2014サイト開設記念作品 番外編 2 同窓会〜志奈子〜 |
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〜志奈子〜 同窓会、か。甲斐くんはわたしを奥さんとして連れて行くつもりなのね。 もちろん同級生でも夫婦だからあたりまえかもしれない。だけどそれは嬉しくて、でも少し気恥ずかしくて、ある意味後ろめたかった。吊り合わないのは端からわかってる。高校時代のわたしは今よりもっと無愛想で誰にも関心を示さなかった。取り繕う程度の愛想は維持していたけど、本当の友達なんてできなかった。親のことで変なふうに見られるのが嫌で、ずっと目立たないよう、誰とも深くは関わってこなかった変に詮索されるなら何もない方がマシだったから。小中学時代でそのことは学んでいた。放課後誰とも付き合わず、誘われても断り続ければ終いには誰も声をかけてこなくなる。それでなんの問題もないはずだった。甲斐くんと身体の関係がはじまるまでは…… 誰も好きにならない、興味ももたないはずだった。なのに甲斐くんとそういう関係になると、急に彼の周りにいる女の子たちが気になるようになってしまった。可愛い子、きれいな子、活発な子。モデルをやっていた彼はひと目を引いたし、他校の女子にもかなりモテていた。同じクラスの中には甲斐くんと付き合ってた子もいたし、好きなだけで見てるだけの子もいた。そんな彼と、身体だけでも関係があるなんて誰にも言えなかったし知られたくなかった。不釣り合いだと思われるのに決まっていた。今はお互いに想い合えて本物だと確信できているけれど、それは最初から正当な方法で手に入れたものではなかった。いくら甲斐くんがそうさせたと言っていても、わたしが無意識のうちに彼を誘い身体の関係からはじめさせてしまったのだと今でも思っている。初めてだったくせに……あたかも経験があるように振る舞ってみせた。だけど処女だったことがわかって、あとで彼にすごく気を遣わせてしまった。もっと関係を続けたいと思っていた彼から逃げたために執着された。それだって、気のある素振りを見せたから甲斐くんだってイケルと思ったんだよね? 結局はわたしの態度にも問題があったのだ。 そんなわたしが堂々と彼の奥さんだといって側にいてもいいのかな。今は本当に愛されてるって実感もあるし、愛梨もいる。甲斐くんの気持ちを疑うわけではないけれど、この後ろめたさはきっと同窓会で今も彼を好きな子や昔の彼女たちの前で暴かれてしまいそうで、怖かった。高校時代からずっと付き合ってたなんて、そんなこと誰も信じないから。 「志奈子、もうすぐ着くけど大丈夫か?」 「えっ? ええ、大丈夫よ」 「あんまり嬉しそうじゃないな。やっぱりやめておく?」 「そんな、直前にキャンセルだなんてお店側に迷惑よ。ちょっと、出かける前に愛梨がぐずってたから、それで心配になっただけ」 「そうか? まあ今日は親父と朱里が見てくれてるから大丈夫だろ。あっちの子供もいるし、うちでいるよりも楽しんでるさ」 「そうだといいんだけど」 わたしの数少ない友人となった朱里さんは今や義理の母でもある。少し離れたところに住む自分の親よりも気兼ねなく預けられるのだけれど、いつもと違うわたしの服装に不安を感じたのだろうか? わたしが選ぶと地味になるらしく、今日着ていこうとしたシックなスーツは愛梨を預けに行った時に却下された。 『これ、わたしには地味すぎるのよ。もう着ないからもらってくれると嬉しいわ』 そう言って着せられたのは、白の七分袖の短い丈のジャケットに淡い色の花柄のワンピース。上品なんだけどわたしには華やかすぎて少し気後れしてしまう。 「似合ってるよ、それ」 車の助手席に座ると、膝が見えがちなその裾を気にしているのに気がついたのだろうか? 