風花〜かざはな〜

13

翌日は恭祐様だけが学園に向かわれた。
わたしはその日は一日様子を見て休んだんだけど、3日目には足を引きずりながらも登校した。
車で学園まで送ってもらい、教室まで恭祐様に付き添われる始末だったけれども、何とかいつも通り登校して見せた。

「よお……」
相変わらずわたしに声かけてくるのは力也くんだけだったけれども、恭祐様は小さく頼むと言ってご自分の教室に戻っていかれた。
「あいつらは昨日から来てねえよ。結局自主退学したんだそうだ」
まさか……あれほど言ったのに、恭祐様が?
「まあ、あいつらは完全勘違い組だったからな。どうせ来期には単位足らずで同じ目に遭ってただろう。それより折原だけどな……」
「どう、なさってるの?」
「来てるよ。なかなかたいした玉だよ。平気な顔してふんぞりかえっている」
「いいのよ……彼女は自分がしたことなんてたいしたこと無いと思ってるだけよ」
「それは違う。あのお嬢さんは自分のしたことよりも、恥をかかされた思いを逆恨みするか、自分に不利益だと思えばもう手を出してこないかのどちらかだ。まあ、反省がないのはおまえの言うとおりだけれどもな。あいつらが大事なのは体面と利害だけだよ」
苦々しく吐き捨てるように話す力也くんは、わたしの腕を取ると席まで引っ張っていく。
「取りあえず教室内にいるときは俺のもんだからな、おまえは……」
「え?」
「俺が守ってやるって言ってるんだよ」
そう断言した彼は、それからは、教室内ではわたしから離れなくなっていた。


そのことを恭祐様に告げたら、一瞬むっとされたけれども、ため息ついて『仕方ないな』といって笑った。
「他に頼めるやつもいない。悔しいが、僕がいなくなっても任せられるのは奴しかいない」
「わたしは、自分のことぐらい自分で守れます!!」
「そうもいかないときがあるだろう?今回のように」
「でも……」
「僕も、もうすぐ大学受験だしね、卒業したら東京に行く……守ってやりたくても守れなくなるから」
「そうでしたね……」
年が明ければ、恭祐様は差し迫った受験のために東京へ向かわれることになっていた。幸いなことに、宮之原の家の者が東京にでた時に定宿にしている部屋があるから、そこに滞在しながらいくつかの試験を受けるのだそうだ。
「ゆき乃が……東京に出て来るまで待ってるから」
「え?」
「それまで、やっぱり藤沢には気を付けてくれないか?」
「なぜ……ですか?」
「あいつは、ゆき乃に本気だから。高田なんかとはちがってね」
「えっ?そ、それは……」
「僕が知らないとでも思ったかい?あいつは何でも顔に出るからね、側にあんないい女がいるって言うのに、馬鹿なヤツだよ」
「知ってらしたんですね?」

あの事件の後、わたしの怪我をすごく心配してくださる高田様はわたしに『好きだ』と告げてこられた。
『いつも控えめに微笑んでいるゆき乃ちゃんが気になっていたんだ。こう、守ってあげたい感じで、ずっと、可愛いなって思ってた。今回の怪我だって、僕が、守ってあげたかった……これからは僕に守らせて欲しい!!』
思わず目を見張ってしまった。高田様は……小笠原様のことをどう思ってらっしゃるんだろう?気がついておられないのかしらと……
『あの、わたしは……』
『俺も大学進学で東京に行くけれども、その前に気持ちを伝えたかったんだ!!このままゆき乃ちゃんを放っておけなかったんだ』
いい人なんだけれども……
『あの、わたしは、宮之原の使用人ですから、高田様はもっとご自分にふさわしい方をお選び下さい』
『やっぱりだめか?僕の気持ちは……』
『すみません……』

わたしが生徒会室を出ようと外に出ると、そこには小笠原女史が立っておられた。
『あのっ……』
『いいのよ。わかってたわ。等は可愛い女の子が好きなのよ。自分が守ってやりたいって、そう思える相手がね……自分を頼ってくれるか弱い存在が欲しいの。あなたは十分強いのにね、見えてないのよ、あの人には……。わたしはよき友人か、職務上のパートナー止まりみたいね』
『小笠原様…….』
『かわいげが無いのはよくわかってるわ、でも現実って少し辛いわね。わたしは卒業まで、もうここには出入りしないけど、気にしないで。わたしのけじめだから……それに、どうせ希望校も等と同じなのよ』
ニッコリと微笑まれた彼女の潔さ。わたしの憧れだった。その人が寂しく笑われた。人を思う気持ちはどうしてこうもうまくいかない物なのだろうか……
『あなたは……恭祐を?』
不意に聞かれる。わたしは、どうしても嘘が付けなかった。
『恭祐様は、わたしのお仕えする大切な方です。でも……その想いが叶うような方でも。立場でもないですから……』
『そう……』
女二人、しばらく廊下の窓辺にもたれて、夕陽に染まる校庭をみていた。



