30
教育実習が終わっても、引き続き教員採用試験の勉強に取りかからなければならなかった。
勉強したい日にはドアに鍵をかければ甲斐くんは入ってこなかったし、そんな日が続けば甲斐くんが帰ってくる回数も減っていく。
「船橋さん、ちょっといい?」
「氷室さん……」
「ちょっと質問があるんだけれども、今いいかな?」
あれからこうやって氷室さんに大学内でも声をかけられるようになった。メールや電話があったり、内容は教員採用試験の話題や情報交換だったり、教育実習先の先生方からの伝言や生徒から連絡もらった話もあった。他愛の無い話だったりするのだけれども、避けたいのに避けられないぐらい関わってしまった自分に呆れてしまう。
「船橋さんってさ、しっかりしてて落ち着いて見えるけど、中身は可愛いわよね」
「え?」
可愛い?誰にも言われたことのない形容詞に驚いてしまう。可愛いだの綺麗だの、今までに自分に向けられたことのない言葉ばかりだ。
「実習日の最後にね、泣いてたじゃない?あの時の船橋さんが可愛くてね……忘れられないのよ」
「なっ……」
思わず赤面してしまう。あの、無様にも子供のように泣いてしまった日、氷室さんはまるで聖母のようにわたしを抱きしめて頭を撫で続けていてくれた。その事実を思い出すと恥ずかしくていてもたってもいられない。誰にも頼らず、隙を見せずに生きてきた。わずかなその隙に入り込んできたのは今まで甲斐くんだけだったのに……
「あんな風に泣ける人って……羨ましいわ」
「わたし、普段は泣いたりしません」
「でしょうね、そんな感じ。だからなんか、放っておけないというか……」
出来れば放っておいて欲しいのに……
「ねえ、志奈子って呼んでもいい?」
「え?」
「わたしのことも朱理って呼んでくれていいから」
「そんな……無理です」
人の下の名前を呼ぶほど誰かと仲良くなったことはない。わたしのことを志奈子と呼ぶのは甲斐くんだけだし……
「そんなこと言わずに、呼んでくれると嬉しいんだけど……じゃあ、慣れたら呼んでね」
明るくそう言って小首をかしげる氷室さんは、華やかな微笑みを惜しげも無くわたしに向けてくる。たぶん、他意はないんだ……わたしと甲斐くんの関係なんて知らないだろうし、想像も出来ないだろう。ただ、今までわたしに近づいてくるのは『まじめだから』『利用出来そうだから』と思う人たちで、思った以上に人付き合いが悪い事がわかると皆離れていく。世間一般の上辺程度のつきあいしかしてこなかったから、しかたのないことだけど。
わたしから得るものなど何もないのに……なのに氷室さんはどうしてわたしに構ってくるのだろう?こんなわたしのどこに興味があるのだろう?親しげに話しかけてくる氷室さんの笑顔を見せつけられる度に良心が痛み、笑えなくなりそうなわたしの背中をドンと叩いて元気づけようとしてくれる彼女の温かい思いやりの気持ちが身にしみる。心配りの出来る人なんだ……その思いやりに触れるたび、わたしは胸を痛ませていた。
それでも、そんな彼女の存在にわたしは慣れつつあった。氷室さんと一緒にいるときに甲斐くんから彼女に電話が掛かってくるときもあるし、連絡のメールがわたしの手元で震えるときもある。それがだいたい時間差であったりするから参ってしまう。
<今日は遅くなる。飯いらないから>
そのあとしばらくして彼女のところに電話かメールが入る。
「あ、彼からだわ……今日は時間空いたんだって。すぐに迎えに来るって……もう、こっちの都合なんて問答無用なんだから、まいっちゃうわ」
「そう、なの……」
「ごめんなさい、せっかく傾向教えてもらってたのに」