「そうかな……派手、じゃない?」 「朱里は地味だって言ってただろ。おまえ色白いからそういう淡い色も似合うよ。さすが朱里はいいの持ってるよな。朱里も言ってたろ? こんど一緒に買物に行こうって。その時にお出かけ用の服とか選んでこいよ。そういうの最近買ってないだろ?」 たしかに普段はそんなに買い物で洋服を買うなんてあまりない。家族と出かけてもついつい愛梨のものを買ってしまう。子供がいると自分のものなんてそうそう買えないもの。甲斐くんはモデルやホストクラブのお店の関係で洋服はすごくいいのをたくさん持ってるから、あまり買おうとしないし。見かけてよかったら即買してるものね。わたしにあれは出来ない。 「今日着てたスーツもサイズ合ってなかったよな。前もって気がついておくべきだったよな、ごめん」 そんなこと、普通男の人が気にすることじゃないのに。わたしが……未だにそういうことに気が回らないだけ。おしゃれのしかたもあまりよくわかってないから。 よかった、朱里さんが気がついてくれて。もう少しで甲斐くんに恥をかかせてしまうところだった。その事のほうが怖いよね。あれ? ……もしかして、甲斐くんが前もって朱里さんに頼んでたの? 『やだ、志奈子さんまた痩せたでしょう。そのスーツぶかぶかに見えるじゃない。これなんかどう』 そう言ってすぐに服が出てきた気がするんだけど…… 「その時は金額とか気にせずあいつのオススメ買っていいからな。それぐらいオレも稼いでるし」 確かに本業以外にもたまに父親の店を手伝ったりしているので、副収入もある。だけどこれから先のことを考えると、あまり無駄遣いしたくないし、もしものときのために貯金はしておきたい。愛梨のために蓄えも大事だよね? だけど……これも最低限必要なことなのかな。昔は食べるだけ、生活するだけが精一杯だったけど、今はもうそんなこともない。愛梨にはあんな思いはさせたくないから。 「できればオレが喜ぶような服買ってこいよな。男は脱がせるのが楽しみなんだから」 信号で停まった時、運転席から手が伸びてきてスカートの裾をいきなりなぞった。 「やっ……」 「ん、いい声。大丈夫、トラックでもすれ違わない限り見えないよ」 そんな事言いながらスカートの中へ潜り込ませてくる。すぐに信号が変わり伸ばされた腕はハンドルへと戻っていったけど、かすかな期待がわたしの身体に燻りだけを残した。 「甲斐くん、久しぶり! 元気だった?」 甲斐くんと店に入ると、わっと人が集まってきた。女の子はみんな驚くほど綺麗になってる。男子もスーツ着ていて落ち着いた感じだ。香山くんだって、昔はもっと髪も長くて茶色かったのに。 「史仁、元気だったか? 亮平に聞いたけどおまえ結婚したって……えっ? もしかして隣にいるの、委員長?」 「ああ、旧姓船橋志奈子、オレの奥さん」 「嘘っ! 委員長なの?? キレイになっててわからなかったよ」 お世辞でも綺麗と言ってもらえると嬉しい。特に今日は……甲斐くんに恥かかせたくなかったから、朱里さんに感謝だ。お化粧も直してもらったしね。 「少し顔赤いみたいだけど、大丈夫か? 熱でもあるんじゃ……」 「だ、大丈夫よ」 溝端くんが心配してくれるけど、これは甲斐くんが駐車場で……するから。 『ダメっ、今はしないで……おねがい』 すごく頼んだのに『だーめ、そんな顔するおまえが悪い』なんて言って、キスされて……あちこち触られて、燻るどころか火を付けられてそのまま手放された。 「ちょっと調子が悪いみたいなんだ。だから、今日はこいつに飲ませないで。オレも車だから飲まないし」 「なんだよ、俺の店に来て飲まないとかなしだぞ。どうせうちの駐車場に車入れてるんだろ? 