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「おばちゃんなんにも言いませんでしたね。」
「うん...」
朝の私の態度はひどく不自然だったと思う。いつもの落ち着きもなかったし、足腰まともにたってなかったしね。でも、多分気付かない振りしてくれたんだよね。おばちゃんがすごく優しい顔で笑ってくれてた気がする。
でもね......
「どうしました?気分悪いんですか?」
「えっ、なんともないわよ?」
そうですかと言いながら、雪の融け始めた道路をゆっくり運転する彼は、しきりに私の調子を気遣ってくれる。昨夜の事を言い訳もせず、今朝も変わらず優しい態度で接してくれる。昨日までとはまた違ったやさしさ。錯覚してしまいそうになる。10も下のこの好青年が自分の恋人のような錯覚。ほんとにいい男なんだと思う。女に恥をかかせないちゃんとしたエスコートの出来る人なんだ。
でもね、ため息の一つも出ちゃうわよ。10も下の後輩に抱かれて、自分見失ってしまった昨夜の自分の嬌態を思い出すとほんとに恥ずかしい。それも得意先で宿を借りた夜にだし...
なんか空しくなってしまう。年齢差考えると本気で付き合えるはずもないし、三谷君だって多分一時の気の迷い、若気の至りってやつのはずよ。よっぽど溜まってたのかな?すごい回数こなしてたしね。まあ、身体だけの事だと割り切れるような相手なら良かったんだけど、自分の気持に気付いてしまった今、辛いだけだよね。もう後悔しても遅いけど...。やっぱり後の事考えてしまう保守的な考えのあたし。このままずるずるなんてことないだろうけど、ほんと気まずいわよね。一夜限りの過ちってことで済ませてくれるわよね。
あたしは確認する意味で聞いてみた。
「ね、三谷くん、その、お互い酔った勢いでこんなことになっちゃったけど、この先同じ会社でやってくのに、気をつかうでしょ?だからなかったことにして忘れましょうね。それが一番いいと思うんだけれど...」
「.......」
「三谷くん?」
急に黙ってしまった。なんか横顔が怒ってるみたい?気のせいだよね。
「先輩はそれでいいんですか?」
「え、ええ。だってね、ばれたりしたらあたしきっと『男日照りの三十路の女が若い男の子を身体で誘惑した』とか言われちゃうわ。君、総務の子達に人気あるっていったでしょ?完全に敵に回しちゃったら大変だもの。三谷くんだって仕事に支障きたすの嫌でしょ?」
「...そうですね、酔ってることにしてって言ったの僕のほうでしたね。でも、僕は別にばれても構わないですよ。それに、忘れることなんか出来ませんよ。」
「そ、そんな...。三谷くん今彼女とかいないからそんな風に思うのよ。こんなおばさんのことなんて、可愛い彼女が出来ればすぐに忘れるでしょ?だから、昨日の事は忘れましょうよ。」
「嫌だ。」
「えっ、だって酔った上での過ちじゃない、こっちが忘れるって言ってるんだから!子供みたいなこと言わないでよ!」
思わずかっとして語気が荒くなる。三谷くんはむっとした顔で押し黙った。
不機嫌そうに前を見ていたけど、すぐ先の路肩に車を止める。この辺り雪はそんなに残っていない。のぼせるほどの暖房が下から上がってくる。車を止めるとすぐに車窓が曇り始める。
「先輩から見たら僕なんて子供なんでしょうね!」
落ち着くためか、彼は珍しくタバコを出して火をつけた。普段は営業車の中で断りもせずに吸ったりしないのに。あたしの言い方が気に食わなかったのかしら?けれど、運転してるから顔を見ずに話せると思ってたのに...。お願いだからこっち見ないでよ、大人の女の振りは苦手なんだから。きっと長続きしないわ。
煙が流れてくる。
「昨夜はあんなに可愛いとこ見せてくれて、やっと同じ線上に立てたと思ったのに、くそっ!」
ハンドルを荒っぽく叩く。彼らしくないしぐさ。やっぱり怒ってるんだ。でも、その方が二人の、ううん、彼のためだもの。
彼はつけたばかりのタバコをもみ消すと、ハンドルの上の腕に頭を置いたまままこちらを目だけで恨むように見ている。私は目があわせられないまま下を向いていた。
「判りました、先輩がそのつもりならこのことは誰にも言いません。今まで通りに振る舞って、誰にもこのことは気付かせませんよ。けれども当分彼女の出来る予定なんて入ってないんですよ。」
今までにない冷たい響きをもった声でそう言い放つ。こんな声は聞いたことがなかった。
「わ、わかってくれたのなら、それでいいのよ。大丈夫、三谷君ならすぐに彼女が出来るから...」
わたしは思わずほっとする。それが一番いいはずだから。けれどちらりと見た彼の目はまだ怒ったままだ。
「ところで、彼女が出来るまではどうすればいいでしょうね?僕もまだやりたい盛りですからね。どうです?貴女の身体で満足させてくれるなら、それが条件です。」
条件?どういうこと?
