぎるからその場合は薄めるのだと言っていた。
「朱音、これ!」
持ってきた大人用のイオン飲料水を水で薄めて飲ませるけれども上手く飲んでくれない。
「あ、これ、使ってくれ!いつもジュース飲むのに使ってるんだ。」
勝が差し出した両手で掴むところのついたストローカップ。『みな』と可愛い平かなのロゴシールが貼られている。
(なにやってるのよ、麻里さん!あなただって子供は可愛いはずでしょう?)
その文字に苛立ちを覚えた。
「あ、飲んだ…」
ちゅうちゅうと飲み始めたのを見て一安心する。腕のなかの暖かい重み…
「朱音、消防署に聞いたら、この近くに小児科の救急受付病院があるらしい。」
「じゃあ、そこに行きましょう。勝、美奈ちゃんはあたしがだっこしてるから、俊貴さんの車の後に付いてきて!」
彼は既に病院の所在地をナビに設定し終わったらしい。
「ああ、わ、わかった。課長、すみません…」
泣きそうな顔をした勝が自分の車に乗り込むのを確認して、車をだした。
 
後ろの車を気にしながら病院に向かう。腕のなかの小さな重みは暖かく、泣きじゃくった後の目元を見ていて悲しくなった。
麻里の育児放棄の噂は嘘ではなかったようだ。
他人の家庭に口出しするモノではないけれど、これはもう腹立たしいを通り越して悲しくなってしまう出来事だ。
「大丈夫か、オマエの方が辛そうな顔をしてるぞ?」
俊貴さんが気を使ってくれるけれどもやりきれない気持ちは拭えない。それは彼も同じようだった。もし離れた場所にいたら、間違いなく救急車を呼んでいる事態なのだ。
運転席側から伸ばされた手がそっとあたしの頭を撫で、髪をすくい、頬に軽く触れた。
その温もりだけで安心出来る。
彼の手は、きっと魔法を使ってるのだといつもそう思う。あたしはその手に頬をすり寄せて少しだけ甘えた。
「大丈夫よ、それよりも、美奈ちゃんかなり呼吸が楽になってきたけど、心配だわ。」
「ああ、どんな理由にしろ、これは許せんよ。」
彼の口調はやはり怒っているようだった。小さな子供を置き去りにして、理由はどうであれ、そうさせた母親にも矛先は向く。
「子供を置いて無断外泊だなんて、何を考えてるんだ?母親は」
その怒りは最もだった。
 
 
病院に着いて処置室に運ばれ、点滴を受けることになった。子供なのでゆっくりと点滴を落とすとのことで、数時間かかると言われた。大事を取って、このまま入院させた方がいいと医者は言った。
その間に勝は自宅に保険証を取りに帰り、着替えや色んなものを持って来ると言った。おむつ以外は先ほどの汗で濡れていたので、今は病院のパジャマを着せてもらっている。
「おまえが居てくれてよかったよ…安心して取りに帰れる。」
だけど、わたしは美奈ちゃんの母親ではない。本当に居て欲しいのは本当の母親のはずだった。だけど美奈ちゃんの手はきゅっとあたしの指を握ったまま眠っている。
よほど寂しい、辛い思いをしたのだろう。
しばらくして戻ってきた勝は、自宅などの伝言を残してきたらしい。
奥さんの実家と、自分の実家、それから自宅と、パート先、彼女の携帯に。
 
 
病室が赤く染まって、そのまま色を無くしかけた頃、ようやく麻里さんが姿を見せた。
「何やってたのよ!!美奈は?な、なんで杉原さんがそこにいるの??ねえ、なんでよっ!」
わたしの姿を見つけて、怒り心頭の様子の彼女を前に、勝は立ち上がりいきなりその頬をぶった。
「馬鹿やろう!!母親が子供置いて無断外泊なんかしやがって!!」
「なっ、飲み過ぎて帰れなくなっただけでしょう?携帯の電源落ちちゃってたのよ、仕方ないでしょう…」
頬を押さえながらもバツの悪そうな彼女は口ごもる。
まさか、温厚とも言える勝が女の頬をぶつなんて想像もしてなかったんだと思う。
「そりゃ、こんなことになって、オレも悪かったよ。だけどな、おまえが帰ってこないから、何かあったのかと心配で、警察に聞いて調べてみたり、繁華街探し回ったりしたんだぞ?その間に、まさか、美奈がこんなことになるなんて、思っても見なくて…たまたま、近くにいた朱音と本宮課長に助けてもらったんだよ!どうしていいか判らなくて、電話したらすぐ来てくれて、応急処置取ってくれて…先生も感心してたよ、適切だったって。その人達にむかって、何でここにいるんだ?」
勝がこんなに怒ってるところを、わたしははじめて見たかも知れない。
「だ、だからといって…真っ先に電話するのが杉原さんな訳?へえ、やっぱりあなたは…」
「何勘ぐってるんだよ??おまえの親も居ないじゃないか!オレの親になんて言えばいい?それよりも、じゃあ、おまえは何でここにいなかったんだよっ!ここにいなかったオマエはなんなんだ?母親じゃないのか?美奈の母親じゃなかったのかよっ!なのに、飲み過ぎて?仕方なかった?店の若い男達と出掛けたって聞いてるよ!誰とどこに泊まったかは知らないけれども、そんな無責任な母親は美奈だっていらない!」
「え…?」
麻里さんが蒼白になって勝を見つめていた。勝もかなり興奮しているけれども…
「もういい!!そんなに子供が可愛くなかったら、オレが引き取って育てるよ!美奈をこんな目に遭わせるために都合のいい約束を飲んだんじゃない!おまえにちゃんと母親らしくしてやって欲しかったからだ…オレの実家に連れて帰るよ。もうオマエには安心して預けられない。オレもそんな自信ない、もう限界だよ、オマエの身勝手さには、呆れる…別れよう。」
「そんな…」
勝の怒りは納まらなかったようだった。確かに子供の命に関わること、ごめんなさいではすまないだろうとは思う。麻里さんは震えていたけれども、今回はあたしも彼女の肩を持つ気にはなれなかった。
 
