12.お付き合いのスキル


「あれ? 細井さん、痩せた?」
「あ、はい……少しだけですけど」
 自分ではかなり痩せたはずだった。5〜6kgどころじゃない。だけど、痩せてる人からすればそのぐらい落としたのとは変りないはずだから、少しだけと答える。7〜8kg落ちてやっと少し。トレーニングを始めてからはもう少し落ちているのだけれども、体重よりも身体が締まってきたから余計にそう言われることが多くなった。
「身体は大丈夫? 前に倒れたから心配してたんだよ」
 心配そうに覗き込んでくる本城さん。優しいなぁ……相変わらず。誰にでも優しいってわかってるけど、やっぱりときめいてしまう。
「大丈夫です。ちゃんと体調管理してますから」
 それはもうチーフが煩いぐらいなので、体調なんて崩せない。もちろん元気でいられるのはイッコのおかげもあるけどね。
「そう、よかった。今日も無理を聞いてくれてありがとう。取引先に見積りがすぐに欲しいって言われて困ってたんだ。僕も今日は別件で手が離せなかったから、本当に助かったよ」
「いいですよ、そのぐらいいつでも」
 本城さんは他の人と違って、余程のことがないとわたしに無理なことは頼んでこない。
「いつも申し訳ないよ。だって、細井さんは仕事かなり抱えてるでしょ? 皆川さんじゃ任せられない仕事は2班からも細井さんに回ってきてるみたいだし……だから、いつも大変そうなのに申し訳ない。それでも大事な書類は細井さんじゃないと任せられないんだよ」
「あ……ありがとうございます。そう言ってもらえるだけでも、嬉しいです」
 本城さん、気づいてくれてたんだ! 嬉しい……誰が見ててくれるよりも嬉しいよ。女としてじゃないけど、仕事仲間として認めてもらえてる。それだけで仕事する気もぐんと上がるんだから!
「だからたまにはお礼がしたいんだけど……今夜、空いてないかな? 食事でも一緒にどう?」
 えっ? 食事? まだ……自信がないよ。まだまだ、本城さんの隣に立っても恥ずかしくないスタイルじゃないし、それに今日の服だって太ってる時着てたままの、ものだ。そんな格好で彼と食事? 無理、まだまだ無理! 自信がないよ……
「あの、今ダイエット頑張ってて……夜はできるだけカロリーの高いものは食べないようにしてるんです。ごめんなさい、せっかく誘ってもらったのに……」
「そっか、頑張ってるのに邪魔しちゃ駄目だよね。それじゃ、こんどランチでも一緒しようよ。夜のご飯はまた細井さんがいい時に声かけて? もちろん、僕がご馳走するからね」
「あ、ありがとうございます!」
 あーもう、すごくいいチャンスだったかもしれないのに……自分から声かけるなんて、相当頑張らないと無理だよ。でも、嫌な顔ひとつせずに笑ってくれた……やっぱり本城さんって、いいなぁ。ああ、皆川さんが向こうで睨んでる。でもどうでもいいや。彼がちゃんとわかってくれていた、それだけで十分だから。

「おい、どうして断ったんだ?」
 後ろから凄むような低い声。耳元で呟かれて思わずビビった。
「ち、チーフ? えっ、あの……見てたんですか?」
「せっかくのチャンスじゃないか、どうして断る」
 怒ったように聞くのは止めて欲しい。ただでさえ普段仕事してても機嫌悪そうに見えるんだから、「もっともそれがデフォルトで、別段怒ってないっていうのはもうわかっている。だけど、今日のはちょっとわたしを責めてくる感じだ。
「だって、まだ全然目標の半分も痩せてないし、それに……」
「その目標が達成するのはいつのことだ? それはおまえの中の目標であって、チャンスを逃す理由にはならないだろう? 奴がいいというなら一緒に行けばいいんだ。一日食べたぐらいじゃ戻らないことぐらいわかっているだろう?」
「それはそうですけど……」
