9.無理は禁物


 目を開けると白い天井。ゆっくり見下ろすと白いシーツ。おそるおそる視線を横にずらすと、そこには椅子に座ってムスッとしたままの楢澤チーフの姿があった。どうやらここは会社の医務室のようで、あのまま倒れてここに運び込まれたってわけだ。
 あれ? 運び込まれた? ということは、もしかしてチーフがわたしをここまで運んだとか?
 まさかね、あり得ないよね。だってわたし重いんだよ? きっと3人がかりとかで……
「千夜子くん、目が覚めたのか? どうだ、気分は悪くないか?」
「は、はい大丈夫です。あの、わたし……」
「馬鹿野郎っ! なんて無茶するんだ、おまえはっ!」
 誰がどうやって運んだんですかと、聞こうとした矢先に思いっきり怒鳴られてしまった。でも、楢澤チーフってこんなに口悪かったっけ?
「真っ青な顔してぶっ倒れやがって! まさか、無茶なダイエットしてるんじゃないだろうな?」
「い、いえ、そんな無茶したつもりは……ただその、ちょっと……」
「なんだ?」
「いえその」
 言っていいのだろうか? 男の人に生理だって。
「あ、アレの日でして……」
 そこまで言うとああ、と頷かれてしまった。わかったのかな? やっぱり奥さんいた人だからそういうのにも慣れてるんだろうか?
「女性の身体は周期的に不調になることがあるのはわかっているつもりだ。ならば、そんな時ぐらい体調にあわせて動きたまえ。いくら忙しかったと言っても、倒れては元も子もないだろう?」
 ようやく口調も元に戻ったチーフは苦い顔しながら腕を組んだ。
「すみません。あ、あの、今何時ですか??」
「19時だ。もう終業時間過ぎてるな」
「ええ? あ、書類! 室井くんが3時までにって……」
「あれは室井の仕事だ。あいつにやらせればいい。きみが無理する事はないだろう?」
「でも、わたしは仕事ぐらいしか取り柄がないからって……」
 また嫌みを言われたから。本城さんに頼まれた書類を1時の打ち合わせまでに急いで作ってたら、室井くんが『オレもオレも』って……彼も二班なんだけど、皆川さんに頼んだら間に合わないのをわかっててわたしに仕事を回してきた。その時に『細井さんは仕事しか取り柄無いんだからやってよね』って……やっぱり、少々痩せたとしても関係ないんだって思い知らされた。痩せてる子の2.3kgと、わたしの5〜10kgは変わりないんだ。まだまだおでぶだし、きっと痩せても可愛くないだろうし……
「とにかく今日はちゃんと休んで、明日から頑張りなさい。無理のない範囲内でな。それと身体がついていかないのなら、ダイエットもやめるべきだ。健康を損なってまでやることじゃないだろう?」
「はい……すみません、ご迷惑をお掛けしました」
 仕事に支障をきたしたのはわたしの責任だ。社会人でお給料をもらってる限りやってはいけないことだった。だけど……いまさらダイエットはやめられないよ。
「とにかく今日は送っていくから、支度しなさい」
「はい?」
 送っていくって、うそ……楢澤チーフがそんなこと言い出すなんて……やさしくない??
「まだ顔が青いから、私の車で送っていく。立てるか? だったら準備して来なさい」
 そう言ってわたしがベッドから降りる手助けをしてくれるチーフの表情は、まだ少し怒っているようだった。


「少し話しがあるんだが、部屋にあがらせてもらってもいいか?」
 チーフの車でアパートまで送ってもらい、お礼を言って車を降りようとした時いきなりそう言われた。
「無理ならどこかお茶でも飲めるところを探すが、時間帯的に食事の時間だろう? ダイエット中は外食あまりしたくないだろうし、早く食べた方が身体にいいだろう?」
「それはそうですけど……」
 確かに今は外食なんてしたくないし、時間帯的にお茶だけでは済まないだろう。もう20時過ぎていて、チーフだってお腹空いているだろうし……
 まあ、いくらなんでもチーフがわたしを襲うとかあり得ないだろう。厳しいけど差別もセクハラ発言もしない信頼出来る上司でもある。女性社員をイヤラシイ目で見ないって言う点では全社員の保証付きのような人だ。それにモテるって聞いてるから女性なんて選び放題だろうし、わたしにその気になる男の人はやっぱりいないだろうしね。
「よかったら、チーフも一緒に食べられますか? 簡単な食事ですけど」
 作りおきの野菜スープもあるし、ご飯も冷凍してるのを温めればすぐに用意できる。ダイエット始めてから計画立てて料理してるから材料も困らないし、次の下ごしらえも済ませた状態で保存しているから結構無駄がない。