置いて帰っていいからおまえだけでも飲めよ」 そう言っていきなりお店の人の格好した風間くんに、ビールのジョッキを渡されていた。 「んじゃ、責任取れよな?」 ちらりとわたしを見て、一気にビールを煽った。 「甲斐くん、大丈夫なの?」 「後で泊まるって親父と朱里に言っとく」 そんな……簡単に言うけど、泊まりの準備なんてしてないのに。 「なんだ、まだ甲斐くんなんて名字で呼んの? おまえも甲斐だろ、委員長」 「あ……」 風間くんに指摘されて気がつく。みんなが甲斐くんとか呼んでるから、ついわたしも戻ってしまっていた。 「志奈子、まだぼーっとしてる?」 ニヤッと笑って意地が悪い。自分が……シタくせに。 「史仁、こっち座れよ」 甲斐くんが呼ばれたのは、男子が多く座るテーブルだった。隙間なく座ってたので、女子が割り込んでくることもなく、わたしは彼の傍で高校時代の懐かしい話を聞かされていた。 「あんときは史仁がさ」 「そうそう、おまえってしらっとしてるくせに要領よかったよな。1年の時は2コ上の先輩に……」 「おい寛也、その話ヤバイって」 「ああ、すまんな。史仁」 話しかけた香川くんの横っ腹を溝端くんが肘で突いていた。その話は聞いたことあるんだけど……すごくきれいな先輩に誘われてえっちしたって、そのあと3年の男子の強面集団に呼び出されてボコられたとか。 「いいよ、少しぐらいならな。昔の悪行はほとんどバレてるから。それに……オレら3年の時からずっと付き合ってたし」 「えっ? マジで? ぜんぜん聞いてないよ?」 「言うかよ、内緒にしてたからな」 「まさか……おまえ、から?」 「決まってんだろ。オレが拝み倒して付き合ってもらったんだ。こいつが嫌だって言っても、半分無理やりな。だから何度か逃げられてんだよ。高校卒業後も、大学卒業後も。就職先探して押しかけて、やっと手に入れて……もう二度と離すつもりないんだ。今は子供もいるからこいつも逃げないだろうと思うけど、あんまりよけいなこと話して逃げられてたらおまえらのせいだから。そのあたり気を使ってもらえないなら今すぐ帰るぞ」 ニコニコ笑って彼はそう言うけど、周りの皆はぽかんとしてる。そうよね、信じられないわよね。 「おまえそこまで惚れてるのかよ……」 「あの史仁がなぁ、一途になったもんだ」 「そのぐらいしなきゃオレのこと信用してもらえないだろ? 相手は委員長なんだから」 もう、なんだか傍にいるのが居たたまれないよ。みんなジロジロ見てくるし…… 「まあ、わかる気がするけどないまの委員長いい感じだもん」 「そそ、綺麗になったよな。けどそれもこいつがそうさせたんだろ? 高校時代からっていうなら……」 「だな。確かにあの頃の委員長って真面目でさ、誰にでも優しかったけど、こう僕達が触れちゃダメみたいな壁があったよな」 同じクラスの小池くん。たしか成績すごく良かったんだよね。甲斐くんは香川くんたちとも仲良かったけど、3年になってから同じ国公立進学クラスの男子ともそつなく仲良くしていた。このテーブルには以前から付き合いのあった香川くんたちと半々ぐらいの割合で座っていた。それで女子は誰も座ってなかったのね。香川くんたちは女子とも仲良かったけど、小池くんたちは風間君と同じでちょっと硬派なグループだったから。 「けど、3年の途中から、なんだかいい感じになってるなって、思ってた」 え? そう、なの? 「あ、オレも気がついてた。彼氏でもできたのかなって思ってたけど……」 伏見くんも同じクラスだった。たしか、甲斐くんとは同じ大学じゃなかった? 「そういや、おまえずっと勉強教わってたの、アレそうだったの?」 溝端くんがテーブルに身体を乗り出して聞いてくる。すっごく興味津々……なんだね。 