3.
 
望月家を尋ねた工藤の父は、ひたすら頭を下げ詫びた後、愛華の顔を見て涙を流した。ただ自分には抱き上げる資格はないと、その手に受け取ろうとはしなかった。
圭司と話そうとしても、お互い何を話していいのか判らずに黙ってしまったので、見かねた望月の父が声をかけて、ふたりでしばらく話し込んだあと、深々と頭を下げて帰っていった。
 
「急に連れてきてしまって、すみませんでした。」
父親の帰った後、圭司も望月の父に頭を下げた。その恰好があまりにも父子ともよく似ているので、見ていた椎奈は思わず笑みをこぼしていた。あれほど互いを無視しあっていても、どこかしら似た部分があるのだと思われて、少しだけ嬉しくなる。圭司はうち捨てられただけの子供ではなかったのだと。
「いや、孫の顔を見て貰えて、よかったな、ふたりとも。」
「ありがとうございます。義父さんのおかげです...昨日色々聞かせて貰ってたから、オレ、話せたんだと思います。」
「いや、わたしは大した事はしていないさ。」
望月の父も、工藤の父親に式への参列を強く奨めたそうだ。だが、自分が圭司に対して取ってきた態度は、そう簡単に許して貰えるものではないと、それだけは頑なに拒んでいたそうだ。
まだようやくとっかかりが掴めただけ。だが、ここまで工藤の父と話せるとは、圭司も椎奈も思っていなかった。
「彼も不器用な男だよ。今は自分が許せないだろうしね。君もそうだろ?圭司くん。」
「はい。」
その言葉に素直に頷く。自分も全く悪くないとは言えなかった。だけども圭司自身も許せなかった。椎奈に癒されるまで、自分の心は頑なに閉じていて、それが原因で椎奈を苦しめてしまったのが現実だったから。
「さて、夕方には柚も帰ってくる。母さんが何かごちそう作る気だと思うが、おまえ達は墓参りに行くんだろう?愛華はどうするんだ、連れていくのか?」
「はい、連れていって、祖父母にも見せてやりたいと思っています。」
「そうか、では気をつけて行ってきなさい。」
父に送り出されてふたりは墓参りをすませ、戻って食事を終えると望月の家を後にした。
 
 
 
「圭司、昨日うちの父と何を話したの?」
「ん?まあ、人生の先輩からいろいろとね。」
帰りの高速、車の中で椎奈は圭司に話しかける。まあ、眠くないようにと言うのもあるが、あんなに素直に自分の胸の内を話すとは思っていなかったので聞いてみたかったのだ。
「でも、苦手だって言ってなかった?父ぐらいの世代の人。」
「ん、まあな。親父と話したこともなかったし、上司とかとも仕事以外には何はなしていいかわかんなかったりしたよ。でもさ、椎奈探してる間、ずっとこの望月の家にお邪魔してただろ?オレとしてはすごく後ろめたかったのに、椎奈の親父さんオレを信じてくれて頭下げるんだ...『娘を捜してくれ、頼む』って。本当は自分がと捜し回りたいのに、オレの方が...いや、オレが探し出すべきだって任せてくれたんだ。なんか、父親の姿っていうの、はじめてみた気がしたよ。義母さんだって、自分の娘が心配なのに、オレが行くたびにちゃんとご飯食べてるかとか心配してくれてさ...ああ、家族って、親ってこんなんなんだって思うようになってから、苦手じゃなくなったかな?」
「そう...」
椎奈は自分のことに精一杯で、家族が心配してるなんて事はあまり考えないようにしていた。一旦就職で家をでたし、地元で就職した妹の柚が居るから大丈夫だって思いこんでいた。あの父が、人に頭を下げて頼んだって事自体も信じられない。それも娘の恋人だと急に名乗って現れた青年を...もっとも彼の名前は高校の仲のよかった同級生として母の記憶には残っていたのだけれども。
「なんかさ、子供を大事にしてるっていうのが、すごく伝わって来たんだ。椎奈はあのあったかい家族に囲まれて育ったんだって、いいなって思った...オレもこんな家族が欲しいって思ったよ。だから、子供が生まれたって判って、驚いたけどそれ以上に嬉しかった。オレの子を産んでくれた椎奈を早く見つけて、オレをその子の父親にしてもらいたかったんだ。」
「圭司...」
「ありがとうな、オレに家族をくれて...愛華と、そして椎奈の家族も。」
「それから圭司のお父さんも、でしょう?」
「ああ、そうだな。すぐに世間一般の普通の親子に戻るのは無理だ。もう父恋しの歳でもないからな。あの人も家族の作り方を知らなかった人だっていうのは判ってる。だから、ゆっくり、知っていくしかないと思う。ただ、以前のように逃げないから、オレ。父親だからな、愛華の。」
夜の高速、ちょっと照れた圭司の顔が、半分運転席側のガラスに映っていた。
 
