メイド編・3
 
 
「うわぁ、きれいな部屋!」
 わたしに宛われたのは1階の隅の和室。
 いくら何でもゲストルームや家族の住むスペースには住めないからね。大きな屋敷にはメイド部屋もあるらしいけど、この屋敷のはメイド部屋なんてないから。う〜ん、和室って言うのがいかにもお女中さんぽくっていいよね?
 何もない部屋なんだけど、布団とかどうすればいいんだろう?あの男に聞いたって判るはずないよね。
 それじゃあと、質問事項をメモに書き留めていく。今からいく病院で、旦那様から聞けばいいのだ。
 まあ、寝泊まりするだけだから布団があればそれでいい。最低限のものはいつもトランクに入れて持ち運んでいるしね。
「そうだ、チェックだけさせてもらおう」
 荷物を置くとわたしはすぐさま部屋を出た。
 
「もういいのか、じゃあ行こうか」
 そう言ってリビングのソファから、車のキーを持って立ち上がる男を止める。
「ちょ、あの、少々お時間を戴けますか?二度手間にならないように、お聞きしたいことをまとめますので」
「はぁ?」
「この家の中のことです。触ってもいいもの、触ってはいけないもの、使ってもいいもの、そうでないものをお聞きしておかなければ、わたしは今晩から寝る布団すらありませんから」
「ふん、そんなものかってに使えばいいじゃないか?」
「そう言うわけにはいかないんです。他人が入り込んで管理させて戴くのですから、そこの所はきっちりと区別しておくものです」
「そんなものなのか?けど、そんなこと帰ってきてから俺に聞けばいい。取りあえず親父にあわせて、了解をもらったらその後家の中説明してやるから」
 そう言いながらさっさと出て行ってしまう。
 せっかちだなぁ……そう思いながらも急いでその後を追った。
 
 
「あの、隣でいいんですか?それとも後ろの方が……」
 さすが坊ちゃん、車はBMWだった。
 この車のどこに乗れと言うのだ、庶民に向かって!そりゃ、昔は父親も国産上級車なんかに乗ってたわよ。でもね、一応気をきかせるでしょう?雇い主の車とはいえ、同級生の車なんだし……
「後ろ?おまえまだお嬢様の癖抜けないのか?」
「とっくに抜けてます!色々不都合がおありになってはいけませんのでお聞きしたんです!」
 あちゃ、こんな口の利き方許されないのに、ついつい棘が出る。
「どうでもいいから早く乗れ」
 むすっとした顔で言われて急いで隣に乗せて戴く。使用人が後ろでふんぞり返るのはさすがにマズイらしい。
 
 
 1時間ほどかけて、都内の総合病院に連れて行かれた。
 その道中必要以上のことは話さないように心がけた。やはり知り合いだと慣れ合いっぽくなってしまいそうで迂闊にしゃべれない。
 本当は、聞きたいことは色々あるのだ。
 高校卒業と共に引っ越してアパートぐらし、その後結婚と、めまぐるしく住所を変えたわたしには学生時代の連絡が全く回ってこない。もっとも、セレブな皆さんがメイドをやってるわたしに会ってもしょうがないんだろうけれども。
「ああ、そうだ。妹尾な、結婚したそうだ」
「え?美也子が?」
「連絡とってないんだろう?」
「うん……」
 そっか、幸せになってほしいな。美也子はミーハーなところもあったけれども、自分に素直で飾らなかったもの。傾きかけてるうちの会社の事なんか関係ないって、ずっと仲良くしてくれていた。だけど、卒業後はわたしのほうが連絡する気になれなかった。あんな結婚に終わっちゃたしね。
「連絡、とりたいか?」
「え?いえ……出来れば誰にも言わずに居て頂ければ嬉しいです」
 同情されるのも、詮索されるのもいやだったから。このままひっそりとあの家で仕事ができたらそれでいい。
「わかった」
 そしてまた何も話さなくなり、車は静かに病院までふたりを運んだ。
 