「そういうこと。でなきゃオレの成績が急に伸びて、ランク上の大学に受かるはずないだろ志奈子は頭良かったし、真面目だったから、とにかく釣り合い取らなきゃヤバいなって……必死だったよ」 「おまえ遊ばなくなってたしな。受験のためだって言ってたけど……おまえが女なしなんてありえないと思ってたら。なるほどな、そういうことだったんだ」 思わず一瞬、二の腕の当たりがぞっとした。今となっては知られたくない……きっと軽蔑されてしまう。 「それにしても委員長マジで綺麗になったよな。昔はメガネかけて三つ編みでホントおしゃれとか化粧とか興味なさそうだったけど。それもこいつへの愛なんだよな」 「えっ? あの……うん」 それは確か。だって見た目じゃ甲斐くんと釣り合ってないのはわたしのほうだから。彼と付き合ってなかったら……きっと最低限のみだしなみだけで、おしゃれはあまりしなかっただろう。 皆に知られるのは怖いけど、もし、彼とセフレの関係になってなかったら……彼が選んだのがわたしじゃなかったら。 きっと今でもわたしは誰かを好きになることなく、人を信じられないまま教師になっていたと思う。そんなんじゃどこかで行き詰まって、教師の仕事ももっと早くにやめてしまっていたかもしれない。真面目なだけで、人付き合いもまともに出来ないわたしがどうやって子どもたちを教えられたのだろう? 今思えばひどく不遜な考えだった。そんな教師、子どもたちにとってもありがたくないわよね。もし一旦関係を結んでいたとしても、離れたあと何度も甲斐くんが追いかけて来てくれなかったら……誰とも結ばれず、子供も産まないまますごしていたはずだ。それが本来のわたしが選んだ人生だった。 だけど、彼は追いかけてきてくれた。素直になれないわたしのぶんも、強引にそんな人生から奪ってくれた。今は知っている。誰かを愛する喜び、誰かに愛される喜び。家族のいる幸せ、家庭のある暖かさ。心から信じることが出来る人達が周りにいてくれること、それがどれほど幸せか。今のわたしがあるのは、追いかけてきてくれた彼のお陰なのだ。おしゃれに縁のなかったわたしが綺麗になりたいと思うようになったのも、彼のためなのだから…… 「なんかここだけ暑くない? おまえのそのデレッとした顔見てると、高校時代が嘘みたいに思えてきたわ」 「そうか? オレ今幸せだから」 溝端くんの厭味にもしれっと返して、甲斐くんは笑って答えた。 「寛也も結婚生活は長いよな? 今日は春菜は?」 「ああ、あいつ3人目が臨月でさ。さすがに家に置いてきた。上の子もいるしな。あれからどうなったか心配してたよ」 「ああ、あの時は春菜に世話になったからな。報告してなくてすまなかった」 「あの時?」 「ああ、大学卒業後のおまえの住所、春菜に教えてもらったんだ。お盆に最初の同窓会やった時返事のはがき出しただろ?」 「あ……」 それで追いかけてきてくれたんだ。実家から転送されてきたはがきに、ご丁寧に住所を書いたのは……遠回しに知って欲しかったのかもしれない。書かずに送ることだってできたのに。 「春菜にもよろしく言っておいてくれ」 「ああ、わかった。連絡なかったから、ダメだったのかなって。亮平もおまえの結婚相手が誰なのか全然言わないからさ、今日見るまでわからなかったよ。まあ、見てもすぐに委員長だとはわからなかったけど」 香川くんは結婚が早かったので、一番上の子はもう小学生になるらしい。奥さんはあの春菜さんだったのね。あの当時は甲斐くんと付き合うとか言ってたけど、結局付き合わなかったってあとから甲斐くんから聞いていた。 「俺も彼女と結婚したくなってきたな……だってさ、結婚が全てじゃないだろうけどさ、おまえらが幸せそうなのをみてると、やっぱいいのかなって思うじゃんか」 「溝端も彼女いるのか?」 