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教育実習の後半は本当に大変だった。実習授業もなんとか終わらせたものの、緊張って伝わるもので、あまりうまくいかなかった。生徒達に思ったように答えさせるのって案外大変で、なかなか答えが引き出せなくて焦った。合間、言わなくていいことなら言ってくれるのに、言って欲しいときにシーンとされると困ってしまう。結果的には思った通りの内容で終われなくて酷く落ち込んでしまった。他の先生方から実習授業で満点の褒め言葉をもらっている氷室さんと比べて、自分は教師に向いていないんじゃないだろうかと真剣に悩んだりもした。
「気にしないで。体調も悪かったみたいだし、そんな最初から完璧な授業なんて出来るもんじゃないわ。まあ、彼女……氷室さんは特別だから、比べる必要なんてないのよ?」
担当教諭はそういって慰めてくれたけれども。その差がありすぎてどうしようもなかった。
「向いてないのかなぁ……」
なんで自分は教師になりたいと思ったのだろうか……思わず原点に戻って考えさせられた。そもそも教師を目指したのは、勉強が嫌いでなく成績がよかったからだった。環境からすると出来なくてもしょうがなかったのだけれども、最初に褒められたのが切っ掛けで、教科書の隅々まで読んだり、学校や市の図書館の本がいくらでも借りれるというのは魅力だった。他にすることもなかったし……あと、身近に存在する働く女性公務員といえば教師だった。女一人で一生やっていく仕事に一番適していると考えた。少なくとも、『こんな先生になりたい』とか『子供達が好きだから』といった大義名分な理由じゃなかったけれども。
それでも昔……何人かの先生に色々助けられた記憶があったから、無意識に選んでいたのかもしれない。もちろん出会ったのは良い先生ばっかりじゃなかった。うちの事情を知っても見ないふりする先生もいたし、母親がだらしないことを責めるだけの先生もいた。だけど中には本当にわたしのことを心配してくれた先生もいたのは確かだった。うちの事情を知って、何度も家庭訪問に来てくれた先生。まだ小さくて遠足のお弁当を自分で作れなかった頃、持ってきた菓子パンが恥ずかしくて皆と一緒に食べられなかった時に自分のお弁当をそっと分けてくれた先生。どうしても給食費が払えなくて困り果てたときに黙って立て替えてくれた先生……一年ごとに変わってしまうから当たりはずれはあったし、そんな先生に当たるのは稀だったけれども、諦めながらも期待していた……教師というものに。だからなりたいと思ったのかもしれないけれども、愛情溢れるそんな先生になるには、わたしの愛情の持ち点数は少なすぎたようだった。子供達にもそれがわかったのか、事務的な授業は反応が悪いままだった……
それでも実習終了後、数人の生徒達がわたしとの別れを惜しんでくれた。
「先生、短かったけどありがとう、少しだけ数学が好きになれた気がするよ」
よく質問に来ていた白川さん達だった。
「ほんと?こちらこそありがとう……そう言ってもらえて、嬉しい……実習にきてよかったわ」
「わたしらみたいに数学駄目な子の為に先生になってね、絶対だよ?」
「うん、わかった……ありがとう、本当にありがとう」
何よりも嬉しかった……先生方の評価よりも、全校生徒の言葉よりも。
急ぎ実習室に戻った後、嗚咽を堪えきれずに泣きだしてしまっていた。子供みたいに泣きじゃくるわたしの背中を、気づいたら背の高い氷室さんに抱きかかえられて、まるで子供をあやすように慰められていた。
「うっううっ……」
あまり泣き慣れないわたしは、なかなか泣きやむことが出来なくて、氷室さんの胸でいつまでも泣いていた。彼女の胸はあたたかくて、いつか嗅いだ甘いコロンの香りがした。
女の人……母親に抱きしめられるのってこんな感じなのだろうか?甲斐くんとは違う温もりと柔らかさに思わず目を瞑って甘えてしまいそうになる。
駄目、氷室さんは甲斐くんの……
いい人過ぎて、完璧すぎて、わたしは彼女を羨むことも、敵対する心も失ってしまっていた。
わたしはこんなにも優しくしてくれる彼女を騙してるの?
