社会人編
46
〜甲斐・11〜
金曜日の下校時刻、志奈子が出てくるのを学校の校門前で待っていた。
今度は車を離れた駐車場に置き、少し離れたガードレールにもたれて生徒達が出てくるのをぼんやりと見詰めていた。チラチラと学生達がこちらを見てなにかしら噂しているようで居心地が悪かったけれども、もう逃げるわけにはいかない。
学生服の群れの中、地味だけれども他と違うスーツ姿の女性を見つけた。
志奈子だ……相変わらず生徒達にはオレに見せたことのない様な笑顔で挨拶を繰り返している。
「……甲斐、くん」
校門をでて少し歩いたところで、ようやくオレの姿を見つけたらしい彼女が当惑顔になり、一瞬その足が止まる。
「久しぶり……」
こうやって見つけ出すのは何度目だろう?また、逃げられるのだろうか?
「怖がらないで……こっちに出張で来てるんだ。おまえに逢いたくて……迷惑かもしれないと思ったけど、どうしても、逢って話したくて……お茶でもどうかな?」
出来るだけ、普通に……昔の友人を装って、穏やかな声を心がけた。
絶対に……もう以前の二の舞はしない。そう決めていたから。
「……お茶だけなら」
ゆっくりと近付いて目の前に立つと、志奈子はびくりとカラダを震わせた。
まだ怖がらせてるのだろうか?
過去に自分がした最悪の行為……無理矢理、無理強い。最後まで志奈子はオレを責めなかったけれども、受け入れてはもらえなかった。
今度は……カラダだけの関係じゃなく、ちゃんと告白して、付き合って、本当の意味でオレのモノになって欲しい。だから、無茶はしない……志奈子がいいと言うまで手をださない。そう決めていた。たとえ、今付き合ってる男が居ても待つつもりだった。
「歩いていける所でも何処でもオレは構わないけど、少し離れた所に車止めてるんだ。志奈子さえよかったら……」
志奈子の背中越しに以前見た軽四が門から出てきて、しばらくじっと停まってこちらを見ているようだった。
「この辺りは、歩いていける喫茶店とか何もないの。車まで行くわ」
そう答える声はまだ固い。喜んでは……くれていないようだ。そりゃそうだよな?新しいカレシが出来てたとしたら、昔関係のあった男なんてウザイだけだ。
「まだ乗ってたんだね……この車」
黒の小さな中古の車。車を見ただけで気付いてくれないだろうかと、前に訪ねてきた時も少しは期待していた。だけど、車に詳しくない志奈子にとって、こうやって見ないと同じだって判らなかったのかもしれない。それ以前に、オレがココに来るなんて考えすらしなかったのかもしれない。
「ああ、あれからも……」
助手席にはおまえしか乗せたことがないと、言いかけてやめた。志奈子はもう何度もあの同僚の車に乗ってるのだから……そんなこだわり、彼女にとって何の意味も持たないだろう。
オレは無言で助手席にまわりドアを開けて、志奈子が乗り込むのを確認してドアを閉めた。その動作を何の感慨もなく受け止める志奈子の態度は、何も見ず、感じようとすまいと虚勢を張っているかのように見えた。そうさせたのは、もちろんオレのせいだ……
「どうしてここが判ったの?」
「春菜……いまは香川だけど、あいつから住所聞いて」
「春菜?ああ、若尾さんね。彼女香川くんと結婚したんだってね、ハガキ貰ったわ。わざわざ実家にも連絡してくれたみたいで……この間の同窓会、行ったの?」
「ああ、行ったよ」
香川に来いと言われたのもあったけど、もしかしたら志奈子が来るかもしれないと期待して出席した。おかげでここの住所は手に入れる事が出来たのだけれども……
「そう、わたしは忙しくて……少し遠いしね」
「仕事は……どう?」
「うん、頑張ってるよ」
世間話しながらも意識が飛びそうになるのを必死で堪えていた。緊張のあまりぎこちなく見えてないだろうか?志奈子はオレとこうやって話すことすら嫌がってないだろうかと不安で、指先が震えているのを見られるのが怖くて、喫茶店のテーブルの下で必死に拳を作っていた。
「甲斐くん?」
「え?」
