HOMETOP

先生とあたし

6.嫉妬
妹が恋をしている。

あたしと違って真面目な子なんだ。
高校2年になってもカレシも出来たことなくって、その口から好きな男の子の話も聞いたことがない。
校則そのもの、三つ編みに眼鏡、膝の隠れる規定丈のスカート。
サイズはあたしと変わらないから、あたし用に滅茶苦茶改造してた可愛い制服着ていけばいいのに...今度すり替えておいてやろうかしら?

あたしはどっちかって言うと、普通以上に派手目の性格。そこそこモテるし、思うようにならなかった男なんて無いくらい。
いいなぁと思った男には気のある視線送れば告って来てくれるし、デートだって行きたい場所言えば連れていってくれる。
気の利いた見た目もそこそこの男はいくらでもいるのに、なんでこう、中身の詰まった男は居ないんだろうって思ってた。
ようやく出会ったのが袴田稔。何でもイエスマンの今までの彼氏とは違っていた。自分の我は通すし、結構ほったらかしにもされる。そのかわり束縛はすくない。仕事の出来る男だから?そんなカレが結婚しようと言い出して返事したのはいいけど、出張出張でまたほったらかし。電話すら寄越さないんだから。しつこいのも嫌だけどここまで放置されるのも嫌なんだけど。
でも、彼の持ってるステイタスは捨てがたいんだもの。
ほかにはそんな男...あ、そういえばいたっけ?

高校の先生で担任のあいつ。
先生と付き合うなんて興味もあったしスリルもあった。
きりっとしてて好みのタイプだったんだけど、気のある視線送っても告白はしてこなかった。やっぱり教師だからだろうね。
だからこっちから告ったし、デートだって何度も誘った。
向こうは色々戸惑ってたみたいだったけど、結構強引に迫ると断れないみたいで、あたしは他のクラスメイトよりも何だか大人になれたような気がして嬉しかったんだ。
ようやく連れていってもらったデートは郊外の遊園地。だけど大人なのか無感情なのか楽しんでるようには見えなくて、焦れたあたしは何度か訳もなく腹を立てた。そんなあたしにも態度は大人で、ため息ついて『しょうがないな』って...
ご機嫌取ってくるだけの男達とは違ってたな。

今思えば、いい男だったんだ。
あの時はあたしも子供で、性急に関係ばかりを求めていた。最後なんか、抱いてくれなかったら学校にばらすみたいなこと言っちゃったし。
でも、大学にはいって、毎日が楽しくて、ちやほやされて。
仕事してるわけだから、先生とは全然会えなくて、合コンに行きまくってお酒飲んで、何度も叱られた。
連絡すら付かないあたしに何度も根気よく電話してくれたっけ?だけどそれがだんだんうざくなって、他の男とお酒の勢いで寝ちゃって...
先生、そういうの許さないだろうなって思ったら、逢うのが辛くなって。

あたしから別れたんだよね?
だけど本当は、嫌われるのが怖くて、自分がやってることの全部を見透かされるのが怖くて、自分から逃げたんだ。



「依里子、明日もデート?」
「う、うん。そうだけど、なに、おねえちゃん?」
「ちょっとはお洒落していきなさいよ、男はね、『自分の為にお洒落してきた子』っていうのに弱いんだから。」
「そ、そうなの?」
「そうだよ、で、クラスの子なの?それとも先輩?だったら3年だから受験だよね。」
「えっと、友達のお兄さんで、社会人なの...」
ええ?相手は大人??
まだ子供だって思ってたのに、依里子が社会人と付き合ってるなんて...
「いくつなの?」
「えっと、26かな?」
そ、それはちょっと...
「まさか、もう大人の付き合いしてるとか??」
「そ、それはないよ!ちゃんと、卒業するまで待つって言ってくれてる。」
「そっか...」
イイヤツなんだ。一瞬脳裏にあいつが浮かんだ。
そんなこと言ってたよな。本当に手も出してこなかった。キスだって...
「じゃあ、キスとかも、まだ?」
「そ、それは...」
真っ赤になる妹の顔を見てこっちが恥ずかしくなった。
あたしの妹だから素材は悪くないはずなのに、眼鏡に三つ編みのダサダサちゃんなのに、そのはにかむ顔が可愛くて、、思わず抱きしめちゃったわよ。
「依里子ぉ〜あんたはかわらないままで居てよね。」
「な、おねえちゃん、何言ってるのよ?」
「うん?いいのいいの。」

大人の狡さや、女の厭らしさなんか覚えないで。真面目でいいから、真っ直ぐなままでいて。
昔後ろをついてきた幼い頃のままに。
『おねえちゃん』といってあたしを見上げるあの頃のままに。
可愛い妹の依里子でいて。



それから、何度か出掛ける妹をなんとも思わずに見守っていた。
高校3年になっても相変わらずの三つ編みだったけど、少しずつ表情が軟らかくなって、女らしくなっていく。そんな彼女がほほえましかった。
だけど、照れ屋なのか、社会人のカレシのことは一言も言わない。
姉として、それは少し寂しかった。
でもそれは、言わないじゃなくて言えないだったんだね?

