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社会人編

36
〜甲斐・1〜

志奈子が駅に向かって歩いていく。
オレは、その後ろ姿を静かに見送っていた。

本当は行かせたくなかった。
側に……居て欲しかった。
今すぐ車から飛び降りて、その腕を掴んで引き戻したかった。
部屋に閉じこめて、逃げられないように縛り付けて、離れられないようその身体を何度も抱いて……一生繋ぎ止めておきたかった。

だけど……彼女の夢を邪魔する権利はオレにはない。
今まで散々その意志を無視して抱き続けてきた。
そうすればいつか……自分のモノになるんじゃないかと高を括っていた。

莫迦だ、オレは……
意志の強い彼女が今まで側にいてくれただけでも奇蹟だったんだ。快感に溺れる彼女につけ込んで関係を強要し、男に襲われて震えてる彼女を取り込んだ。
それだけでもあり得ないことだったのに……これ以上望んだら駄目なんだ。
彼女は教師になる夢を貫いたのだから。
母親の呪縛から抜け出し、ようやく新しい道を歩き出したのだから、邪魔しちゃいけない。
何一つ望まない彼女が、唯一欲した道を妨げてはならない。
ずっと心にそう決めてきた。
だから……

「プップー!」
後ろからクラクションが鳴る。改札で切符を買う志奈子の背中を最後に、オレの車はその場を離れた。

頑張れ、幸せにな……志奈子

部屋に帰ってもそこにはもう彼女はいない。
ただ広いだけの二人で住んでいた部屋。
何のためにこの部屋を借り続けていたのか……
ずっと続くと信じていた。このまま、志奈子がここから教師として学校に通い、オレも会社に通い、いつか……
いつかなんて、なかったのに。
似たような境遇、親の愛情を受けられず、望むことを止めてしまった二人。
形あるものなんか信じられなかった。言葉も信じられなかった。確かな物は温もりだけだった……

そんな未来はもうない。
自分で壊したんだ……
全部自分の不手際だった。
ちゃんと気持ちを言葉にすればよかった。
彼女にはっきりと拒否される事が怖くて言えなかった言葉を……
もう、遅すぎるけれども……



「甲斐くん、お昼これからでしょ、一緒にいかない?」
「すみません、もう買ってきてるんです。取引先からの連絡待ちもあるので、ここで食べます」
「そうなの……それじゃあ、また今度一緒しましょうね」
同じ部署の先輩や同僚、女からは相変わらず気軽に誘われる毎日。オレってそんなに誘いやすいんだろうか?
あれから一年――――オレは氷室コーポレーションに就職し、営業販促部に所属して忙しい毎日を送っている。今いる部署は、関連企業関係の販促物を企画したり販売する仕事で、女性も多い職場だった。
「なんだよ、営業販促部の花岡さんに誘われて断るか?買ってきた弁当なんて後で食えばいいだろうが」
去っていく同僚の女性を見送りながらため息をついていると、斜め前のデスクから声がかかった。
「水嶋さん……何言ってるんですか、最初は手を出すと後が怖いとか言って脅したくせに」
「おまえが一見軽そうに見えたんでな。女が好きそうな顔してるし……社内で遊ぶと後が怖いんだぞ?最近は見直してるけどな。意外とがっついてないし、冷めてんだよな……おまえ」
そう言いながら、オレの買ってきたコンビニの袋からパンを一つ取り出して勝手に開けて食べ始める、この人にはもう慣れた。
水嶋隆也、同じ販促部の先輩だけれども、実はHIMUROコーポレーションの社長令嬢氷室朱理の従兄弟で、つまりは社長の甥にあたる。だけど彼はそれを公表せずに確実に足下を固めつつある、結構やり手だ。その関係というわけでなく、昔からちょっと顔見知りだった。なぜ知ってるかというと……
「朱理に頼まれた時はどうしようかと思ったけどな。オレも<アンティゥム>には短い間だが世話になってたけど、まさかタカさんの一人息子を送り込んでくるとは思わなかったよ。面接に出てた親父に聞いたけど、おまえの評価悪くなかったってさ。成績もそこそこいいし、愛想も礼儀作法もなってるって。そこんとこはタカさんに感謝だな。あの人ああ見えても店じゃ煩かっただろ?」
「……ええ」
<アンティゥム>は親父のやってるホストクラブの名前で、この男はオレの親父を知っていた。短い期間だったので、店に居た事はうっすらとしか覚えてないけれど……もう8年も前の話だ。オレがまだ中学生のガキで、店にはたまに用事を言いつけられて顔を出す程度だった。父親が忙しい時、よくアレもってこいとかパシらされていたから。
「あの可愛かった坊やがね、いい男になったもんだ。親父さんにはかなわないだろうけど、結構フェロモン垂れ流ししてさ。今は女、居ないのか?」
「前は……いましたけどね。当分、いらないですよ」
そう、大学を卒業するまでは確かにいた。もう一年も前の話だ。志奈子と別れたあと、遊んでないとは言わないけれども、カノジョらしき付き合いをした女はいない。まあ、仕事に慣れるまではそんな余裕無かったし、そこそこ仕事も忙しい。遊んでない分、結構仕事に打ち込んでいた。
「へえ、ちょっとその気になれば入れ食い状態なのに?もったいないねぇ。その歳で何達観してんだよ。まさか枯れちまった訳じゃないだろ?」
「その辺は適当に……けど、その気になれなくてね」
「まさか前のカノジョに未練ってやつ?それって……まさか、おまえの方が振られたの?そりゃまた、珍しい事で……タカさんの息子がねえ、そんなことあんの?」
「もういいでしょ、それ食ったらデスクに戻って下さいよ」
「へえ、よっぽど酷い女だったのか?それともいい女だったのか?どっちにしろ、いい男はいい女が作るっていうからな。少なくともおまえ8年前よりもいい男になったな」
「中学のころと一緒にしないでください」
「あはは、すまん、すまん」
全く悪いと思ってない風情で笑い飛ばす。やりにくいけど、ある意味気取らなくていい楽な相手だった。
「いい女……だったのかな」
オレは呟く様に口にした。
今となっては懐かしいというほど月日はまだ経ってない様な気がする。未だに思い切れていない前のカノジョ……2年以上一緒に暮らしても手に入らなかった女。彼女は美人だとか気だてがいいといった形容詞には当てはまらない女だったけど、間違いなくオレにとってはいい女だった。