「ああ、同じ会社の子なんだけど色々あって向こうがしたくないみたいなんだ。けど、俺はやっぱ一緒になりてえなって」 「本気なら、その気持をちゃんと伝えた方がいいと思うよ。俺が言えた義理じゃないけど、色々ちゃんと言ってなかったからコイツに一時逃げられたりしたんだ。互いに想いあってるのに、離れてたらそのぶん損するっていうか時間も全部もったいないって後で悔やむことになる」 「そっか、そんなものなのか?」 ちらりと溝端くんがわたしを見て聞き返してくるけど、どう答えたらいいのよ……もう。確かに無駄にした時間は戻らなくて虚しいだけ。甲斐くんも、同じ気持だったんだよね。 「はいはい、独りモンにはキツすぎるね、この席。僕なんて必死で勉強して試験受けて資格とって、ようやく就職して2年目だぜ。カノジョ作る暇もなかったからな、嫁取りはまだ遠いや」 小池くんはたしか国立大学の法学部に行ったはずだ。みんな、それぞれの人生歩みつつある。 「まあまあおまえは今からだろ? バッジ付けて女子のところへ行ってこいよ、モテるぞ?」 「いいよ、そういうので寄ってくる女は嫌なんだよ。まだ駆け出しで金なんか持ってないのに、たかられても困るよ。特に今日来てる女子の中には史仁目当てか男漁りっぽいのが多くて、あっちのテーブルに混ざる気がしないよ」 向こうでは数人の男子が女子のテーブルに割り込んでキャアキャアと楽しそうだ。名前も覚えてない子たちだと思う。 「そうそう、俺達は嫁持ちカノジョ持ちグループだからな。あ、小池は別だけど」 「わるかったな。だけど、そういえば史仁って、いくらモテても全然嬉しそうじゃなかったよな? それって委員長がいたからなのか? けどそれはなんとなくわかるかな……揺るがないっていうか、すごく信用できる子だっていうのは見ててわかるもんな、彼女。もっと早くに僕がモーションかけておけばよかったな。これから頑張って委員長みたいな子を探すよ」 そういってテーブル越しに顔を覗きこんでくる小池くん。 「そんな、わたしなんか……」 「人の奥さん口説かないでくれる?」 「きゃっ」 横から甲斐くんがわたしを抱え込んで小池くんから覆い隠す。そこまでしなくても……社交辞令で褒めてくれてるだけなのに。 「見てみろよ、このジェラシー! 今までのこいつだと考えられないな」 「ホントだ、弛み過ぎだぞ、史仁」 「弛んで悪いか、寛也。幸せなんだから……しょうがないだろ」 「あーもう、いけしゃあしゃあと惚気けやがって! なあ委員長、なんかないの? こいつの弱みとか欠点とか悪癖とか!」 今度は香川くんがテーブルに覆いかぶさるようにして聞いてきた。 「言ってもいいの?」 眠い時少し甘えん坊になるとか、子供の寝顔を見てる時はもう蕩けそうな顔してるとか意外とヤキモチ妬きだとかそういうの、誰も知らないよね? 「ダメ」 すぐに却下された。 『よけいなこと言うなよな。それ言ったら結局墓穴掘ることになるからな』 耳元で釘を刺される。たしかに、そういう時の状況って……えっちの後だとか前だとかだから、やっぱり言えないかな。 「ちょっと、男子だけで甲斐くん独り占めしないで!」 いきなり頭上で声がした。むこうで男子グループと騒いでた女子たちは昔甲斐くんの取り巻きだった子たちだ。 「そうよ、こっちのテーブルに来てよ」 それからこのひとり飛び抜けてきれいなのは……たしか同じ進学クラスだった宮下さんかしら? 随分と感じが変わっていたので誰だろうと思ってたけど、ちょっとハスキーで特徴のある声は聞いたらすぐにわかった。高校時代は真面目でメガネを掛けて長い髪を後ろで一つにしていて、雰囲気はわたしとよく似ていたかも。