「ゆき乃、受験の後……大学が決まったら、二人で出掛けないか?」
年が明けて、恭祐様の上京する日が近づいたある日、ふと、そう声超えかけられた。
「二人で?あの……どこに、ですか?」
「どこでもいいよ。映画でも、食事でも、なんでも……ゆき乃の生まれた街に行ってもいいかな?受験の後、時間が出来たら車の免許を取るつもりなんだ。無事とれたら連れていってあげるよ」
「まあ、お一人で運転されるのが怖いんですか?クスクス、高田様に一緒に行っていただけるようにお願いなさればいいのに」
「男二人でなんて楽しくないよ。僕はゆき乃と行きたいんだ。ここのところ全然出掛ける時間がなかったからね。本格的に上京すれば、しばらくはゆき乃の顔も見れなくなるしね」
あの事件以来、恭祐様はわたしをすごく大事にしてくださってるような気がする。
もちろん、館の中や人前では以前と変わらないのだけれども……
わたし自身にも判っていた。たとえ血が繋がっていようが、いまいが、恭祐様は幼いころから唯一大切な存在。それは他の何ものにも替えられない。心が、魂が安らぐ存在なのは、もう譲ることの出来ない真実だったから……
「じゃあ、そのためにも、まずは受験頑張ってくださいね」
わたしは恭祐様が離れていくコトを実感できないまま、寂しさを堪えて精一杯の笑顔で答えた。


受験のために恭祐様が上京なさった日からは、車を使うわけにも行かなくて……
わたしが薄暗い冬の朝の山道を行こうとしたとき、目の前に一台の黒塗りの車が止まった。
「よう、乗れよ」
力也くんだった。
「え?なんで……」
「宮之原がいない間は俺が送り迎えするって言ってあるんだよ」
「でも、そんな迷惑じゃ……」
「送られてくれない方が迷惑だ」
有無を言わさない力也くんの言葉に、おとなしく従う。
いつの間にそうなってたんだろう?この二人って、見かけもタイプも全然違うのに、どこか合うらしいのはよくわかっていた。いつだってわたしの目の前で言葉少なげに会話を成立させてしまうのだ。お互いにらみ合っていてもそうなのだから驚いてしまう。まあ、生徒会長でもある恭祐様に喧嘩をふっかけるのも、皆から狂犬扱いされてる力也くんを怖がらないのもお互いだけなんだけれども……
高等部に入ってから、藤沢力也の成績は急上昇していた。もうすでにトップグループに割り込んでいる。本人に言わせると『ちょっとやる気になっただけ』だそうだ。それだけじゃないのもよくわかっていた。藤沢力也は変わりつつあった。わたしと、と言うよりも、恭祐様と対立すればするほど、柔軟に変化を遂げていった。
「俺の……」
力也くんは車の中でも距離を保って、窓際に肘をついて座っていた。
「俺の入る隙間がないのは判ってる……おまえらは10年の間、ずっと一緒に居たんだからな」
「力也くん……?」
「おまえが俺を嫌うなら、もう、近づくまいと思っていた。だけど、おまえはオレを嫌ってないだろう?妙に信用されると困るんだけどよ、俺はこれからの2年間、おまえを守ることで側にいる。おまえは、答えたくなったら、それに答えてくれればいい」
「そんな……」
わたしにはそこまでして貰う資格はないのに……
「宮之原がいない間は俺が守る。珍しく俺が折れてるんだ、素直に頷いとけ」
ぶっきらぼうにそう言い捨てて外を見たままコチラを向かない力也くん。
粗野な言動は相変わらずだったけれども、投げやりな態度や、意味のない不真面目さは影を潜めつつあった。それどころか、言葉の端々に優しさすら感じてしまう。
こんな人を好きになれれば……どれだけ気持ちが楽になるだろう?
だけど、いずれ、どこかに差し出されるこの身で、なにを浮ついたことを考えているのだろう?
わたしは、自分の意志で未来なんて選べないのだから。



「ゆき乃、恭祐様と連絡が取れないのです」
学園に迎えが来て、呼び戻されて館に戻ると、妙さんが顔を曇らせてそう言った。
恭祐様が上京されて5日目のことだった。
「電話にもおでにならないし……先日の私大の試験も受けてらっしゃらないようなのよ。急いで誰かを恭祐様の所にやるようにと、お館様から連絡があったのだけれども、なにぶん私が前回準備で行ったときに、後で寝込んでしまったでしょう?とてもじゃないけど自信が無くて……おまえが行ってくれないか?」
前回妙さんは恭祐様の上京に付き添われて、無理が祟ったのか、館に帰られて丸一日寝込まれてしまったのだ。
「でも……わたしが行っていいんですか?」
「そう、おまえでいいと、お館様がおっしゃってるのよ」
「お館様が?」
「ゆき乃なら、大丈夫よ。恭祐様も心を許しておられるから…これは、お部屋の合い鍵よ。当座の費用と、もしもの時の薬、それと連絡先です。お館様も上京されてますが、おそらくお忙しくて顔を出されることもないでしょう。では、いってらっしゃい、恭祐様を頼みましたよ」
わたしは急いで身支度すると、そのまま車に乗り込んで駅へと向かった。

      

以外なエピソードです。
恭祐様以上におぼちゃまなヤツです。等〜〜〜馬鹿だよ…小笠原女史みたいにいい女…そのうち大学で、社会人になって気がつくんだろうけどね〜
このエピソードの影には、実は…某深夜アニメのラストシーンがわたしに作用しています。
詳しくはblogで(笑)