船橋志奈子は、オレの前では無口で、無愛想で、洒落っ気がなくて、着飾ることもしなければ媚びる女でもなかった。強いて言うなら……身体がよかった。抱き心地のいい吸い付くような肌をしていた。アソコの具合も最高によかったし、感じやすいいい身体をしていた。それに料理も上手くて、今まであまり食べたことのない様な家庭的な料理を色々と作ってくれた。やりくりも上手かったし、掃除や洗濯といった家事は完璧に近かった。母子家庭で小さい頃からやりつけていたらしいから。
だけど、オレにとってはそれだけじゃなかった……
後で判ったことだけど、オレたちはちょっとよく似た家庭環境で育ったために、温かい家族団らんを知らない。目の前にいたのは、親というよりも自分の幸せと快楽を求めるただの男と女でしかなかった。
だから判らなかった……家族の作り方なんて。ただひたすら抱いた。それ以外知らなかったから。
だけど、カラダだけでは無かった……なによりも側にいると居心地がよかった。変に機嫌を取らなくてもいい、引き寄せれば素直に抱かれてくれる。だけど、別に何も話さずに黙って同じ部屋に居るだけでもいい時もあった。愛想笑いも、お世辞も、面倒くさいデートやプレゼントもしなくていい。志奈子は……とにかく何も望まない女だった。
そういえば、最後に出掛けたのが初めてのデートになるのか?それまで二人で出掛けたことなんかなかった……前に買ってやった服もようやくその時に着てたし、眼鏡をかけてなくて、おしゃれして化粧したあいつはいつもと見間違うぐらいキレイで……まるで別人の様に見えたっけ。だけど中身はやっぱりあいつで、何か買ってやるといっても遠慮がちで喜ぶ前に驚き顔で拒否してくるんだ。
そういえば、他の女にしてやってたことの何一つしてなかったことに、その時初めて気が付いた。あれほど長く一緒に暮らして、何度も何度もセックスしていたというのに。
オレは、自分で思っている以上に優しくない男だったと思う。だけど、デートや飾った言葉がなくても俺たちは解り合えていると思っていた。オレたちは親の愛情を知らない分、貰えて当たり前のモノもしらなかった。だから最初から期待しない、互いに求めない。だから喧嘩にもならない。唯一オレが求めたのは志奈子のカラダで。彼女は……今を生きる安定した生活と、自分の力で生きていく安定した未来だった。
その部分をお互いに割り切れあえてたから<セフレ>になったと思っていた。彼女も……ソレまでの関係だと割り切っているのだと、判っていたけれども、オレは志奈子の未来に自分が居ることを望んでしまった。
そればっかりは無理だったのに……今まで無理をさせて来たのに……誰とも恋愛しないと言っていた彼女のカラダを求め奪ってきたというのに。
いつの間にか彼女はオレにとって、傍に居て当たり前の女になっていた。今までの女の様に喧嘩して、オレの身勝手さに呆れられて終わることがなかった。なぜなら……オレたちは似た様な環境、家庭で育ち、相手に『期待をしない』から、喧嘩にすらならない。言葉やモノを信用しない分、身体も、心も……寂しさも、言わなくても判っている様な錯覚に陥っていた。いつの間にか志奈子はオレにとってその存在自体が大切になっていた。家族というモノが、居て当たり前で、利害関係無しにお互い無償で奉仕しあうとしたら……彼女がオレにとってそんな存在になっていた。
だから、側にいて欲しくて、大切にしたかったのに……出来なかった。
なぜ、どうして、オレは彼女じゃなきゃいけなかったんだ?
何度も逃げられて、何度も手に入れなおした。色んな手を使って……
今まで付き合った女を落とすのに使った手のひとつも通用しない相手に、オレはどうすればいいのかわからなかった。だから、ひたすらその身体を求めて、そこから落とそうとした。
実際身体は落とせたはずで、この手中にあったのに……いつの間にか行ってしまった。
最後は自ら見送った。それで終わって……また別の相手を探して、今までと同じように楽しくやっているはずだったのに……それが出来なかった。


