風花〜かざはな〜

25

「ねえ、最近のゆき乃ちゃん、なんか女のわたしでも襲いたくなっちゃう風情だね」
「え?」
大学のカフェテラスで友人達とお茶を飲んで、午後の空き時間を過ごしてる時だった。
女性ばかりでかなり気を抜いてたのは確かだけれども……何を急に言い出すんだろう?
「うん、ここのとこゆき乃って、なんかこうもの言いたげな感じでさ、瞳なんかずっと潤んでるし、ため息も多いし、唇も緩んじゃって、男の子の中に放り込んだら即ヤられちゃいそうな感じ?」
「そうそう、なんかフェロモンでてない?」
「やだ、もう、みんなして何よ……」
同じ学部の友人、桐谷萌恵、清水慶子、屋代詩織の3人が交互にそう訴えてくる。
入学してすぐ仲良くなった初めての女友達。そして、選んだわけでも無いけれどもある意味すごく目立つ彼女たちだった。すごく魅力的なスタイルの萌恵さん、そして才色兼備でキツイ感じがするけれどもしっかり者の慶子さん、あと見かけお嬢様なのに中身は庶民の詩織さんの3人。そしてわたしが加わっての4人組は確かに目立ってる方だと思う。その中でもわたしが一番世間慣れしていないらしくって、絶えずみんなにカバーされてる気がする。友人達が出来て、恭祐様もすごく安心だと、彼女らを信頼されているようだった。
「恋煩い?まさかね〜あんな素敵な人が側にいるのに……一体誰に思いを馳せてそうなるわけ?」
ちょっと怒った感じで詩織さんがそう言いながらわたしを揺さぶる。
「そりゃ、思いは恭祐様に、でしょう?それ以外あるはず無いじゃない、ねえ?」
と萌恵さん。
「そっか、まだ帰られてないの?でもどうみたって宮之原さんはゆき乃にベタ惚れじゃないの?何をそんなに悩むことがあるのよ?」
慶子さんにもそう言われてしまう。
まだこの友人達にも二人が想い合っているなどとは告げてはいない。わたしは恭祐様の身内で、身の回りのお世話をしている、どちらかというと使用人の立場だと。
ましてや異母兄妹だなんて……言えない。
いくら身分や貧富で差別したりしない公平な彼女たちでも、禁じられた思いを抱きあったわたしたちを寛大な目で見てはくれないだろうから……
なのに恭祐様からは、わたしへの愛情を感じるとか、わたしが恭祐様を思っている気持ちは筒抜けで、暖かくみまもってくれていた。

長い留守だった。寂しくて、彼女たちと夜を過ごしたりした。わたしの部屋に来た萌恵さんは、わたしが着そうにない下着やスーツを見て驚いては居た。『わたしがかわりに着てあげる』とニッコリ笑ったけれども、胸がきつくて断念したらしい。暇ならばと、慶子さんが色んな本を貸してくれた。恋愛小説から経済の専門書まで彼女の読んでいる書物は範囲が広かった。みんなが集まった日は詩織さんと二人で4人分のごちそうを作って楽しく過ごした。
でも、それ以外は、大学に行かない日はずっと一人で恭祐様の部屋にいた。
一人になる寂しさ……
だからだろうか?友人たちが声を揃えて危なそうなんて言うのは。
眠れない夜、恭祐様の匂いのするベッドにもぐりこんでみたり、恭祐様のシャツを羽織ってみたり、夜になると、恭祐様のコトを考えるだけで身体が熱くなってしまう。
女にも男性と同じような性的な欲求があるのだろうか?あの日置き去りにされた身体は恭祐様の温もりを、熱く強い腕を求めていた。
抱きしめられたい、そしてあの腕の中で眠りたい。寂しがってしまうわたしの身体……
覚えている恭祐様の体温、匂い、わたしに触れる指先、あの時に引き起こされたままの快感。
恭祐様が帰ってこられる日が近づくほど想いは強くなり、思いを馳せるだけで身体が震えた。
おかしくなりすぎたわたしの身体……


