2011クリスマス企画
1
2011.12.22
〜俊貴〜
今年も忙しい一年を終える前に、クリスマスがやってくる。わたしや家族……そして友人たちにとっても意味を持つようになったクリスマス。
「部長! 今年は絶好のクリスマス日程ですよね!!」
相変わらず能天気な富野がそう叫んだのは、正月過ぎてすぐだった。馬鹿か、あいつは? まだ年が変わったばかりだというのに、すでに頭の中はクリスマスのイルミネーションか? まったく、めでたいヤツだ。
たしかにカレンダーを見ると、23日の金曜日は祭日。あとは24,25日と土日になるから、仕事さえ片付いていればクリスマスは3連休となるだろう。
「23日は恒例のクリスマスパーティをやりますよね? で、どうします? 部長。今年は去年のうちみたいに24,25とねずみーランドへ行きませんか? 予約なら早くしておかないとダメなんですよ」
「ねずみーランドか……」
去年のクリスマスをそこで過ごした富野一家は、その後もうるさかった。特に娘の美奈ちゃんは相当楽しかったらしく、うちの聖貴に『来年は一緒にいこうね!』と激しく誘っていたからなぁ……
「いいですよ〜夢の国で楽しく遊んで、夜は寝静まった子供たちと別の部屋で……熱く激しく、ですよ!」
冨野は淫靡な記憶を思い出したらしく、イヒヒと品なく笑った。やめろ、その笑い方は……それを取引先の前でやったらもう一回営業から外すぞ?
不本意ではあるが、元々部下で妻の同期で想い人でもあった冨野は、今は家族ぐるみで付き合う仲となってしまった。まあこのお調子者を妻が友人として放っておけないというのもあるが、こちらも何度か助けられている。向こうからも感謝されているらしいのだが、今では冨野の妻や彼の母にまで世話になっている。
だが、冨野の案もなかなかいいかもしれないな。場所を変えてホテルに泊まるなんて、ここのとこやってないからな。たまには場所を変えるのもいい刺激になるかもしれない。聖貴は連れていくとして、下の子は……無理だったらうちの実家に預けてもいいだろう。聖貴は美奈ちゃんの家にも普段からよく泊まりにいったりしてるので、おそらく一緒に寝てしまうから、冨野達の部屋で見てもらえるかもしれない。ならば、夜はふたりじっくり愛しあえるはずだ。
「そうだな、うちも行こうかな?」
「じゃあ、オレが手配しておきますね!」
そういったイベントの手筈はぬかりのないヤツだった。だが、そう決意したのちの春、その予定を覆す話が降ってきた。
「羽山先輩、本宮さん、オレと楓、今年の12月24日に式を挙げるんで、よろしくお願いします」
「えっ?」「はぁ?」
羽山とふたり驚いた声で返してしまった。それは、違う意味での『えっ?』と『はぁ?』なのだ。
「クリスマスかよ? もっと早くにまとまると思ってたけどな」
「わたしもですよ」
羽山の指摘に頷く。昨年のクリスマスの勢いじゃすぐにでも子供作って籍入れそうな雰囲気だったのに。
まったく、このカップルはこれまでにも大いに騒がせてくれた。
『もう知らない、あんな男!』
昨年のクリスマス明け、一日仕事を休んだ楓は翌日えらく怒って出社してきた。
『おい、どうした? なんか酷いことでもされたのか?』
社長の亮輔は、ワンマンで熱情家なだけあって、商談を進める時でも結構強引だ。おそらく女性に対しても同じだろうと思っていたが……
『昨日、わたしに仕事休ませたうえに、なんて言ったと思う? もう一日ぐらいいいだろうって……あいつはわたしを殺す気なの?』
えっと、それはヤリ殺されるって意味か? だとしたらあいつはどういう体力と性欲をしてるんだ?