「いいのか? 無理しないでいいぞ。温めるぐらいだったら私がやろう」
「いえ、大丈夫です。かなり楽になりましたし、送ってもらったので余計な体力を消耗せずにすみました」
 あのまま自力で帰るのは無理だったと思う。たとえワンメーターでも、途中でタクシーに乗ってしまいそうだった。
「いきなり部屋に上がって申し訳ない。それじゃ食事にして、そのあと話をしよう」
 ダイエットするようになってから部屋の中も比較的片付いている。身も心も部屋もきちんと姿勢正さなきゃ駄目だと思ったし、間食とか夜中に食べたりしなくなったから散らからない。落ち着かせる為にアロマにも凝ってみた。部屋で癒しを満喫するためにインテリアも変えて、食欲の出る赤とか避けて青を基調にしてみたり、風水にも凝ってみた。何よりも寝る前のエクササイズのためにスペース空けてるしね。ワンルームだから、一応ベッドの前には間仕切りを置いてるけど、そういうのってやっぱり落ち着かないよね? 男の人を部屋に入れたことなんてないから考えもしなかったけど、これって、彼氏以外だと恥ずかしいんじゃないだろうか? でもまあ、いいや。それどころじゃないんだし……
「千夜子くん、何か心配してるのか? 安心しなさい、きみはアレの最中だろう? そんな時に無理矢理やる趣味はないし、そう不自由もしてないから」
 ああ、そうでしたね。もしもチーフが……なんて考えちゃってた自分がお馬鹿だって、すぐに気付かされた。そうだよね、モテるこの人がわたしなんかにその気になるはずがない。わたしのこの醜い身体を女として見てくれる人なんか一生ないと思うよ。もし今、急にそんな展開になったとしても、人前で脱げるような身体じゃないのは確かだからね。たとえ5kgぐらい痩せたところで嬉しいのは本人だけ。洋服や下着のサイズも1サイズは落ちたけど、まだ前の服も着られるし、太る前の服を出してくれば済むだけのことだった。まだまだ学生時代のぽっちゃりよりかなりプラスのままだ。ただ筋肉が少ない分だけ、学生時代よりスッキリして見えるかなって思うんだけど……それに下世話な話になるけど、今まで男の人とどうのこうのって考えたことがなかったから、むだ毛だって処理してないし下着だって特別じゃない。ただ、古い下着や普段着はかなり処分した。身体に合わなくなってきてたし、何よりも姿勢よく保つにはきちんと自分に合う下着や衣服が大事だって岡本さんに聞いて、わざわざ彼女のお薦めショップまで買いに行ったもの。そこでわかったのがサイズの間違いで、カップのサイズもCかDだと思ってたのがFあったらしい。全然胸があるようには見えないのに、どうしてだろう? 横幅より胸板に幅があるらしく、計測サイズ通りだったらワイヤーが横に流れてしまった。ワンサイズ下にしてホックを増設してもらってちょうどだった。だから下着だけはおニューに近いけど、いつでもOKの準備してる女の子ってある意味凄いなと思うよ。それに、誘われるかもって思える自信はどこから来るんだろう? 人生20数年、一度も告白されたこともなければ誘われたことがないわたしには無縁の心配なんだけどね。
「それじゃどうぞ、散らかってますけど」
 わたしは楢澤チーフを部屋に……いや、はじめて男性を招き入れた。


「ごちそうさま。思ったよりちゃんとしてるみたいだな、よかった……」
 手早く準備してふたりで食事を済ませた。男の人には少ないかもしれないけど、同じ量でいいと言われたのでそのとおりにする。
「どうだと思われてたんですか?」
「いや、君がボクサー顔負けの減量をやってたら止めようと思っていたんだ。どうやら違ったみたいだな」
 食事もいつもの夕飯より少しだけメニューを増やした。野菜スープにトマトピューレを入れてミネストローネ風にして、和風だし巻きをオムレツ風にしてちりめんじゃこの大根おろしを添えた。あとはキャベツをさっと湯通しして甘酢に。豚肉の塩麹漬けを軽く炒めて、冷凍ほうれん草を使ってソテーにした。
「あ、はい……一応詳しい友人の指導受けながらやってますので」
 チーフの目線が、チェストの上に置いている栄養剤やゴムのチューブに止まった。
「なるほど、いいもの飲んでるじゃないか。体力落ちてしまったら意味が無いからな。それに、これは流行のエクササイズに使うチューブだな。頑張ってるのならいいけど無理しない方がいい。女の子は少しくらいふっくらしてる方がいいんだから」
 その言葉にカチンと来た。
─────嘘ばっかり! ふっくらとおでぶは違うでしょ?
