風花〜かざはな〜

19


わたしは夜行列車の中で人目もはばからずに泣き続けた。
これで2度目だ……泣きながら列車に乗るのは。
後何度繰り返せば終わるんだろう?
いつか慣れるんだろうか?
恭祐様に掴まれた腕がまだ熱かった。あのまま、恭祐様の胸に飛び込むことが出来たなら……
一度あの胸の暖かさを知ってしまって、愛撫される喜びまでもこの身体に覚えてしまっては、もう、普通に笑って、知らなかった頃には戻れない。
なのにまた次の週も、その次の週もわたしは夜行に乗って上京する。
妙さんが恭祐様を心配して、いろいろと用事をこしらえてはわたしを送り出すのだ。


あれ以来、週末に女性を部屋に連れ来んだりはしていないけれども、身の回りのお世話をしていれば判るもの……
シャツに染みついた甘い香水の残り香、掃除していれば出てくる長い髪、赤い口紅の付いた煙草の吸い殻……
いつも、わたしが部屋に行くと、恭祐様はリビングで無表情でタバコを燻らされていた。けれども少し出てくると言ってなかなか帰って来られない日もある。
わたしは、黙々と片づけを済ませて、恭祐様が帰ってこられたのを確認して部屋を出て夜行に乗る。暗くなった夜道、その時間には、必ず戻って来ては恭祐様が駅まで送って下さるけれども、ひと言も話さない。そして汽車の中でわたしは泣けるだけ泣いて帰り、また普通の顔をして次の週に戻ってくる。


「今週も行くのか?」
力也くんが車の中でそう聞いてきた。
「ええ、おそらく……」
「泊まったりはしないんだよな?」
「それは、無いわ……」
「なあ、噂、聞いたんだけどな」
「噂……?」
「宮之原が、派手に女と遊び回ってるって……本当なのか?」
「…………」
「まさか……本当なのか?」
力也くんは、一瞬にしてわたしの表情を読み取る。頷くわたし、一瞬にして目の前が力也くんの白いシャツでいっぱいになる。
「でも、仕方ないの……」
強い力で束縛されながらわたしはそっとその胸を押し返す。
「なぜだ?あんなにもおまえ達は想い合っていたはずなのに?宮之原だって、おまえを頼むって……」
その時は既に二人のことは判っていたはずだった。だけども、恭祐様は頼むとだけ告げて行かれた。その理由を口にすることなく……
それは、きっと、恭祐様の最後の想い、そう信じたかった。
「恭祐様は恭祐様です。何をなさろうと、わたしはそれにお仕えするだけですから……」
「だけどオレは言った。宮之原がその気なら、オレは容赦しない。ゆき乃を諦めたりしないって!」
「…………」
わたしは力也くんの腕からすり抜ける。
「オレじゃ、ダメか……」
「ごめんなさい」
理由も言えない。言ってしまえば、もう、わたしの想いは続けるコトが出来なくなるから。
「たとえ恭祐様の隣に誰が居ても、わたしは、お仕えするんです。そう、子どもの時から決めていましたから……愛される側でなくても、大切にして頂いているのは、判っていますから」
そう、思いが通じ合ってしまう前にわたしは決めていた。恭祐様にどんな相手が現れようと、誰が寄り添おうと、わたしは……そう決めていたのだから。
「諦めないぞ、そんなつもりなら……宮之原が手放すのなら、どんな手を使っても、ゆき乃をオレの腕の中に入れるまでだ」
「力也くん……」
「そんな心配そうな顔するな。今すぐ取って喰ったりしねえよ。けどな、少しでもオレに心を傾けてくれたら、すぐにオレのモノにするから、覚悟しておけよ」
少しおどけた声で、力也くんが笑う。
判ってくれている、その上でそう言ってくれる。いつまでも甘えられないけれども、もう少しだけ甘えさせていて……


「杉原、よく成績を維持しているな、大変だろうに……」
担任の教師はわたしの家庭環境を知っていた。最初に自分で言ったのもあるけれども、進路を決める面談にも誰一人として身内は来ない。自分で決めるつもりだった。
「この調子だと、国立も大丈夫だろう。昨年は宮之原をはじめ、生徒会の優秀な面々が国立に進んだからね、この調子で頑張りなさい。で、他は受けないのかね?」
「はい、そこ以外は……」
「なあ、杉原。ところで、宮之原の家に出して貰うのか?進学の資金」
「……はい」
「奨学金といってな、金が無くても学費を貰える制度があるんだが、受けてみないか?」
「奨学金……」
「ああ、杉原はこうやって高校も宮之原家に出して貰ってるのだろう?そのまま出しても貰えるだろうが、いい加減あの家から自由になってもいいんじゃないのか?」
「え?」
「未だにメイドのような仕事をしながらなんだろう?そんなんでこのまま成績維持が出来なかったらどうする?国立はそんなに甘くないだろう?それに……おまえほど出来るのなら、あの家から自由になってはどうだ?方法はいくらでもあるぞ?」
自由になる……考えたことがなかった。
でも自由になっても、望みが叶うわけではない。ただ……お館様から逃れられるなら、いいかもしれない。
「奨学金で大学に通い、生活費がバイトで稼ぐ。そうやって進学している生徒は少なくはないんだ。どうだ?何なら先生から話してあげようか?」
夢のような話しだわ。自由なわたし、あの館以外で生活する、わたし……
「でも、それは無理です。高校の授業料、それから、借金があるんです。だから、それは無理です」
「え?そうなのか?借金って……」
「プライベートなことですから、先生……もう、奨学金の話しは結構です……では、もういいですか?」
「ああ、わかった。帰っていいですよ」
わたしは一礼して相談室からでる。
そんな方法もあったんだ……
貴恵さんの借金がなかったら……わたしは、そうできたかも知れない。
あれ以来連絡もない。それが元気な印だろうと思う。
だから、これでいい……