「ううん、また言って」
嬉しそうに駆け出す彼女。きっと迎えに来てるのは甲斐くん……身体から力が抜けていく。
事実なんだから認めなきゃいけない。甲斐くんは今夜帰ってこない。彼女と逢うから……あんな素敵な人ならしようがない……わたしなんかと比べるのもおこがましい事だ。
だったら、しっかりしなきゃ!ちゃんと試験に受かって、あの部屋を出ても大丈夫なようにちゃんと職に就かないと。
わたしはその不安を勉強することで埋めていった。
勉強中は部屋に鍵をかけて、甲斐くんが帰ってきても部屋からでない。そうすると甲斐くんはしばらく自分の部屋に籠もるか、また出ていく音が聞こえる。帰って来れない日を連絡するのが、帰ってくる日だけ連絡するようになってきた。
不思議なもので、逢えないと逢いたい。出来ないとしたいと思ってしまう馬鹿なわたし……帰ってこない甲斐くんのベッドに潜り込んで自分を慰める。甲斐くんにしてみればセックス出来ないわたしの存在なんて意味がなかったのかもしれない。彼がようやくわたしに飽きただけ、あんなに望んだ事なのにそのことを寂しく思うなんて……
そのくせ、氷室さんと会った日や電話の後に甲斐くんと顔を合わすと気分的に落ち込んでしまい、彼が伸ばしてくる手を無意識に避けてしまっていた。今までそんなことしようものならすぐさま押さえ込まれていたのに、甲斐くんはため息をつくとさっさと出て行ってしまう。
こうやって、身体を重ねる回数はそれを機会にあっという間に減っていった。そして夏休みに入って、わたしの教員採用の一次試験が終わるまで、甲斐くんはこの部屋には帰ってこなくなってしまった。
それでもさすがに試験が終わった後、甲斐くんから連絡があった。
『試験、終わったのか?』
「う、うん……」
『それじゃ、今から行ってもいいか?』
「え?今から……ちょっとまって!」
『誰か来てるのか?』
一瞬甲斐くんの声が低くなった気がした。
「そんな、来てるはずないじゃない」
ココは甲斐くんが借りてる部屋で、わたしの部屋じゃない……そんなとこに誰を呼べって言うの?氷室さんを呼ぶわけにもいかないでしょう?どこに住んでるのかしつこく聞かれたけど、答えなかった……ううん、答えられなかった。まさか、甲斐くんとココになんて言えないし。
『じゃあ、いいよな?』
「まって、まだ部屋にかえってないの……ちょっと寄り道してて」
『え……まだなのか?』
「う、うん……あと1時間ほどしたら帰るから、それからでもいい?ご飯食べるでしょ?買い物してから帰るから……」
それから電車が着いてから急いで買い物して、荷物がいっぱいだったので思い切ってタクシーを拾って帰ることにした。
「遅かったな……」
先に帰ってたのは甲斐くんだった。彼が玄関先で待っていたので思わず驚いてしまった。
「ごめん、試験終わった後で自己採点とかしてたら遅くなっちゃって……」
それは嘘だった。都内の試験だったらとっくに帰ってきてただろうけれども、わたしが受けたのは都外、少し離れた県の教員採用試験だったから……終わってすぐに新幹線に乗って帰ってきたけれども、すっかり遅くなってしまった。
「誰かに送ってもらったのか?」
「なんで……?」
「車の音がしてた」
「あ……それは、疲れてたし、買いものが多かったからタクシー使って帰ってきたからよ」
そんなことぐらいで、どうしたんだろう?
「甲斐くん?」
「だったら電話すればいいだろ?迎えに行ってやるのに……なんでわざわざタクシーなんか拾うんだよ!」
「ご、ごめんなさい……」
何を怒っているのか全然わからなかった。何か甲斐くんの機嫌損なうようなことした?
