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社会人編

45
〜甲斐・10〜

「おまえ……本気なのか?」
「はい。できれば水嶋さんのお力添えを頂きたいと」
「あのな……オレがそう言うの嫌いなの、知ってるんだろ?」
「わかってます……すみません」
オレはいつもと違ったビジネス口調で対峙していた。うちの課のフロアにはもうオレと水嶋さん以外居ない。
「本気で、田舎の支店に転勤したいって言うのか?せっかく本社勤務だというのに」
「はい」
ふーっと大きくため息をつく水嶋さんを前にオレは怯まなかった。
「おまえは……このままオレの下で実績積ませて、オレと一緒に上へ上がれる人間だと思ってたんだけどな」
オレもそのつもりだった。この会社と縁戚関係にある水嶋さんと居れば間違いない、そんな利便も考えていた。それ以前にオレや親父のことを知っているこのひとの側が居心地良かったというのもある。口は悪いし人使いは荒いけど、懐に入った人間に対してはホント優しい人なんだ。何よりもオレを信用して仕事をさせてくれる。
「それが無理なら、出向とか出張でも構いません」
どう考えても今いる自分の立場は不利だった。相手の男は同僚で仕事を理解し、何よりもすぐ近くにいる。自分から離れたのは志奈子で、それを受け入れたのも自分だったが、予想してても本当に彼女が他の男性を受け入れるなんて思ってもいなかったから……だったら、もう一度同じ土俵に立たなければならない。オレは志奈子のいる県内に支店があったことを思いだし、そこに行きたいと水嶋さんに申し出ているところだった。
「ったく、無理を言う……営業販促部は本社の企画営業だぞ?出張なんて有るわけ無いだろ!」
「だったら、部署替えを……普通の営業でも総務でも……」
「それはダメだ。まだ2年目のおまえを余所にはやれない。もう少し実績を上げて他の部の部長達がこぞって欲しがる様になれば別だがな。今のおまえじゃ上司が扱いかねるだろうが?ウチの部以外だと、まだ顔だけのイケメン新入社員だって思われてっぞ?」
それは判っていた。水嶋さんだからこそオレに仕事させてくれてるし、見かけで判断したりしなかったことも。
「どうしてもなら……」
退職すら考えていた。だけど、そこまでして側に行っても、志奈子には既にあの男が居る……もし、本当に結婚でもしようものなら、オレはこの間みたいにずっと指をくわえてみていなきゃいけなくなる。せっかくの就職も、たった1年半でも積み上げたスキルも全て無駄にしてしまうだろう。だけど、今側に行かなければ手遅れになってしまう。通うには遠すぎる……あいつとは毎日顔を合わせているんだ。だけど、行ってすぐに志奈子の気持ちを取り戻せるとは思っていない。無理矢理抱けば今までと同じだ……たぶん、拒否されるだろう。今度は、彼女の気持ちを無視して事を進める様なことは絶対にしない。その為にもまとまった時間が欲しかった。
「S支店か……確かあそこには羽山さんがいたっけ。ちょうどそっち方面の建て直しに誰か欲しいって言ってたから、市場調査兼ねて支店周りぐらいだな。その前後に有給取らせてやる。それ以上は無理だぞ?こっちの仕事に支障きたすから。出向、出張扱いだからな」
「ありがとうございます!」
深く頭を下げる。ここまでこの人相手にビジネス口調で通したことはなかった……一塊のぺーぺー社員が無理を言ってるのも判ってる。最終手段として朱理に頼み込むという手もあるが、それだけはしたくなかった。朱理も今はオレの親父との事で両親と揉めてるだろうし、昨日聞いた話じゃ当分志奈子の事どころじゃなさそうだった。
「そんなに……か」
「え?」
頭を上げると、優しげな目でオレを見下ろす水嶋さんがいた。
「本気なんだな……だけど勝算はあるのか?」
「今のところ……皆無ですね。彼氏出来たみたいだし……」
