風花〜かざはな〜

42

折原鈴音は婚約が決まったと、喜び勇んで帰っていった。
彼女が部屋を出た後、恭祐は打ちひしがれたまま、頭を抱えてソファに座り込んでいた。
二人の婚約は一両日中にも財政界に公表されるだろう。宮之原財閥と折原運輸の結びつきは各界でも噂になる。そして、力也やゆき乃の友人達は恭祐の裏切りをなじるだろう。ゆき乃もその事実を知れば、もう二度と自分の元には戻ってくれないだろう。それが一番辛いことであった。
だが今は他に選択肢がない。
「くそっ...」
口汚い言葉で罵りたかった。父を、折原を...そして自分自身を。
だけど目の前の現実、ゆき乃を救う為に他に道はなかった。NOと言えば一体あの後ゆき乃がどんな目に遭っていたか...想像するだけでも恐ろしかった。
受話器の向こう側で、折原の父親はゆき乃に触れていた。あの白い肌を開き、うす桃色したゆき乃の胸の先に触れたのだ。娘と同じ年の女に、目の前には実の父親もいいるというのに!!
一刻も早くゆき乃を探し出さなければ、そんな焦りが恭祐を襲っていた。
立ち上がり先ほどの受話器を握って、そして直ぐに降ろした。
会社の電話は使えない。下手すれば誰かに聴かれてもおかしくはない。周りにいる社員の誰を信じればいいのか、社長ではなく自分についてくれる者がいるのかどうかすらわからない、今の現実。
虫のいい話だ。自分はゆき乃の為に会社などいつでも捨てる気でいるのに...会社など、父が自分の思い通りになる人間を連れてきて据えればいい、そうは思っていても、ここ何ヶ月か共に仕事してきた者達の言葉が蘇ってくる。
『恭祐様がこれほどのお考えを持たれていたなんて...嬉しいです!既に経営者としての心づもりが出来てらっしゃる。その下で働けるなんて光栄です!正式に社に入られたら、直ぐに私を部下に呼んでください!精一杯お手伝いさせて頂きます!』
『父上とはまた違った考えを持たれているのですね。それもよいでしょう。時代は転換期にさしかかっています。今は一秒でも早く先を読み、一歩でも他の前を歩いていかねばならないのです。恭祐さんの若い考え方はそのために役立つでしょう。』
あの人たちを本当に見捨てることが出来るのか...事実、今回の事も社を優先して出てきたのが原因ではなかったのか?
「すまない、野本さん、今日は帰ります...」
恭祐は急ぎ電話をかけるため、退社しようと隣の部屋の彼に声をかけた。
「きょ、恭祐様っ、あの...こ、婚約されたのですか?」
「あ、はい...」
不意の問いかけにも頷くしかなかった。
「けれども、先ほどの様子では、その...不本意なモノだったのではないのですか?」
自分より5〜6才は上の男が敬語なのは気が引けるが、その訴えてくるような視線は意外だった。
「それは...」
「すみません!!先ほどのお電話、こちらの電話で聞いていました...」
深々と彼は頭を下げた。
「野本さん?」
「非常識だと言うのはわかっています、でも、あまりに様子がおかしかったものですから...あの、あのようなことを社長は...恭祐様に無理強いなさってるのですか?ゆき乃さんって仰るのは、以前、あなたが護りたいと仰られていた女性なのでしょう?」
食事をしているときに、そんな話をしたことがあったのを思い出した。なぜこんなにも社会に出ることを急ぐのか聞かれたとき、正直に自分には護りたい人がいるから急ぐのだと答えたのだ。
「そうです...どうか、この件は内密にお願いします、野本さん。」
「勿論です!!けれども、あのっ、私や橋本、飯塚など、今回の企画に参加した者達は皆恭祐様ともう一度仕事がしたいと言っています。あの社長の下ではなく、恭祐様の下で仕事がしたいと、そう願っているのです。ですから、どうか、何でもいいです!お手伝いさせてください。」
野本が再び頭を下げた。しかし、恭祐はそれに応えることは出来なかった。
「お気持ちは嬉しいです。しかし、これは一族の問題であなた方には関係のない話です。私の力で何とかしてみます。ですから、その気持ちだけ戴いておきます。」
恭祐も続いてありがとうございますと頭を下げた。
「しかし、あの様なことをされてまで!!恭祐様はこの会社の為に意に添わぬご結婚をされて平気なのですか?あの、ゆき乃さんと仰る女性はご無事なのですか?」
「わかりません...結婚も平気なわけがありません。僕は...」
野本が何を言いたいのか、恭祐はわからなかった。ただ早く力也に報告しなければと多少焦ってもいたのだろう。苛立ちが少し声に含まれていた。