「急いでご飯作るね……簡単なモノしかできないけど。わたしもちょっと今日は疲れてて」
「志奈子、おまえ、まさか……」
「え?」
靴を脱いで部屋に上がろうとした瞬間、腕を強く引かれてドンとドアに押しつけられた。
「な、んっ……」
問いかけることも許されないまま、両手を一つにまとめてドアに押しつけられたまま唇をふさがれていた。
「調べてやる……誰と一緒だったのか、そうじゃなかったのか……」
「何……言ってるの?」
「おまえ……試験会場に行ってなかったんだろ?」
「え?」
「朱理が探したけど出会わなかったって……言ってた」
氷室さんと会ってたの?だったら……なんで?どうして帰ってきたの?なんでこんなことするの?
「いやっ!」
片手でブラウスのボタンを引きちぎるように外すと、そのまま腕を後ろ手に降ろしたまま胸元を開いて、ジャケットと一緒に肩から下へ引き下ろされた。
「な……やだ、甲斐くん……」
腕は後ろ手に縛られたような形になり、わたしは抵抗できなくなる。
怖い……こんな甲斐くん、久しぶりだった。いくら激しく抱かれても、こんな自由を奪うようなやり方は……学校に押しかけてこられた時以来だった。あの後も媚薬とか使われて……通販で買った安全なものだとか言って、その後は使われたこと無かったけれども、あの時みたいに……怖い。
「痕は……ついてないな」
「甲斐くん、勘違いしないで……そんなことするわけ……ああっ!」
ブラを引き上げられ、その先に噛み付かれた。
「いやっ、痛い……やめ……て……ああっん」
痛いくせに、ダイレクトにそのしびれが子宮に響いていた。その後をゆっくりと舌先で嬲られ、わたしは思わず甘い歓喜の声を上げてしまう。
「相変わらず……感じやすい身体だよな。試験があるから遠慮してたのに……誰か居たのか?他にこの身体に触れたヤツが……」
「居ないわよ、そんな人……居るはずないじゃない!」
「本当か?」
そう言いながら彼の指は下着の中に滑り込む。
「やぁあっ……ん」
「濡れてる……早いな、それとも誰かに注いでもらってきたのか?」
「ちがっ……」
「調べてやる!」
ドンと、床に落とされ、ストッキングごと下着を引き抜かれ、膝を大きく開かれて、その間に甲斐くんが顔を埋めていく。
「やっ……汗かいてるから、やだ……」
恥ずかしい……今日は遠出してたし、緊張したりで汗くさいはずだった。
「志奈子の匂い……キツいな」
「やぁ……」
泣きそうになる。触れられもせず、のぞき込まれて匂いを嗅がれて……それだけでヒクついてしまう自分の恥ずかしい場所……甲斐くんが居なかったこの1ヶ月の間、自分で慰めることしかできなかった場所。
欲しい……甲斐くんが欲しいと身体が泣き出しそうだった。
「味見してやるよ」
「だめ、汚い……」
「汚くない、志奈子のだ。他の男の匂いのしない、オレの……」
「んっああぁぁっ……」
敏感になった蕾に吸い付かれ、その後ぴちゃぴちゃと舐めあげる卑猥な音、そして十分に濡れたのを確認して入り込んでくる甲斐くんの指が増やされるのをその圧迫感で感じながら、上の壁を強めに擦られた瞬間、わたしははしたなくも玄関の床の上で絶頂を迎えてしまっていた。
「あぁぁっ、いやぁ……いっちゃう、やぁあっ……」
急いで帰ってきたので、我慢していた尿意を催しそうになるのを必死で震えながら堪えていた。
「自分一人でイクなんてずるいぞ……志奈子」
そういって甲斐くんは自分のジーンズのファスナーを下ろすと、熱くて硬いソレをわたしに握らせた。
「どうして欲しいか、言えよ……志奈子もしてないんだったら、欲しいよな?」
「……んっ……やぁ……」
そのまま今度はわたしの熱くなった泥濘に押し当てゆっくりと腰を使って擦り始めた。
