マスター編・1
 
 
あの日、俺は寝ぼけていた。
クラスメイトに告白されたのなんかはどうでもいいことで、それを断ったぐらいなんの良心の呵責もなかった。
俺が好きなのはあの女(ひと)だけだったから。
だからその日も、昼休みに呼び出した女と屋上でヤッた後寝入ってしまっても、側にいて前髪に手をかけたのはその時抱いた女だと思っていた。
「なんだよ、まだ足りないのか?」
あれだけヒイヒイ言わせてやったのに、まだ足らないのかと引き寄せた。
軽くキスをして、制服の下に手を突っ込んで可愛がってやろうとした。さっきは2度ほど出しただけだから、まだ余裕はある。
女の首筋にキスを落とす。舌でなぞってやれば、すぐに感じて声をあげはじめるはずだった。寝ていた分、下半身も充電されてるし?
「いやっ!」
聞き慣れない固い声の後、頬にがりっと音を立てて女の爪がめり込んだ。
「いてっ…」
「な、な…なにすんのよっ!」
見上げると、さっきまで居た女じゃない。コイツは、クラスメイトの長岡だ。さすがに私立のエスカレーター校に12年も一緒にいれば名前だって覚える。長岡物産の娘だけど、経営困難でいつ学校やめるかと噂になってるのを本人は知らないんじゃないか?
高等部になってからも金銭的に苦労してるのだろう、他ののほほんとしたお嬢様と比べて、随分根性が座ってきたというか、なかなかおもしろい女だった。いつだって自分で持ってきた弁当箱で、一人体育館裏などで隠れて食べたりしている。
だが、その場所が俺と女の逢引の場所だってわかってないのだろう、何度かこっちが姿を隠したり他の場所を探すしかなかったほどだ。そして次にそこに行くと居ないんだけどな。
どっちかっていうと発育不全の幼児体型で、食指が動く女じゃない。パスだな…
「長岡か?わるい、寝ぼけた…」
「寝ぼけるなぁ!」
起こしかけた身体をドンと突かれて、あわてて身体を支える。再び屋上に寝転ぶところだったが、目の前で怒りを露わにした長岡の様子が目にはいる。
フーフーと息逆巻いて、まるで逆毛立ててる野良猫だ。
「まあ、おまえみたいなガキにその気になったりしないから安心しろ。」
その気にはならないけれども、グロスも口紅もつけてないキスは久しぶりだった。胸も、小さいけれども一応あったみたいだしな。
「な、なにを…そんなこと言ってるんじゃないわよ!」
「はぁ?それでなんでおまえがここにいるの?」
答えないけど、だいたい判っていた。コイツの友人が、昼休みに俺に告白してきたからだ。
なんて言うだろうかと待っていたら…
「馬鹿ぁ!」
いきなりそう叫んで走り去ってしまった。
「すげえ、形相…なんなんだよ…」
頬がズキリと痛んだ。だけど、女とヤッた後とはまた違う爽快感が残っていた。
「おもしろいヤツ」
俺はそう口にして屋上を後にした。
 
翌日、心配した母にでっかい絆創膏を貼られて登校したら、やたらと周りに理由を聞かれて困った。
アレの最中、よくなりすぎた女が背中に傷を付けることがあっても、頬はないからな。
まあ、ぶたれたことぐらいはあるけれども、これはない。
「おい、や政弥。いったいなにやらかしたんだ?」
友人に聞かれた時、ふと教室の入り口を見ると長岡が目を見開いてこっちを見ていた。
「野良猫に引っ掻かれたんだよ。随分凶暴でね。」
俺がそう答えると皆が笑った。
「女にやられるって、おまえらしいな。」
俺らしいって何だかよくわからないけど、アイツの悔しそうな顔をみると、俺の中のリアルな想いが少しだけ軽くなった気がした。
「野良猫はつっつくとおもしろいからなぁ」
それを聞いていた友人の一人搭野祐が眉間に皺を寄せる。こいつは中等部時代同じ剣道部で一番仲がよかった。
「おまえ、いい加減にしておけよ?」
「判ってる」
やつが端正な顔をしかめてそう言ってきても、こんな面白いことは久しぶりだった。これでしばらく学園生活も楽しめると思った。
 
その間だけ、あの人の面影が薄れていたから…
 
 
 
BACK    NEXT
<注意>こちらはハウスメイド・メイド編の試し読み版です。
8話まで読めますがそれ以降は電脳アルファポリスで有料になることをご了承下さい。
久石ケイ