「お願いします!!どこにも行かないでください!!どんなことがあっても、宮之原の為に戻ってきて頂きたいのです。私はただの一社員ですからこんなこと言うのもおこがましいのですが、恭祐様はこれからの宮之原にとって必要な方なんです!この会社は、内側は腐りかけてます。それは恭祐様もご存じのはずです!社長のワンマンで強引なやり方に反感を持つ社員も多くいます。片やその片棒を担ぎ、利益を求めるだけの腰巾着もいます。だが、我々は、もし恭祐様が跡を継いでくださったら、今とは違う、もっと新しいやり方で宮之原を引っ張っていってくださると信じているのです。けれども、もし、自分が恭祐様だったらと考えると...あの捕らわれた女性を見つけ出して、そのまま社長の目の届かないところに行こうと、そう考えてしまいます。あの、女性には申し訳ないですが、恭祐様だけでも残って頂きたいのです...」
自分が必要、そう思われていることは心底嬉しかった。だけど、そのためにゆき乃を捨てられない。そうしてしまうと自分はあの父と同じになってしまう。
「野本さん、どちらも手に入れようなんて、甘い考え方でしょうか?」
「え?」
自らの弱気な心根を表す言葉だった。どちらかを秤にかけて取れと言われれば、間違いなくゆき乃を取るだろう。だけれども、今の状態でゆき乃を取ると言うことは、会社を捨てるのと同じ事だった。そして、こうやって自分の必要性を訴えてくれる存在がある。たとえ一人であってもだ。その彼を裏切りたくない。けれども、自分にとって、一番はやはり紛れもなくゆき乃でしかないのだ。
「ゆき乃を護ってやりたい、そして幸せにしてやりたい。そう出来てこそ、社員やその家族の幸せを考えることが出来ると思うんです。彼女を護れなかったら、僕は一生後悔するだろうし、誰の幸せも願えなくなってしまうかもしれない...」
「恭祐様...」
「すみません、僕は意外と心の狭い男なんですよ。野本さん。もし、僕が一時期この会社を離れたとしても、僕は自分のやり方で再び足場を築きます。そして戻れるときが来たら戻ってきます。戻れないかも知れませんが、その時は宮之原でなく、僕個人としてやっていくつもりです。」
「そうですか...わかりました。そりゃそうですよね、私はあなたが社長のように非情になれないところが気に入ってるのですから...私もこの社ではそれなりに人脈も持っています。よろしければ社内での情報を探らせてください。私の彼女が秘書課に居ますので、彼女にも協力させます。いえ、お願いですから協力させてください!」
「だが、もしバレたら、あなたやその彼女はクビになりますよ?今の僕には何もして差し上げられない。」
「わかってます。でもそうさせてください!!私だって、もし彼女があんな目に遭ってるとすれば気が狂いそうになります...はっきりいって許せないです、そんな社長の下では働く気もしないほど...」
一瞬野本の目が暗く翳った。彼がその秘書課の彼女を愛しているのはその表情一つで恭祐には理解出来た。
「野本さん...ありがとうございます。探って頂けるのは助かります。正直、今までの僕では動きにくかったんです。」
「はい、是非やらせてください!!」
「じゃあ、もし何かあれば直ぐに此処を出てください、彼女を連れて...父の手がおふたりに回ることだけは避けたいですから。その時はココに、僕の信頼出来る友人がいます。実は共同経営しているんですよ、そこを。」
野本に一枚の名刺を見せた<K&Rコーポレーション>の力也の連絡先だった。
「ココ、知ってますよ!最近すごくのびてる会社で...あの、共同経営の藤沢力也って、もしかしてあの藤沢建設の?」
「ええ、そうですけれども?」
「以前、社長がいきなり藤沢に圧力かけましたよね?彼女からちらっと聞いて驚いてたんです。何で急にそんなことするんだろうって...何だか、見えてきた気がします。あの、何人か信用出来る者も連れていっていいですか?コレを餌に協力させますよ。」
「構いませんよ。そのぐらいのことしなければとてもじゃないけれども協力させられません。ただくれぐれも父の手の者には注意してくださいね。」
「はい、コレでも社内のことなら恭祐様より通ですよ。」
「ありがとう、野本さん、どうか僕のことも様はやめてください、お願いです。」
「わかりました。では、恭祐さん。まずはゆき乃さんの居場所を、そのためには社長の動向ですね。それともう調べてらっしゃるでしょうが、不動産の移動物件など洗ってみます。連絡はどこにすればよろしいですか?」
「では、ココに...」
清水慶子の電話番号を教えた。此処で彼を疑ってもいいけれども、恭祐は自分の目を信じてみようと思った。この青年が自分に向けたあの真剣な目を...