「だから……氷室さんは元気?って」
「ああ、あいつは元気だよ。私立の女子校は楽だとか、言ってた……」
「そう」
目の前で上辺だけの笑顔を残して、注文した紅茶を口にする志奈子は以前と同じだった。あの、日高っていう教師に見せた弾ける様な笑顔は……すでにそこにはない。
「あのさ……おまえ、今付き合ってるヤツ……いるの?」
漸く声を振り絞ってその一言を切り出した。予想はしているつもりだった……二人で出掛けたところもしっかりと見ている。だから、何を言われても祝福するぐらいのつもりはあった……
「……どうして?」
カップから顔を上げると、険しい表情の志奈子がオレを睨み付けていた。
「志奈子?」
「どうして甲斐くんがそんなこと……聞くの?」
「いや、だって……待ってる間に生徒達が噂してたから……体育の先生と、その……」
「だったら……いけない?他の誰かと付き合っちゃいけないっていうの?」
「いや、そうじゃないんだけど」
「……付き合ってるわ、日高先生と」
やっぱり……そっか、予想通り?だから言えなかった。『誰とも恋愛しないんじゃなかったのか』って。
「結婚を前提に申し込まれたの。まだ2年目だからもう少し仕事頑張りたいって言ったら、何年でも待つって」
「……そう、なんだ」
「甲斐くんは……どうして急に会いに来たの?」
「それは……」
言葉の端々に志奈子から責める様なニュアンスが突き刺さる。そんなに、迷惑なのか?
「逢いたかった……じゃダメか?オレは、おまえのこと、忘れられなかった……あれからずっと……」
そう告げるのが精一杯だった。それ以上の言葉は志奈子の言葉に遮られてしまった。
「それだけなら……もうこんな風に逢うのはやめましょう?相手に悪いわ」
相手……ああ、あの日高って教師の事か?
「志奈子は……あいつと、今付き合ってるやつと、結婚……するのか?一生恋愛しない、結婚もしないって言ってたのは……あれは嘘だったのか?」
「何……言ってるの?」
「オレとじゃ……ダメか?」
必死で言葉を、志奈子に向かって伸びていく手を押さえ込む。本当はすぐ側に駆け寄って……好きだと、愛してると大声で叫んで抱きしめたい。だけど……もう、遅かったってことだよな?目の前の苛立った瞳がそのことをオレに告げている。だったら判らせてくれ……もう二度と手に入らないんだと。他の男のモノになったって事を。はっきりとその唇でオレに告げてくれ……
「何言ってるのよ!あなたには……わたしにも彼が、日高先生がいるんだから!そんなこと……今更言うのなんておかしいわ!だったらどうしてもっと……」
もっとって?もっと早くに来ていれば良かったのか?2年近く来ようとしなかったのは、お互いに仕事に打ち込みたい時期だと思っていたからだ。まさか志奈子にそんな相手が出来るとは思っていなかった……オレだって、ずっと誰とも、誰も抱いていないというのに……
「お互い、もう好き勝手出来なくなったのよ。あんな関係はもう続けられないって、別れる時にそう言ったはずよ?だから、もう……来ないで」
「志奈子っ!」
その腕を掴む以外、立ち去ろうとする彼女を引き止める手段なんて何もなかった。ここで、惨めったらしく好きだと喚いても、志奈子にとっては迷惑でしかあり得ないだろう。それだけは……自分の感情を押しとどめた。彼女が受け入れてくれるまで無理強いはしない。無茶を言って困らせない。ましてや彼女の迷惑になるようなことはしない……そう決めていた。だけど、頑なな態度の彼女を前にして、なんて言えばいいのか全く判らなかった。
ようやく……きちんと言葉を伝えようと決めてきたのに。
諦めることを止めて、縋り付いてでも自分の元に取り返すつもりだったのに……今の志奈子にはとりつく島もない。ほんの少しでも、志奈子があの教師や生徒相手みたいに微笑んでくれたら、その勇気が湧いてきたというのに。目の前にいるのは以前と同じ……いや、以前以上に他人行儀な<船橋志奈子>という一人の自立した女性がいた。
〜クリスマス〜