 わからないんだ、チーフさんにはわたしの気持ちなんか! おでぶってだけで拒否されて、女扱いにもされなくて、傷つかないって決めつけて平気で心をズタボロにするような言葉を押しつけてくる『たくましいから』『おばちゃん』『頼りになるよね』こっちが開き直れば、『女捨ててるよね』って。太いって自分で言えば『皿まで喰いそう』『服が悲鳴上げてるよ』どれも言われて嬉しいはずがないじゃない!! ふっくらしてても、おでぶでも何一つイイコトなんてありゃしない。
「そんなの建て前ですよね? そう言ってる人に限って彼女とか細身の人が多いんですよ? 自分の意思でダイエットしてるんですから、頑張ったって構わないでしょ? わたしの自由だと思います」
「そんなつもりで言ったんじゃない」
「いいんです、もうそんな気を遣っていただかなくても。だけど男の人ってやっぱり見かけで選ぶじゃないですか? いくらおしゃれしても、仕事頑張っても、わたしなんかいつも恋愛対象外ですよ? そりゃわたしみたいなのじゃその気になれないだろうけど……それだけじゃない。普通に扱われたいんです。まるでおでぶなことが犯罪で、人間じゃないみたいな扱いしてくる人もいるから……だけど悔しくても、いくら体重落としてもまだ全然おでぶなんです。前が前だからまだまだこんなんじゃ駄目なんですよ! 標準サイズの服もまだ入らなし、スタイルだって全然だし、だからもっと痩せたくって、わたし……」
「そんなに痩せたいのか? ……まさか、今まで彼氏とか」
 ええ、そのとおりですよ! いませんよ! それが悪いですか?
 ますます怒りのボルテージが上がっていく。もう相手が上司とか関係ない。
「いなくてわるかったですね!! 生まれてこの方、彼氏なんて物出来たこともありませんよ! チーフはモテるだろうから、わたしのこんな気持ちわかんないでしょうけど」
「そんなことない!」
「嘘言わないでください! チーフにわかるはずないじゃないですか!」
 バツイチなのは確かだけど仕事もできて、厳しいけど人格者で、スタイルも良くて顔も……も格好よくて、モテるって話はみんな聞いてるんだから!
「嘘じゃない。私も……昔は太ってたんだ」
 なに? えっと、空耳かしら? チーフが太ってたって……? 
「……え?」
 おもわずチーフに向かって顔を突き出すほど見つめてしまった。すると口元に手を当てて目線を外してる? うわぁ、もしかしてチーフ照れてるの? 耳まで赤い気がするけど……
 きっと言わなくてもいいことを言ってしまったのだろう。だとすると、それって本当なの?
「くそっ、そのだな、私は……いや、俺は昔小児喘息でな、その為過保護な母親に大事に育てられて、薬の副作用と運動不足、過食と偏食と甘やかしで、でっぷりと浮腫んだ子供だったんだ」
「嘘、ですよね?」
 だって今のチーフはがっしりとしてて、筋肉質で男も惚れるほどの美丈夫で……本城さんと二人並んだらボーイズラブの世界のようだと、オタクな腐女子で有名な総務の香川さんがうっとりと語ったほどで……そのチーフが昔は肥満児だった?
「本当だぞ。小児喘息であまり動かずに食ってばかりいたらぶくぶく太ってしまったんだ。小学校に入る前からぜんそく治療も兼ねて水泳を始めたら、かなり症状は治まってきたんだが、そのまま肥満児でな……中学に入った頃からこれじゃいけないと、両親を説得して食事を変えたんだ。親戚のお姉さんがちょうど栄養士だったから献立とか指導してもらってな。少し体重が落ちると楽になって、体力もついてきたんだ。それ以降はきっちり運動するようになって、筋トレとかするようになった。高校に入った頃にはかなり泳ぎ込んだんだ。身体も徐々に引き締まってきて、高校・大学時代はプールにかける青春みたいだったがな」
 鍛えたからあの筋肉なの? わたしにも昔は筋肉はあったけど今じゃ見る影もない。この身体に筋肉がついたらどうなる? ムキムキになっちゃわない?
