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16
〜大学編〜

新しいアパートで新たな大学生活が始まった。
高校時代節約して溜めたお金と義父が引き続き援助してくれるアパート代で、前より少しだけいいアパートに越すことが出来た。学生街なので意外とアパートの数も多く、普段は電車を使うことなく学校にも通えるのが便利だ。早々に決めた家庭教師のバイトの時だけ電車を使わなければならなかったけれども、それ以外は校内のバイトを探した。接客業は苦手なのでやめておいた。愛想笑いは高校で卒業。あの面倒見のいい委員長はどこにもいない。それでも真面目に学生してると自然と友人は出来た。学力レベルの高い女子大だから、あまり遊び歩くタイプの女の子は少なくてほっとしていた。それでも、普通におしゃれなお嬢様やセンスのいい女子大生は山ほどいたけれども……

あれから携帯も変えた。甲斐くんからの連絡方法は携帯だけだったから。
来るか来ないかわからない電話やメールを待つなんて惨めなことはしたくなかった。そうやって期待するのも、絶望するのも怖かった。自分が遊ばれたのだという事実を直接知らされるのが怖かったのだ。
あれは、自分が選んでそうしただけ。<せふれ>としてセックスを楽しんだ。その相手としての甲斐くんは申し分なかったはずだ。見た目も好みだったし、触れる手は優しかった。行為の最中はたくさん意地悪なことも言われたけれども、根は悪くない。誠実な人でもなかったけれどもそれは育った環境がああだったから。わたしだってすっかりひねちゃったのは同じような理由だからよくわかる。
でも、なによりもセックスが上手かった。甲斐くんが初めてだったし、他の男はしらないけれども、身体はいつも満足を通り越すほど夢中にさせられた。アレだけ嫌悪していた行為を受け入れてしまうほどの快感を与えられた。何度もイカされて、こっちがもう駄目といっても終わってくれない。必ずわたしをイカせてからもう一度わたしを追い上げたり、何度も挑んできたりで、うまいだけじゃなくて、強いんだと思う。最後なんか一晩中で意識を飛ばすほど体力的にはキツイかったけど、今となればいい思い出だよね?
だけど、そんな彼の欲望を受け入れられるほど、わたしの身体も淫乱で貪欲だったんだ。
最低……
あの出来事は誰のせいにも出来ない、自分のしたことだから自分で責任を取ることだった。
だから、終わりにした。
あんな、身体だけの関係は、これ以上続けても何の意味も成さない。そう、心がともわない行為が辛く感じた時に気付いてしまった甲斐くんへの思い。だけど、わたしはただ抱くのに都合のいい相手なだけ。
見た目も人目を引くほどの彼とわたしは釣り合わないと思う。恥ずかしくて隣なんて歩けない。それは十分わかっている。
抱かれるだけの存在だからわたしは求められたんだよね?甲斐くんにとって、溜まった時気持ちよく抱ければ顔や性格は関係なかったんだ。後腐れなく校内で抱くのに都合のいい相手だったはず。
だけど……それは受験で彼女を作るのが面倒だったからで、大学が決まれば甲斐くんなんて選び放題だと思う。彼女が出来て一緒の所を見ればきっぱりと諦められるはずなのに、それをしなかったのは失敗した。あんまり激しく抱かれたから、ちょっと勘違いしたままになってるんだ。
もしかしたら……って
馬鹿ね、身体だけなのに。彼がわたし自身を求めていたなんて事あるはずないのに。


毎日大学とアパートの往復。家庭教師のバイトは週に3日月水金の七時から九時まで。遊べばいいのに遊ぶ癖はないらしく、サークルにも入ってないからコンパとかも行ったことがないまま夏が近づいてきていた。クラスの友人とは食事にいったりもしたけれども、遊ぶとかそういうのはあまりなかった。高校時代とあんまり代わりばえしない毎日のような気もする。
一度だけ、甲斐くんを見かけた。バイト帰りに駅を降りた時に前の方を歩くカップルに目がいってしまって、よく見れば彼だった。予想通り綺麗な彼女連れて、駅からしばらく同じ方向だったみたいで後ろをついて歩くみたいになってしまったのは偶然、のはず……
ううん、本当は確かめたかっただけ。だけど最後まで見る勇気もないまま、途中で道を折れるのを確認してその場を立ち去った。カノジョの家がこの辺なのかな?その後は見ることがなかったから少しだけ安心して、少しだけ落ち込んだ。
やっぱり以前よりかっこよくなってた。カノジョの腰に手を回して、甘い仕草ですりよるカノジョに見せる横顔。暗くてよく見えなかったけれども、きっと優しい顔してほほえんでるんだろうね。そしてその夜、今時分あの女を抱いてるんだろうな……って、考えるとまだ胸が苦しかった。忘れたはずの気持ちなのに、あんなの見ちゃったら全部思い出したみたいに現れる自分の心。そして身体が彼を思い出して疼き始める。
そう、きっと身体が恋しいだけなんだ。彼に抱かれてるあの女が羨ましいだけ。あの快感が欲しくて求めているだけだと自分に言い聞かせた。
だめだな。こんな思いを引きずるなら、いっそ一生処女の方がよかったかもしれない。
馬鹿みたいに自慰にふけってみたりしても、一度知ってしまった快楽から抜けられない身体。
もう彼はほかの女のもの……望んでも手に入らない。あの時、関係だけでも続けていればこの身体の疼きは解消出来ただろうか?そして、この渇きが身体だけで、心じゃなかったと知らしめてくれただろうか?それならよかったのに……
いっそのこと身体だけ遊んでしまおうかとも考えたけれども、自分が誰でもいいって思える女ならまだよかった……
不必要なプライドと、自信のない容姿が邪魔をして誰とも遊べない。そして、甲斐くんを思って疼く身体を持て余していた。