無事就職が決まったことを志奈子は普通に喜んでくれた。その日の晩ご飯のメニューはさりげに豪華だったしオレの好きなおかずばかりだった。
だけど、志奈子の赴任先はなかなか決まらないみたいだった。
「採用試験はね、受かっても赴任先が決まるのが際になることがあるのよ。学年末で急に辞める先生とかもいるしね」
朱理がそう教えてくれていたけれども、なかなか決まらない赴任先に志奈子は少しだけ焦りを見せていた。
抱いてもすこし気もそぞろだったり、手を伸ばせば届くけど、以前より壁が分厚くなった様な気がするのは何故だろう?元気のない志奈子に合わせて、無理矢理抱く様なことは止めた。いままで散々好き勝手してきたオレだけど、採用試験の後無理して熱を出させてしまってからは自粛していた。
もう、無理はさせない。無理矢理もしない。少しでも嫌がったら止める。色々策を講じるけれども、伝わって無い様な気がしないでもない。その分溜まるし、就職が決まったあとも、店にはお礼奉公のつもりでしばらくは土日も入っていた。だけど、クリスマスと正月ぐらいは志奈子と一緒に居たいと思っていた。それはさすがにオーナーである親父が許してはくれない。年内いっぱいはクリスマスや年末のイベントが目白押しで、どうにも出来なかった。
「クリスマスなんて……って思ってたのにな」
「どうした?カイ」
「いえ、ユウさんは……クリスマスとか一緒に過ごしたい相手は居ないの?」
ひと息つけにバックヤードに戻ってきた、ナンバーワンホストのユウさんにミネラルウォーターの入ったグラスを渡しながら聞いてみた。
「んー今はね。できればって思う子は居るけれども、なかなかなびいてくれなくてね。そういうカイは?居るんでしょ?」
「今までクリスマスなんて……って思ってたのに、そいつが今一人で居るのかと思うと早く帰ってやりたくなります……」
「そりゃその子のことが愛しいからだろ?いい傾向じゃないか。クリスマスが大事なんじゃなくて、寂しい思いをさせたくない子がいる、でいいんじゃないの?そうだとしたら別にクリスマスの当日でなくてもいいわけだ?」
「そう……ですよね?」
23、24の夜は明け方までパーティが続いた。従業員は全員店で雑魚寝の状態だった。だけど今夜は……
「今日も明け方まであるけど、急いで帰ってやれば?」
「終わったら……帰ってもいいんですか?」
「その為にも……もうちょっとだけ頑張ろう?さあ、そろそろ行くよ。お嬢さん方がお待ちかねだ」
華やかなパーティも、豪華なプレゼントも、欲しくなかった。欲しかったのは……温もりだった。みんなが食べたと言っていたフライドチキンやシャンパンを、誰かと食べると言うことが重要だったんだ。オレには今まで志奈子がどんな気持ちでクリスマスを過ごしてきたのか判る気がした。同じだったんだ……だからオレたちは……
「すみません、この残った料理とかもらって帰ってもいいですか?」
オレは後片付けの中、手つかずの料理をラップに包んで持って帰ろうとしていた。
「ほら、ケーキも持って帰ってあげなよ」
ユウさんが客の持ってきたらしい有名店のケーキの箱を差し出してくれた。
「ありがとうございます!」
オレは紙袋一杯のそれらを手に志奈子の待つ部屋へと急いだ。
早朝にもかかわらず、早起きの志奈子は起きていた。なんだか待っていてくれた様で嬉しかった。
「何……これ」
持ち帰ったモノを手渡すと、いぶかしげに中身を確認する。もうそんなもの喜ぶ子供でもないけれども、残り物だけどそれでも全部有名なお店のクリスマスオードブルセットだ。もうちょっと喜んだ顔を期待していた分少し肩すかしを食らった様な気分だった。
冷蔵庫を覗いたらビールのひとつも置いてない。そりゃそうだ、志奈子は飲まないし、オレもどうしても飲みたい時に買ってくるぐらいだけど、大抵店で嫌なほど飲まされるので滅多にここで飲むこともない。
「シャンパンかワインでも買いに行くか?」
そういった時の志奈子の酷く驚いた顔。
なんだよ、そんなおかしな事言ったか?