「そうだ、朱理が心配してたぞ?連絡ないし、家にも帰ってこないって……おまえ、まだ学生時代住んでたアパートにいるのか?あそこからだとこの会社は乗り換えの連絡悪いだろ?実家の方が通いやすいんじゃないか?」
「別に……そんな苦になるほどじゃないですよ」
「そうか?おまえは家事能力だけは最低だからって、心配してたぞ?こんど掃除でもしに行こうかって」
「大丈夫、キレイにしてますよ」
そう、彼女が出て行った時とさほど変わらないままあの部屋はある。ベッドも、家具も、食器も、どれも捨てたりはできなかった。家事だって、あいつがやっていたのを思いだしてやっている。食事だけは作るのが面倒だからコンビニとかファミレスになってるけど。たまにこの人と居酒屋に行ったりもする。
志奈子の作った煮物が食いてえな……みそ汁とか、定食屋のよりも具が多くて味が少し薄めで……
全部しらなかった。志奈子と出会うまで……
もし……あの時。
彼女と一緒に資料室へ行かなければ……オレたちは一生係わらずに済んだのかもしれない。そうすれば、今こんな風に女に捨てられた情けない男のように未練たらたら昔を思い出したりしていなかっただろう。
あの事がなければ……オレとはまったく縁のないクラスメイトだったから。


オレにとって委員長のイメージは、お堅い優等生でしかなかった。幸せな普通の家庭で育ったくそ真面目なお嬢様だった。制服は規定通りで、校則にも書いてないのに三つ編みに黒縁の眼鏡。背筋がピンと伸びて、だれかに何を言われても動じない。成績優秀品行方正な模範優等生の彼女は先生の信頼度も高く、いつも委員長に任命されていた。いつの間にかだれもが委員長って呼んでた様な気がする。実際オレもそう呼んでいた。
だけど、いつ見ても隙がない分、彼女の内面が見えなかった。上辺だけ薄く浮かべた笑顔は、いつだって本当に楽しそうじゃない。よく見るとさりげなく友人達と距離を置いている事や、誰かに何かを任せたり出来ない。他人をあまり信じてないこともなんとなく判った。笑ってるその顔の裏で、すごく冷めた顔して高校生を演じている……それはオレも同じだった。ノリのいい友人達とのやりとり、申し込まれたらとりあえず付き合う。それなりに女と遊んで、だけど性欲処理以外は面倒臭い付き合いだった。ただ、学校というカテゴリーの中で目立たない様に、その容姿にあった役割を演じていただけ。
それは彼女も同じだった……
そのことに気が付いたのだって、あの……資料室での事があってからだった。見かけと中身のギャップ。もしかしたら、抱いてる時の彼女の方が素直なんだと思った。普段はオレのこといらないみたいに無表情なのに、抱かれてる時だけ素直にオレを求めてくる……だから、その本性を暴きたくて、何度か酷い抱き方もした。その度に涙をみせて乞わせても、心まで堕ちない彼女の心の垣根の高さを思い知らされた。カラダの中には入れてくれても、心の中には入れてくれなかった。
最後まで……いや、本当にそうだっただろうか?何度も彼女からのシグナルは送られていたんじゃないだろうか?オレが気づけなかっただけで……もっと早くに色んな事を話しておくべきだったんだ。オレたちに足らなかった言葉で、カラダで埋められない隙間を埋めれば良かった。だけど、オレたちはあまりにも自分のことを話すのをためらっていた。二人にとって家族のことは、誰にも話したくないことだったから。