「言わないと、このままだぞ?」
「あっ……ほ……しい……」
凄く欲しかったもの。ずっと欲しかったもの……でも本当はぎゅっと抱きしめてほしかった。
「甲斐、く……ん」
わたしは必死で緩んだ袖口から片手を抜き、まだジャケットとブラウスと、ブラまで引っかかったままの両腕を甲斐くんに向かって伸ばした。
「抱……いて」
一瞬、彼の動きが止まったような気がしたけれども、すぐさま抱きしめられると同時に貫かれていた。
「ああぁっ!!」
抱きしめられたまま、凄い勢いで甲斐くんが出入りする。擦りつけられ、まるでわたしの中身全部押し出されそうな勢いで……こすれる下半身と、胸。背中が床に当たって痛かった。
「志奈子、起きて」
背中を抱えられたまま引き起こされ、そのまま甲斐くんの上にのせられる形になった。
「やぁ……」
深くて、強烈だった。なのになおさら突き上げられて、苦しいほどの快感と鈍い痛みを味わう。
「締めすぎ……くっ」
びくんと、甲斐くんがわたしの中で跳ね上がった様な気がした。
「くそっ!」
無茶苦茶に突き上げられて、わたしも一気に昇り、足を硬直させ、甲斐くんの肩にしがみついたまままた身体を締め付けた。
「いっ……ああっ……ん」
いってる間も突き上げられ、お腹の中に温かいモノを感じながら、わたしは完全に意識を飛ばしてしまっていた。
「志奈子っ、志奈子っ」
「あっ……えっ?」
気が付いたらそこは甲斐くんのベッドの上で、わたしは仰向けに寝かされ、下半身は未だに甲斐くんが突き刺さったままで……彼の腰が激しく動いていた。
「やっ……」
「目が覚めた途端、これかよっ……うっ」
わたしの中でまた大きくなる甲斐くん。まさか、意識の無い間も……?
「おまえが離さなかったんだからな?」
「うそ……」
「本当だ……しがみついて、離れないから……ここまで、連れてくるのも……大変だったんだぞ?」
そう言いながらも甲斐くんの動きは止まらない。
「志奈子の中、オレでいっぱいだ……」
「あっ……んっ」
下半身はぬるぬるして、まるで漏らしてしまったようだった。まさか……
「気持ちよくて女失禁させたのなんて、初めてだったけどな……」
「嘘っ!」
「大丈夫だ、玄関先は板間だから、後で拭けばいい。タオル置いてきたし……」
嘘だ、まさか、そんな……
「疲れてるのに、かわいそうだけどな……オレが満足するまであともうちょい我慢しろよな?1ヶ月分、可愛がってやるから」
信じられなかった。自分のやってしまった行為に愕然とし、そして……諦めた。
もう、この身体は言うことなんか聞いてくれない。甲斐くんに感じさせられて、快感をむさぼり尽くすだけ……
「志奈子……かわいい」
かわいいって、わたしが?そんな事あり得ないと思ったけれども、繋がったままの甲斐くんにぎゅっと抱きしめられていると不思議に可愛がられてる気分になってくる。なんだか嬉しくて……わたしは思わず甲斐くんの背中に手を回し、そっと抱きしめ返していた。
久しぶりに甲斐くんの体力が続く限り抱かれ続けた。最後の方、わたしの意識はもう無いに等しく、混沌とした意識のまま揺らされ、抱きしめられ注がれた。最後に甲斐くんが何か言ってた気もするけれども、当然覚えてるはずもない。
そのまま幾晩かをそんな形で過ごした後は、もう自力で起きあがれないほどだった。とうとう最後には熱を出して寝込んでしまった。
それ以来遠慮しているのか、また甲斐くんはあまり触れなくなっていった。
その方がいい。
抱かれないことにもそろそろ慣れていかなければ、来年の今時分はもう一人なんだから……
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