 
「政弥、おまえも来たのか?」
「兄貴……」
 病室にはいると先客があった。
 背の高い優しい顔立ちの男性と、その後ろにきれいな奥様らしい女性。病室のベッドから身体を起こしている壮年の男性は、彼が兄と呼んだその人とよく似た面差しで、一目で親子とわかるほど、ふたりとも柔らかい雰囲気をもっていた。
 そっか、この人たちが藤沢政弥の家族で、わたしの雇い主になるのね。
「ちょうど僕たちは帰るところだったんだ。あれ?政弥、彼女?」
 そう政弥さんのお兄様がとんでもない勘違いを口にする。すると後ろに居た奥様が、その綺麗な顔立ちを一瞬歪めてわたしのほうを見た様な気がした。ほんの一瞬で、気のせいだと思う。まあ、こんな野暮ったい格好している女が、義弟の彼女って言うのは許されないことなんだろう、きっと……。
「ま、!」
 まさかという言葉は彼の手で塞がれた。なぜかわからなかったけれども、目で言うなと合図される。まあ、黙っていろと雇い主が言うなら従うまでだ。
「ご想像にお任せするよ。兄貴、義姉さん」
 はぁ?想像させるなよっ!そう思いながらもにっこりと営業スマイル。使用人は耐えるのよっ!
「じゃあ、僕達はこれで、父さん、無理するなよ?」
「ああ、雄弥、会社の方は頼むな」
「ああ、じゃあ、行こうか澄華」
 妻の背に手を回し優雅に去っていく。うーん、これぞセレブの夫婦って感じだね。
 
 
「本当に彼女なのか?政弥」
 病床の旦那様は思いっきり不思議そうな顔をしてこっちを見ている。
 違います、と叫ぼうとした瞬間、彼がくつくつと笑い出した。
「違うよ、親父。彼女は今日から家に来たメイドだよ。親父が俺に頼んだんだろ?今日来るから家に居ろって」
「ああ、そうだったね。すまない、君がそうか……名前を聞かせてもらっていいかな?」
「はじめまして、本日よりお世話になります、長岡茉悠子と申します」
「よろしく。君は一軒家の手入れも慣れていて、よく働くと聞いてるんだ。たしか、政弥とは同い年だったんだよね?すまないね、コイツの冗談に付き合わせてしまって。悪いヤツじゃないんだが……」
「そうですね、すぐにおもしろがる悪い癖をお持ちのようで」
「え?」
「あ!」
 しまった、余計なことを……
「あははは!相変わらずの口だな、野良」
「なっ!」
「野良?」
「あはは、こいつ、俺の学園時代の同級生だったんだ。ほら、長岡物産の」
「ああ、長岡さんとこの……そうか、お父上の会社も、彼も残念だったね」
「いえ、はい……」
 何で余計なこと言うかな?
「で、その、野良とかっていうのは彼女のあだ名か何かかね?政弥、女性に失礼だからそれはやめなさい」
 旦那様、もっと言ってやってください!この失礼なご子息に!
「わかったよ……」
「しかし、そうか、それは心強いな。どうしても留守にしがちの家だから、信用出来る人が欲しかったんだが、なかなか居なくてね。君の会社のサービスは損失補償までついている安心の出来る会社だったのでね、それでお願いしたんだよ。そうか、よかった……美津子がとても大事にしていた家なんだ。あまり何も望まない彼女が、家を建てるときはそりゃ嬉しそうに色々意見を出してね、彼女の言う通りに建てたら1年はかかるところを、突貫工事で半年で建てたんだ。ずっと現場監督にいったりして、かなり力を入れたんだよ」
 嬉しそうに話す旦那様。本当に奥様を大事になさっていたんだってわかる。
「はい、お屋敷からも亡くなられた奥様の、想いみたいなものを感じます。一つ一つのものまで大事になさっていて……お屋敷も、ご家族のことも、凄く大事になさってたんだなって」
「ああ、そうなんだよ」
 奥様のことを思い出されたのか、旦那様は表情に影を落とされた。
「出来るだけ心を込めてお世話させていただきたいと思っています。どうか、ご希望があれば、その度に仰ってくださいね」
 こんな優しい方に仕えられるなら本望だわ。メイドは主人を選べないけれども、いいご主人に巡り会えたら、そりゃもう仕事も楽しくなるからね。たとえあの息子が居ても目を潰れるってもんだわ。普段居ないから気にならないし?
「いや、嬉しいです。あなたのような方に来ていただけるなら……出来ればわたしが家中を回って希望を申したいところなのですが、こんな調子で……。不肖の息子ですが、なにか判らないことがありましたらコイツに聞いてやってください」
「はい、かしこまりました。旦那様は一日でも早く、お屋敷にお帰りになれるように、十分養生なさってくださいませ」
「はは、なんだか娘でも出来た気分だな。うちは男ばかりで、澄華も今では義理の娘になるが、元々は姪っ子でね、兄の娘というのが強くって……」
 そうなのか、お兄様は従姉妹と結婚されたんだと、インプットする。
 
 だけど、その割りにはヤツの態度は余所余所しかったんじゃないかな?
 旦那様と話す横で、機嫌悪そうに窓の外を見たままのヤツを、目の端でちらりとみあげた。
 
 
 
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<注意>こちらはハウスメイド・メイド編の試し読み版です。
8話まで読めますがそれ以降は電脳アルファポリスで有料になることをご了承下さい
久石ケイ