「ったく、バカだろおまえ?」
「……こんなに自分が情けないなんて思ってもみませんでした。あの時、ちゃんと別れたつもりだったし、1年以上もの間、逢わずにいられた……きっとあいつは今時分頑張ってるんだ、そう思ったらオレも頑張れるって。だけど、あいつの居場所知ってしまったら……居ても立っても居られなくなった。逢いに行ったら行ったで、オトコできてるみたいなのに何も言えなくて……結局声もかけられずに帰ってきてしまった。判ってるんです、オレが彼女を責めることなんか出来ない立場だって。今までそれだけのことして無理矢理自分の側に縛り付けてきただけだってことも。あいつが幸せになれるならそれでいい……そう頭で判っていても、ダメなんです……オレがあいつじゃないと苦しいんです。あいつは最後までオレを一言も責めなかった。だから期待してたんです、いつか……落ち着いたらもう一度やり直せるなんて。バカですよね?おれは……見限られたのに。あいつが他の誰とも恋愛したりしないって言ってたの信じて……だからもう遅いかもしれないけれども、もう一度やり直したいと、本気だと……自分の気持ちをぶつけてみたいんです。オレの事なんてもうなんとも思ってないなら、いっそのことおもいっきり罵られて、嫌われてるって判った方があきらめがつくんです」
「おまえは、わざわざ嫌われる為に行くのか?」
「そうじゃないですけど……そうかもしれません。一度ぐらい『おまえなんか嫌いだ!』って罵られでもしないと諦めきれないですから。それだけのことオレはしてきたし……なのに、一度もあいつはオレを責めなかった。だから、忘れられないのかもしれない」
「そっか……せっかく本気の相手なのに、今まで何やってたんだよ?ったく」
「ほんとに、何やってたんだか……全部、自分が悪いんです」
「まあ、無理だけはするな……いいな?」
まるで子供にでもするように、水嶋さんはオレの頭をポンポンと軽く叩いた。
「さてと。んじゃ、飲みに行くか?」
「いいですね、それじゃオレが奢らせてもらいますよ」
「ほう、部下に奢られんのか?それも悪くないな。で、何処連れてってくれんだ?」
「そりゃ、オレが奢れるのなんて親父の店ぐらいですよ」
「馬鹿野郎、ホストクラブなんかで飲めるか!あの店に行ったら営業しちまうだろ?オレもおまえも」
笑いながら肩を掴まれて夜の街に連れて行かれた。
オレは、どんなことしてでも、志奈子のいる街に向かうつもりだった。自分の中で決着を付ける為に。
あの日……志奈子に逢いに行った日に気付いてしまったから。
何一つ思い切れてなかった自分に。
可能性を期待して諦めていなかった自分に……
全てを壊してしまわないと、もうどうすることも出来なくなってる事に。

オレは水嶋さんの用意した企画に乗って、営業販促の現状視察報告といった形でピックアップされた各支店を回ることになった。いざという時こんな無理が効くのもさすが水嶋さんだ。たぶん、普段嫌がってる身内の力を使ってくれたんだろうと思う。本当に感謝の気持ちで一杯になる。それでも限られた時間だった。出張期間は1週間、前後の有給合わせて2週間弱。コレが終われば全国の支店周りを他の社員と分割して行わなければならない。わずかな期間に何が出来るか判らないけれども、オレは、ちゃんと志奈子に伝えなきゃいけないんだ。
今も……おまえが好きなんだと。ずっと、好きだったことを……
志奈子が、恋愛をする気があるのなら、その可能性の中に入れて欲しい。
オレの入る隙間も無いのなら、酷い言葉で詰って嫌ってくれればいい。
その為にオレは、彼女の側に行くのだから……


〜優先〜
「甲斐くん、あの……来週の頭から教育実習なんだけど」
