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 沢田 Side 2

 
「冴島、おはよう。」
教えられた自宅のインターホンを鳴らすまでもなく、早朝だというのに彼女は家の前に出てオレを待っていた。
車から降りてきたオレを見て驚いてるのが判る。
「荷物コレだけでいいのか?」
「は、はい!」
話しかけると子ウサギの様にびくびくして...可愛い。
普通に迎えに来た風を装って、彼女を車に乗せた。今度ここに送ってくる頃にはご両親に挨拶出来る様な仲になっていたいものだ。進展してなくても、印象づけて外堀から埋めて行く気だけれども。
 
さて、どうやって、気づかれないようにしよう?
 
 
サービスエリアには止まってない。ひたすら走らせた。彼女には寝てる間って嘘をついたが、三井情報だと彼女は酔い止めを飲んでくるだろうし、一回寝るとなかなか目を覚まさないらしい。
予想通り。
乗ってしばらくすると寝入ったのがわかった。今のうちと走らせると途中で目が覚めて、高速を降りたときにチェーン装着の手伝いまでしてくれるのには驚いた。おとうさんのお手伝いで慣れてるってトコが可愛いよな。普通は車の中に乗ったままきゃぁきゃぁさわいでるのが普通なんだが...
 
そのあと冷えた手を必死で温めてるのが可哀想で、思わずその手を温めてやりたくなってその手に触れたが、すぐに拒否られた。
嫌われたかなと思ったら、おにぎりを作ってきたと差し出してくれる。
指導中も社食に誘ったら弁当持参だって言ってたっけ。「いいな」と言ったら一度だけ指導中オレの分もおべんとうを持ってきてくれた。ついでだからと言って、自分の弁当の倍もあるのをこしらえてきてくれて、これはOKだろうと誘ってはまた断られたっけ。
今思えばもう既にあの頃から振り回されてたんだろうな...考えてみれば彼女のしてることって小悪魔並じゃないのか??
 
ホテルについて、上手く誤魔化せそうにないので強引に部屋に連れて行った。やはり真面目な彼女らしく、「ダメだ」の一点張り。
そりゃそうだろ、休憩だと言っても男と同じ部屋なんて彼女の常識が許さないんだろう。
「そんなに、嫌か?俺と居るのが。」
思わずそう言ってしまって、身体から力が抜けそうだった。
「手、だされると思ってるの?」
悔しくつい言ってしまった言葉。自分が嫌だった。何で上手く言えないんだろう、彼女には...
素直に言えばいいだけなのだ。「好きだから一緒にいたい」って。
 
 
 
やっぱり彼女は無敵だった。
何とか休憩だけだと言って部屋に入ったものの、オレがシャワー浴びてる間に熟睡中。
「オイ、上がったぞ。冴島も...って、寝てるのか?」
いくら暖房が効いてると言っても、ベッドの上掛けの上、まあるくなって眠りこけるその姿。いくらジーンズ姿でも欲情するなって方が無理。
仕方なく抱き上げて、反対側からシーツの中に入れてやった。
「ん...」
子供の様な寝顔にキスしたい気持ちを抑え込んで、ベッドから離れてソファに座るとため息をついた。
「やっぱり、やり方間違ったか?」
安心されてどうするんだ、オレ...
 
 
 
「み、みんなは?」
「ああ、荷物置いて早速滑りに行ったよ。」
目が覚めた彼女にあっさりと嘘をつく。信じたのか、確認もしない彼女。まあ、したところで三井に繋がって納得するしかないんだが。
 
普段はもっぱらボードだけど、今回は彼女にあわせてスキーを履いた。高校以来だけれどもすぐに思い出す。
二人で滑るのは楽しかった。分厚いスキーウエアも手袋も、顔の見えないゴーグルも邪魔だったけれども、二人で居られる時間は貴重だった。
リフトに乗ってるとき、お昼のレストラン、お茶するときのカフェ。
話は尽きなかった。いろんな話をして、何時いいだそう、どう言いだそう、そんなことばかり考えていた。
けれども、実際二人で居るのが嬉しくて、彼女が笑顔で答えてくれるのが幸せで時間を忘れてしまいそうだった。
 
だけどすぐに終わりを告げる至福の時。
会社の人間に出会わないことの不思議さにも気づかない彼女は、ホテルに戻って着替える段になってようやく問いかけてきた。
「あの、わたしはどの部屋に行けばいいのでしょう?」
ここだと答えたら驚いた顔で聞き返してきた。
ここにはオレとおまえだけだと、オレが皆と違うところに連れてきたのだと正直に告げた。今夜同じ部屋で過ごすためには回りくどい嘘なんてついていられなかった。
素直にオレを信じてくれる彼女をこれ以上騙せなかったのが真実。
 
簡単に概要を説明した。今回のはスキーコンパで、冴島狙いの男から隔離保護したこと。
だけど、まだ俺の気持ちに気がつかない彼女は真っ直ぐな瞳でオレに聞いてきた。
「あ、でも、なんで沢田さんなんですか?」
オレじゃなくて他の男でもよかったと言いたいのだろうか?それとも女の方がよかったとか?まああの雪道を運転出来る女はそう居ないだろうが。
その答えはまだ先に取っておきたかった。今告げて、パニクられても、帰るとだだこねられても困ってしまう。
とにかく落ち着いて泊まる気になってもらわないと困るんだ。
「オレが以前、バージンには絶対手を出さないって言ったからだ。」
仕方なく室井達相手に用意した理由を告げた。
勿論心の中で、『今は違う!』と力強く加えておいたさ。
手を出さなかったら宿泊費用がタダになるなんて冗談で室井が告げてきた賭まで口にして安心させようとした。ヤツは本当にオレが手を出さなかったら全額自分が見ると言ってきたんだ。だけどあまりに素直に納得するので思わずだめ押しで言ってしまった。
「ああ、だから安心しろ。オレはめんどくさいのには手を出さないし。それに、オレは...」
「ああ、カノジョさんですよね?判ってます。」
そうなんだ。彼女は<オレには恋人が別にいるから安心>みたいな事をずっと口にしてた。恋人が居ると思っているらしい彼女に、別れた事実はまだ告げてない。そう言えばまた拒否されるかなと思ってしまったんだ。
なぜだかそんな話で納得してしまう彼女も彼女だ。
騙されてるんだぞ?本当にいいのか?
自分で立てた計画の卑劣さに目を瞑って思わず呆れてしまう。
「でも、何日もって訳にいかないから、明日滑ったら帰りませんか?カノジョさんにも悪いし、わたしもそんなに長く男の人と二人っきりって言うのは、両親が感心しませんし。」
って馬鹿でもないんだ、彼女は。
車がなければバスでも何でも乗って帰ってしまうだろう。ソレじゃ遅いんだ。何日もかけて、同じ部屋で絡め取って落とそうとしてた計画がパーになる。
 
「...そうだな、じゃあ、今晩だけ。」
今夜しかない。
今晩で決めなければ!明日の朝には帰るつもりらしい彼女にそう答えて、オレは急速に焦っていた。
 
 
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素材:FINON