三谷くんの右腕があたしの助手席の左肩を押さえつける。恐る恐る見上げたその顔は、怒ってる目なのに口元が皮肉そうに笑う顔を作ってる――そう意地悪な顔。こんな顔する子じゃなかったのに、もっと素直で、真面目で...あたしが彼をわかってなかったの?怖い、すごく怒ってる。
「そんな、だめよ、もうこれっきり...」
「昨夜あんなにしたんですよ?貴女も喜んでくれたはずだ。この身体、僕は忘れたり出来ない。僕達はすごくあうはずですよ、年の差なんて関係ないのに?」
三谷くんの唇が首筋を舐める。
「だめっ...やめて!!」
昨日の名残を残したあたしの身体は、首筋のキス一つで容易に全身で彼を受け入れるよう神経を敏感にしていた。それを気付かれてはいけない。彼を思いっきり突き飛ばすことでそれに成功した。
「なんで?もしかして、先輩、彼氏、いるんですか...?」
「えっ?そ、そう、いるのよ!彼がいるの!」
いないわよ、本当は、いる訳ないでしょ!
「ほんとに...いるんですか?」
どうしてそんな顔するの、ほっとすればいいじゃない?責任取らなくていいのよ?捨て犬みたいな顔しないでよ...
「それって、人に言えるような人?」
「えっと、それは...」
「不倫?」
「そ、そうなの、奥さんがいるのよ。」
そういうことにしとけば、おおぴらにしなくっても済むはずだわ。
「じゃあ、週末は会えないんだ?」
そうなのかな?そういえば不倫してる友人が平日残業のふりしてとか、昼間抜け出してとか言ってたわよね、家庭あるんだもの、そうよね。
「そう、平日の夜しか会えないの。」
けど、あたしなんでこんな嘘ついてるんだろう?彼がこちらに身体を向けてくる。三谷くんの顔が真正面からニヤニヤと覗き込んでくる。
「ふうん、じゃあ、週末はいいんだ、僕が貴女を抱いても。」
「えっっ、な、何言ってるの!?」
「奥さんがいる人なら遠慮はいらないですよね?僕に彼女が出来るまで、週末貴女が欲しい時はそうしても。」
「だめ、だめだったら!そんなの理由にならないわ。あたしが嫌だって言ってるのよ?」
「昨夜の事ばらされたいですか?得意先であんなことして、どれだけ貴女が乱れたか、後輩のこの僕をもてあそんだって言っちゃいますよ。」
三谷くんの指が首筋からブラウスのボタンのラインを降りていく。あたしの身体は知らず知らずのうちにびくりと跳ねて、甘い快感が身体の中央に流れていく。
「会社や、みんなに何言われるかわかんないですねぇ。どうします?僕はまだやり直しがききますからいいんですけどね。それに男ですから別に構いませんよ。」
「...脅すの?」
「そう取られても結構です。条件飲んでいただけますか?」
頷く私に彼が再び覆いかぶさってくる。あとはもう彼のペースだった。