風花〜かざはな〜
33
〜恭祐・回想2〜
ゆき乃のことでは心配はつきない。
翌日はゆき乃はもう一日休ませて、自分だけで登校して手を打っておく。手を下した奴らは、こちらの要望通り自主退学の届けが出ていた。そして折原鈴音にも一蔑くれておくが、口もきく気はない。こんな冷たい表情を僕がするなんて思っても見なかったのだろう。『お優しい生徒会長、王子様のような宮之原恭祐様』は立ち回りの上手いだけのこざかしい男なのだ。本性は、欲しい物のためならいくらでも仮面を被る、手間暇を惜しまない、両親身内ですら断ち切れる。そう、ゆき乃以外は……
そして、藤沢力也。侮れない男だった。
なのに僕はこの男を信用しはじめている。ヤツは、真っ直ぐな男だ。僕とは違って皮肉れて見えるわりに心根は腐っちゃ居ない。信じるに価する男だった。この男がいれば教室内でのゆき乃は安心だ。
僕も受験があるし、そうなればゆき乃が大学進学を決めるまでの1年間離ればなれだ。その間任せられるのもヤツしか居なかった。
寂しい……耐えられるのだろうか?自分が、ゆき乃の居ない生活に、たとえ1年でも……
「ゆき乃が……東京に出て来るまで待ってるから」
受験で上京する前にゆき乃のもそう告げた。そう、その時はもう遠慮しない。ゆき乃を自分の物にして離さない。既成事実でも何でも作ってやるさ。勿論ゆき乃の意志も尊重するけれども。
僕がいない間、力也に機会を与えてしまうことになるけれども、その分他の虫が寄ってこなくていいだろう。
僕が目を光らせ、藤沢力也が側にいても、等のように安全パイだと思ってたヤツまでもがゆき乃に告白してたりするのだから……あいつの場合は、馬鹿としか言いようがない。小笠原という、聡明な女性が側にいながら、ゆき乃に告白したのを知っている。そんな等をみて苦笑しながらもしょうがないといった風情で済ませてしまう小笠原。等にはもったいないくらいいい女なのに……
その時、僕は受験が終わったらドライブにでも行こうとゆき乃を誘った。受験が終わったら免許を取るし、そうしたら真っ先に彼女を連れてどこかに行ってみたかった。余り出掛けたことのないゆき乃は、家族旅行なんてモノも行ったことがないはずだ。僕だって母親のお出かけに連れて行かれたぐらいで誰かとゆっくり過ごす旅行なんて行ったこともない。高等部に入ってからは何度か友人たちと計画して出掛けたこともあるし、東京には部屋がいくつかあるからそれを利用して遊びに行ったこともある。もっとも、それはすべて遊びに行きたかった等の計画だったけれども。
行き先はどこでもよかったんだ。でも、一度ゆき乃が生まれた街に行ってみたかった。何度か聞いたことがある、真冬に海に降る雪の花、崖に積もった雪が風に舞い落ちるその美しさは吸い込まれそうだと……その話しをするときのゆき乃は嬉しそうだけど儚げで、まるでその雪と共に消えてしまいそうなほどだった。自分は雪の降る日に生まれたのだと、雪を見ていると嫌なことも全部忘れるのだと教えてくれた。
それなのに、ドライブならば等と行けばいいと言い出す。最近また距離を置こうとしているのが僕にも判っていた。
なぜ?あの時確かにゆき乃は僕を選んでくれたのではなかったのか?全身にキスを贈ったとき、嫌がるどころか、あの唇から漏らした甘い吐息は何だったの?