雨だ……
家庭教師のバイトの帰り、駅を出ようとしたら雨が降っていた。
アパートまでは少しだけ距離がある。傘がないと少し辛いけど、生憎と今日は傘を持って出なかった。
しょうがない、アパートまでダッシュで帰るしかないかな?
覚悟を決めて走り出そうとしたその時、腕をつかまれた。
「船橋っ!」
「え?」
聞き覚えのある声だった……
「志奈子……見つけた」
振り向くとそこは髪を明るくした甲斐くんが、わたしの腕を捕らえたまま引きつった笑顔を貼り付けて立っていた。

「甲斐、くん……」
「あんま、変わってないのな、お前」
さすがに三つ編みはもうしてないけれど、長い髪をバレッタで後ろにひとつにまとめていた。今日はバイトの日だったので一応ちゃんとした恰好だった。シンプルな開襟襟の白いブラウスに膝丈のグレーのスカートという女子大生ファッションで、わたしにとっては家庭教師用の制服だった。
高校時代よりはマシに見えるだろうか?少しだけ、並んでもおかしくない程度に見えるだろうか?
ううん、この間見かけたカノジョに比べれば惨めなほどしゃれっ気の一つもない恰好だといえるだろう。
比べても無駄なのに、馬鹿なわたし。
改めて甲斐くんをみると、細めのジーンズに、シャツとジャケットを着崩していた。相変わらずお洒落に見える。胸元のシルバーのネックレスも、指先を飾るいくつものリングも……
「元気、だったか?」
「……うん、久しぶりね」
「あの次の日におまえのアパートに行ったけど、引っ越した後だった」
少し怒ったような表情。
「大学に近いところに移ったの」
「……携帯も変えたのか?」
「ええ、携帯引っ越しの時に壊しちゃって……」
そうかと甲斐くんは顔を伏せた。けれどもまだ腕は放してくれない。そりゃ離してくれたら、すぐさま駆け出すつもりだったけれども。
「普通、その場合連絡してくるよな?しなかったのはマジで俺のこと切るつもりだったのか?」
わたしの腕を掴んでる力が強くなる。
「ね、腕痛い……放して」
「いやだね」
「なっ……なんで?」
「なんでって、こっちが聞きたい。アパートに行ってももぬけの殻、携帯も変わっててオレとの連絡が取れないようにして……切られたんだってわかったけどさ、そんなに嫌われてたとは思わなかったんだよ。さすがにしばらくは落ち込んだんだぜ?」
「だって……アレで最後だって、約束したじゃない!」
嫌ったわけではない。その反対だった。好きになってしまったから、辛くて、離れただけ。
「な、おまえは……今、ひとり?」
ひとりの意味は、付き合ってる人がいるかどうかってことだよね?
「当たり前でしょう?わたしには恋愛なんて必要ないもの」
「じゃあ、セフレは……いるの?」
なんてこと聞いてくるのよ??いくらそんな関係だったからって、いきなりそんなこと聞くかな?
「そういう甲斐くんは彼女いるんでしょ?」
「……ああ、いるよ」
あの時見た彼女だろうか?それともまた別の?誰でも同じ、わたしはそんな存在になれないから。
「いるんなら、いいじゃない?もう、構わないでよ」
イライラと気が立ってしまう。甲斐くんは一緒のトコ見られたなんて思ってないんだよね?でもそのことがどんな関係があるっていうの!早くここから、彼の目の前から立ち去りたくてしょうがなかった。感情を顔に出さないよう、必死で動じてない振りをしながら……
「カノジョはいるけど、セフレは居ないんだ」
「そんなこと、わたしには関係ないわ!」
セフレね、そうわたしは都合のいい相手のままなのよね。でも、カノジョが居たらいらないでしょ?泣きたくなる気持ちを押さえて、わたしは腕を引き剥がそうと必死で藻掻いていた。
だけど、甲斐くんはチッと舌を打つと、わたしの腕を引いて歩き出した。
「ちょっと、まって!!」
なんなのこの強引さ。みんなが見てるよ?やだ、一緒に居るところ見られたくない……また比べられる!
大声は上げられない。駅前のこんな目立つところで、もし甲斐くんのカノジョやその知り合いに何か見られたら大変だ。

「離してっ」
駅から離れた所でようやく腕を振り解いた。だけどそれと同時に、あっという間に路地裏に引き込まれた。
どこかの家の塀に身体ごと押しつけられる。人一人通れるかどうかの隙間なのであまり雨に濡れる感じはなかった。
「なんで?彼女が居るんでしょ!!」
「ああ、居るよ。同じ学部の女」
「じゃあ、その人とどうぞ。わたしにはもう構わないで!」
もがくけれども甲斐くんの身体が密着して押さえつけてきてるので、逃げられない。
「な、本当に忘れた?オレのコト……オレの身体……オレは忘れられなかった。おまえの、志奈子の身体……」
耳元に落とされる言葉、初めてのあの時のように耳朶を這う舌、挿む唇、耳から首筋へと浸食してくる快感に肌が立つ。
「っ、や、めて……」
下半身に熱い、甲斐くんの興奮したモノが押しつけられる。わたしの身体に、興奮している。そう思っただけで、身体が熱を帯びる。

わたしも忘れてなかったんだ、彼のこと……

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