「ちょっとまて、そんなことよりも、先に子供のことが先だろう?母親として、心配じゃないのか?」
「あ…」
俊貴さんの言葉に弾かれたように彼女がベッドに縋った。
「美奈、美奈、ごめんね…ママね、ずっと、イライラしてたの。結婚して、子供が出来たら家政婦みたいで…好きなモノもお洒落なモノもあたしの周りから減っていって、母親でいろと、家事さえしてたら文句言わないみたいに言われて…いつだって杉原さんと比べられているようで…」
「え?あたし?」
なんであたしと比べるのかよくわからなかった。
「だって、あたしと居るより長い時間、友人として、同僚として側にいたんでしょ?この人からすると、このぐらいして当たり前だ、このぐらい出来るだろうって基準がいつも杉原さんで…あたし、いつだって比べられてる様で嫌だったの!だから鬱憤晴らしのつもりで、パート先で若い男の子達と飲みに行ったんだけど、悪酔いしちゃって、帰れなくなっちゃって…それで…」
肩が震えていた。鬱屈してるモノを吐き出しているのだと思う。
だけど、あれだけわたしに勝利宣言しておいて、それはないと思う。今でこそ俊貴さんが居るからいいけれども、わたしは10年以上の片思いに終止符を打つのにどれだけ泣いたか…
おかげで、思い切ることが出来て、彼の側に居られるわけだけれど。
「あのね、あなたはあなたでしょう?あたしでは美奈ちゃんの母親にはなれないわ。この子の母親はあなたしか居ないのよ?無くしてから後悔しても遅いのよ。勝、あなたももう一度ちゃんと彼女を見てあげて?女ってね、母親になっても、妻になっても、恋人で居たいのよ。あんたはそういうとこ、すぐ楽しようとするから。ちゃんと、一家を支えなさいよ。だめなことはダメって言わなきゃ。」
ああ、と勝は頷くと、麻里の側に寄りその肩に手を置いた。
「後は夫婦でよく話し合うんだな。何が一番大事か、幸せなんて人と比べるものじゃない。自分の基準でいいんだ。ただ、望むだけではダメだがな。自分も人を幸せにしてこそ、本当の幸せが手にはいるんだろう?」
「課長…」
項垂れた勝が小さく嗚咽した。
「富野、オマエは全く…今後うちのに迷惑かけるときはまずオレに断ってからにしてくれ。今日はイブなんだぞ?その子にサンタは来るのか?」
「え?あ…」
「これ、さっき見かけて買ったんだが、その子にあげてくれ。」
俊貴さんが差し出したのは、昼間買い物をしたときに見つけたテディベアだった。ツリーの下に置いたら可愛いねと言って思わず購入したモノだった。
彼の目がいいよなって聞いてるのであたしはにっこり笑って頷いた。
 
 
―――20時過ぎ
 
「とんだ邪魔が入ったな。」
車に戻って一息ついた彼が、煙草に火をつけて、ため息と一緒に紫煙を吐いた。
外はもう真っ暗で、病院の周りもクリスマスらしく装飾されていたのに今気が付いた。入ってきたときはそんな気も止める間がなかったから。
「かえろっか?」
「ああ、早く帰って、二人のイブを過ごそう。別にケーキもごちそうもいらないよ。豪華な部屋も、クリスマスの飾りもキャンドルも…」
「え?」
それは寂しいと思ったけど。
「朱音が居てくれればいい、そう思った。今日は…特に。」
「うん、あたしも…俊貴さんが居てくれてよかった。」
「なあ、そろそろダメか?」
「なに?」
「子供…今日の朱音を見てたら、居てもおかしくないほどの貫禄だったぞ?」
「だって、あたしの友達はほとんどが子持ちだよ?遊びに行ったらよく見させてもらうし…」
「自分の子供を見ようとは思わないか?」
自分のこども。あの温もり、小さな手足、あの重み…
「ん…」
「作るか?今夜…」
あたしは頷くと車は走り出した。片手で運転する彼のもう片方の手はずっとあたしの手を握っている。
 
そう、ずっと、朝まで…
 
 
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波瀾万丈、お騒がせな夫婦です。まったく〜実は課長かなりのご立腹のはずです。彼の予定はことのごとく崩れましたから…(笑)