マスター編・6
 
 
「嘘ぉぉぉっ!」
 
朝、でっかい声で目を覚ます。
野良が起きたんだな?
「なんで…」
ぶつくさと独り言の五月蝿い奴だ。
そりゃまあ、俺のベッドに二人で寝てたわけだし、寒いといって震える彼女を抱きしめて眠ってたわけだから、目が覚めたら真っ先に見たのが俺の胸だろうし、俺はやたら熱かったんで上半身には何も着てなかったしな。
「なんで居るの?」
「何でだと?さっさと気を失いやがって、おまけに熱まで出して雇い主に世話かけといて、なんだその態度は!」
状況を説明してやると、辺りを見回して確認して益々青ざめていく。まあ、メイドとしては酷い失態だわな。雇い主の息子の部屋で一晩あかしたわけだし。
 
これも作戦の一つといっちゃ何だが、秘密を知った女を黙らせるには同じ穴に引き込むに限る。だからといってコイツに手を出すつもりはないけれども、こんな事実があれば、後ろめたくて俺と富美香のことも何も言わないだろうと考えたのだ。
けど、こいつ、自分が熱出してたって自覚ないんだな。まあ、これだけ元気なら安心だが。
それにしても、ぼーっとしてるところは意外と可愛らしいもんだ。男の上半身裸見たぐらいで赤くなりやがって、処女じゃあるまいし?
一応はバツイチだろ?結婚してたはずなら、男の裸も、昨日のキスだってもうちょっと慣れててもおかしくないか?
そう、熱があったから熱かったけれども、野良はキスに自ら応えていなかった。よほどキスの下手な旦那だったんだろうか。まあ、それはどうでもいい。とりあえず腹が減っていた。昨夜は結局食いっぱぐれてそのままだったんだからな。今から急いでも仕事には間に合わない。飯ぐらい食っていってもバチは当たらないだろう?なにせ昨夜の俺は親切だったと思うからな。
けど、よりにもよって『ナニも?』って…俺が手を出したとでも?
俺はそんなに飢えちゃいない。昨日だって、時間は短かったが散々富美香とやってきた後だ。
 
「見れば判るだろう!おまえの身体は綺麗なもんだし、俺は病人やメイドに手を出すほど女には困ってない。それこそ、おまえが邪推するようにたっぷりヤッてきたとこだからな。けどな、そのことを親父に言ったら、俺はおまえに誘惑されたと報告するからな。右の胸の下のほくろや、左太股の外にあるほくろの在処なんてバラされたくないだろ?」
「い、いいません!あれ?でも、なんでそんなの知ってるんですか?!」
着替えさせる時にしっかり拝ましてもらったさ。まあ、色気のあるそそる身体じゃなかったが、なかなか綺麗な肌をしていたな。ほくろの位置の確認はこうやって脅すときに使うためだ。
「なら、黙っているんだな。まあ、知ってもらってる方が俺はこれからヤリやすいけれどもな。」
そう、女の出入りの激しいマンションも掃除してもらうんだし、富美香との関係もバレてしまってるんなら黙っていてくれると、わかってる方がやりやすいし口裏も合わせられるってことだ。
そのまま黙ったってことは暗黙の了解ってことだな。
 
俺がにやりと笑ったのを見た野良は、急いでベッドから降りようとして立ち上がって、ふらついた。
熱出した後だって言うのに無茶をする。
けれども腕の中に感じたのは昨夜ずっと嗅いでいた野良の匂いだった。
やばっ…!
ただでさえ朝は若い男にとって辛い時間帯なんだ、正直に反応する下半身、嫌がりもせず一瞬気を抜いたようにもたれかかってくるものだから堪らなかった。
 
「なんだ?昨日と違って朝はどこまで我慢出来るか知らんからそんな風に誘うな。それとも、長い間放って置いたその身体、慰めてやろうか?」
「誘ってませんし、結構ですっ!」
ちょっとだけその気で手を伸ばすと、やっぱり猫みたいに飛び跳ねて逃げて行った。
こいつ、やっぱり野良猫だ。
可愛がってやることも出来ない。せいぜい、熱出したときに抱え込めるくらいか?
そう考えると自然に笑えた。
 
 
リビングに降りると野良がかちりとメイドの制服を着込んでいた。シンプルな、まるでホテルの従業員かなにかのような黒の制服に白いエプロンと言った極普通のメイド服。フリルもなしか?まあ、そのほうがコイツらしいと思ってしまった。
 
けれどもやっぱり様子はおかしい。
いきなりびくっと跳ねて皿を落としそうになってるし、真っ赤な顔して熱でもぶり返したんだろうか?
簡単でいいといったのに、そこらのホテルのモーニング並のメニューを揃えてるのを見れば、やはりコイツはメイド、それもそこそこ出来る方だっていうのはその物腰でわかる。元はお嬢様で行儀作法もお稽古事だって仕込まれてたはずなんだ。親の事業が傾きはじめるまではなに不自由なく育って来たはずだった。
まあ、俺の知ったコトじゃないさ。出された朝食をきれいに平らげて、俺は会社に出る準備をした。
当然のごとく野良は玄関先まで見送りに来る。
 
「いってくる。今日は早めに帰ってくるから、判らないこととか書きだしておけよな。」
このままマンションに帰ってもよかったけれども、熱を出してふらつき、未だに顔を赤くしてるこいつをそのままにしておけなかった。よく、熱を出した俺におふくろはいろいろと世話を焼いてくれた。さすがの俺も病気の時は誰かに側に居てもらいたかったから…。なのいなんて顔するんだ?嫌そう、じゃないな…辛そうでもない、寂しそうだった。だがすぐに真顔になって俺を玄関先まで見送る為に後からついて来るのがわかる。
まだ顔色も良くないし、無理はしないように言い含めて俺は家を出た。
もう既に重役出勤だ。親父の仕事は兄貴が引き継いでるし、俺の仕事は今のところ急ぐ仕事もない。しばらくは家のことで勝手すると連絡もしている。
親父もこっちの家に帰ったときは渋滞の時間を避けて、少し遅れて出社してたしな。
だけど、出掛ける前、買い出しでも手伝ってやろうと思って、早めに帰ってくると告げたときの怪訝そうな顔。そんなに俺が早く帰って来ちゃ悪いのかと思う。この辺りは車がないと不便だからせっかく言い出してやったのに。
まあ、本当は昨日、病院帰りにでも買い出しに付き合ってやるつもりだったんだ。この辺りの店とかも知らなかったら不便だろうと思って。それをあいつを置いて富美香とやりまくってたもんだから、それをすっかり忘れてたってわけだ。
あいつも昨夜のことを思い出したらバツが悪いんだろうけど。
 
会社に向かう車の中、最後に野良がちらりと見せた寂しそうな表情がずっとちらついていた。
 
 
 
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<注意>こちらはハウスメイド・メイド編の試し読み版です。
8話まで読めますがそれ以降は電脳アルファポリスで有料になることをご了承下さい。
久石ケイ