その事実が尚のこと自分の罪悪感を募らせた。こんないい人をわたしは裏切ってるなんて……今までは甲斐くんのカノジョらしき人をちらりと見かけることがあっても、実際にこうやって身近で接してきたことはなかったから罪悪感も少なかった。付き合う期間も短い人が多かったので安心してしまっていたのかもしれない。
自分が酷く悪者にも思えた。こんなに優しい彼女の気持ちを踏みにじる自分の行為。
セフレとしての付き合いしかないわたしと比べ、彼女はきっと対等な立場で甲斐くんと付き合っているのだろう。わたしは……抱かれることで、身の回りの世話をすることで成り立つ、まるで囲われている女の様な存在なだけだ。
だから、早く離れた方が良いのもわかってる。だけど……

「ねえ、船橋さんは教員採用試験受けるのよね?」
「そ、そのつもりですけど……」
泣いてるところを見られて、慰められてる相手を騙してるという事事態にも落ち込んでいたわたしは、なかなか立ち上がれなくて、随分長い間座り込んでいたと思う。その間氷室さんはずっと側にいてくれた。
「わたしもね、私立だけでも受けようと思ってるの。このまま親の言う通りに就職するのもしゃくだしね。しばらくは人生経験って事でやらせてもらおうと思ってるのよ」
「そう、ですか……」
わたしは人生が懸かっている。これから生活していく上で、教師になれるのとなれないのじゃ大違いだから。あれだけ完璧に実習をこなしていても、人生経験程度なのだから羨ましくもなる。
「それに……最後にあんなのみちゃったらね。わたしもあんな風に送り出して貰える先生になりたいな、なんてね」
白石さん達との……あんまり目立つ場所じゃなかったのに、しっかり見られていたんだ?
「そんな、氷室さんはもっとたくさんの人たちに送られてたでしょ?」
「量より質の問題よ。ねえ、よかったらこれからも情報交換とかさせてくれない?」
そう言って彼女はケータイを取り出した。
本当はメルアドやケータイナンバーを教えるのはいやだった。彼女とはこのまま二度と会わない方がいいはずだから。それに……この人の側にいると自分と見比べて惨めになってしまう。甲斐くんの向こうにその姿を想像してしまう。
だけど強引に強請られ、断る理由がないためついつい教えてしまっていた。
これからもっと苦しまなくてはいけないというのに……


「久しぶり、志奈子」
実習が終わったその日、甲斐くんはわたしのいる部屋に帰ってきた。
甲斐くんに本気の彼女が出来たんなら、離れたほうがいいはずなのに、わたしは未だに甲斐くんの側にいる。さっさとこの部屋を出て行けばいいのに出て行けない自分の浅はかさ。
だけど後半年……卒業するまで、今更どこに行けばいいのだろう?この部屋の家賃を一人で払うとか、もっと安いところ見つけて出て行くとかすればいいのに……いっそのこと関係を解消してもらってただの同居人にしてもらうとか?なんて無理だろうな。求められれば辛く、求められなければまた寂しいと思う自分がいるのだから。
「甲斐くん……ごめんね、気を遣わせて」