 
それから、まもなく準備も整い、ふたりの結婚式が近づく。
子連れの結婚式。
ホテル内の小さいホールで披露宴というよりも人前式になる。
食事はコースでなくビュッフェ形式。つまりはバイキング形式だ。だから一人分の食事代も安くつくし、ホール係の人数も減らせる。
飲み物もカウンターで注文の飲み放題、ビールだけ別料金だ。
子供の披露も兼ねているので、愛華にも特別可愛い衣装を着せたし、未来も子供を預かったり遊ばせたりするスペースがあると聞いて子供を連れてきていた。
入場とケーキカット、キャンドルサービスはメインキャンドルだけだけれども、普通の披露宴と同じようにある。けれどもスピーチも歌も特別にはない。出席者の紹介をして、和気藹々の雰囲気で進む。
白いシンプルなウエディングドレスだけで、衣装替えはなし。ただし汚してもいいように買い取りも選択出来て、自分だけの衣装を作れるのが今回の目玉でもある。ただし納期があるので早めの注文が必要だった。その為、ホテル側である程度の在庫を持ってもらうことにして、急ぎの場合に対応することになった。その当たりは中上が交渉してくれたのだ。
『やっぱり着たいもんだよね?』
中上にそう言われて椎奈は頷くしかなかった。ずっとこの業界にいて、嬉しそうに衣装に手を通す花嫁さんを見てきた。一番悩んで、でも幸せな瞬間が衣装選びだったから、椎奈はその点も妥協しないようプランに組み込んだ。何着も借りる値段で衣装が買い取れるし、思い出にも残る。そして、着たままホテルの部屋に向かうことが出来る。そう言った業者が今は存在するので、ホテルが窓口となって紹介販売となる。手間はそちらの業者に委託なのでその分経費もかからない。手数料と持ち込み料が加算される形になる。レンタルの場合はホテルの衣装があるのだから、その場合は、ブランド物や有名デザイナー物の中から選べる。
椎奈が選んだのはシンプルなAラインのドレスだった。ウエスト部分まではレースでシンプルに切り替わっている。胸元はスッキリと開いているし肩が剥き出しだが、その分スカート部分はオーガンジーやシフォン生地をたっぷり使って柔らかいラインのものだ。
一方圭司はレンタルの薄いパープルのタキシードを、柔らかく着こなしていたのはさすがだった。
 
厳かな雰囲気のなか、二人してライトを浴びながらの入場。
「椎奈、綺麗だよ。」
未来が早速泣きながら拍手と共に言葉を贈ってくれる。隣にはあの、無表情な彼氏が夫として共に来席してくれている。京香もあの後入籍を決めた長年の思い人と共にいる。かなり年上であったが、落ち着いた京香の雰囲気ととても馴染んでいた。三宅はまだ式はあげていないが婚約者の披露を兼ねてふたりで来てるし、土屋も妻を伴って来てくれた。複雑ではあったが、互いにもう子供もいるし、元は友人同士だったのだから、是非とふたりで実家に帰ったついでに招待状を手渡したのだ。
親族は、望月家側ばかりだったが、あとは互いの会社の人達。中上が出席しているので、藤枝は裏方として今日は頑張ってくれている。もちろん東京からはあの食堂一家の3人が列席してくれた。圭太はこっちに来たときから愛華から離れないけれども、良い遊び相手のようでキッズコーナーでずっと遊んでいる。着飾った可愛らしいプチ花嫁とプチ新郎はみんなから写真を撮られ捲っていたのだが、圭太はお構いなしに愛華にほおずりし、ほっぺにキスしている。
『圭太っ、それはまだ早い!!』
それを見つけた圭司が思わず立ち上がって叫んだのには皆が驚いた。
その後ウエディングケーキに入刀、食べられるシンプルなそれは、その後出席者に切り分けられる。後は皆好きな物を食べながら挨拶回りだった。
「女将さん、宗佑さんも来て頂いて、ありがとうございます。」
久しぶりにもう一つの家族と顔を合わせて、椎奈は泣きっぱなしだった。
「花嫁さんがそんなに泣くもんじゃない。」
宗佑に優しく言われて、思わず宗佑に泣きつきそうになるのを、圭司が咳払いで止めた。
宗佑はくすくすと、笑うしかない。
「そんな心配はいらないのに。まあ、そのうちウチの圭太が愛華ちゃんをもらいに行くかも知れませんがね?」
その目線の先では愛華を愛おしそうに見つめる圭太の姿がある。ほほえましい光景なのだが、圭司からすれば複雑だ。圭太には『いつか愛華を迎えに行くから』と宣言されているから...
「宗佑さん、今日はこっちの結婚式なんですから、花嫁の父親の気持ちにさせないでください。」
「まあ、先は判りませんがね。」
「圭太が本気みたいで怖いですよ。」
べったりと愛華を独占する圭太を見ていると冗談ではすまなそうだったから。
 
