風花〜かざはな〜

26

「ゆき乃?どうしたの、さっきからすこしぼうっとしてるよ?」
「いえ、なんでもないです」
食事の最中もぼうっとしていたわたしは、心配げな恭祐様に笑って否定する。

恭祐様が帰られてから、一応お館様がいらしたこと、友人達が一緒にいてくれたことを話すと、恭祐様はほっとしたお顔を見せられて、『よかった、いい友達が出来て良かったね。父の方もまた探ってみるよ。』と言われた。
恭祐様が慶子さん達に頭を下げられたことを聞かされたと告げると、『彼女たちは本当に信用できる人たちだね。』と微笑まれただけだった。わたしはそのことにお礼を言った後、引き寄せようとする恭祐様の腕をすり抜けて台所へ夕食の支度に向かってしまった。
だって……久しぶりに恭祐様が帰ってこられたというのに、意識しすぎて、素直に喜べないほど身体が変だったから。

「何もないならいいけど……少し気分が落ち込んでるように見えるから、心配だよ?それなら、ゆき乃も少し飲むかい?力也が持たせてくれた外国産のワインだ。もっとも僕が選んだのだけどね。これをこんど輸入するんだよ。これは、当たりの方だと思うんだけど、少しは気分が晴れるかも知れないよ」
外国では水代わりなんだよと言いながら恭祐様はワインの瓶を傾けられて、わたしもついグラスを差し出していた。
初めて口にした紅いワインはわたしには少し渋くて、でも思いのほか甘くて、グラスに1杯飲んだだけで身体が熱くなってきてしまった。ふわふわした感覚がわたしから思考能力を奪っていく。
だめ……こんなんじゃ……ふらつく身体で後片付けもそこそこにリビングに戻る。
「ゆき乃、今夜は……どうするの?」
恭祐様がお風呂上がりに、ソファで残りのワインを口にしながらわたしに聞いてきた。今夜ココに泊まるのか、それとも、帰るのかということだろう。帰って来てからの、わたしのおかしな態度を見て恭祐様は気を遣ってそう聞かれたのだ。
きっと、わたしが帰りたいと言えば恭祐様が部屋まで送って下さるだろう。でも、離れればもっと寂しい。本当はすぐにでもその側に腰掛けて恭祐様の腕に抱かれたい気持ちで一杯だった。
だけど、きっと、辛くて、危ない……自分が壊れそうで、怖かった。
帰った方がいいはずなのに、火照った身体とアルコールで少しぼうっとなった思考が判断力をおかしくしていた。
「このまま、居てもいいですか?」
「いいの、ほんとうにそれで……僕の側に居るのが嫌になったんじゃないの?」
少しだけ怒った口調と寂しげな恭祐様のお顔。
「そんなことありません!」
「じゃあなんで僕が近づくのを避けるの?いつもみたいに、ただいまのキスをしようとしても逃げたじゃないか?」
「それは……」
額にされる挨拶代わりのキスでも、今のわたしには刺激が強すぎるような気がして、なんて言えなかった……
本当はお帰りなさいと抱きついて、滅多にしないけれども唇を押し当てて恋人同士のようなキスをしたかった。そして強く抱きしめられて、とろけるほど恭祐様の温もりを感じたかった。
だけど、冷めてないのはわたしの身体、わたしの心……
友人達の言葉が、未だに心に引っかかったままわたしを誘惑している。
      いっそのこと結ばれてしまえばいいのに……
「そんな目で……見ないでくれないか?」
「え?」
「今日のゆき乃はおかしいよ。だけど、そんなゆき乃を見て、僕までおかしくなりかけてる」
だからこんなに飲んでしまったのかもしれないと、恭祐様が柔らかく微笑まれて、それからおいでと手を伸ばされた。
わたしは恐る恐る近づくと、手を引かれてそのまま恭祐様の膝の上に納められた。そのわたしの胸にふいに顔を埋められて驚いた。
「きょ、恭祐様っ!?あの、っ?」
くすくすと笑われて、ブラウスの生地越しに自分の胸に恭祐様の熱い吐息が感じられた。
「もう……かなり酔われてるんでしょう?」
「このぐらいで酔ったりしないさ……理性がなくなるほど酔ってみたいけれども、そんなことしたらゆき乃に何するか判らないよ。それでもかまわない?」
「え……?」
「冗談だよ。しばらくこのままで……ゆき乃の香りを嗅いでいたいんだ。久しぶりだから……だって、帰ってすぐにゆき乃は抱きしめさせてもくれなかったじゃないか?」
少し甘えたような口調で文句を言った後も、恭祐様の腕はわたしの腰を強く引き寄せて離してはくれなかった。わたしは少し身じろぎをしながらも、最後には諦めて、手を恭祐様の頭に回して抱き寄せて、恭祐様の髪に頬を埋めた。
「ごめんなさい……だって、あの……恭祐様がいない夜が寂しくって……ずっと、か、身体が、あ、熱くって……その、そんな自分が恥ずかしくって……あっ……」
その時背中に回されていた恭祐様の手がわずかに揺れたその動きに思わずびくりと反応して声を漏らしてしまった。
その途端、胸元に大きなため息を感じた後、恭祐様は腕を解くと、わたしを膝の上から降ろした。
「すまないが、今夜は客間を……使ってくれないか?」
顔を伏せたまま、恭祐様は寝室へと向かっていかれてしまった。