「行かないのか?」
「え……だって」
オレは急いでいた為、着たまま帰ってきたタキシードみたいなスーツを脱いで、既に普段着に着替えていたから、出掛けるとしたら上着を着るだけだ。志奈子も薄着といってもちゃんと着替えをすませている。元々彼女は、幾ら一緒に住んでいても寝間着姿で居間をうろつくことはほとんど無かった。今だって上着を着れば十分外に出ても大丈夫な格好のはずなのに、上着を取りに行こうともしない。
彼女は頑として一緒に買い物へ出ることを拒否していた。
一緒に……そうか、今まで一緒に買い物に出る事なんてなかった。だからか?恥ずかしいから?買い物ぐらいと思ったけれども、一緒にその買い物すらまともに行った事がない事実に気が付いた。
「だめじゃん……」
近くの酒屋でビールとシャンパンと、それからシャンパン用のグラスも目に付いたので買ってきた。去年テレビか何かでシャンパンのグラスを合わせるとか鳴らしちゃいけないとかやってた番組を見た時、志奈子に『知ってた?』と聞くと『飲んだこと無いから』と言ったのを覚えてたんだ。
『キレイね、あのグラス』
ぽつりとそう呟いた志奈子の横顔は今でも覚えている。みんなが味わったことのある何もかもを知らないまま過ごした幼少期、今更と思う気持ちも強いけれども、知らないままも嫌だと思った。だから、今更だけど気分だけでも志奈子にクリスマスを味あわせてやりたい、そう思っていた。
部屋に戻ると、持って帰ってきた料理もちゃんと温められて、それなりに器へキレイに盛ってあったし、スープやサラダも増えていて、さすが志奈子だと思った。子供がいたら随分喜んだだろうなって……子供?誰の?オレたちの……?
静かだった……グラスに注いだシャンパンを志奈子は『美味しい』とお代わりしながらも『キレイ』と何度もグラスを目線に上げて楽しんでいた。そのうっとりとした志奈子の表情が見れただけでオレはいいと思えた。いつか、たくさんの子供に囲まれて、もっと賑やかにお祝いできる様になれたらもっといい。
そんな志奈子の表情を見ているとなんだか眠くなってきた……家で飲むことがなかったから余計だろうか?
「眠いんなら、もう寝たら?」
志奈子もすこし眠そうに見えた。シャンパンにもわずかにアルコールが入っているから。
「じゃあ……志奈子も」
そういってベッドに引きずり込んで、それから……何もせずに眠った。
こんな温かなクリスマス……初めてだった。プレゼントもなにも用意してないけれども、一緒に居てくれる誰かが居る、互いの温もりがあればそれでいい。そんな幸せを実感する為に神様の日があるのだと、オレは眠りに引きずり込まれながらそう実感していた。
「月末までに、ここ出るね」
オレは、いきなり志奈子にそう言い出されて面食らっていた。
「通えないのか?ここから」
彼女から帰ってきたのは『無理』という言葉だけ。
朱理からそれとなく聞いていた……
『彼女、他県の採用試験受けた可能性が高いわよ』
その言葉の意味するモノをオレは理解していなかった。ここから出て行くという事実を突きつけられてもなお、オレは信じられなくて、どうしていいか判らなくて、どう答えていいか正直パニクっていたと思う。
「だからここの解約手続きとか、甲斐くんに任せていいかな?」
解約?この部屋を?オレたちの部屋なのに?
「甲斐くんがこのまま使うんなら、その必要はないと思うけど」
まるで事務処理をするかのごとく静かな声で志奈子は言う。
なんとも思わないのか?ここを出て……オレと離れて暮らすことを。
このカラダが……オレから離れない様にしたつもりなのに……離れても平気だと言うのか?
遠いところで話す様な志奈子の声がぼうっと響く。家具をどうするって?処分?なんで……
「全部、か?」
ようやく声を振り絞る。出来るだけ平静を装って。
「うん、せっかくの新生活なんだもの。一から新しくはじめようかなって……」
そっか、志奈子にとっては新生活なんだ……オレの居ない街で、志奈子はこれからも一人で生きていくと言う。念願の教師になれたことがそんなに嬉しいのか?
オレは……結局、朱理の親の会社に就職が決まった。コネで就職したと言われてもしょうがないこの現状に、堂々とその就職先の会社名を志奈子にも告げられずに居るオレ。それに比べて志奈子は自力で夢を叶えたんだ……
邪魔、できないよな?