 まだ自信がないのだ。そのぐらいわかってほしい。
「そっちも鍛えないとだめか」
「え? そっちもって?」
「自信がないんだろ、男と一緒に食事に行く自信」
「あ……はい」
 そう、隣に並ぶ自信も、一緒に店に入る自信もない。
「明日の土曜日はお互い別々にジムへ行こう。夕方5時頃にアパートへ迎えに行くから、着替えて化粧して待ってなさい。本城に食事へ誘われても大丈夫な格好で、だ。いいな?」
「あ、はい……」
 相変わらず独断的で一方的な予定の立て方だけど、ダメなんて言えるわけもなく強引に決まってしまう。
「楽しみにしてるからな?」
 ニヤッと笑うチーフ。何を? 楽しみって……格好? そりゃ今まで一緒にトレーニングしてきて、水着姿まで見せたけど普段はジャージ姿かTシャツ姿ばかりだった。確かにお洒落したところとか見せたことないけど……その前に、体型変わってからオシャレ出来なかった。できるだけ身だしなみには気を付けてきたけど、服装って決まってくるんだよね。はやりの服はもちろんサイズがなくて着れない。ウエストの目立たない服やもっさりした服が中心になる。上はチュニック中心だし、普段はジーンズ。よそ行きはロングスカートかパンツ。ミニやショートパンツなんてとんでもない世界だ。
 だけど、お洒落して出かけるってことは……もしかたらこれってデート? わたしの場合初デートだったりするんですけど? だって、入社してから男の人と食事なんて部署の飲み会というか歓送迎会ぐらいしか経験がない。あとは全部友人とばかりだし、それも大抵コータの店だし?
 どんな格好がいいんだろう? 言ってたよね、いつ本城さんに誘われても大丈夫な服って……会社に行く格好で、そのあとデートしてもおかしくない服装? そんな服持ってるはずないじゃない! その日は退社後ダッシュでデパートに走った。なんでデパートかって? ショッピングセンターやブティックだとサイズが揃わないのよ。その点デパートだと必ず合うサイズがあるし、マネキンにもテーマごとに着せてあるのでイメージしやすい。だけど、今はサイズが微妙なところだ。大きなコーナーでは大きすぎるし、普通のコーナーではなかなか無いサイズ。時間は殆ど無いし……とりあえず手持ちのスカートを使いまわして、その上に着るカットソーやブラウスを探した。上着はどうしても難しい。さすがに太ってる時の上着はだぶだぶになりかけてるけど、まだ普通サイズのジャケットだとピチパチだ。
「あ、これ……」
 この季節だったら上着の要らないおしゃれなチュニックで何とかごまかせる。試着してサイズもOK! このデザインなら、普通サイズの大きめで十分いける。着丈が永いけど、そこは身長だけはあるから……
「これください!」
 いつもならかなり迷って買うはずなのに、即決して値段も見ずにカード買いした。初デート……じゃないけど、誰かのために着る洋服を買うなんて、はじめてのことだった。

「ほう、頑張ったな」
 迎えに着たチーフは休日なのにジャケットスーツ。いつもの場所に車を停めて、部屋まで迎えに来てくれた。微妙な褒め言葉? それでもつい嬉しくなってしまう。ここで綺麗だとかすごく似合うなんてお世辞を言われても白々しく聞こえるだけだっただろう。嘘とか言わない人だからこれで十分。
「すぐに出かけられるか?」
「はい、大丈夫です」
 急いでよそ行きのおしゃれなサンダルに足を入れる。仕事だとどうしてもパンプスになるから、お出かけの時はサンダル。ミュールとかは歩く時パコパコして苦手だしね。
「じゃあ、ほれ」
「はい?」 
 部屋の鍵を閉めて振り向くと目の前にチーフの腕。
「腕を組む練習だ。それとも手を繋ぐ方がいいのか?」
 手を繋ぐ? チーフと? いや、それは想像できない!