志奈子の教育実習は来週から始まる。志奈子は自分が忙しい間オレの対処をどうすればいいか悩んでいるようだった。教師になりたい志奈子にとって大事な期間だろうから、オレも邪魔するつもりはない。だけど、気を使われるのはいいが、居ない方がいいみたいに言われた気がして……少しショックだった。大学4年生にとって大切な時期には違いない。オレも就職活動が忙しく、その為に顔を晒すモデルのバイトもすでに辞めていた。ただ親父の店の仕事は続けていた。たぶん……就職したとしても、店の経営云々はいずれ回ってくるだろうし、親父も任せたい部分があるようなので、それからは逃げるつもりはない。親父は帳簿系に弱いらしく、大抵信頼出来る部下や会計士に任せている。今はユウさんが見てるらしく、オレも店に入ってからはユウさんに習って帳簿を見ていた。
「教育実習ね、同じ大学の人が一緒なの」
聞かされたのは朱理の名前だった。たしか……学部が違うし接触も無いみたいだったから意識してなかったけれども、同じ大学だったんだ。朱理には志奈子のことは言っていなかった。言ったら構いに行くに決まってるし、朱理が志奈子を気に入るだろうっていうのは、なんとなく予想できていた。お互いに恋愛感情にはならないけれども、なぜか友人や知り合いの好みみたいなのはよく似ていたから。

「なあ、同じ大学に船橋っているだろ?一緒に教育実習行くやつ……」
「ええ、いるけど……なに?」
「いや、もしよかったら、そいつが困ってたら助けてやってくれないか?高校の時の同級生なんだ……」
「なに……史仁の……まさか彼女がそうだったの??その……一緒に住んでるって言うカノジョ。あの子だったの……それも同じ大学だったなんて!もう、信じられない、なんで今まで言わないかなぁ」
なんだ、知ってたのか?親父だな……高校の同級生と言って、すぐに一緒に住んでるなんて出てくるのは、奴が朱理に言ったに違いない。くそ……ややこしくなるだろ?
「べつに、おまえに言わなきゃならないことじゃないだろ?あいつはちょっと真面目で、一見しっかりしてるように見えるんだけど、愛想無いっていうか……人付き合いとか苦手な子なんだ。だから誤解されないか、ちょっと心配で……だけど、真剣に教師になりたいって頑張ってる。だからもし、困ってたら、さりげなく助けてやってほしいんだ。自分からは絶対弱音吐かないし、人を頼ったりできないからさ……」
「やだ、史仁……すっごいマジなんじゃない?あの付き合ってる女にすら執着しなかったあんたが!一緒に住んだりして、甲斐さんはあなたが相手の子をおさんどん代わりに使ってるだけなんじゃないかって心配してたけど、全然違うじゃない!」
「うるせぇ……女をそういう使い方ばかりしてきた親父に言われたくねぇ」
「まあまあ、今は反省してるわよ?」
親父と付き合う前から、奴の昔の所行を散々オレから聞かされていた朱理は、大人ぶって色々と説教してくるあいつにぶち切れて、反対に何度か説教していたらしい。そんなとこが朱理らしいんだよな。でもって今じゃすっかり手綱引いてるというか、尻に敷いてるというか、あの親父を更正させただけでも凄いと思う。
「あんまり余計なこと話したり、突っ込んだこと聞くなよな?あいつは……オレとの事は誰にも知られたくないみたいなんだ。だから、自分から言い出すまでは知らない振りしてやってくれないか」
志奈子は懐かない猫だ。無理に話を振っても逃げ出すだけ……朱理と上手く話があえば自分からオレとの事を言い出すかもしれないと期待していた。だから、知り合いだって口にしたんだしな。
「わかったわ。ちゃんと気にかけておくし、ああいう人に媚びない子って好きよ。頭はかなりイイみたいだけど、不器用そうなのは確かね。フォローしとくわ」
「助かるよ」
「それにしても、今までの史仁のカノジョと全然タイプが違うわよね。だから余計に本気なのかなって思うんだけど?」
本気か……たしかに今考えると一緒に住もうって考えた時点でそういうことになるんだろう。
「ああ……朱理の方こそ、最近は親父と上手くいってるんだろ?」