莫迦だったオレ……何も作りだせなかったオレ……奪うだけだった、オレ。
家族や、家庭といった、自分たちが欲しかった物を築けばよかったのに……無くすことを怖がって結局何もしなかった。そのことが今となっては悔やまれる。
今更だ……今更、オレたちの接点はもう何処にもない。遠く離れた県外の学校に勤めたはずの彼女からの連絡は全くない。携帯もメールも全て解約されていた。
もう、関わり合いたくないって、構うなってことだよな?
突きつけられた最後通告を前に、オレは為す術もなく立ちつくした……後でなんとでもなると考えるのはオレの悪い癖だった。
そういえば大学卒業するまで、一緒に住んだあの部屋に彼女の余分なモノはほとんど増えなかった。まるで遠慮する様に、間借りする様にして住んでいた……それの意味するモノは、今となってはよく判る。そのことに、もっと早くに気づけなかったのはオレだ。
志奈子は最初から別れるつもりだった……オレから遠く離れるつもりだった。
嫌われてなかったとは思う。だけど……必要とされなかった。彼女の未来(これから)に。
結局何も残らなかったんだろうか?オレたちの間に……
いや、残ったはずだ。少なくともオレは……変わったと思う。
最低だった自分から……少しはマシになれたんじゃないだろうか?

志奈子に会うまで、いや、逢ってからもオレは最低の男だったかもしれない。気軽に遊んで、女と付き合って、セックスできればいい。その女が扱いやすくって、キレイで可愛ければなおのこといい。モデルの仕事をしていれば、遊ぶにも事欠かなかった。女だってモデル級の女が寄ってくるし、着るものだって自然とセンスも上がってくる。向こうもオレを連れ歩くことで満足する様な女達……
だけど、オレがまともな恋愛をしようとするなら、まずそのセックスに対する概念を変えなければならなかった……オレの性に対する意識やモラルは低かった。親も親だったからな……子供の目の前で女としこたまやる様な親父だった。あいつの与える環境のせいで、オレは乱れ腐った性の中で育った。
元ホストの親父、いまでも一部のお得意様相手には現役らしいけど、今じゃ<アンティゥム>ってそこそこのランクのホストクラブの店をやってる。界隈じゃ伝説のホストだとか何だとか有名な男らしいが、それがどうしたっていう?オレにとって……ヤツは最低の父親だった。
生まれて物心付いた頃には母親はおらず、その愛情も温もりも何一つ覚えていない。産ませるだけ産ませて捨てた……いや、女遊びが過ぎて愛想つかれて出て行ったのか、他の女連れ込んで追い出したとか、まともな噂は残っていない。
だけど、オレはそんな親父に見た目も激似らしい。年齢の分、オレ以上にフェロモンまみれの親父にはいつだって女達が群がっていた。オレを育てるのはその時その時の奴の女で、彼女たちはいくらオレを可愛がってくれても、オレが甘えていても、親父が呼ぶといそいそと部屋に行ってしまう。いつの頃からかオレはその部屋を覗くようになった。さっきまでオレを可愛いと言ってくれた女が、親父にのっかって髪を振り乱してよがっていた。そのうち、オレの背が伸びて親父に似てきたら、今度はオレに手を出す女が増え始めた。自慰よりも早く女の手で射精させられたし、夢精よりも先に女の中に出すことを覚えた。
それはオレが成長して面倒を見る手を必要としなくなってからも同じで、親父に相手にされなくなった女や、オレに興味を引かれた女達が、放って置いても周りに群がってきた。学校でも、街でも……親父の事を知らなくても、親父譲りの容貌のおかげで、望まなくても女には苦労しなかった。
女の肌はいい……一度覚えてしまうとセックスの快楽からは離れられなくなる。定期的に溜まるから出したくなるし、あの温もりに包まれていると気持ちよかったし、寂しさも紛らわせてくれる。どうせ家に帰っても誰もいないんだ。偶に居ても親父の部屋で喘いでる女だ。そうやって、愛情や何かを引き替えにしなくても快楽だけのセックスを先に覚えたオレは、その行為自体が食事や挨拶と変わらない行為に思えてきた。学生らしい『好き』だとか『付き合う』とかいった、そんな前提も何もなく、目があってその気になったらヤル、みたいな……そんな女ばかりが周りにいたから。快楽を求めておもちゃを使ったり、変わった場所でやったりと、ひたすら快楽を求める行為だった。
それでもカラダだけだと寂しくて……学生らしくオレの事を好きだと言ってくる女と付き合ってみることにした。
最初はいい、オレの気を引こうと必死で色々してくれる。何か作ってきたり、ままごとみたいでも家庭的なところを見せて、オレに一時夢を見させてくれる。だけど、いつだってそれは最初だけ。すぐに見返りを求めてくる。付き合えば付き合うほど図々しくなる。特に同級生とか若い女で、親に何かしてもらうのが当たり前だとあぐら組んでる奴が一番腹が立った。甘えた声でねだれば何でも手に入ると思っている女達……
『もっと好きだと言ってよ!』『わたしの事大事にしてよ!』女はオレに自分が与えた物以上を求めてくる。
オレに物を与えてくる女は、その代償にもっと愛してと強請ってくるし、誕生日に望み通りのプレゼントを渡すと、次の機会にはもっと高価な物をねだってくる。
誕生日はこうじゃないといけない、クリスマスディナーの後はホテルで……セックスする為だけにそんな面倒くさいことに付き合ってられなかった。だから同じ学校の女とは出来るだけ付き合わない様にして、目立つ他の学校の女と付き合っているのを口実にする。あとは、街で目が合えばその日の間にベッドインなんてあたり前だったし、家に帰りたくないオレには誰かの温もりが絶えず必要だったから……