「オレが……このまま使うよ。処分とか面倒だし」
オレは、このままこの部屋に居るつもりだった。就職したら、なかなか時間が出来なくなるだろうけれども、もう土日に店へ出ることもないから週末はゆっくり出来る。そうしたら二人で買い物に行ったり、遊びに出掛けてもいいと思っていた。志奈子の採用が決まったら提案しよう……そう思っていたのに、いきなり出て行くか?それも仕方ないのか?オレは、今まで自分の気持ちひとつ口にしてこなかった。その報いなのか?
怖かった……拒否されることが。置いて行かれることが、怖かった……
だけど、このまま一緒に居れば、そのうち志奈子も気が変わって、一生しないと言っていた恋愛や結婚を考えてくれないだろうかと、自分の都合がいい方に期待していた。
けれども結局は変わらない。志奈子は去っていく……オレを置いて。
やっぱり志奈子にとってのオレは、卒業までぐらいなら一緒に居てもいい程度の存在だったわけだ。
なんだ……そうだったんだ。カラダだけだったんだ?最初に言ってたままの……
だったら、最後ぐらい本心ぶちまけてもいいだろうか?嫌われてもいいから、本気だったと言ってもいいのだろうか?好きだと縋り付いても、何処にも行かないでとそのカラダを縛り、逃げられないようにして……
ダメだよな?志奈子は、ようやく夢を叶えて、ここを出て行くと言ったんだから。
「ね、最後の日にどこか食事に行かない?」
志奈子から先に誘いの言葉がかかった。本当は、自分からそういい出したかったけど、志奈子に避けられるのが怖くて何も言えなかった。
ここのところ志奈子から『してもいいよ』みたいなサインが出てる時以外は手を出せなくなっていた。今までは彼女の都合などお構いなく、台所であろうが盛って、嫌がっても、やめてと言っても無理矢理快感を引きずり出して朝まで鳴かせていたというのに……
なんだよ、オレ……こんな情けないヤツだったのか?今まで去っていく女にこんな未練を残したことはない。2度も去られて、今回はもうどうしようもない最後だって……判ってるからこそあらがえなくて。オレは……どうしていいのかまったくわからなくなっていた。
「い、いいけど……」
今までのお礼にご馳走したいって?オレは……志奈子に礼を言われる様なことしたか?自分の都合で同じ部屋に引きずり込んで、毎晩でも、許す限り彼女のカラダを貪っていただけじゃなかったか?身の回りの面倒見させて、気を使わせて……自分の気持ちは怖くて口に出せなかったくせに。
志奈子は『最後』と言った。
この間の買い物に出ようとした時も拒否ったように、志奈子と二人で出かけた事なんてほとんどなかったんだよな?オレと一緒に歩くのをなぜ嫌がるのかわからなかった。
そういえば前にファーストフードの店へ一緒に入った時、煩い女どもが志奈子の容姿のことをなんだかんだ言ってたっけ?昔はオレも女を顔やファッションで選んでいた。その気のある女は見かけもそれなりに男の気を惹いていて、誘えばすぐにヤレたから楽だったんだ。だけど今は、そんな見かけで女を選ばなくなった。簡単に抱ける女は結局すぐに飽きる。回数を重ねる毎に我が儘になり、図々しくもなる。昔は志奈子みたいなタイプは、抱いても面白くないと思っていた。だけど、きっちりとした服を着ていても、中身は違う……性格や性癖が真面目でも、カラダは感じやすくて卑猥に反応する。感じやすい自分を恥じ入る様に耐える表情に声……無表情の志奈子を抱き崩すのが楽しくて、夢中になって……嵌ったんだ。もう、他の女なんてイラナイって思うほど。その感情が何なのか、手元から離れていくと判ってからやっと言葉に換えて表現できるようになった。
好きだったんだ……志奈子が。
カラダだけじゃない、彼女の全部が……
これだけ長く一緒に居て、嫌いだったらやっていけない。認める部分があるから、いつもなら早々に腹が立つ女の図々しさも、嫉妬も、彼女にはなかったから余計だ。
あれだけ気遣える志奈子だからオレと一緒に居られたんだと思う。
オレが気持ちよかったからと言って、志奈子までそうだったとは限らない。
オレが一緒にいて心が安らいだからと言って志奈子までそうだとは限らない。
もし彼女が今まで我慢し続けて来たのだとしたら?