「まあね、ようやく……だけどね。仕事柄わたしだけのモノっていうのも難しいしね。だけど、努力してくれてるのがわかるから、今はいいの。あ、そうだ、この間は悪かったわね。わざわざ迎えに来てもらって」
「いや、親父がかけてる迷惑を考えりゃ、お安いもんだよ」
先日、親父に急用が入って、朱理と約束していたのに出掛けられないと言って、急ぎオレに連絡して来やがった。代わりにオレが迎えに行くと、プレミアものの舞台だったらしく、誰か友達でも誘って行けと言ったのに、急じゃ誰もいないしせっかくのチケットがもったいないと、結局オレが朱理に付き合わされる羽目になった。親父の代役だなんてあほらしいが、相手は長年付き合いのある朱理だし、ちょっと残念そうに肩を落としている彼女を放っておけなかった。
親父は朱理相手に店のホストを使ったりしない。客観的に見てもいい女で、氷室コーポレーションの令嬢と来たらホストからすれば上客だ。オーナーの思い人に手を出したりするバカなホストは親父の店には居ないだろうけど、一応オレの方が信用されているらしい。親父も、昔のオレだったら頼まなかったと思う。今は……もう前みたいに遊んでないのを親父も知っている。志奈子と一緒に住むために部屋を借りる保証人になってもらってからは、親父の店で働く以外には夜遊び回ったり飲みにいったりもしなくなった。そういう親父だってここのところ真面目というか朱理一人に落ち着いている。最近の親父を見てたらマジで朱理に感謝するよ。よくぞあの親父を落ち着かせたってな。

教育実習の話を聞いたその日の晩、しばらく手を出さないからって、ちょっとしつこく志奈子を抱いてしまった。
「やだ……やだ……甲斐くん……あっ……んっ」
いつもより早くに鳴き出した志奈子は、大事な教育実習前だからか、やたらと情調不安定な顔をみせた。それが余計にオレ自身を煽って、しつこく突き上げてしまう。逃げ腰になる志奈子をベッドの端に追いつめて腰で攻めたり、引きずってベッドの真ん中に戻してキツイ体位で鳴かせた。
従順にオレを受け入れてくれる時や、こうやって何かに逆らう様に逃げる時もある……だから余計に煽られるのだが、その理由がいつも判らなかった。今回は教育実習が原因かと推測していたけれども、少しでもいいから考えてる事をもっと言ってくれれば、志奈子が何を思っているのか判るのに。
一度でいいから、志奈子のその白い胸を割り開き、心の中を覗いてみたかった……

「いいわぁ……志奈子ちゃん」
久々に店へ呼び出されて来てみれば朱理だった。
「なんだよ……オレ指名してどうすんだよ?」
「あら?だって他のホスト指名する訳にもいかないし、一人で飲むなら史仁と一緒に飲めって煩いのよ。でも普通に呼び出してもあなた来ないでしょ?」
ここのとこ就活が忙しいのと、教育実習が終わるのを待って志奈子を抱くのに必死だった。しばらくの禁欲生活のせいで、また何度か志奈子に無茶をしてしまった。3週間我慢して、耐えに耐えて。無茶しない様にと必死で自分に言い聞かせたのに……無理だった。志奈子のカラダもまるで飢えたようにオレを呑み込み絡みついてきて……堪まらなかった。気持ちよくて、我慢できなくて早々に志奈子の中に吐き出し、その後もひたすら志奈子の中を味わい続けた。ビクビクと絶頂から戻って来れない志奈子のカラダをさすりもせず再び突き上げて攻める。そして思わず口にしてしまった。
『オレのことが好きだと言えよ』と……
なんでそんな事言ったんだろう?彼女が答えるはずがないのに。
だけど感じすぎて涙目で狂い続ける志奈子には届いていたのかいなかったのか、返事が聞けないまま志奈子は意識を飛ばしていた。
『志奈子、志奈子……くそっ……オレだけ……なのか?こんなに……』
返事も出来なくなった彼女を、オレは果てない欲望を滾らせたまましばらくの間突き上げ続けていた。