本当に欲しいもの……オレはそれを見ないふりして居た。
手に入らないと、諦めていた。
誰かの温もり、安心してくつろげる家、カラダも心ごと預けられる存在……
そんなものあり得ないからと、望むことも、手に入れることも諦めていた。
こんなにも近くにあったのに?青い鳥よろしく、自分で見えなくしていただけだった。
オレの欲しかったもの……
普通の家庭、温かい家、優しい家族。
それらを手に入れるためにいい大学に入って、いいとこに就職して、サラリーマンな生活を送りたかった。平凡だけど料理の上手い嫁さんをもらって、そのうち子供が出来て……マンションなんか買ったりして。
その為には普通の真面目な恋愛が出来なきゃ駄目と悟ったのは高校に入ってからだった。なぜか寄ってくるのは遊び慣れた女ばかりだと気付いた時には遅かった。

そんな中、志奈子と出会い、あの資料室に一緒に行った。
オレたちは共に国公立を狙う進学クラスで、彼女はいつものパターンで委員長をやっていた。たぶん、役付きでなかったら記憶にも残らなかったかも知れない。予備校や塾に通う中、オレと委員長はそういうところに通ってない珍しい受験生だった。今まで元々成績も要領のよかったオレは、ちょっと勉強すればなんとかなってきたが、さすがの理数系クラス。レベルは結構高く学力成績を維持するには一苦労だった。結局学校側の補習授業を受けてそれを補っていた。土曜日の午前中に集中して行われる3教科以外の補習は国立受験者には必要だった。そこに委員長……志奈子も参加していた。
あの日も補習の終わったあと、山ほどのテキストを返すように言われたのもあいつだった。昼前に終わった補習の後は蜘蛛の子を散らした様にさっと誰もがいなくなる。いつものごとくそういったことに指名される委員長と、居眠りして残っていたオレと二人で、返却の為に別棟の一階の端にある社会資料室に向かった。
実際に話てみると以外にあっさりしてて、女女してなくて、同性のように勉強や進学の話しをしたりしやすくて、甘えたところもなくて、媚びすら振ってこない。そういう雰囲気にオレは敏感な方だったけれど彼女からそういう雰囲気は一切伝わってこなかった。クラスでもトップクラスの成績で、真面目でしっかりしてるように見えるが、委員長なんてやってるのは要領が悪いってことだ。皆委員なんて当たらないようにしてるのに、馬鹿正直に何でも受けやがって……見てて腹立たしいこともあったけれども、嫌がらずにやってるとこは真面目だなと思っていた。今まで周りに居なかったタイプ?女と言うよりも友達になれそうな……そんな感じだった。質問したりすると、先生よりも丁寧に教えてくれてたっけ?聞けば先生になりたいって早くから言ってたのを思い出した。教え方上手いから、向いてると思ったんだ。

だけどオレたちの関係はあの日、豹変した。
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