そんなことにも気がつかないなんて。
でも、聞けなかったと思う。たとえ知ったとしても...
あんたは気がついてたんだよね?あたしが、聞けばいい顔しないって事も、それ以上に傷つくだろうってことも。
上手に隠してたつもりだったのに。
自分から捨てた恋に今でも縋り付いてること、捨てる気になった本当の理由に気がつかなかったあたし。

恰好付けた恋しかできなくなってたあたしのこと、一番よくわかってたんだよね、依里子は。



「お、ねえちゃん...」
家からかなり離れた公園で、見たことのある車から降りてくる妹を見つけた。
まるで隠れるようにそっと降りてくる。
その手を引いて、再び車の中に引き込み、キスを交わす男女のシルエット。
それがまさか、妹と元担任、元彼だったなんて...
あたしを呼ぶ声を聞いて、降りてきたのは、深山、深山彰俊...
「ま、さか...あんたと深山が?」
「城野、」
何なんだろう、この感情は?
驚きや面食らってるだけじゃない。
妹が、大切にしてる相手だから、大事にしてもらってるみたいだから、紹介されたらちゃんと祝福しようと思っていたのに...
この、胸の奥底の、どろどろは何だろう?
沸々と湧いてくるこの怒りのような感情は?
「あんた、妹にまで手出してんのっ!?どういうつもりなのよ、深山っ!」
「おねえちゃん、黙っててごめん。だけどあたしと先生は、おねえちゃんのこと知ってて付き合ってるから...」
「城野、すまないな。私の顔など見るのもいやだろう?私にいくらでも腹立ててもらっても構わないが、依里子は、傷付けないでやってほしい。大切な、私にはもう欠かせない存在なんだ。本気で、きちんと付き合ってる。だから...」
「何言ってるの、あんたは...」
あたしが振ったんじゃない!あたしが捨てたんじゃない!
未練なんか無いはず。こんな、こんな感情...
「依里子、こんな男と付き合ってたらあんたが傷つくわ!こんな...」
自分からは誘ってこない、いつも困った顔をしてあたしを受け入れていた。
「傷つかないよ?先生は優しいし、ちゃんとあたしのことを考えて、だめなモノはダメって言ってくれるよ。いっぱい我慢もしてくれてる。だからあたしも我慢出来るんだよ。あたしは、先生...彰俊さんが好きだから。」
真っ直ぐあたしを見る妹の視線に怯んでしまう。
本気なんだね。
昔から、真面目な分、コレと決めると絶対に引かない。選ばないといけないときでも、おねえちゃん権限であたしが好きな方をとっても文句言わなかったけれども、自分のモノと決めたら絶対に貸してもくれなかった。
「城野、私も本気なんだ。あれから、おまえと別れてから、私も生徒と関わることが怖くなって、いつの間にか担任を持つことも、笑うことすら忘れてしまっていたんだ。だけど、依里子は私に笑うことを思い出させてくれた。生徒を思いやる気持ちも、女性を愛する気持ちも思い出させてくれたんだ。私が依里子と付き合うのをあまりいい気はしないのはわかるよ。だが、お願いだ。もうしばらくそっとしておいて欲しい。依里子の進学が決まれば、私は挨拶に行こうと思っている。それまでは、誰に見られても恥ずかしくない交際を心がけて居るつもりだ。」

それって...
手だしてないって事?
まったく?

本気なんだ...
あたしはそれを我慢出来なかった。男を知ってるからだけじゃなく、身体で繋がらないと信じられなかった。
だけど、あんた達は心で繋がってるって言うの?


あたしには出来なかった。
あたしは...
依里子には勝てないや。

「じゃあ、卒業まで見守らせてもらうわ。それまでに依里子泣かせたら承知しない。親にも学校にも全部言ってやる。それが厭なら、大事にしてやって。大事な、あたしの妹なんだから...」
「結衣子、ありがとう。その脅し方、変わらないな。」
「まあね、依里子、先生はいい人だけど、いい人過ぎるから気を付けるように。」
「うん、おねえちゃん。でも時々悪い人になるよ?意地悪なことも言うし...」
「依里子、余計なことは言わなくてよろしい。」
見ててほほえましい風景に少しだけ胸が痛む。
あたしには意地悪なことも、悪い人にもなってくれなかったよね。
それだけ依里子に心を許してるって事だよね。
胸の中のどす黒いモノを飲み込んで、いつかソレを忘れる日が来るだろうと漠然とそう思った。
あたしも稔相手にこんな表情できているのだろうか?ちゃんと素直になって、思い合えてるのだろうか?結婚すら考えているというのに...
こんど稔が帰ってきたらきちんと話そう。解決するまではなんどかこんな思いを繰り返すだろうけれども、それは自分のやったことだから後悔なんてしてられない。
だから、今顔をだしているこの黒い感情が、無くした恋に対するモノなのか、可愛い妹を取られた事に対してかは、いずれわかるだろう。
今は見てるしかない。
その立場を選んだのはあたし。

嫉妬という黒い塊を飲み込んだのもあたし。

2006.11.25(加筆修正)
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