抱かれることは好きだと言ってた。だからそれは構わなかったけれども、他の面では一緒に住むことも全部、本当はいやだったんじゃないか?ただのセフレとして付き合って、卒業したらすっぱりと前みたいに別れるつもりだったんだと、そう言われた様な気がして、オレは手も足も出ないだるまの様に、ただ志奈子の言葉に従うしかなかった。
志奈子がこの部屋を出るのは10日後、食事に出掛けた次の日にはこの部屋を出ると言う。だから前日の午前中に荷物のほとんどを送ってしまうという。家具を持ち出さない志奈子の荷物は少なく、アパートの管理人がそのぐらいなら預かって部屋に入れておいてくれるらしかった。
そう、彼女はとっくに引っ越しの準備も終えて、新しい部屋の鍵まで手にしていたんだ。
「やっ、もう!!だめぇ……また……いっちゃう……はぁ……ん」
その日から、時間の許す限り志奈子を抱いた。一旦抱き込んだら半日は離さない……下手すれば食事と排泄とシャワー以外ベッドから出なかった日もあるほどだった。
「お願い……もう、だめ……甲斐くん……指は……いやぁ」
指が嫌だと言ったら舌を使って舐め回した。敏感な芽も、感じやすいナカも……
「あぁぁ……っ、余計に、変になっちゃう……お願い、甲斐くんの……」
オレの下半身に手を伸ばしてくる。長く交わる時は出来るだけ挿入せず先に志奈子のカラダを落とすと、半泣きの彼女がオレを求めてくるのが嬉しくて……
そんなに欲しいなら……くれてやる!だからもっとオレを欲しがってくれ!
「うっ……あぁぁん」
最奥まで突き上げると志奈子のカラダは軽く硬直して震え、ひくつかせながら次第に弛緩していく。入れられただけでイッてしまうようなカラダになってるくせに……
オレと離れて暮らして……どうするつもりなんだ?一生また封印してしまうのか?それとも他にまたセフレでも作るつもりなのか?
オレの様に……そう、オレもただのセフレでしかなかったのか?
一緒に住んで、生活して、セックスして……それでもただのセフレだったのか?
「ひっ……やぁ、もう、お願い!」
激しく志奈子のナカを指で擦り上げる。オレの指が上壁のざらつきを擦り上げるたびに腰が跳ねて後もう少しというところで引かれて……志奈子の顔はもう涙と涎でぐしょぐしょだ。
今までなら『何が欲しいんだ?』とか、『コレが欲しかったら自分で入れて見せろ』とかいっていたけど、今はもう怖くて何も言えなかった……もう何もない。もしかしたら志奈子がオレを好きだと思ってくれているかもしれないなんて自信も、この先もずっと一緒に、そのカラダを抱かせてくれるかもしれないという希望も。だったら抱きつくすだけだ。最後の日まで……
「やぁ……もう、指じゃ……足りないの」
そういって自らオレの勃立したソレを手に取り舌先で舐めて口に含んできた。以前オレが教えたとおり……こうやって他の男にも、これからしてやるのか?
そう考えただけで怒りに似た感情が込み上げてくる。
誘えば断らないくせに……
なのに自分からは強請ってこない。
抱かれるのは好きだといった……
だけど、一生恋愛も結婚もしないと。
だったら、ココを出てまた新たなセフレを手に入れるつもりなのか?
「くっ……」
こんなことまで教え込んで、オレは……この先志奈子を抱く男全てに嫉妬するんだ。
嫌だ、オレだけだと……そう言ってくれよ、志奈子!
その口元から引き抜いた剛直を何度も彼女の泥濘に擦りつけ、するりと奥までオレをくわえ込む。それだけでイッてしまう志奈子。オレも……ヤバい!
「甲斐、くん……ひっぃ……ああっ!」
「志奈子……くっ……」
あとはもう突き上げるだけ。ひたすら突き上げて……精を放つ。
孕んでしまえばいい……ピルを飲んでいる彼女がそうならないと判っていても願ってしまう。
もし出来てしまえば……彼女はオレのモノになってくれるだろうか?
志奈子が薬を飲んでいなかったら、とっくに孕んでいたかもしれない。そんなオレだからこそ、彼女はカラダに負担をかけてもピルを飲み続けていたんだろう。
オレは……最初っから信用されてなかったんだもんな。
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