「腕、組むのでいいです……」
 そっとチーフの腕というか肘の内側に手を引っ掛けた。それ以上は無理だから!
「可愛いな、今日の格好」
「ひぇっ!」
 反則だよ、今褒めるのは! それに低い声で耳元に囁かれたら……チーフ、なんかモードがいつもと違います! いや、一度あったっけ。最初に部屋に来た時に。ああ。あとたまにプ−ルでもあるけど。
 恐る恐る見上げると、呆れたようにため息をつくチーフの顔。
「おまえは、いい加減少しぐらい褒められるのに慣れろ」
「無理です……そんなの!」
 そういうチーフはやっぱり女の人を褒め慣れてるというか、扱いに慣れてるんですよね? だからちょっとのことでびくびくするわたしが珍しいというか、不憫に思うわけだ。
「乗りなさい」
「あ、ありがとうございます……」
 そのままエスコートされて、車に乗り込む。まさか乗り降りの時までドアを開けてくれるなんて思わなかったけど。降りようとしたら『一呼吸待って、男がどうするか見てから降りろ』と教えられた。今時そんなことしてくれる男の人いるのかなって考えたけど……本城さんならやりそう。コータは絶対にやらないよね。
「チ、チーフ、ここまでしなきゃいけないんですか?」
 実際本城さんとご飯に行くときはこんな仰々しいデートにはならないだろう。きっとわたしのことを気遣って、本城さんはみんなで行くような気さくなお店に連れて行ってくれると思う。
「まあ、練習だと思え。ワタワタしてるおまえ見てるのも楽しいがな。いざというとき対処できるように色んなパターンを教えてやってるんだ。一回経験しておけばあとで困らんだろうが」
 確かにその通りだけど……それだけでトキメいてしまうわたしがおかしいのだろうか? だけどチーフの立ち振舞って無駄がなくて、隙がなくて動きが綺麗。前に子供の頃から水泳以外にも剣道場に通って習ってたって言ってた。袴姿とか似合いそうだよね。
「あの、でもこれはやり過ぎなんじゃ……」
 店に入る時に腰に回された腕、その距離感に慣れなくて席につくまでに緊張して倒れそうになった。
 連れて行かれたのはフレンチの人気店。いくらなんでも本城さんがこんな店にわたしを誘うわけないのに。
「和食の店とフレンチの店に慣れておけば、あとは大丈夫だ。食事ぐらい、行ったことあるんだろ?」
「こういうお店に夜来たことはないです。友人とは、せいぜいランチぐらいだし」
 夜なんて……値段も高いし。どうやらこの店もチーフが予約入れてくれてたようだった。
「あの、ここもしかしてすごく高いんじゃ……」
「おまえは気にするな。普段うまくて栄養バランスの整った低カロリーの食事をおまえにごちそうになってるんだからな。美味いものを食えば、もっと美味い料理が作れるようになるだろ? それにフレンチはゆっくり料理を食べる事が出来る。食を楽しむ基本だからな。カロリーは少々高めだが、今から食べていたら8時には食べ終わるはずだ」
「でも……」
「それよりも雰囲気に慣れて楽しめ。こういう店はコースがあるから、肉か魚を選ぶだけでいいんだ。そのあたりはランチと変わりない。好き嫌いはないんだろう?」
「それはもう……残念なことになに一つ」
 好き嫌いがあればダイエットだってもっと楽になったんじゃないかと思う。残す概念がなかったわたしには今まで料理はずべて完食の道しかなかったのだ。ここのところ一緒に食事していたから、チーフの好き嫌いもわかってきて……彼にもしっかりと苦手なものがあった。だから食べられないんじゃないみたいだけど。
「ごちそうさまです! 美味しかったです」
 いつも一緒に食べている相手とだったからか、始めてのディーナーデートの予行演習は難なく終了した。車だからもちろんアルコールは抜きで、わたしだけワインを口にしたけど……
「相手が飲んでる時も注意しなければならないが、自分が飲んでる時が一番気をつけるんだぞ。おまえの場合はワイン2杯でアウトだな。それ以上は飲まないようにすることだ」
「そう、します……」
 ふうと、車に戻って助手席に背中を預けて目を閉じる。ほんのちょっとだけなのに……緊張していたのだろうか? それともアペリティフとワインで酔った?