社屋を出て移動し、有名ホテルを選んで、そのロビーの一角ですぐさま電話をかけた。
「慶子さん、力也に伝えて欲しいんだ。」
『彼なら今ココにいるわ、ちょっとまってね、って、もう、取らないでよっ、あっ...』
『恭祐、オレだ、力也だ!』
電話口での何かを意味するようなやりとりには今は目を瞑った。
「ああ、力也か?すまない連絡が遅れたが、父から連絡があった。それで...」
恭祐はかいつまんで力也にそれらを伝えた。ゆき乃がやはり父の手に捕らえられていたこと、彼女の無事のための条件として折原の娘との婚約を承知したこと。社内で味方を付けたこととして野本のことを伝えた。
『なんてことを...折原の親父にかよっ!くっそぉ、信じらんねえ親父だな、おまえの親父は...』
「ああ、今なら殺したいほど憎いよ。」
『宮之原のおぼっちゃまらしくない、けど正直な気持ちだな。オレも同じだよ。』
あたしもだと後ろから慶子の声が聞こえた。
『で、その野本って男は信用出来るのか?』
「ああ、元々仕事の出来る男で、僕が希望して下についてもらったんだ。父が付ける部下なんて信用出来ないからね。」
『そうか、わかったよ。そいつを信じよう。おまえは今からどう動く?』
「しばらくは、折原の娘のご機嫌を取らなきゃいけないらしい。」
『連絡したら、動けるか?』
「何とかする。」
『直接動きたいだろうが、しばらくはじっとしてろ。オレも今は動きにくいんだ。監視がついてるようだ...』
「そうか...新崎さんから連絡は?」
『まだ無いよ。』
「そうか、じゃあ、その連絡を待って、出来れば力也が動いてくれないか?僕は、しばらく無理だと思う。ゆき乃が確保出来る情報が入ったら即動くよ。それまでは下手に動くとゆき乃が危険だ。」
『そうだな、それがいい...約束した限り、恭祐が鈴音に優しくしてる間は無事だって事だろう?』
「そこまでは信じてはいないけれどもね。鈴音さんには申し訳ないけれども、演技させてもらうよ。」
『出来るのか?真面目なおぼっちゃんが、そんなタラシのような演技。』
「真面目なお坊ちゃんを演じきるほど、自信はあるよ。甘い言葉を嘘でも囁いてやるさ、それでゆき乃が無事なら...ただそれをやるとやっかいな相手だから、苦悩する真面目な王子様の振りで油断させておくよ。」
『やっぱりな、敵に回したら怖い王子様だよ、あんたは...』
その言葉におまえもだと返して、恭祐はホテルのロビーを後にした。