でもすらっとした長身で細身、スタイルもよくてガリ勉というよりも女史って感じだった。真面目一辺倒ではないって話だったけど、進学塾にも通っていて家庭教師にもついていたはずだ。成績はいつもトップで、たしか現役でT大に合格したはずだけど、今はどうしてるんだろう? コンタクトにしたのか眼鏡はもうかけてないし、髪も明るい色で華やかな感じ。少し傷んでるのが頬にかかった毛先でわかってしまう。そういえば、来た時も真っ先に甲斐くんのところへ飛んできてたっけ。すぐに男子の輪ができて弾かれてたけど。 「ね、ちょっとこっちのテーブルに来てよ! 会えるって楽しみにしてたんだからいいでしょ、船橋さん」 甲斐くんの腕を取って強引に立たせようとしていた。わたしはもう船橋じゃないんだけど……それに、甲斐くんだけ連れていかられたら困るよ? この席の女子はわたしだけになってしまうもの。 「ダメダメ、こいつは一人じゃ動かねえよ」 「そそ、奥さんと一緒じゃねえとな」 香川くんと溝端くんが援護射撃? 甲斐くんもぴくりとも動こうとしなかった。 「あたりまえだろ。お前らの中に志奈子を置いていけるか」 「じゃあ、一緒でいいから。お願い、委員長さん」 宮下さんが今度はわたしの腕を取って引っ張ってきた。その手が強引で長い爪が食い込んで、痛っ。 そういえば何か頼む時しか話しかけてこなかったっけ、この人。 『最近甲斐くんと仲いいわね』 一度だけそう聞かれたこともあった。今思えばあれって、疑ってたのかな……それともわたしみたいなのが仲良く話してるのが気に入らなかった? 『わからないところの勉強教えあってるだけよ。わたしも彼も進学塾やゼミに通ってないから』 そう答えたけど、わたしが甲斐くんに勉強教えてるのも気に食わないみたいだった。でも彼女は塾通いで忙しいみたいだから、放課後話しかけられることはまずなかったのだけど。 「どうする? 志奈子」 甲斐くんが気を使って聞いてくれるけど、ここで断るとよけいに何か言われそうな雰囲気だ。 「じゃあすこしだけ」 「それじゃ、こっちこっち」 無理やり引っ張られて女子の派手な子たちのグループに連れて行かれた。そこで彼の隣に座ったけど、宮下さんが中心になって話しかけるのは甲斐くんばかり。男子たちみたいにわたしへの気遣いはまったくなかった。それこそなんで結婚したとか子供はどうとかいう話もない。まだ既婚率の少ないクラスだからよけいかもしれないけど、あの頃は誰と付き合ってたとか、甲斐くんが手伝ってるホストクラブの話まででてきていた。あんまり聴きたいものじゃないのに……そんな話ばかり話題にされて、ちょっと気分が悪かった。 「あの、ちょっとお手洗いに」 そう言って抜けてきた。途中比較的仲良くしていたおとなしい系の子たちのテーブルで話したけど、やっぱり内容は『いつから甲斐くんと付き合ってたの?』とか『結婚してどう?』とか『子供はかわいい?』って話だった。携帯で愛梨の写真を見せるとすごく喜ばれたけど、ふつうこういう反応だよね? あのテーブルはなんだか怖かった。さっきまで彼がテーブルの下で手を握っててくれたけど、それがなかったらとっくに逃げ出していたと思う。彼のように彼女たちの話をうまく流せないのはわたしがまだ自分に自信がないからだよね、きっと。 「ふう……」 お手洗いを出たところで少し熱を冷ましていた。さっき立ち寄ったテーブルで貰った飲み物、あれはどうやらカクテルだったらしく、すこしアルコールが回ってしまった。 「あ、ここにいたんだ、委員長」 追いかけてきたのか、さっきよりずっと怖い顔をした宮下さんだった。 |
2014.10.19 20:00加筆修正
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