「あのな……男の側で目なんか閉じるなよ」
「えっ、あっ……はい??」
 言われて大急ぎで開いた視界に飛び込んできたのはチーフの顔だった。それも超アップ!
「ち、ち、チーフ??」
「男の前で目を閉じたらイコール・キスしてくださいだと思え」
 ほんの僅かな先で動いてる彼の唇。そしてかすかに触れる吐息……
 ダメ、無理! 思わず直視していられず下を向いて目を閉じてしまった。
「馬鹿か?」
「えっ、んっ……」
 下からすくい上げるように唇を塞がれ、それはちゅっと音を立ててすぐに離れていった。
「だから言っただろ? 今度俺の前で目を閉じたらキツイのお見舞いするからな」
「そんな!」
 ちょっとまって、これって……わたしにとってはファーストキスなんですけど? 今の……ああ、でもまさか言えないよね。バージンなだけでなく、キスまで未経験だったなんて。いくらなんでもそれが恥ずかしすぎて文句が言えない。
「どうした、もっとして欲しいのか?」
「ち、違います!」
 再び目の前に覆いかぶさってくる彼の身体から逃げようとして、急いでウインドウ側に身を寄せた。
「だったら、紛らわしいことをするんじゃない。そのぐらいの覚悟しておけ」
「そんなぁ……」
 そっか、こんなちゅってぐらいのキスは、チーフにとってなんでもないんだ。それに比べてわたしは……お願い、止まって! おさまらない動悸に悩まされている。
「帰るぞ、シートベルト閉めるんだ」
「あ、はい……」
 そのまま熱い頬を隠す為に窓側にへばりついて、家に帰るまでじっと外を眺めていた。


「なんだよ、おまえのその男と食事に行ったのか?」
 イッコにおくすりの注文ついでにチーフと食事の予行演習の話をしたら呼び出された。もちろん場所はコータのところ『あずまや』だ。
「そうよ、それがどうかしたの?」
「おかしくないか? それ……練習だって」
 もちろん、目を瞑った時に起こったあの出来事は話してない。食事はチーフの奢りで、このあたりじゃ美味しいので有名なお店だったことぐらいだ。この分じゃ、朝のジョギングのあと一緒にご飯食べてるのとか、お弁当作ったりしてることも言わないほうがいいよね。
「優しいよねチーフさんって。ジョギングやジムの練習にも付き合ってくれるんでしょ? その店だって人気あるって聞くわよ。テーブル数もそんなにないから急に行っても席がないっていうじゃない。ちゃんと予約して行ってくれるなんて……もう上司とか心配してるって段階は越えてるんじゃない? もしかして……脈ありかも!」
「ナイナイ、それは絶対にないよ」
 実際にチーフを見ればわかるって。特にわたしへの態度は、もしかしてって思うようなものはない。あのキスしたあとの態度も何もかも全く変わりなかったし。
「そうかなぁ? あ、頼まれてたもの持ってきてるわよ」
 そうそう、メインは頼んでた薬を受け取る事だ。別に家でも良かったんだけど、イッコがコータのところを指名したのは、ここのところわたしがダイエットやトレーニングに必死で来れてなかったのもある。イッコは相変わらず1人じゃこの店には来れないようだ。コータだって本来の仕事があるからひとりで来ても会話が続かないというか置き去りにされてしまう。『あずまや』はお一人様ではちょっとつらいお店なのだ。でもそれだけじゃなくチーフのことを出してコータに牽制したいって言う気持ちもわかる。奴は今まで自分にもカノジョがいたくせに、わたしに男の影が見えるとやたら構ってくるというか、親みたいに身内の心配を始めるのは前からだ。やれそんな奴は良くないだの、無理するなだの。もっとも付き合う以前のちょっといいなの段階のお話だから意味なかったんだけど。

「それじゃ、チャーコおやすみ!」
「おやすみ〜こんど土日にお休み取れたら、一緒に買い物一緒に行こうね」