「痩せたいというおまえの気持ちもよくわかるが、体重だけでなく体脂肪も落とさないと駄目だろう?」
 もちろん、それもわかっている……実際、食事で落ちるのがほとんど水分とかタンパク質で、体脂肪はあまり落ちていない。でも運動したくてもなかなか身体が動いてくれないし、時間も暇も気力も場所もない……無理してやると目眩を起こす。ああ、だめだ、言い訳してるうちはダメなんだ。ちゃんとやらなきゃって思うけど、出来なければ焦る……だから、つい食事をいつも以上にに落として結果を得ようとして失敗するんだ。
 けれど、まさかチーフがそんなだったなんて、だれも知らないよね? もしかしてわたしにだけ教えてくれたんだろうか? 今でも太っているわたしに同情して……
「自分が昔太ってたから、わたしに同情してそんなこと言うんですか?」
「同情じゃない。ただ、俺もその辛さを知っている。太ってるのと痩せてるのとじゃ、態度の違う相手が多いのも確かだ。俺も十分実体験してきたよ。太ってる頃は見向きもしなかった女子が、痩せたら途端にキャーキャー言ってきたり、告白してきたり……」
 そ、それは自慢ですか……
「けどな、昔太ってたことを知ると微妙になるんだよな」
「微妙?」
「ああ、ダイエットに成功して凄いねとかじゃなく、もしかしてまた太るんじゃないかって、疑いだ」
 ああ、なんかわかる気がする。確かに何キロ痩せたとしても、周りの視線はまだ『あの太ってた』わたしなんだ。少々痩せてもまた戻るんじゃないのって思われてるかもしれない。
「でも、わたしはダイエットに成功して今もそれを維持されてるチーフは凄いと思いますけど?」
「ああ、おまえはな。元々人を差別したり区別したりしないだろ?」
 それは……たしかに。だって身体的欠陥なんて誰にでもあることだし、その人の責任ではない。だから仕事は誰からも平等に受けているつもりだし、対応しているはずだ。本城さんのことは言うならば憧れで、観賞してるだけでいいから別に付き合いたいとかそういうんじゃなくて……別腹というか別口? だって、実際本城さんは太ってるわたしを差別したり区別したりしない。本当はそこが……好きなんだ。本気になっても辛いことがわかっているけれども、人として好きなんだ、うん。
「俺はな、いくら太ってても痩せても、本当のおまえを好きになってくれる人を見つけて欲しいんだ。おまえは、俺が離婚した理由を知らないだろう?」
「はい」
 だってわたしが今の職場に配属された頃、チーフは離婚して数年たってたから。
「誰にも言ってなかったんだけどな……『性格の不一致』って事にしてたが、実は違ったんだ。本当は彼女が、元妻が『あなたの子供を産むのは厭だ』と言ったからなんだ」
「え? どうして……」
「子供の頃に太ってたことを、俺は黙ってたんだ。だけど結婚式のあと、二次会に紛れ込んでいた幼馴染みが太ってたことをバラしたんだ。そのあと実家で俺が幼い頃の写真を見て……それ以来、肥満遺伝子を受け継いだ俺の子供なんて産みたくないって言い出したんだよ」
「そんな……」
「元妻はね、ミス何とかに選ばれるほどの美人でな、上司に薦められるまま見合いして結婚したが、それでも愛情はあると信じていたんだ……こっちも理想を求めていたが、向こうの理想は遺伝子まで完璧じゃないと駄目だったらしくてな。それ以来俺も妻を抱けなくなって……性格じゃなくて『性の不一致』だったんだ。結婚半年、夫婦関係ゼロのまま離婚したよ。だから、いくら見かけだけ痩せても、それだけで決めてしまう奴を選ぶなよ? 体調崩してまでダイエットすることもないって、それだけ言いたかったんだ」
「で、でも……チーフは今も太ってないじゃないですか! 自分の力で痩せたのに……酷い! 太るのは体質もあるかも知れないけれども、環境や習慣、食べ方にもあるんですよね? 身体がしんどいと食べちゃうことだって……だから、健康になれば自然と痩せてくるだろうし、ちゃんと運動すれば……」
「そうなんだがな。妻には伝わらなかった」
「わたしは……今は無理してでも痩せたいです。だってチーフは結局痩せて、結婚はしたじゃないですか! 今でも彼女とかいっぱい居るんでしょ? 最初の結婚はそんな結果になっちゃったかもだけど、わたしなんか……結婚どころか付き合う気もおきないって言われてるんですよ?」
「そんなこと言うヤツは放っておけ。今は体調を崩してまでやる事じゃないって言ってるんだ」
「……心配、してくださるんですか?」
「ああ、可愛い部下だからな。おまえはよく仕事やってくれてるよ。余所の班の分までやって、皆川が出来ない分ちゃんとフォローしてくれている。それは全体をまとめてる俺も助かるって事だからな。ありがとう、感謝してるんだ。だが、最近一部の社員達が皆川に煽られておまえのことを酷く言ってるのも気が付いてたんだ……止められなくてすまなかった。だけどおまえはそんなのにも負けず頑張ってると思ってたんだ。なのに、泣くから……」
 え? わたしいつ泣いた? チーフの前で?