不安を胸に抱いたまま僕は東京へ、受験に向かった。
不安なまま受験を迎えて、だれにも邪魔されたくないからとホテルを使わず持ち部屋を使ったのは不味かった。うっかり最初の受験の日に雨に濡れてしまいすっかり風邪を引いてしまったのだ。
熱が出てくると身動きできなくなり、そうなると食事の準備や暖房の燃料補給すらも億劫になってしまう。
とうとう今日受けるはずの滑り止めの大学の受験にも行けないほど悪化させてしまった。
こうなってしまえば、もう動けない。最悪だった。
今日の受験はまあ、ついでみたいなものだからよかったけれども、この後控えている本番だけは何とかしたい。
そうこう考えているうちに意識が薄れ、高熱のために眠ってしまったようだった。
「だ、れ……」
誰かが寝室に入ってくるまで全く気がつかなかった。入り口は鍵をかけていたので館の者だろうと思っていたら、すぐ側で聞こえたのはゆき乃の声だった。
「恭祐様??」
驚いたような声で駆け寄ってくる。僕は布団を被って震えていたように思う。記憶は高熱であやふやだ。不意に明るくなった部屋の中に愛しいゆき乃の心配げな顔が見えた。
「ゆき、乃……?それとも……夢なのか……」
病気になって心細くなったとき真っ先に浮かんだゆき乃の顔。夢に見るほどゆき乃に逢いたかった。そのゆき乃は泣きそうな声で大丈夫かと聞いてくるので、『寒い』と訴えた。
すぐさま部屋を暖めてくれたようでようやく頬にあたる空気も暖かみを帯びてきた。だけど、身体はまだがくがくと震えている。何かを飲ませようとしているようだったけど唇もまともに動かない。ゆき乃の膝に抱かれて、柔らかい彼女の唇が押し当てられ、そこから苦い薬が流し込まれた。
「うう……寒い……」
それでも震えは止まらない。唯一触れているゆき乃の肌が温かく感じられて、そっと手を伸ばしかけたけれども、手もまともに動いてくれなかった。着替えさせてもらっても、まだ震えが止まらない。
「恭祐様、ゆき乃で……暖まってください……」
耳元で僕の名を呼ぶゆき乃の声が聞こえた。僕の隣にするりと入り込んできた素肌は滑らかに僕を包み込んでくれる。
「ゆき乃……ゆき乃……」
その温もりを、しがみつくように抱きしめて、次第に暖かくなり眠りの中に引き込まれていった。
目が覚めたときは夢かと思った。
昨夜飲まされた苦い薬が効いたのだろう。すっかり熱は引いたみたいだった。隣に眠るこの温もりのおかげで……
「ゆき乃……」
嬉しくなって、思わず彼女の耳元に囁いてしまう。熱が下がったばかりなのに、身体は急速にゆき乃を求めていた。疲れると余計にそうなるとは聞いていたけど、これほどとは思わなかった。
「恭祐様……熱下がったんですね」
嬉しそうに飛び起きるゆき乃。あ、ダメだよ?すっかり目の前に晒されたゆき乃の胸が僕を誘っているようだった。
「そんな魅力的なもの……今の僕には目の毒だよ?」
「え?……きゃあ!!!」
指摘されて初めて気がついたのか急いで両手で隠すけれどもしっかりと見てしまった。綺麗で、それでいて触れたくて溜まらなくなるそのふくらみ……
「あの、む、向こうを向いててくださいませんか?」
「嫌だって……言ったら?」
「え??」
少しだけ意地悪な気分になってしまった。若い男のベッドの中にそんな恰好でいて何もされないで済むなんて思っているのだろうか?たとえ数時間前まで高熱で苦しんでいたとしても。もし意識がはっきりしていたら、高熱でも無理矢理抱いていたかも知れない。
「ゆき乃、すごく綺麗だ……その腕を降ろして欲しいほどだよ?」
「きょ、恭祐様??あの、熱……まだあるんですか?」
「あはは、冗談だよ……」
あまりにも素直すぎる反応に、虐めるのを諦めて後ろを向いてやった。その間に衣服を付けてしまう気なんだ。もったいない。そっと後ろを見ると、ゆき乃の白い背中が隠されていくところだった。着替えが終わって振り向いたゆき乃は不思議そうな顔をする。
「嬉しかったよ、来てくれたのがゆき乃で……」