自分だけがこんなにも想い、本気になってしまったことをようやく自覚した。なんとなく、ヤバいと思っていたんだ。本気になっても、志奈子にその気がないことは、最初に『一生恋愛しない』と釘を刺されていたはずだった。はじめて二人の関係を朱理に知られてからは、余計に自分の気持ちをはっきりと言葉にして突きつけられた。マジ、本気、執着。逃げられないほど確かな志奈子への感情。
「おまえは余裕だったよな?実習中に親父とデートしてたんだろ?」
「だって甲斐さんってば急に時間が出来たっていうんだもの。あの人の空いた時間放っておいたら何処の女に会いに行くかわからないんだから!我慢して心配するよりよほどいいわ。だから駅前まで迎えに来させたの」
えらい差だよな?オレは手を出したら可哀想だと思って週末も部屋に帰らずにいたというのに。今でもそうだ。採用試験に受かるかどうかで志奈子の夢がかかっているから、また手が出せなくなっている。一緒にいたらついつい手を出してしまうから。志奈子の部屋の前で鍵がかかってるかもしれないドアノブを回す勇気が無くて、立ちつくしていたオレなのだから……
「でも、ほんとういい子よね。真摯に生徒に向き合ってて……最後に生徒達に『絶対先生になってね』なんて言われて……あの子泣いちゃったのよ。もう可愛くて可愛くて!思わずぎゅーって抱きしめちゃった。抱き心地いいっていうの?なんかこうぽわんとしてて……」
「おいっ」
思わず声を荒げていた。別に朱理は女だし、嫉妬の対象でも何でもないけれども、あの抱き心地を他に知った奴がいるって思っただけで思わず焦っていた。あいつの可愛いとこも全部オレだけが知っていたらいいんだ……だけど、もし朱理が志奈子のいい友達になってくれたら?今までオレにも何も言わず黙っていた本当の気持ちを打ち明けて相談したりするだろうか?
「でもまたすぐに採用試験でしょ?色々情報交換してねってメアドゲットしちゃった。いいでしょ?だって彼女なかなかうち解けてくれないって言うか、あんまり人と関係持とうとしないでしょ?それで実習中もかなり苦労したみたいだけど、あれで笑顔が板に付いたら本当にいい先生になれると思うのよ。だからわたしも応援したいなって」
「朱理……なあ、頼めるか?」
「何を?」
「志奈子のこと……あいつ、あんまり自分の事言わないから、気が付いた事とか、あいつが言ってきた事とか教えて欲しいんだ」
「史仁……」
「何度抱いても手に入った気がしない。一緒に住んでても寄りかかってもくれない。甘えるのが下手なやつだって判ってるけど……」
「わかったわ、出来るだけ声かけてみるね。気が付いた事があったらちゃんと連絡する。でも……なんか信じらんないなぁ。女に執着しなかった史仁が、すっごい自信喪失するほどのご執心なんて。一緒に住んでるんならもっと自信満々でもいいんじゃないの?」
「しょうがないだろ……一度、いや二度逃げられてるんだ。それはオレも悪かったんだけど、今じゃずっと一緒に居たいと思ってる。向こうは……違うみたいだけどな」
「そうなの?そういう話しあんまりしたがらないのよ。わたしも自分の彼氏の話したりして振ったりするんだけど……カレシいるって事自体やっぱり言わないのよね。でも、あの肌見れば愛されてるんだなぁって判るんだけどね」
そりゃ毎晩時間と彼女が許す限り抱きまくってるからな。それも生で……
「とにかく、頼んだぞ?」
自分で聞けないことを朱理に頼んで、オレは自分で聞くことから逃げていただけだった。そのことに、まだ気が付いていなかった。

しばらくして採用試験の日が来た。オレも就活で走り回って部屋にはまともに帰っていない所に、朱理から連絡があった。
『ねえ、あの子……志奈子ちゃん都の採用試験受けてないわよ!』
「なんだって?」
志奈子は公務員にこだわっていたから、私立は受けないと朱理は聞いていたらしい。だったら何故?