 イッコとは休みが合わないから、一体いつのことだとは思うけど。家も店を挟んで反対方向なので、いつも右と左に別れる。じゅうぶん歩いて通えるご近所さんだ。
「チャーコ!」
「コータ、どうしたの。わたし忘れ物でもした?」
イッコの姿が見えなくなった頃、コータが追いかけてきた。
「いや……なあ、俺ともデートしてみないか?」
「へっ? なんで?」
 何言い出すの? ああもう、イッコが見てない時でよかった……
「試しだよ! 慣れるとかそんなんじゃなくて……俺達が付き合えそうかどうかって、お試しのデートしてみないか?」
「なによ、急に……わたしたちが付き合うとかそういうのは有り得ないってずっと言ってたじゃない」
 確かに身近な男の子としていいなと思ったことはある。だけど昔から周りにも言ってたじゃない? 有り得ないって。わたしもやっぱりそうだよ? 理性で抑えられる程度の好意だと思う。わたしの場合は今まで殆どのいいな、がそれで収まってきたんだけどね。
 コータは親戚というよりも友達として付き合える相手だと思っている。明るいけどお調子者で、優柔不断なとこもあって女の子と付き合っても別れたくなったら自然消滅かましちゃうようないい加減なとこも友達だから目を瞑ってるって感じだ。欠点も含めて友達としての好き、なのだ。昔から身内感覚に近かったし、なによりもこんなご近所の親戚で付き合った別れたなんていうのは避けたい。
「もう、冗談はそのぐらいにしといて早く店に帰りなさいよね。じゃあおやすみなさい」
「待てよ!」
 背中を向けて帰ろうとすると、いきなり後ろから手首を掴まれた。
「ちょっと、コータ?」
「嫌なんだ……おまえが男と付き合うのが」
「待って、わたしはまだ誰とも付き合ってないわよ? そういうのは頑張ってダイエットしてからだって思ってるし」
「もう痩せなくていい!! 今のまんまのチャーコでいいよ! だから、無理してダイエットしたり、他の男と付き合ったりしてほしくないんだ」
 そんな無理なことを……痩せなくていいって言われても、自分が痩せたいのだ。実際に頑張って痩せた分、それが自分の自信になっていくのがわかるのだ。痩せて運動すれば身体の調子もいいし。自分自身が今までの頑張れない自分でいたくなかったのだから。それに何度も言うけど誰かと付き合ってるわけでもないし、その予定もない。目標は本城さんと食事に行けるほど自信を付けることなだけ。それをチーフはわかってくれているから、ああやって練習がてら食事に連れて行ってくれただけなのに。
「あのね、わたしは別に……」
「やっぱ、チャーコが好きなんだ。親戚だから有り得ないって思ってた。ずっと親戚で幼馴染で友達っていうのもいいなって。だけど、おまえにカレシができたら俺はどうなる? 男連れて俺の店に来るのを見てなきゃいけないんだよな? 今までそんな気配のカケラもかなったのに……リアルに見えてきて焦ったんだ。いつだって俺の作った料理を美味しそうに食べていて欲しいんだ。おまえほんと美味そうに食うもんな。それがすごく嬉しかったんだ……家の仕事継いで、それも兄貴の下の二番手なんて格好悪いけど、チャーコが俺の作った料理を美味しいって褒めてくれるならそれでいいかって思ってた。やっぱ親戚とか従兄弟の子供同志で付き合ったり別れたりしたら後々気まずくなるだろうなって考えてたんだ。それにおまえはまったくその気無さそうだったし……だから言わないでおこうと思ってた。俺も他の女と付き合ったりしたけど、今日の話聞いてて黙ってられなかったんだ。俺は……チャーコが誰かのものになるなんて耐えられない」
「だから、わたしは誰とも付き合ってないって言ってるのに! でも、それだけじゃないよ……例え誰と付き合ってなかっても、やっぱりコータは友達で親戚で……だから、コータとつきあうっていうのはないよ」
