風花〜かざはな〜
17
言ってしまった。
でも言わなければ、あのまま、わたしの身体は、恭祐様のモノになろうとしていたに違いない。
知っていて、それは罪なのだから……
なぜなんだろう?異母兄かもしれないと判ってからも、恭祐様への気持ちが変わることがないのは?兄への気持ちだと、どうして思いこめないのだろう?
この身体も……
こんなに恭祐様を求めて熱くなっている。
これからは思うことも許されないのに……
どうすればいいの?
これから……わたしは
どこへ行けばいいの?
何を支えに生きていけばいい?
きっと明日からは、もう恭祐様のあの笑顔は見れない……
「ゆき乃」と優しく呼ぶあの声も聴けなくなるの?
わたしを求めてきたあの熱い眼差し、吐息、優しい指先……
すべてを忘れて、今まで通り……なんて無理。
知ってしまった。
恭祐様の熱い想い。
狂おしいほどの甘さでわたしを征する唇の熱さ
その指先の与える甘美な痺れにもにた快感
優しい腕の中
甘い言葉……
忘れられるはずがない。
自分の指先でなぞる、恭祐様の触れた場所
覚えてしまった甘い疼き……
解き放つ方法も知らずに、ただ、必死で自分の身体を抱きしめる。
閉じた視界の中
故郷の海と空に風花が舞う……
飽きずに見つめていた。
あんな風に自由に飛べたら……
わたしを連れていって
どこか、遠くに……
故郷のあの海に帰りたい。
このまま誰のものにもならずに……あの海へ
泣きながら見た夢は、故郷のあの海だった。
連れて行ってくれるって約束したのに。
帰れない……
わたしは、もう帰れない……
志望大学に合格した恭祐様は、卒業式を終えるとすぐに上京された。
あれきり、何も話していないし、目をあわせることもなかった……
やはり、恭祐様の笑顔がわたしに向けられることはもう無い。
わかっていたはず、告げてしまえばこうなることは……
だけど、恭祐様の居ないこの館で、わたしは何をすればいいの?
わたしは何になればいいの?
恭祐様が居なくなって、新しい学年が始まる。
相変わらず迎えに来る力也くんは、わたしの様子がおかしいことにも気がついていたけれども、何も言わなかった。
でも、何だか判ってるような気がする。その眼差しは以前より優しくて、穏やかで……
「言いたくなったら言えばいいから……」
そう言うだけ、手も出してこない。
普段話すことも、相変わらずぶっきらぼうな口調で用件だけを告げるだけで、何一つ聴いてこない。その優しさが嬉しかった。
だって、今は、ちゃんと説明できるほど、自分の中が落ち着いていないから……
今何か聞かれても答えられない、泣いてしまいそうになる自分が居るから。
新学期が始まると、わたしだけでなく、藤沢力也もその個性を買われてか、わたし込みで生徒会に引きずりこまれた。
断るかと思ったら、引き受けてしまったのには驚いたけど……
力也くんも変わりつつあった。もう以前の粗野なだけの彼ではなかった。
でも、いつも側にいてくれる。
何も言わず、変に優しくもないけれども、絶えず側にいてくれる。
周りの彼を見る目もずいぶん変わってきた。
新入生の中には力也くんを素敵だといって遠巻きに見ている女の子が増えたし、側にいるわたしが、なぜか彼女だって勘違いされてるらしかった。
わたしは……
そんな状況に甘えている。こうしていれば誰も構いだてして来ないからずいぶんと気楽だったから……
「ゆき乃、帰るぞ」
「あ、はい……」
力也くんの迎えの車に乗り込んで、そのまままた何も話さず車は館へと向かう。
帰っても、恭祐様はいない……
「ゆき乃」
「はい?」
「今度の休み、どこかへ行かないか?」
「休み?」
「ああ、日曜日にだ」
わたしは思わずくすっと笑ってしまった。
「何だ、何がおかしい?」
「だって、日曜が休みって……普通はそうかも知れないけど、わたしは館の仕事があるから休みじゃないわ」
「え?そうなのか?じゃあ、オマエは今まで学校に通う以外はずっとそうやってきたのか?出掛けたり、遊んだりとか……」
「なかったわ。それが当たり前だったもの。恭祐様がいらっしゃるときは……」
その名前を口にして、わたしは押し黙る。
館での思い出、ううん、わたしの幼い頃からの思い出のすべてには恭祐様がいらっしゃった。休みの日にはお外に出られた恭祐様の後をついてお世話をしながらも話したり、一緒の時間を過ごしていた。
そんな時間はもうないのに……
「ゆき乃は、あの人のこと、言わなくなったな」
「…………」
「たった1年離れてるだけなのに、口に出すのも辛いほど寂しいのか?だけど……オレはその1年の間にオマエを振り向かせたいと思ってる」
「え?」
「卒業式の後、宮之原がオレのトコに来たんだ」
「恭祐様が?なぜ……」
「オマエを頼むと、頭を下げられた」
「わたしを……」
「どんな意味でかと聞いたら、オレの思うように解釈していいと答えやがった」
無視されていたわけじゃなかったんだ。だけど、力也くんに、なんでそんなことを……?