リビングに置いて行かれてしまったままだった。
寂しい……
せっかく帰ってこられたのに。いつものように、あのぬくもりの中眠れないなら、自分の部屋に帰った方がよかったかもしれない。
お風呂をいただいた後も、身体の熱は取れなかった。
求めている……恭祐様を……身体が抱きしめて欲しいと望んでいる。
けれども、今夜は恭祐様が無理だと判断された。その理由はわかっている。
だけど、わたしはその温もりが欲しかった。
いつもなら素直に客間に籠もるのに、今夜のわたしは少し熱を帯びすぎていた。それがお酒のせいだとしても、いつもより思い切って行動できそうだった。その力を借りてわたしは恭祐様の部屋に向かった。

「あの、恭祐様?」
部屋のドアの鍵は掛かってはなかった。部屋の中までは拒否されていないのだと確信しながら、そっと中を覗くと恭祐様が枕元の灯りをつけて読書されていたのが見えた。
「や、やっぱり、ご一緒しては、いけませんか……?」
恭祐様はため息をつきながら本を閉じて枕元に置かれた。
「いいの?今夜は……自分を押さえる自信が、ないんだけど?」
わたしは返事をせずに恭祐様の隣に滑り込んだ。そのまま恭祐様の腕にしがみつく。
「抱きしめてください……ずっと、寂しかったんです」
大きなため息が耳元で漏れる。
「飲まなきゃよかった……ゆき乃にも飲ませるんじゃなかった。ずっと、そんな潤んだ目で僕を見つめるおまえといて、ただで済むはずはなかったのに……」
腕に絡んだわたしの手を解くと、恭祐様はわたしの背をシーツに押し付けると、そのまま顔の横に両手をついて見下ろしてきた。
「久しぶりに顔を見て、ゆき乃を抱きしめて、ゆき乃の香を嗅いで……あんな声聞かされて……ゆき乃が僕を求めてくれていることを知らされて……欲しくて、欲しくて、どうしようもなくなってしまいそうだよ。お酒のせいで、抑制が効きにくいというのに……だから、客間にやったのに。そのまま鍵をかけて僕が入れないようにして朝まで一歩も出てこないでくれたらよかったのに……」
「でも……」
「そうだよ、泊まってもいいと言った、自分の部屋の鍵は掛けなかったくせに、それは卑怯だよね?」
どんどん近くに降りてきて、目の前にはもう、恭祐様の瞳しか見えない。ゆがめられて辛そうな表情、わたしに掛かる熱い吐息……
「同じベッドで眠る異母兄妹はいても、こんなキスをする兄妹なんかいない……」
重ねられる唇、啄ばむように触れては離れて、上からわたしを見下ろしながら何度も角度を変えたキスが始まる。それと同時に恭祐様の身体が徐々に近づいてきて、わたしの身体に重なるころには、キスも濃くなって、恭祐様の舌が入り込み、吸われ絡め取られ、それに答えるわたしがいた。
「んっ……んっあ……」
綿のパジャマの上から脇腹をそっと撫でられ、その手が他の部分に触れたげに彷徨っては恭祐様の意志で押し戻される。わたしは自らの手を恭祐様の背中に回す。この罪はわたしも同じく被るのだから……思いは同じだと……
「妹なんかじゃない……ゆき乃は、僕が抱きたい女でしかない。もう、無理だ……兄の振りなんか出来ないよ。それでも側にいる?いつ過ちを犯すかも判らないような男と……このまま気が狂えば、間違いなくゆき乃を、無理矢理にでも犯してしまいそうな男と……ああ、心も身体も……狂ってしまいそうだ!」
きつく、抱きしめられ逃げられない……ううん、逃げる気なんてない。わたしも同じ思いで、同じ罪を犯そうとしているから……
「離れてる間も、誰かがゆき乃に触れてないか心配だった。毎夜ゆき乃の夢を見るほど、ゆき乃に逢いたくて、触れたくて……寂しかったのは僕もだよ?触れてもいいかい?男として……ゆき乃を愛していいか?」
「……はい、ゆき乃も、ずっと苦しくて……心も、身体も恭祐様がずっと恋しかった……」
「本当に?では、あの夜のように……ゆき乃のすべてを僕にくれるかい?決して最後の線だけは越えないと誓うから……」
「ゆき乃の全部……恭祐様のモノです。恭祐様さえよければ、最後までされても、ゆき乃は構いません」
「ゆき乃それは……それだけはダメだ……」
恭祐様が絞り出すような声でそう言った。
「父が……またゆき乃を調べるようなことがあったら、そんなことは勿論させないけれども、もしそうなったらゆき乃が辛い思いをするだろう?僕が我慢すればいいんだ……ゆき乃が卒業するまでに何とかしてみせる。だから……」
「でも!!」
「僕だって、禁為を犯す覚悟は出来ているよ。けれども、その罪の深さを考えれば、今は……ゆき乃を苦しめたくない」
二人の過ちを世間が知れば、後ろ指さされるだけでは済まないだろう。何もかも失ってしまう。お互いの存在までもを、おそらく……
「わたしの苦しみなんか、恭祐様を失わないで済むなら平気です!わたしには最初から何もなかったから、恭祐様がすべてだから……」
身体を起こすと、パジャマのボタンを自分ではずす。下着ごと全部脱ぎ捨てて、一糸まとわぬ姿で恭祐様の側ににじり寄る。
恥ずかしいけれども、それ以上にすべてを奪われたかった。
「ゆき乃……」
そのままの姿で恭祐様の胸の中に飛び込む。
どれほど不自然だと思えたか、その腕の中で眠るだけの行為が……すり寄れば、恭祐様が辛いだけで、わたしを引き離しシャワーを浴びられる前の辛そうな吐息、今まで、ご自分でなさらなければ納まらないほどの情熱を、どれほどの理性で抑えてこられたか……
「恭祐様の、思うがままに……ゆき乃を愛して下さい」


      

とうとう、です!
でも我慢するって恭祐様、あんたって人は〜〜!わたしが怒ってどうする?
さてさて次こそハートマーク付?