その日も自分の部屋には帰らずに恭祐様の部屋に向かっていた。
「あれは……」
お館様の乗った黒塗りの車だった。それが恭祐様の部屋の近くの路上に止めてあった。
恭祐様が今この部屋に居ないことなどお館様にもわかってるはずだ。なのに……なぜ?
わたしは震える身体を必死で動かして、その場から踵を返して駆け出して、わたしと同じく一人暮らしをしている慶子さんの部屋に向かった。
「どうしたの、ゆき乃らしくないわね?」
顔色が悪いわよと、心配してすぐさま部屋に招き入れられた。
「部屋に帰れないんです!お願いです、今夜……泊めてもらえませんか?」
声が震えていたかもしれない。
あの部屋の前でわたしを待っていたということは、その前にわたしの部屋にも来ていたはず。もう何日も帰っていないあの部屋、それに気がついたお館様が恭祐様の部屋にまで来ていたということだ。さすがに鍵まで用意していなかったらしく、車の中で待っていたようだったが、あの場所ではどう頑張っても目に止まらずに部屋に戻ることは出来ない。戻ったところでお館様が入ってこられたら……
恐ろしかった。なにかされるのではないかといった恐怖感は未だにぬぐえない。考えただけで身体が震え出しそうになる。
「ね、泊めるのはかまわないけど、何があったのか、話してみない?」
「……聞けば、慶子さんもきっとわたしを……軽蔑します」
落ち着けるようにと慶子さんが出してくれたのは、香りのいい紅茶にミルクとほんのちょっとブランデーをたらしたものだった。その熱い液体が身体をほぐしてくれていたけれども、わたしはそう言っただけで俯いて黙ってしまった。
わたしがお館様に何を強要されたか、聞けばきっと嫌われてしまう。何よりもみんなが想い合ってると信じている恭祐様とわたしは異母兄妹で、血の繋がりがあるかも知れないこと、それをお互いに知りながら離れられずにいることをしれば、いくら寛容な慶子さんや他のみんなだって軽蔑するに決まっている。
「あのね、宮ノ原さんが以前わたしたちに頭を下げられたの、ゆき乃は知ってる?」
「え?恭祐様が??」
わたしは慶子さんの言葉に驚いてカップを握りしめながら顔を上げていた。
「そうよ、外から聞くよりも先にと教えてくださったわ、ゆき乃が幼い頃に宮の原に引き取られて、ずっと下働きさせられていたこと、頭がよかったので自分と同じ学園に通い、こうして大学にまで来る事が出来たこと。そして、あなたとは異母兄妹かもしれないということ……」
「そんな……恭祐様が……」
「軽蔑しますかと聞かれたわ。『ずっと心のよりどころとして、ずっと側にいた愛しい少女と血が繋がっているかもしれないと聞かされたのは、思いを告げあった後だった。今も気持ちが変わらない僕を軽蔑しますか?』って……わたしたちのこと信じて言ってくださったのはよくわかったわ。そして、ゆき乃には他に頼れるものがなくて、わたしたちが初めて出来たなんの垣根もなく付き合える友達だったって」
「慶子さん……」
「自分が居ない間、助けてやって欲しいって、相談に乗ってやって欲しいって……あんないい男に頭下げられたら、わたしたちだって悪い気はしないわよ。でも、それだけじゃないわよ、わたしたちはゆき乃が好きだから、協力しようって決めたの。だから、今からみんなも呼んでもいい?」
わたし達みんなが味方だからと、萌恵さんと詩織さんに連絡を取って、しばらくすると慶子さんの部屋にみんなが集まった。
恭祐様がそこまで言っていたなんて気がつかなかった。お館様がわたしの処遇を決めれば、噂はすぐに広がるだろうと思っていた。わたしの値段は『宮之原の血縁者』だというだけで跳ね上がる。そうでなければただの使用人でしかない。大学という学歴を付けても、わたしのように母しか籍を持たない者は、就職や結婚に関してもそれなりにしか扱われないのは判っている。名家の人たちは、友人としてでもそんな人間と付き合うことをよしとはしなかったのは、長い学園生活で身に染みている。推測された醜聞や、まわりまわって間違った情報が入る前に恭祐様は彼女たちに総てをお話になったのだ。だけどもそのことをわたしは気がつかなかった。それほど彼女たちは変わりなくわたしに接してくれていたんだと思ったら、泣けてきてしまった。
「泣かないでよ、わたしたちはさ、ゆき乃が大好きなんだよ?頭もよくて何でもできるのに、信じられないくらい素直でまっすぐで控えめで……そして誰よりも優しい。なのにそんなゆき乃がいつも何かを我慢して耐えてるようなのが気になってたの。だから宮之原さんの話しを聞いてわたしたちはゆき乃を信じようって決めたの」
詩織さんまでもがもらい泣きして、そう言いながらわたしを抱きしめてくれた。
「そうだよ、世間がなんて言おうと、わたしたちは味方だから!」
萌恵さんが力強くそういってくれた。
世間に慣れないわたしをずっと気遣ってくれていた。自然と守られてると思ってた。
総てを知った上で……そういってくれる友人達。
「正直言って、血が繋がってるかも知れないって話しは驚いたわ。でもね、だからといってゆき乃が思ってもいない人の所に行く必要ないわ。宮之原さんは本当にゆき乃のことを思ってる……ゆき乃だって!それがわたし達は見てて痛いほど判るから……いままで、いつ言ってくれるか、待ってたんだからね?」
「みんな……ありがとう!!」
3人ともお館様のことも知っていた。そしてわたしが相談してくれるのを待っていたのだという。わたしは恭祐様が話してなかった部分のお館様の怖さをみんなに相談した。直接的なことはいえなかったけど……
「今夜は、ココに泊まりなさい。なんなら明日からみんなで交代でゆき乃の部屋に泊まってもいいから、絶対独りになっちゃだめだと思うわ」
慶子さんが強くそう言い放った。
「大丈夫、ゆき乃には指一本触れさせないから!」
嬉しくて、とてもじゃないけど、顔を上げられなかった。嬉しくても涙が出るのだとその日知った……
家族もなくて、頼れるのは恭祐様しかいないと。友人と呼べるのは少し違うかも知れないけれども、力也君ぐらいしかないと思っていた。
大学に入って、初めての女友達。彼女たちの存在がどれほど大きかったか。そして勇気づけられたか……
彼女たちは言ってくれた。
「わたし達は、周りがみんな敵になっても、ずっと味方だよ?」
そういって詩織さんがぎゅうってわたしを抱きしめてきた。
「二人が心底愛し合ってるのなんか見てれば判るわよ。だけど、清い関係みたいで、無理してるのが判るもの。宮之原氏がいつまた何を言ってくるか判らないのだったら、いっそのこと恭祐様と結ばれちゃえばいいのよ」
慶子さんが優しく背中を叩いた。
「そうそう、わたし達おかしいなんて思わないから、二人のこと祝福するんだからね?」
萌恵さんがそうのぞき込んで片目を瞑ってみせた。
「みんな……大好きよ!」
その夜は、それぞれが思いを語り合って朝まで過ごした。