そう、だれよりもゆき乃であってくれたことが嬉しい。一番自分のことを判ってくれて、一番気が許せて、そして側にいて元気になれる存在なんてゆき乃以外に誰もいない。
「だって、恭祐様の受験の方が大切ですもの。明日の本番に向けて、しっかり治さなければいけませんわ……あの、何か食べられますか?」
食べたいと言われれば、やはり一番食べたいのはゆき乃でしかなくて……
「じゃあ、ゆき乃を……」
少し熱でハイになってるのかも知れない。そう言ってゆき乃を引き寄せようとした。あたふたするゆき乃が可愛くて、その手を止めてくすっと笑ってシャワーに向かった。
こんなに汗くさくっちゃダメだよなと思い直したから。
夕方にはかなり楽になったと思えた。試験はもう明日に迫っていた。さすが、ゆき乃の作ってくれた食事はおいしくて、なんとか食べて体力を戻すことが出来たと思う。
夜になって休む時間になるとゆき乃はソファで眠ると言い出した。
そんなことさせるものか……
「どうして?ここで眠ればいいだろう。ソファになんか行かずに……おいで、ゆき乃」
僕は自分が横たわっているベッドの隣を叩いて見せた。
「な、なにをおっしゃってるんですか??恭祐様」
昨日のようにゆき乃を腕に抱いて眠りたい。目が覚めたときゆき乃の温もりが欲しい。
「だって、寒いんだよ?ゆき乃……こっちに来て。明日が試験だって言うのにね、眠れそうにないんだ……ゆき乃のせいなんだよ?」
「あ、わたしの……ですか?」
そう、ゆき乃のせい。僕をこんなにも煽ってそのままだなんて……
ココには館の人間も、誰もいないんだ。二人だけだから……ゆき乃さえよければ今すぐにでもゆき乃のすべてが欲しかった。
「そうだよ……こんなにも押さえてきたのに……おまえは一人で僕の元に来た」
「恭、祐様……?」
「ゆき乃の綺麗な乳房を見て、素肌をこの手にして、僕が何とも思わなかったとでも言うの?」
ベッドの前で立ちつくすゆき乃をベッドに引きずり込む。すぐさま組み敷いてゆき乃の首筋に唇を這わす。もう以前のように布越しで済ましたりしない。直接触れてキスしたい。
「ま、待ってください!!」
「待てない……こんなままで試験なんて受けられないよ」
今日はもう、待つ気もやめる気もなかった。ゆき乃の耳元に甘く囁いて首筋に吐息を吐く。それだけでゆき乃はびくりと反応を見せてくれる。思ったより敏感なのかもしれない。それは僕にとって嬉しい誤算だった。
「ずっと、欲しかった……ゆき乃の全部。あの時、あいつらにひどい目に遭わされた身体を見て、全部僕が奪いたかったほどだ。だけど、ゆき乃は傷ついているし、それは出来なかったけれども、パジャマの上から触れたときも、今も……もう、側で抱きしめているだけじゃ我慢できなくなっているんだよ?」
ゆき乃の髪を梳き、頬から顎をなぞり、親指で唇に触れた。
「優しい恭祐様のまま、来年おまえが出てくるまでここで待ってるつもりだった。だけど、それまでにゆき乃は僕の所に来てくれた」
髪にキスを落とす。順に首筋、肩先へとゆき乃の着ているブラウスのボタンをはずしながら素肌を露わにしていく。
「熱にうなされる中、僕はずっとゆき乃の夢をみていた。側にいて欲しいのはおまえだけだったから……目が覚めたら、望んでいたおまえがいた。この気持ちを、どう押さえろというのだ?」
「恭祐様、だめです……」
「何がダメなの?悪いけど、もう止まらないよ?身体ならもう大丈夫だから。それに……藤沢力也が本気だと知って、何も告げず、何もせずにおまえをあの館に残して、平気な顔して上京していられなくなったからね。ゆき乃を今すぐ僕のものにしたいんだ。そうだと実感させて?次はいつ二人っきりになれるかなんて判らないら……」
身体はすっかり風邪とは別の熱気を帯びている。欲しいんだ、ゆき乃が、欲しくて、欲しくて、もう……
「そんな……いけません!!」
なぜ?ゆき乃のイケナイはいつもせっぱ詰まっている。そんなに身分が気になるというのだろうか?それとも、やはり力也がいいとでも言うの?