オレはすぐさま志奈子に電話した。時間をおいてケータイに出た志奈子の声はやたらこもっていて、様子が変だった。
「試験、終わったのか?」
今から部屋に行くと言ってもその返事に口ごもる。何故だ?何処に行ってたんだ?
まさか……長いこと放って置いたから他の男と??
「誰か来てるのか?」
それだったら許さない。二人の部屋に他の男を入れるなんて……
志奈子は違うと否定するけれども、そんな確証は何処にもない。オレは面接を終えると急いで部屋に戻った。だけど、志奈子はまだ帰っていなかった。いったい何処にいるというんだ?1時間ほどで帰るといっていたのに……
窓を開けて部屋の外を見ていた。ここからじゃ通りは見えないが、歩いて帰ってくるなら中の道を通るだろうと、ずっと待っていたのにいつまで経っても志奈子の姿は見えなかった。そして不意に聞こえた車の停まる音とドアの閉まる音。
まさか……男に送ってもらったのか?部屋のドアが開くまで、オレの心はジリジリと妬けていた。
「遅かったな……」
怒りやら猜疑心が込み上げてくるのを必死で押さえていた。玄関先で両腕を組んで、怒った様な顔をしているのを見て、俺の不機嫌さは志奈子に伝わっていた。車の音はタクシーだと言ったが、今まで自己採点していて遅くなっただの嘘ばかりだ。一体今日は何処に行っていたというんだ?疲れた顔した志奈子はオレと視線を合わさずに台所に入ろうとする。
もし、さっきのが男の車で、志奈子は送られてきた所だったとしたら?二人で何処に行っていたと言うんだ?まさか……ホテルとか?
思わずそのシーンを想像して頭にカッと血が上り、気付いたら志奈子をドアに押しつけていた。
「おまえ……試験会場に行ってなかったんだろ?」
驚いた様な顔をしていたが、もうそんなことどうでもよかった。ブラウスのボタンを引きちぎるようにして胸元を開き、首筋や背中をチェックする。他の男の痕が残っていないかどうか……
「いやっ、痛い……」
腹立しさと苛つきのあまり、そのピンクの胸の先に噛み付いていた。引きちぎる様にして跡形が残るほどキツク……
「やめ……て……ああっん」
痛いのか快感なのか、志奈子はカラダを反らしてビクビクと震え、軽く達した様な表情を見せる。
「相変わらず……感じやすい身体だよな。試験があるから遠慮してたのに……誰か居たのか?他にこの身体に触れたヤツが……」
嫉妬に駆られてオレはなりふり構わず志奈子を攻めていた。必死で否定する志奈子が信じられなくて……いや信じているけれども、彼女からオレだけだと言われるまで気が納まらないだけだ。欲望の火が付いたカラダの暴走は止まらず、オレは……玄関の床の上で志奈子の内部を擦り上げて、欲しいと懇願するまで狂わせた。
鍵も閉めていない玄関先で、まるで犯すかの様に志奈子のカラダを貪るオレ……ぐちゃぐちゃにかき混ぜながら己を出し入れして快感を得ると言うよりも志奈子を責めているだけの行為だった。
「志奈子、起きて」
さすがに押し込むたびにごつごつと床に当たる音がして、可哀想になって志奈子を上に載せた。だけど、深く繋がったまま突き上げるのを止めない。すぐさま彼女の中に搾り取られたが、そのまま怒りにまかせて突き上げながら剛直を取り戻す。
いつでも……何処でも……志奈子はオレを受け入れ、昇り詰め、締め付ける。意識を飛ばしかけた志奈子のナカを責め続けても未だにオレの怒りは納まらない。怒り……いやコレは苛立ちだった。志奈子が居るはずの場所にいなかった。たったそれだけの事で不安になる。
「ひぃっ……っっ!!」
オレを締め付けた志奈子がそのまま何かを吹き出して……そしてぐったりとオレの方に倒れ込んだ。
