ずっと、ずっと...


〜Boy's side 2〜

 駆けて行く紗弓の後姿をしばらく見ていた。
 久しぶりにちゃんと話せてよかった。
 今までは自分から避けていた。まともに話する自信がなかったから……
 たぶん、最後にちゃんと話したのは小学6年の夏前だったと思う。
『どうしてやめちゃうの? ここまでやってきて、もったいないよ。柔道嫌いになったの?』
 柔道をやめると聞いた紗弓が、泣きそうな顔して詰め寄ってきたんだっけ。
『違うよ、野球が忙しくなってきたからだよ』
 それは、嘘じゃなかった。
『そっか、ピッチャーだもんね。でもこのまま続ければ中学になったらすぐに黒帯取りにいけるって。うちの道場からはわたし達二人で昇段試験を受けに行けって、言われてたじゃない?』
 柔道も好きだったから最後まで続けようと思ってた。
 だけど……
 俺達は2人とも運動神経もよく、そこそこ背も高かった。俺は小6にしてすでに170cm近くあったし、彼女も160cmはあったと思う。だから、どちらもそこそこ強かった。
 ずっと互角だった力が、6年にもなると男女の力の差が出てきはじめ、紗弓はもう俺には勝てなかった。けれど紗弓の見かけに騙されてると痛い目にあう。女子にしては力もあるし、技のスピードも速い。だからいつも本気をださなきゃならなかった。
 けれどそれがだんだん辛くなってきていた。
 ふくらんだ胸、白いうなじ、柔らかい感触。おまけにいい匂いがするんだ……女性の身体になりつつある彼女に技を掛けるなんて、できなくなっていった。
 投げたり押さえ込んだりして耳元でうめき声なんて上げられてみろ? 俺はどぎまぎして技をかけてるどころじゃなくなってしまう。身体のあちこちに柔らかい胸が当たったり、寝技で足を絡められたりしてみろ? おかしくなっちまう。
 そんなのって俺だけかも知れないが、そんないやらしい気持ちを持ってることを紗弓にだけは気づかれたくなかった。
 今となるとそれは性的興奮ていうやつで、誰にでもある事だって判ってるけど、当時まだ12歳の俺は、裸のお姉さんの写真よりも、紗弓の身体に興奮してる自分が汚らしく思えた。

 だから俺は逃げ出したんだ。

「ごめん、またせちゃった?」
 学食の前で待ってると、制服に着替えた紗弓が息を切らして走ってくる。髪も下ろして肩の辺りで跳ねている。近づくと汗止めかなんかの香りかな? 彼女らしい爽やかな香りがした。そういえば最近甘ったるい香りばかり嗅いでいたような気がするな。
「あれ、どうして中に入って待ってなかったの?」
「ば〜か、試験前の誰もいない時間帯だぜ。閉まってるよ」
 言ってるのに自分で戸を開けようとしてる。変わんねえな、昔から自分で確かめないと気がすまないとこ。
「わちゃ〜、ごめんね。じゃあさ、商店街の自販機で奢るから、ね?」
 高台にある学校から下ると小さな商店街がある。最近では人のいない店が多くなってしまって自販機だけの店がそこらにあった。
 もうあの頃の初心な俺ではないのだから、紗弓を避ける必要はないはずだ。ちゃんと普通にしていられる。
 まるで昔に戻ったかのように軽口を叩きながらふたりで商店街まで歩いた。俺はバス通学してたから歩きだが、紗弓は自転車通学なので乗らずに押して横を歩いた。
「りょうやは相変わらず炭酸?」
「ん、さゆみはポカリ?」
 自販機の隣のベンチに炭酸系のジュースを受け取って腰掛けた。
「懐かしいね、よく勝ち抜いた時に道場の先生がジュース奢ってくれたよね」
 彼女も俺の隣に自然に腰掛けてきた。それだけのことなのに、いきなり脈が跳ね上がった気がした。
 嘘だろ? 少々女に擦り寄られたって平気なのに……どうして??
 ペットボトルに口をつけながらちらりと隣を盗み見た。目を閉じてゴクゴクと喉を鳴らして飲んでいるその姿が妙にエロチックに映った。

 俺は高校で髪を伸ばしはじめた途端にもて始めた。中学の間は紗弓に対する気持ちを打ち払うかのように部活に打ち込んでいたけど、高校に入ってからは声かけてくる女と片っ端から付き合ってみた。最初に付き合ったのが年上の女で色々とえっちな手ほどきも受けた。こんなものなのかって思ったけど、気持ちのいいのは確かだからヤラセテくれる女はありがたかった。そうしているうちに男としての自信もついてきたし、ヤラせてくれる女にも事欠いたことはなかった。
 だけど、この隣にいる相変わらず爽やかなスポーツ少女然としている紗弓は、俺の周りにいる女達とは随分と違った。援交やって俺に平気で貢いで来るような、色気過剰な女子高校生とは。だから、簡単に手を出しちゃいけないんだ。
 なのに……
「どしたの?それおいしくなかった?」
 黙りこくった俺を、紗弓が心配して覗き込んでくる。
「いや、そんなことないよ。こっちも飲むか?」
 そう言って飲みかけのボトルを差し出すと、素直に受け取って口をつけた。
 間接キスだぞ? いや、昔はこんなこともよくやってたんだ。今更気にすることじゃない。
 なのになぜ今、こんなにもドキドキしちまいうんだ?
 俺の男の部分が目覚めはじめていた。



〜Girl's side2〜

平気な振りして遼哉の飲んでいたペットボトルに口をつけた。
 昔なら平気でやってたことをできないって言うのもおかしいと思ったから。
 だけどどうしてこんなに唇が熱くなるの? 顔赤くしたら気付かれちゃうよぉ。
 わたしの気持ち……ずっと隠してきたわたしの想い。
 柔道をやめてから彼がわたしを避けていることは気がついていた。きっと嫌われたんだと密かに泣いたりもした。なのに遼哉はどんどんかっこよくなっていくし、高校に入ると綺麗な人に囲まれて全然違う人になったみたいで……諦めた、はずだった。
 なのに今日は急に近づいてきた。まるで何年も飛び越えたかの様に今まで通りに話しかけてきて……
「それ、俺と間接キスしたことになるぞ」
「え……なにいってんの? こんなの昔からやってたじゃない」
 急いでボトルを遼哉に付き返した。
「だったら何で赤くなってるんだ?」
 そう言いながら、今度は彼がペットボトルに口をつけた。それは飲むと言うよりも舐めるような仕草で……
「ヤダ、遼哉そんな風にしないでよ!! もう、ヘンタイ!」
「ひでぇ言い方。だったらそんな目で俺を見るなよ!」
「そんな目ってなによ?」
「その目だよ……」
 遼哉がぐっと近づいてくる。わたしはすっごく久しぶりに彼の顔を間近かで見た。多分柔道の組み手の時以来だと思う。
「あたし別に……」
 その後の反論は出来なかった。
 そのまま遼哉の唇に囚われてしまったから、わたしの唇が……