素直に帰って来てくれて嬉しいと思えた。甲斐くんを求める気持ちがこんなに強いなんて、自分でも考えてもいなかった。わずか3週間程逢えなかっただけなのに……こんなにも飢えている自分の心と身体。目の前に甲斐くんが居るだけで身体が暴走しはじめる。昨夜までの、ひとりの部屋、ひとりの夜を繰り返す度、寂しいと戦慄いていた身体……自分の指で中途半端に快楽を得ようとしたのが間違いだったかもしれない。ここのところ毎夜甲斐くんのベッドで彼の名を呼びながら果てて、そして眠りについていた。
今、目の前にいる甲斐くんが欲しくて欲しくて……求められたら拒む余裕もないほど彼の存在を身体の中に求めていた。
「いや、就活もあったし……教育実習、頑張れたか?」
「うん、ちゃんと頑張れたよ」
氷室さんとも仲良くできたし、甲斐くんのことは気付かれてないと思う。でも、先週彼女を迎えに来たことは聞けなかった。
「そっか、ならいい」
「そうだ、ごはんは?いまから作るから。あっ……」
急いで台所へ向かおうとしたところ、腕を取られて、そのまま甲斐くんの腕の中に後ろから閉じこめられた。
「あとでいいから、志奈子」
甲斐くんの唇がそっとわたしの首筋を這う。
「んっ……」
耳朶を噛まれ、舌先がなぞり耳穴へと滑り込む。それだけで身体が熱くなる。
「わかるだろ?飯よりも先に、抱かせろよ」
腰に当たっている甲斐くんの下半身は熱く昂ぶり、硬くなったソレをぐりぐりと押しつけてくる。
「でも……」
氷室さんのところに行かなくていいの?と聞きそうになった。
あぁ、そうだ……彼女は今日は家族と食事会だと言っていた。そうでなければ打ち上げをセッティングしたのにと残念そうに言っていた。先週末は彼女と一緒だったからよかったけど、今日は都合がつかなかったからわたしなのかな?
「ここで抱かれたいのか?すぐにデカイ声だして喘ぐくせに……また恥ずかしいって泣いても知らないぞ?」
甲斐くんは時々意地悪なことをする。わたしが我慢出来ないようなことをしておいて、いくら防音設備のある部屋でも窓を開けたら丸聞こえだといって窓を開けようとしたり、その窓にわたしを押しつけて後ろからしたり……今日も言うことを聞かなかったらこのままここでスルという意味なんだろう。
「ベッドに……行くの?」
「ああ、その為に買ったんだからな」
そういって笑うと、そのままわたしの手を引いて窓のない部屋に引き込んだ。

「悪いけど、手加減出来ないから」
上着を脱ぎながらわたしをベッドに押し倒すと、凄い勢いでわたしの服を剥ぎはじめた。
「まって、まだシャワーとか……」
「そんなの、いい」
せっぱ詰まった声が耳朶を責める。
一週間、出来なかったのがそんなに辛かったの?わたしなんて3週間も……男と女じゃ頻度も違うかもしれない。だけど、予想以上にわたしの身体はせっぱ詰まっていたみたいで……ほんの少しの甲斐くんの愛撫に敏感に応え、すぐに抵抗出来なくなっていった。
「あっん……はっ……んっ、やぁ、か、い……くん」
深いキスが続き、体中が彼の愛撫に答えて打ち震える。
「いやがってるのはやっぱり口だけか?正直なのは身体だけだな……こんなに濡らして」
下着の中に滑り込んできた甲斐くんの指先は、すでに濡れはじめていたその泥濘を掻き回し、濡れた指先をわたしに見せつける。
「欲しかったんだろ?志奈子も……3週間も放って置いたもんな?こんなに空いたのは久しぶりだもんな」
そう、3週間……でも、それはわたしだけでしょ?甲斐くんには氷室さんがいたじゃない?