「ゆき乃しだいでオレは動くと答えたらそれでよいと……その意味、オマエも判るよな?アイツは……オマエを諦めたのか?それを聞いてもアイツは答えなかった。ならば、オレはオマエを求めてもイイって言うことだよな?」
「…………」
わたしは答えられない。それが恭祐様の出した答えなら……
どこの誰か判らない相手より、藤沢力也ならいいと思ったのだろうか?わたしをゆだねる相手は……
でも、わたしにはお館様との約束がある。
でも、いっそ、カレとなら……その方がどれだけ幸せか。
「おまえらの間にはオレには入り込めない絆があるって思っていた。なのに急に、一体どうしたんだ?オマエが言い出すまで待とうと思っていた。離れているのが、1年でも辛いのかと、だから聞かずにいようと思っていた。けど、オマエの避けようは、おかしすぎる!口にも出さない、思い出すのまで辛そうだ。まるで……捨てられた女のように……」
捨てられた?そういうことになるんだろうか?
「そんな顔するなよ……手出しちまいそうになる」
「え?」
「オレはオマエが欲しいんだぞ?そんな目でオレを見るな……」
いつの間にか、わたしはじっと力也くんを見つめていたらしい。
強い力で引き寄せられて、狭い後部座席にもたれた力也くんの胸の中、わたしは動けず、逆らえず、身体を硬くしていた。それを察した力也くんは、ふっと息を吐くとその腕の力を緩めてわたしの身体を逃がしてくれた。
「なあ、オレたち、付き合ってることになってるらしいけど?聞かれたときはオレはどう答えればいい?」
「それは……」
「下級生からも告白されてる。今迄じゃ考えられないパターンなんだけどな」
「力也くんの思うように、わたしが迷惑かけてるのは判ってる。こうやって送り迎えがなくても大丈夫だから、だから……」
「ちぇっ、誰とも付き合わないで、とか言ってくれねえんだな。これが宮之原だったら、ゆき乃はどんな顔するんだろうな」
「えっ?」
「もし、宮之原がこのままゆき乃を手放すんなら。オレは容赦しねえぞ?おまえの目が誰にも向かないように、オレだけしか見れなくなるようにしてやる……」
「そんな……」
「ここでオマエを自由にすることも出来る。運転手はオレのやることに口を出したりしないからな。それに、学校だって、生徒会室でも、教室だって、どこだってオマエのすべてを奪えるんだ。だけど……もう、無理矢理はイヤだから、オマエの合意が欲しい。頼むから、いつかうんと頷いてくれ」
後部座席のシートとドアの角に追いつめられて、わたしは俯くしかできなかった。
いつも見る力也くんじゃない、切なげな視線はカレの本気を表していた。
「そんな、辛そうな顔するなよ。おまえの気持ちがまだオレに向かってないのは判っている。だけどな、このままゆき乃を放っておくなら、オレは遠慮しねえってこった。宮之原が何を考えているかなんて判らんが、奴がそうゆうつもりなら、オレはもう引かない。ゆき乃を俺の物にするから」
車はとっくに館の手前に止まっていた。
わたしは鞄を掴んで急いで降りようとしたけれども腕を掴まれて降りられない。
「返事は、今すぐでなくていい。だけど、逃げるなよっ!」
わたしは駆け出した。館に向かって……
怖かった。
力也くんの気持ちが強すぎて、怖かった。
「ゆき乃、悪いけれども恭祐様の所へ行ってくれる?」
「わたしが……ですか?」
「夏物を送ってるんだけれども、それを冬物と入れ替えてきちんと防虫剤を入れて保管してきて欲しいのよ。恭祐様も洗濯物はクリーニングに出してらっしゃるだろうけれども、全部ってわけにもいかないしね。わたしも何度か寄せて頂いたけれども、なかなか片づかないみたいなので、週末にゆき乃いっておくれでないかい?」
「判りました。今回だけでいいんですね?」
「出来れば……週末いって身の回りのお世話をしてきてくれると助かるんだけど?」
「毎週……ですか?」
「前にも言ったでしょう?わたしはもうキツイのよ。おまえが行ってくれると助かるのよ?」
週末、わたしは上京した。
土曜の夜夜行に乗れば朝早くに東京駅に着く。少し早すぎるかも知れないけれどもさっさと済ませて帰らなければ、わたしは翌日の授業に遅れてしまう。恭祐様と同じ進学コースにいる限り休んだりなど出来るはずもなく、帰りの夜行のキップも既に購入していた。
力也くんとはあれきり、週末に入ったので、返事はまだしていない。
「ピンポーン」
インターホンを押す。合い鍵は持っているけれども、それを使うのは留守の時だけだと思う。
「はーい、何、こんな朝早くから……」
がちゃりと開いたドアの内側から現れたのは髪の長い女性だった。
えーっと、すみません。 そうゆうことです…これからどうなるか、恭祐はどう変わっていくのか?ゆき乃は力也に走るのか…ふっふっふ(わたしも判ってないかな?) |