「椎奈ぁ〜綺麗だよぉ、うん!めっちゃ綺麗!」
先ほどから、未来がうるさいほど感激していた。京香は、はいはいと未来をなだめはするものの、椎奈と顔を合わせては優しい微笑みを向けてくれる。
未来も無事女の子を出産したけれども、まだ4ヶ月なので今日は実家に預けてきたそうだ。
「ホンマに良かったなぁ、おまえら...」
「三宅も婚約おめでとう。」
「清孝は、来てるんだろう?」
「うん、従兄弟だからね。でも一人で来たみたい。」
「アイツ、卒業後もあんまり連絡なかったからなぁ...」
卒業してしばらくして、職場で出会った女性と結婚して、一時実家に戻っていたのは親から聞いていた。だけど、お嫁さんと母親の間がうまくいかなかったみたいで、街に出てマンションを買ったそうだ。
どこも色々、あるんだと皆が思った。
「ああ、土屋!うあぁ、おまえんとこ子供でっかくなったなぁ?」
三宅のでっかい声に女の子はびくっと跳ねて母親の影に隠れた。
「ああ、もう4歳になるんだ。下の子は置いてきたよ。」
隣で妻の恵子が黙って椎奈達に頭を下げる。
「椎奈さん...この度は本当におめでとうございます。」
「椎奈、圭司、おめでとう。」
土屋の静かな声に圭司は『ああ』と頷き、照れくさそうに笑った。
「遠回りした分、幸せに。椎奈も圭司に目一杯我が儘言えよな。こんなヤツ一生こき使ってやればいいんだよ。」
「なっ、章則っ!」
土屋に言われて圭司の表情がまるで学生時代に戻ったかのように子供っぽく歪む。
「それとも何かな、今までの分おつりが来るほど圭司が優しいとか?」
今度は椎奈が真っ赤になる番だった。確かに、入籍した後の圭司は、誰もが知らない面を見せていた。誰にも向けることのなかった愛情を、今までの分以上に家族に向ける。リミッターを切ったかのような愛情増量垂れ流し状態なほどで、ほっとくと椎奈も甘やかされて、何もしなくていい状態にさせられそうなほどである。椎奈が遅いときは先に食事の用意をしているし、休みの日は愛華を一日見ているし、申し分のない夫の姿だった。
たぶん、以前の圭司を知るものからすると、誰も信じないだろうけど、三宅や京香は何度か遊びに行ってそれを知っている。
「おむつ替えてる圭司は想像出来ないだろうな。」
「三宅っ!」
「愛華ちゃんだっこしてるときのとろけそうな顔もね〜信じられないわよ。」
「京香、たのむ、そのくらいにしておいてくれ。」
圭司が懇願する。三宅は場所をわきまえず何を言い出すか怖いし、京香の口にかなうはずもないし、立場の弱くなった圭司を遊びに来るたびに一度はやりこめるほどチクチクと攻撃してくるのだ。
それは、椎奈を悲しませたことを忘れるなと言う、京香の親友への愛情から来るものだとは判っているが、今日はもう勘弁して欲しかった。
「あたし、幸せだよ。愛華も元気に育ってくれて、圭司もあたしをすごく大事にしてくれる。だから、今まで心配かけたみんなに、この場を借りてお詫びとお礼が言いたかったの。」
椎奈は妹の柚にだっこされて連れてこられた愛華を受け取ると、ふたりはホールのマイクの場所に向かった。
 
 
圭司がマイクを取る。
「本日はわたし工藤圭司と、妻の椎奈、そして娘の愛華の3人の結婚式にお集まり戴きまして、誠にありがとうございます。素直になれなかった為に回り道をして、順番が入れ替わってしまった遅い結婚式ですが、こうやって皆様にわたしたちの幸せな結婚生活を御祝い戴けて、本当に感謝しています。」
「これからも、家族3人幸せに過ごしていきます。どうか皆様、いつまでも見守っていてやってください。」
椎奈がその後言葉の後に続く。
「望月のお義父さん、お義母さん、柚ちゃん。わたしを椎奈の伴侶として認めて戴けて、本当にありがとうございます。取り返しの付かないことをしてしまうところだったのに、まるで家族のように助け、見守ってくださいました。」
「女将さん、宗佑さん、圭太くん。出産までの不安なわたしを支えてくださって、本当にありがとうございます。京香、未来、中上さん、そして藤枝くん、皆さんにいっぱい心配かけてごめんなさい。そしてありがとう。」
ホールに出てきていた藤枝がにっこりと笑って会釈した。
「椎奈を探し出すことが出来たのも、その後こうやって幸せに過ごすことが出来ているのも皆さんのおかげです。」
「それから...今日ここにはいらしていませんが、圭司のお義父様、お義母様。」
圭司が驚きを隠せない表情で椎奈を見つめた。
「彼をこの産み出して下さってありがとうございます。この世に居なかったら、出会えませんでした。人の子の親になってはじめて判ることがたくさんあります。一人で生まれてきたのでも、一人で育ったのでもないと...」
「椎奈...」
圭司が人前で泣いたのは初めてじゃないだろうか?ぼろっとこぼれる涙を今は拭うことが出来なかった。今すぐ目の前の愛する妻を抱きしめたかったけれども、それも出来なかった。。
「あー」
泣いている父を見て不思議に思ったのか、愛華は椎奈の腕から圭司の腕に移るとその頬をぺちぺちと叩いた。
「愛華...」
椎奈と寄り添うふたりに、拍手が起こり、おめでとう、良かったなといった言葉がしばらく途絶えなかった。
 
 
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