「なんだ……これ、失禁?」
さすがに女を失禁させたことは今までなかった。トイレを我慢していただけかも知れないが……だけど嬉しかった。オレは志奈子の乱れた髪をかき上げて、その額と瞼に何度もキスを落とした。そっと志奈子を降ろして、バスタオルを取ってきて廊下に出来た水たまりにかぶせて片付けは後にした。まずは志奈子をどうにかしてやらないと可哀想だ。オレは別のバスタオルをベッドの上に置くとその上に志奈子を寝かせて濡れタオルを数枚持ってきてキレイに拭いてやった。だけど幾ら拭いても濡れたままぬらぬらと光るそこがオレを誘う……
「ごめんな、志奈子」
オレは再び志奈子の中に潜り込み、彼女が目を覚ますまでその中をゆるゆると楽しんでいた。
「あっ……えっ?」
目が覚めた志奈子をひたすら腰で責めて、その中の変化を楽しんでいた。意識が戻った途端締め付けるそのナカ。
「オレが満足するまであともうちょい我慢しろよな?1ヶ月分、可愛がってやるから」
1ヶ月だ……試験まで手出しさせずにいて、その結果が試験会場に居なかった事実。
オレは言葉通り自分の体力の続く限り志奈子を抱き続けた。
避妊してないから志奈子の中はオレのモノで一杯だった。それを見てようやく満足するんだ。志奈子はオレだけのモノだと……もし彼女がピルを飲んでなかったら間違いなく孕んでしまうだけの量は注いでいる。
「出来てもいいのに……」
思わず口にした……それが『オレの本音』
怖いんだ……志奈子が居なくなることが。
どんな形でもいい、彼女をこのまま取り込んで腕のナカから出さずに済むのなら、責任を取るという形でも構わない。その為に志奈子の夢が壊れてもいいとすら考える。
――――それだけはダメだ!志奈子の夢だけは奪っちゃいけない……あいつには、その夢だけが全てなのだから……
オレは何度も『ごめん』と言いながら、志奈子を抱きしめて眠った。

結局志奈子は翌日から高熱をだして寝込んでしまった。
「バカじゃないの!」
「ああ……」
「聞けばいいじゃない!もしかしたら他県の採用試験受けてるだけかもでしょ?それも判らなかったっていうの?」
「……わるい」
「わたしに謝ってもしょうがないでしょ!」
朱理はプンプン怒りながらも家にあった解熱鎮痛剤や栄養剤を持ってきてくれた。深夜にもかかわらず電話してこのざまだ。
「可哀想に志奈子ちゃん……史仁のバカに無茶苦茶されて……」
「親父ほどじゃないぞ?」
あいつの方がオレより酷いのは……知ってる。平気で後ろ使ったり、3Pや4P、SMプレイをやってたのも見たことがある。
「そ、それはそうだけど……止めさせるもの、わたしはちゃんと。だけどあの子は違うでしょ?あなたが求めればそれだけ応えようとして無理してしまう。史仁が気をつけてあげなくてどうするのよ!」
「わ、わかった……気を付けるよ」
真夜中に朱理に説教されて、彼女を乗せて送ってきてくれた親父が苦笑いしている。
「まあ、おまえもほどほどに、な?」
「あんたに言われたかねーよ!」
立ち去る車を見送ったあとも反省を繰り返した。
当分、無茶はしない……出来るだけ、触れない。優しく、出来れば1回で済ませる。無理な時は自分で処理する。そう決めてオレはとにかく就職活動に勤しんだ。

周りは決まっていくのに、なかなか内定がとれなかった。昨今の不況もあいまって、真面目そうな奴はどんどん就職を決めていく。オレは反対にこの顔が仇になっていた。
「君……見たことあるね?雑誌かなにかでモデルやってなかった?」
「はい、やっていましたけど」