「誰にも渡したくないんだ!ゆき乃、ゆき乃は……僕のものだ。そうだろう?ゆき乃も僕のこと……」
何度も首筋を吸い、少し暴れるゆき乃の手を頭の上で一つにして抗えなくする。空いた手でゆき乃の脇腹から手を差し入れ胸に向ける。
「だ、ダメです!!あ、わたしたちはっ……」
「ゆき乃、好きだよ……」
ゆき乃の抵抗が無くなったので、ゆっくりとその胸を手のひらで包んで胸の先を摘んで可愛らしい声が聞きたかったのに、耳にしたのはゆき乃の嗚咽だった。
なぜ?ゆき乃はやはり僕のことは何とも思ってなかったのか?それとも、やはり藤沢のことが?
「違いますっ!ゆき乃は……恭祐様のものです」
その問いに、必死で首を振りながらゆき乃は答える。
「あ、あのっ、わたし怖いんです。あ、んなことがあったし……それに、今は、恭祐様のお体が心配だし、明日は試験だし……あ、わたしが……上京するまで、待ってもらえませんか……」
ゆき乃の声が震えていた。やはり急ぎすぎたと言うのか?僕は半ば諦めてゆき乃を捕らえていた手を離す。すぐさま僕の下から逃れたゆき乃は急いで衣服をなおした。
「その間に藤沢力也のモノになったりしない?」
「そんな……なりませんっ、ゆき乃の心は……ずっと恭祐様のモノです」
「じゃあ、今夜、抱きしめるだけでも許して欲しい。それだったら、辛くても我慢できるよ?」
今まで待ったんだ。もう少し待つよ。
だけど、ゆき乃から許されたキスと抱きしめる行為だけは続けた。
キツクキツク抱きしめて、その柔らかな唇を塞ぐ。押し開いてその口中をまさぐる。
「ゆき乃、ゆき乃……」
「んっ、恭祐様、約束が……」
止まらなくなる。自分の理性がこんなにもろいなんて。キスの甘さが僕を狂わせる。
ゆき乃が涙を溢れさせていても、もう僕を煽るだけ。
「ゆき乃、ダメだよ。男はね、好きな女が欲しいんだ……今日はこれ以上は手を出さない。だけど、触れたい……ゆき乃のすべてに……ゆき乃がいいと言ってくれれば……」
「ダメ……」
僕が押しつけた下半身の熱さに驚いたゆき乃がそう口にする。
「わかるかい?ゆき乃を欲しいと言ってる僕の身体が……ゆき乃を抱きたいと願う僕の気持ち……」
ゆき乃の身体は嫌がってない。一層抱きしめて告げる。
「いつか、きっと貰うから……ゆき乃の全部」
やがて心地よい眠りにつく。眠りづらい状況だったけれども、病の後ではしょうがない。
「おはよう、ゆき乃、よく眠れたよ」
台所から起こしにやってきたゆき乃の腕を引いてまたベッドに引きずり込む。そのまま組み敷いて額をあわせて鼻と鼻をあわせたキス。
「目が覚めたらいないなんて、ダメだよ?」
起きたら居なかったのは寂しかった。昨夜から抱きしめていたはずの温もりを探すと台所に立ってめまぐるしく動いていた。朝食を用意したから食べろと言う。
「朝食?ゆき乃が食べたかったのに……昨日の夜、ちゃんと我慢しただろう?だからご褒美が欲しかったのに、目覚めたときに隣にいないなんて、寂しいだろう?」
「それは……でも、だめです、そんな……お約束したじゃありませんか」
約束、確かにしたけれども、男にあんな約束は無理なんだよ?ゆき乃が大学にはいるまで待つなんて、そんな、長すぎる。
怪訝な顔で僕を見つめる彼女。深いため息まで聞こえたぞ?