「ゆき乃様、どこへ行かれていたのですか?」
大学の前にはあの秘書が待ちかまえていた。すぐさま慶子さんが前に進み出た。
「はじめまして、同じ科の清水です。今は宮之原さんがいらっしゃらないので、お一人では不用心かと、私の部屋に4人で泊まっただけのことですわ。いけませんでしたか?」
ぴたりと3人にガードされて、わたしは口を挟む間もなかった。
「そ、そうですか。お友だちと一緒だったと、社長にはお伝えしておきますわ。けれどもくれぐれも身勝手な行動は慎まれますように!」
秘書が言い捨てるように去っていく。
「しつこそうね」
みんなで笑った。ほんの少しだけ気が軽くなった。

「それで、ゆき乃の恭祐様はいつ帰ってこられるの?」
「明後日だと連絡をいただきました」
「そっか、じゃあ、ゆき乃のおいしいご飯も今夜までってこと?」
慶子さんが残念そうにそうおっしゃるので『ではうちに食べにいらしたら?』と誘うと、『ナイトのお帰りの後はお邪魔はしないわ。』と断られてしまった。
でも、居て欲しかったと思ってしまう。みんなして恭祐様のいらっしゃらない間、散々『結ばれてしまいなさい』なんて煽るから、かえって意識してしまって……
一体どんな顔をして恭祐様を迎えればいいのか、今までこんなにんなこと無かったのに、と悩んでしまっていた。


「ただいまゆき乃。何も変わったことは無かったかい?」
久しぶりに見る恭祐様の笑顔、優しいお声。なのに、いつものように平然とお帰りなさいと微笑むことが出来なくて、激しく胸を打つ動悸を押さえながら俯きがちにお帰りなさいと言うことしかできなかった。

      

ゆき乃に女友達、今まで居なかったですよね。
大学という今までよりも広い空間の中で、ただ気が合うだけでなく、本当に大事に出来る人たちに出会えた、ゆき乃にとっての大学生活はそんな貴重な時間だったようです。
さて、再び恭祐が帰ってきましたよ〜