「ふーん、じゃあさ、何もこんな会社受けなくてもいいんじゃないの?」
「いえ、わたしはあくまでも知人に頼まれてバイト感覚でやっていただけで、本業にするつもりはありませんでした。貴社のような優秀な会社で仕事させて頂きたく……」
何度か繰り返されたそんな会話。それに、顔だけで不真面目そうとか遊んでそうといった判断で落とされていくのも堪らなかった。
「くそっ!」
焦りは募り、志奈子の採用云々にも気が回らないほどだった。朱理に聞くと、合格しても赴任先が決まるまでは何とも言えないらしい。そういう彼女はしっかりと自分の出身校である私立の女子校に赴任先を決めていた。あくまでもしばらくの間だが教師としてやっていくつもりらしい。どうせ嫌でもいつか見合いさせられて、どこかのおぼっちゃまと結婚させられるのなら、それまでの間好きに生きるのだと前々から言っていた。親父との仲が認められるとは思っていないが、これも朱理なりの親からの自立への一歩なのだろう。
「なあ、今度……いや、いい」
「なによ?途中で止められるの嫌なのよ。気持ち悪くって」
「来週、おまえのトコの会社、受けるんだ……オレ」
「ふーん、それってどうにかして欲しいってこと?」
「本音を言えばな……どうにでもなるもんじゃないと判ってるけど、この顔で今更苦労するとは思わなかったからな……」
「かなりしんどいの?」
「ああ、企業によってはな……端からモデルは遊び人だと思われていたり、関係なくこの顔が気にくわないと言われたり……中身で見て欲しいんだけどな」
こんな愚痴、会社の令嬢に言ってもしょうがないだろうけど。
「じゃあ、わたしじゃなく、あのひとに言ってみたら?」
そう言って呼び出されたのが水嶋さんだった。

「久しぶりだな、史仁」
「リュウさん……今、リーマンですか?」
「ああ、氷室コーポレーションのな」
驚いた……数年前といってももう5,6年前にうちの店で働いていたリュウさんだった。別に金に困っていないのに、飲み屋で親父と意気投合したとかいって翌日から店で働きはじめた変わり者だ。当時国立大学に通う秀才で売っていたこの人も、すっかり落ち着いた社会人だ。オレも……こんな大人になりたかった。
彼の手の中にあるのはオレの履歴書とエントリーシートだ。
「今、オレは企画部だけどな、親父が人事にいるんだ」
「え?」
「オレのお袋は朱理の母親の姉なんだよ。その関係で……な」
身内??氷室の?
「だからといって誰でも受からせる訳じゃない。父親はオレがホストのバイトしてたことも全部知ってる。その上でオレを採用したし、今は身内としてでなく、あくまでも一社員として仕事している。やる気があるなら俺んとこ受けてみるか?」
「はい!受けます!やる気もあります!」
「ふん……ちょうど思い通りになる部下が欲しかったんだよな。最近のやつは遊んでるか真面目かで、幅がないからな。ロクに苦労もしてないし……その点おまえはあの親父さんの下で苦労もしてるだろうし、ちゃんと仕込まれてるんだろ?最近まで店に出てたって聞いたけど」
「はい……」
「あの人厳しいトコあるけど、あの接客業は営業にも役立つんだ……客が絶対、まずは低姿勢でも何でも言うこと聞くんじゃなくてコントロールする。それも向こうが気が付かない様に、気持ちよく。それが出来るんだったらうちの営業でも十分通用するぞ?しっかり仕事のやる気があるとこ主張してこい。父親には色眼鏡で見ない様言っとくから」

その数週間後、オレはようやく就職の内定を決めることが出来た。
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