「ん?どうしたの?」
「いえ、あまりにも今までの恭祐様と違いすぎるんですもの……」
マジメな恭祐様は欲情したり女も抱かないとでも思っていたのだろうか?そう言う意味では既に女性を知っている僕をゆき乃は軽蔑するのだろうか、いや、それは言うつもりもないし、コトの後にだってこんな甘い気分にはならなかった。
すっかりゆき乃に甘えてしまってる自分がおかしかった。
「今まではゆき乃や皆の前で、礼儀正しいぼっちゃんを演じてきてたからね。そうでもしないと自分の気持ちを隠しきれなかったから。だって、ほら、いつだってゆき乃は側にいるんだよ?同じ屋根の下で、同じ車の中で……だから、そんな風に自分を押さえておかないと、すぐにゆき乃を襲ってしまいそうだろう?」
引き寄せて髪にキスを落としてゆき乃の顎を引き上げる。
「今でも襲いたいんだけれども?朝の男の生理は押さえがきかないからね……危ないから近づいちゃいけないよ?それと、なんにもしないからって男の台詞は信じちゃダメだ。いつだって、欲しくって、隙あらば……って狙ってるんだから。今だって……ね?」
囁いたあとでキスをしようとして逃げるので強引にこちらを向かせて何度もキスを繰り返す。深くはしないけれども角度を何度も変えて……
「ん……だ、だめです……間に合わなくなりますよ?」
そう言われてやっとその行為を中断する。今度こそ身体を離して、一呼吸置く。
「さあさ、急いでくださいね。今日は恭祐様に頑張って貰おうと、お弁当もしっかり作ったんですから。朝食もちゃんと召し上がらないと頭が働きませんからね、きちんと食べて試験頑張ってくださいね」
めっ、と子どもを叱るような仕草でゆき乃に言われて渋々立ち上がる。
「しょうがないな、今日頑張らなきゃ意味がないからね。ちゃんと食べて、頑張るよ。だからもう、そんなに逃げないで?なんにもしないから」
そういってくすっと笑う。
「何にもしないって……信じちゃダメって、さっき恭祐様がおっしゃいました!」
ゆき乃が両手を腰にやって「もうっ」と怒りながら僕を食卓のテーブルに座らせる。
「それは、ゆき乃がそんな目をするのがいけない。もう、遠慮するつもりはないって言ってるのに」
飲み物を取りに行こうとする手を掴んで膝の上に乗せて抱きしめる。
ああ、もうダメだよ、離せないんだ。ゆき乃が側に居ることが嬉しくて!
台所に奥さんが立っていて、朝食の用意をしてくれる。
出掛けるときにお弁当を手渡されて『いってらっしゃい』と送り出される。
そんなあたり前の生活がどれほど欲しかったか……
「やっぱり、いいな……こうやって、毎日二人で朝を迎えて、食事が出来たらいいのに。ほら、こうやっているとまるで新婚さんのようだろう?昔からの夢だったんだ。使用人なんていない、家族とだけの生活がしてみたいって……特に可愛い奥さんと2人だけの生活、なんてね」
その夢の中の可愛い奥さんはやっぱりゆき乃だった。幼い頃からずっと。
「今はもう、ゆき乃が目の前にいてくれればそれでいいよ。他には望まないから……」
そう、二人で手に入れられる幸せだと信じていた。このときまで。
試験が終わって部屋に帰ると置き手紙があった。
<恭祐様、試験お疲れ様です。
いかがでしたか?恭祐様ならきっと合格しています。
お食事の用意をしておきました。温めて食べてくださいね。
昨夜からの恭祐様の優しいお気持ち、ほんとうに嬉しかったです。
ゆき乃は優しい恭祐様が大好きです。
今までも、これからも……
本当のお兄様のようにお慕いしております。
ゆき乃が近くに居すぎたから、恭祐様は勘違いなされただけです。
恭祐様にお似合いの女性がきっと現れます。
ゆき乃は、一生宮之原に、恭祐様にお仕えしていきます。
恭祐様のお幸せを、心からお祈りしています。
ゆき乃>
置き手紙を読んで、気がついた。
出掛ける間際の最後の甘いキス、ゆき乃は辛そうにしていなかっただろうか?
ゆき乃の好きは兄のように好きなだけだというの?
嘘だ、昨夜のキスも、朝のキスも、僕の愛撫も少しは嫌がっていたけれども、ちゃんと受け入れてくれたのではないか?
ゆき乃の心は僕のモノだと言ったじゃないか?
それとも使用人だから断りにくかったとでも言うの?
こんな手紙一つで諦めろと言うのか?
今朝までのゆき乃はこの手紙の中には居ないのに……
ひたすら続きます、ごめんなさい〜〜 |