「何度か泣きそうな顔してただろ? 社員旅行の写真を本城に見られそうになったときも……」
 やっぱり気が付いてたんだ。
「本城が……好きなのか?」
「えっ?」
「なら、協力してやろうか? あいつは体型云々で人を差別するような人間じゃない。ただ、まあ……自分から動くやつでもないからな。おまえが自分に自信を持てるようになればきっとうまくいくはずだ」
「そ、そんなの無理です!!」
 うまくって、付き合うってこと? それはもう、ありえないって思ってますから! だって痩せたところで可愛くなるとはまた違うから。痩せれば少しは自信がついて、食事の誘いぐらい受けられるだろうって……ただそれだけで。
「おまえはさ、今まで体型気にして誘われたって下ばかり向いてただろ? 少しは痩せたんなら、もうちょっと自信を持って顔を上げてればいいんだ」
「自信なんてかけらもないですよ。わたしなんか、少々肉が落ちたところでちっとも変わらないんだから……」
「そうかな? もっと意識すればいいんだ。例えばその胸、ブラウスのボタンをはずした中から見える白い肌に欲情してる男性社員がいるかも知れない」
「え? ま、さか……」
 倒れたあと、ブラウスのボタンはかなり下のほうまで外されていた。ベスト着ていなかった。胸はおでぶの割には小さいかもだけど、谷間が出来るぐらいのボリュームはある。というか、痩せてサイズが合わなくなったので寄せてあげるブラにしたら谷間が出来たんだけど。
「少なくとも俺にはその胸は魅力的に見えるぞ? それにふっくらした腰のラインとか、柔らかそうでいいなって」
「な、チーフ! それって、せ、」
「セクハラか? おまえがあんまり自信ないって言うから、どんな風に見られてるか教えてやっただけだ。しっかり俺をその気にさせるぐらい魅力あるぞ、おまえのカラダ抱き上げた時も背負った時もなかなか素敵な感触だったからな」
「ひぇっ!!」
 やっぱり背負ったんだ、わたしのこと……そんでもって一人で運んだの? さ、サイアク……
「なあ、千夜子」
「は、はい?」
 いきなり呼び捨て?
「そんなに自信がないんなら、俺が自信をつけさせてやろうか? 自信がついたら本城に告白するなり、いつも誘われてる食事に行ってこい。それまでは……俺がおまえに欲情したら教えてやるよ。それでオトコが喜ぶようなカラダになればいい」
「そ、そんな……」
「例えば」
 チーフはいきなり立ち上がり、小さなテーブルを回ってわたしの隣に座り込んだ。男らしいムスクの香りはコロンじゃなくて整髪料だろうか? 今まで感じたことのない圧迫感をすぐ側で感じた。体温だって……わたしに比べたらすごく高いんじゃないかと思うほど、熱い気がした。
「こうやって触れられた部分を意識するとどうなる?」
「あっ……」
 腰を抱かれただけなのに……思わずなんだかえっちな声が出そうになった。もっとも今までそんなことされたこともないから驚いただけなのかもしれないけれど。
 その手は腰のラインを往復して脇腹を撫で上げてくる。くすぐったいのを我慢しながらも、その場所をすごく意識してしまうから、思わずそこの脂肪燃焼度が上がった気がした。
「チ、チーフ、これって……」
「綺麗に痩せさせてやるよ、俺が……運動と、意識させることによってな」
「そ、そんなこと……チーフに何か得でもあるんですか?」
「役得かな? おまえが頑張ってるのを見てたら、応援したくなったっていうのもあるが。大丈夫だ、最後まで手を出したりせんよ。おまえがきちんと痩せて、彼氏が出来るようになるまで……いや、ハダカになって男誘う自信がつくぐらいまでだな」
 な、なんて申し出なの! 痩せて彼氏ができるまでって……ハダカになって? それって彼氏とエッチできるようになるまでってこと? そうだよね、たしかにそんな自信はない。きっと付き合う前に逃げ出したくなるはず。
「どうする? 千夜子」
 耳元で囁かれて、その低い声に首筋から背中までゾワッとなってしまった。この人の声って反則技すぎる!
 どうしよう……わたしはこれを受けてもいいの?
 ていうか、この体制……は、鼻血出そう!
 わたしは一気にのぼせて、再びその場でぶっ倒れてしまった。

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