 だって、ずっとまえからコータはイッコの好きな人だったから。遠慮とか関係なしにしても、イッコの気持ちを押しのけるほど好きかって聞かれれば違うもの。イッコとコータとどっち取るかって言われれば、イッコの応援してふたりがくっつくことの方を取るよ。コータと付き合ってイッコを失うなんて考えられない。コータは友達で幼馴染で親戚。放っておいても一生その関係は続くんだから。
「もし……俺達が普通に同級生で、付き合って欲しいって俺が言ったら?」
「それでもないよ、たぶん。コータはやっぱり友達だよ」
 それでもイッコの好きな人なのには変わりない。付き合えそうとか試す気にもならなかったと思う。
「チャーコ」
 え? ちょっとまって! ないって言ってるのに?? 強い力に引き寄せられ、コータの顔が近づいてくる。
「やっ!!」
 今コータが何しようとしてたのかがわかる。だってこの間チーフにされたばっかりだから。これもチーフの特訓の賜物? でないとパニクってたかもしれない。だから今度こそ目はつぶらずに腕を突っぱねて拒否した。だって、やっぱだめだよ……
「コータ、ごめん……」
 コータの腕が緩んだ隙に身体を離して走りだした。

 たぶんね、違うと思うんだ……コータもわたしに誰かができたって勘違いして、急に寂しくなっただけだよね。わたしがいなくなるとでも思った? 今まで男の影一つなかったから、急に惜しくなっただけだよ。でないと、あんなにたくさんの女の子と付き合えないって。
 部屋に帰り着いた頃に、コータから電話があった。
『さっきはごめん……』
「ねえ、コータは大事な友達だよ? 気まずい思いしてあずまやに行けなくなるのが一番寂しいよ……わたしはコータの料理が大好きなんだからね! ちょっとでも美味しい物をわたしが作れるとしたら、コータの料理を食べさせてもらってるからだよ。味を知ってなきゃちゃんと作れないでしょ? まだまだ、コータの料理食べたいじゃない」
『なんだよ……俺のカノジョになったら、ずっと作ってやるのにさ。ったくもったいねえ奴。でもな、俺の料理の大ファンで、店の大得意様無くすのは俺もやだな』
「コータ……」
『食い意地張ってて、変なとこ頑固で、女意識してないようで一番してて。自分のことを誰も好きにならないなんて勝手に思い込んだりする馬鹿女! 太ってたって好きになる時は好きになるんだよ。友達を外見じゃなくて中身で選ぶようにな。確かに俺はちょっと焦ってた……おまえが誰かのモンになるって考えたら、惜しくなったのかな?』
「なによ、キープだった?」
『違うよ……特別、だったのかもな。ほかの友達とも、客とも、親戚とも……おまえとはこれっきりは俺も嫌だ。ごめん、忘れてくれとはいわないけど、今までどおりでいいか?』
「うん、また……行ってもいい?」
『ああ、もちろんだよ。来てくれないと困る……』
「わたしに無茶なこと言うくらいなら、本気でコータのこと好きな女の子がいるの、そっちをちゃんと考えてあげてよね?」
 コータだって気がついてるよね? イッコの気持ち……ちゃんと断ることもなく、わかっててはぐらかしてたの知ってるよ。コータはイッコの気持ちの上に胡座かいてたよね?イッコはすっとコータが好きで、それが変わらないって思って……イッコの前でわたしのこと気にかけてみせたり。そういうずるいトコがあるのもわかって友達やってるんだからね? わたしに言うぐらいならそこもちゃんとして欲しいんだよ。友達として……
『わかった……ちゃんと考えるよ』
 コータは神妙な声で返事をしてきたので、わたしはそのまま電話を切った。

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