閉じこめられた部屋の中、折原が去ったあとも宮之原玄蔵はゆき乃の身体から離れようとしなかった。
その白い素肌に指を這わせ、彼女を辱める言葉をやめなかった。
実の父親だと言うのに...
「いいざまだな...父親ほどの年齢の男に体中舐め回され、感じたのか?こんなにも尖らせて...」
「うっ...どうして、あたしは、あなたの娘なのに...なんで、こんな...」
縛られたままの腕は動かず、逃げることは許されなかった。ゆき乃はその指先から逃れようと身体を捩る。
「おまえが志乃の娘だからだ。志乃はわたしを狂わせた...遊びのつもりだった、最初は。ただ手に入れたい欲だけだと思っていた。しかし、手に入れた後、すぐにいなくなった...わたしから逃げたのだと思ったよ。居なくなって初めてその存在に気がついた。居ないというのがどんなことなのか...何人の女を抱こうと、何人の女を辱め泣きわめかせても、媚びを売らせても何の足しにもならなかった。ただ嫌がる女を抱いているときだけは興奮するのだよ。志乃を抱いているときのようにな。アイツは、最後までわたしに抱かれることを拒みながらも感じてイヤらしくその身体でわたしを受け止め...」
「いや!やめてください!!そんな話し...聞きたくありません...」
母と父の間にあった情事を今更聞いてどうなるのか?自分たちと同じ異母兄妹でありながら交わり、自分が生まれた事実は変わらない。たとえ無理矢理だったとしても。
「おまえを...」
「え?」
「おまえを抱けば、どんな気がするのだろう...」
「ひっ!?」
胸をきつく揉まれその先を口に含まれる。それは父親にされる行為ではない。おぞましさがゆき乃の身体の底から沸き上がってくる。恐怖による寒気でがたがたと体が震えだしそうだった。
「父の娘だった志乃...そしてわたしと志乃の娘、息子が思う女。あいつもわたしと同じ様に異母妹を欲しがるとはな...馬鹿な奴だ。そうと判っても諦めきれぬだと?ならばなぜ抱かない?何度も抱けたはずだ!二人して同じ部屋に居たのだろう?それともこうやって触れさせたのか?...ふん、こんなイイ反応しておきながら何もしていなかったなど誰も信じまい。おまえも同じなのだな、志乃と!恭祐もわたしと同じなのだ!無駄なのに...いくら思っても...いっそ犯してしまえばいいものを...ふははははっ!!」
源蔵は酷く酔っていた。まるで狂っているかのようにも見える。大声をあげてむなしく笑うその目は虚ろにさえ見えた。

「はあ、はあ、志乃、志乃...」
自分の父親の声を胸の上で聞きながら、ゆき乃は絶望したまま、すでに身体をぴくりとも動かさなかった。
あれから、自分の父親が、自分の身体で何をしようとしているのか考えるのも恐ろしく、ただひたすら目を閉じて耐えていた。
「ああ、折原とあんな約束せねばよかった!わしは既に罪を犯しているのだからな、もうこれ以上の罪などないはずだ。そうだろう?実の妹と姦淫し子まで成したのなら、もうこれ以上どんな罪を犯そうとも恐ろしくない...いっそ娘を犯せばどんな気分だろうな?」
ゆき乃の目の前にいる狂った男の目が眇められた。その、あまりの恐ろしさに、彼女の口からは呼吸音のような悲鳴しか漏れてこなかった。
「犯しはせんよ、だが、みすみす渡すのは惜しい。ソレまでは楽しませてもらおうか?」
玄蔵はすでに自分の起立したモノを晒し、ゆき乃の身体にこすり付けていた。以前のように口に差し込んでこないだけましかもしれない。だが愛撫の手をやめず、反応しないゆき乃に苛立ったように己で拭き始める。
「うっ」
吐き出した精はゆき乃の胸に飛び散りその独特の臭いを放っていた。
玄蔵は後の処理もせず、ゆき乃の胸に顔を埋めたまま寝入ってしまった。
最後に『志乃...』とその名を口にして。

ゆき乃は、父が母をどのように思っていたのか計り知れないまま、汚辱にまみれて呆然としていた。
眠る父の顔はいつもの険しい表情を携えたお館さまのものではではなかった。母は、こんな父の顔を見てきたのだろうか?そして、許し、自分を産んだのだろうか?

しかしその表情は目覚めた源蔵からは消え、再びゆき乃を陵辱していった。

      

すみません、またお館様ったら...
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