数日後、わたしはお館様に呼び出された。
「ゆき乃……先日から藤沢商事の社長から問い合わせがあったのだがな」
「藤沢……」
力也くんのお父さまの会社かしら?
「おまえの……『三原ゆき乃の持つ借金と、今までの授業料など、かかった費用すべてを支払うから、おまえを引き取りたい』と申し出てきよった」
「えっ……?」
「一体、どんな色目をつかったんだ、ん?」
お館様の目は笑っているようでちっとも笑っていない。
「引き取り手は社長でなく、副社長である息子の方だと言うではないか?よく送り迎えをさせてるのは知っていたがな……なんだ、車の中で乳繰り合っていたのか?それとも娼婦のように身体を開いておねだりしたのか?」
「違います!!」
「息子の方もなかなかのやり手のようだな。最近副社長になって、高校に通いながら事業を覚え、父親の片腕となって手腕を振るっているそうだ。感心していたぞ?藤沢のオヤジが、息子をやる気にさせたのはおまえだってな。涙流しながら、喜んでおったよ。一体どんな手を使った?自分の借金を払ってくれと、その身体でたらし込んだのか?どうなんだ!!」
顎を掴み引き上げられ、ぐいっとひねられる。
「そんなこと、していません!!」
お館様の目は冷たくわたしを見ているだけだった。
娘かも知れないわたしを、そんな目で見るなんて……
「本当にしていないかどうか、そこに手をついて四つん這いになれ!」
「きゃっ!」
聞き返すまでもなく、わたしはソファに突き倒された。
「お、館さま??いやっ!!」
わたしの腕を頭の上で一つにしてソファの背に押しつけ、もう片方の手で背中を押さえてわたしをうつぶせにした。
「約束を覚えているな?おまえのココは、私の言う相手に取っておけと」
「ひっ!!」
まくり上げられたスカート、引きづり降ろされる下着、ねじ込まれる指……
「い、いやぁああああああ!!!!!」
嫌悪感が身体を走る……
無理矢理ねじ込まれた指先押し開き、何かを確認すると引き抜かれた。
「ふん、まだ処女か……おまえ身体も使わずによくもまあ、男をたらし込んだな。この身体をやるからと約束でもしたか?」
身体が震えて、言葉が喉から出てくれなかった。
「そんな……りき、藤沢くんはそんなこと……」
彼が、なぜ借金を知っていたのか。
あれ以来、時々学校も休みながらも成績を維持し続けていた力也だ。送り迎えはしてくれるが、車だけの時もあった。忙しく立ち回りはじめた彼の姿にはこんな裏があったのか……
お館様は抜き出した指をハンカチで拭くとゴミ箱に捨てた。
「惜しいな……娘でなかったら、その身体、私が真っ先に味わってやるのにな……ふん、しなければ、いいか……おい、収まりがつかん、コレを何とかしろ!」
「え?」
なんのことか判らなかった。
「舐めるのだよ。別に血が繋がっていても、くわえるぐらいは構わんだろう?」
差し出された男性自身を頬になすりつけられる。
愛する人の物でも直視するのが恐ろしいほどの男性特有のグロテスクな器官は、信じられないほどの圧力を持って口元に押しつけられる。
「見たことあるのだろう?どうするか……チヅや貴恵にさせていたことだ」
顎を捕らえられ、無理矢理に顎の関節を挟んでこじ開けられていく。
「そ、そんな……むぐっ……」
押しつけられる異形のモノ……吐き気とおぞましさが身体の底から上がってくる。
「噛むなよ、このまま出してやる。いいか、おまえは私のモノだ。金を積まれても誰にも渡さん。娘であって娘でない……おまえの身体は私が言うがまま男の相手をするんだ。ほら、口でするやり方も覚えんと、差し出しても喜ばれんだろう?まずは慣れさせてやろう!」
激しく頭をわしづかみにされたまま、激しく揺さぶられ、喉の奥に当たるモノに何度もえづき、涙が何度も、何度もにじんではこぼれる。
「うぐっ、ぐっう……ううっ……」
「藤沢にはやらん、おまえは、私のいうがまま動くのだ……ううっ!!」
口の中に生臭い臭いと、何とも言えない苦みが広がった。
「ううっ……おぇっ!ぐふっ……げほげほ……」
床にすべてを吐き出してしまった。
一体自分は何をさせられたのだろう?麻痺しかけた思考能力で必死に考える。
「くくく……いいか、おまえはまだ誰にもやらん。覚えておけ、私の許可無くおまえを手に入れようとしたら、どうなるか……」
お館様はそう言い残して部屋から出て行った。
わたしは、泣くことも出来ず、ただただ、震えていた。
そして、いつもさせられている、チヅさんとの行為の後の片づけのように、その後の処理を済ませてわたしは部屋を出た。
身体に力は戻ってこなかった……

      

すみません〜無茶苦茶えぐいですね?こんなのサイト移転即の作品だなんて申し訳ないです。(涙)