「い、いや……」
急に氷室さんの存在を甲斐くんの中に感じて身体が強ばる。
今まで、カノジョがいても、週末帰らなくても我慢できた。カノジョがいるとわかっていても抱かれることに慣れていた。でもそれは実際に相手を知らなかったから……氷室さんがあんなにいい人だって知らないほうがよかった。
彼女は甲斐くんのことを本気だって言っていた。あの人が本気になって、同じく本気にならない相手なんているはずがない。なのに、なぜわたしを抱こうとするの?わたしなんか比べモノにならないはずなのに……
「もういいよな?」
猛った自身を取り出しわたしの泥濘に宛う。
「やっ、だめ!」
駄目だと口にしても、そこはヒクついて甲斐くんが入ってくるのを待っている。淫乱な身体、そして卑怯なわたし……
「うっ……くぅ……志奈子のナカ、久しぶり……すげえ、いい」
濡れたソコはすぐに甲斐くんを飲み込む。
「あっ……ん、はぁ……っ」
思わず甘い声が上がってしまう。気持ちイイ……一気に貫かれただけでイッてしまいそうになるぐらい。
「志奈子もそんなに気持ちいいのか?ん?」
そ、っか……カラダ。甲斐くんはわたしのカラダがよかったんだっけ……モデルやったりする氷室さんの身体に無茶は出来ないだろうし、自宅から大学に通っていると言ってたから、思う存分出来ないんだろう。甲斐くん、はじめるとすごいから……
甲斐くんの腰が前後して、激しく揺さぶられはじめた。久しぶりの甲斐くんの存在にカラダが敏感に反応して、アソコがきゅうきゅうと甲斐くん自身を締め付けて離さないのが自分でわかる。もっと甲斐くんに動いて欲しくて、自然と腰が焦れて淫らに動いてしまう。
「やぁ……もう、甲斐くん……」
どくんとわたしのナカの存在が跳ね上がる。
「なんだよ……コレ」
「はぁあぁ……ん」
脈打つ鼓動にあわせて、わたしもイキそうになってひくつく下半身を締め上げた。
「くそっ!」
「ひっ!!」
いきなり激しく打ち付けられ、奥と上の壁を擦りあげられるたびに信じられないほど大きな声が出てしまう。
「うっ……くっううっ、もう、出すから、受けとれよ、志奈子っ!」
「やぁあああぁっ!!」
イッてる最中に突き上げられ、擦りあげられて、もうカノジョである氷室さんの存在も、何もかも全部考えられなくなっていた。頭の中は真っ白で、与えられる快感に打ち震えて、わたしもひたすら喘ぎ声をあげて、身体を引きつらせてよがりまくっていた。
「すげ……絞りとられる……」
わたしのナカで爆発させたその存在を前後させながら甲斐くんが耳元で呻いた。
「生だから、この感覚はすごいな……」
そうだよね、生で出来るのはわたしだけ……いつでも生で出来て、すぐに受け入れられる淫乱で便利なカラダ……
そこが気に入ってるだけなんだよね?
「やっ……」
再び動き出した甲斐くんのカラダを押しのけようとしたけれども力が入らない。
「続けていくからな、覚悟しろよ?」
すでに再び勃ち上がりかけたナカの存在に震える。
「やぁあ、まだ、だめ……今、イッたばかりだから、だめぇ……ひっ」
イッた後痙攣するその膣内を再び擦りあげてこようとする、その猛々しい存在。駄目だ、狂ってしまう。このままだと、狂い続けてしまう。でも……その方が楽かもしれない。このままカノジョの、氷室さんの事も全部目を瞑って、欲しかった快楽に身を任せていればいい……そうすれば飽きるまで抱いて貰えるのだから。
「んっ?志奈子……イッて震えたままか?いいか、今日はおまえが壊れるまで抱くから……だから言えよ」
「はぁああっ、あっん」
何かを言えと言われたけれども、もう意識も定かではない。疲れた体と心、3週間飢えた快楽に取り込まれ、もう何も考えられなくなっていた。

目が覚めたのは、明け方近く。甲斐くんの腕の中だとわかって安心してもう一度目を閉じた。
もういい……やっぱりこの部屋に帰ってきてくれる間だけは、今まで通り甲斐くんはわたしの……モノ。わたしだけの、男。この部屋にいる間だけは忘れよう、氷室さんのことも、卒業後のことも……
今は、まださよならも言えないし、甲斐くんから離れられない。ここから一歩も動けないのだ。
ごめんなさい、氷室さん。後少しだけ、甲斐くんがここに来なくなるまで、わたしが此処を出て行く迄の間だけだから……
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