『それに……わたしは仕事続けたいのに、もし子供ができたら仕事休んで産んでくれ、って! 今やってる仕事はどうするのよ、もう!!』
いや、おまえら避妊してないのか? それはオレが口出すことじゃないが。たしかに……楓の年齢を考えると早い方がいいとは思うぞ。
『課長になって、まだ1年も経ってないのよ? なのに……今辞められるかっ、ていうの!』
相変わらずだが、仕事を辞めるのか? 仕事命のおまえが。まあ、あれだけ仕事にすべてをかけていた部下の朱音を妻にした時、家庭に引き込んだわたしに何ら言える問題ではないが……
『楓、すまない! たのむから許してくれ、ちゃんと返事してくれよ!!』
凄い勢いでドアを開けて部長室に入ってきたのは、社長の亮輔だった。頬にはでっかい絆創膏。それは、引っかき傷か? まさか楓にやられたんじゃ……
『おい、おまえら……』
『嫌よ!』
『なあ、楓が仕事を大事にしてるのはわかってるよ。だけど、もしできてたら……そう思っちゃいけないか?』
背中を向ける楓を亮輔が必死でなだめにかかる。いつもの堂々とした亮輔の面影は……どこにもない。
『わたしは……この歳まで必死に頑張って、ようやく課長職にまでこぎつけたのよ? 今やってる仕事をすぐに手放すなんてできないわ。第一誰に任せろっていうのよ。いないじゃないの!』
確かに、わたしの後釜に関西支店から楓を呼びもどさなければならないほど、営業部に課長職をこなせる人材はいない。そうなるとまたよその支店から引き抜いて、それからだと仕事の引き継ぎに時間がかかってしまうだろう。
『わかった……だったら、これからはちゃんと避妊するよ。 今やってる仕事がひと段落つくまで待つから。だから、その後は……営業課長は勘弁してくれ。接待も多いし、残業も多いから、おれは心配でしかたなくなるだろ? 今だってそうなんだから……頼む、オレの秘書になってもらえないか? オレの側にいてサポートしてほしいんだ。一生……仕事も、会社も、オレ自身も』
『ほんとに?』
『ああ』
目の前で繰り広げられるプロポーズのシーンに、観客のように取り残されてあっけに取られて見ていた。目の前のふたりはわたしの存在など目に入らないようで、すでに甘い雰囲気で寄り添い始めている。おいおい、ここをどこだと思ってるんだ? 営業部長室だぞ……まったく。
『もう、あんなにしない?』
『それは、約束できない。おまえのこと愛してるし、身体も……だめなんだよ、おかしいぐらいセーブが効かないんだ』
『だからといって……あ、あんなにされたら、動けなくなるじゃない!』
亮輔……おまえは一体、彼女に何をしてるんだ? 昨年のクリスマス、気を失いかけてる嫁にさかって離れなかった自分の事もあるから、一概に責められないがな。
『しょうがないだろ、おまえも悪い! 俺を狂わせるからだ!』
そうだ、朱音はわたしを狂わせるんだ。結婚6年目になるというのに……飽きないとはまさにこのことだ。いまだに、行為の最中恥ずかしがりながらも感じておかしくなる妻の嬌態を思い出すと、仕事中でも興奮してきてしまうほどだ。
『わたしのどこが悪いのよ!』
『だから、おまえ抱いてると止まんなくなるんだって。もうこのぐらいにしておかないとダメだと思っても、つい……な。それに忙しいと言って毎日逢ってくれないのはそっちだろ? だったら結婚して一緒に暮らせばって、思うだろ!』
『毎日って……殺す気? わたしを! そんなことされたら死ぬわよ、あんなの!』
おいおい、それは極端すぎないか?
『だれが殺すか! だったら平日は抑えるから……おまえがいないと気が狂いそうなんだ……もうおまえなしではいられないって感じ? だから、なあ、頼む! オレと結婚してくれ!』
『でも……』
『亮輔のその気持ちはわかる』
わたしは思わずそう口をはさんでしまった。
そうなんだ、一度知ってしまったらもうなしではいられない。何度もと、執着してしまうほどイイんだ。他の誰かに奪われる……なんて考えただけでも気が狂いそうになる。特別色気満載の女ってわけでもないのに、わたしにとって朱音だけが特別なのだ。今まで色んな女を抱いたこともあるが、まったく違う。抱いたあとの充足感もあるのにすぐに餓えてしまう、抱かずにいられない存在だった。快感に弱いくせに恥じらいを忘れず、泣きそうな顔で縋って、ヨガって。思いだすだけで抱きたくなる女がいると、はじめて教えられたんだ。わたしも、朱音に……
『本宮さんでもそう思うだろ? たった一人の相手に出会えたらそうなんだって……オレわかったんだ。だから、楓を完全にオレのモノにしたいんだ。なあ、ダメなのか?』
『だ、ダメじゃないけど……仕事は?』
『結婚しても、子供産まれるまで続けて、その後落ち着いたら復帰したらいいんじゃないか? もちろん、その時はオレのそばで、秘書として、頼む……』
亮輔のヤツ必死だ。ここで機嫌損ねたら、また意地っ張りの楓の事だ、何言い出すかわかったもんじゃないからな。
『わかった……それならいいわ』
『やった!! 本宮さん、聞きましたよね? 楓がようやく結婚を承諾してくれたのを!!』
目の前の求婚劇が終わり、最後はその承認を求められた。わたしを巻き込んでどうするんだ? まったくはた迷惑なカップルめ!
その後、ふたりは互いの両親にあいさつを済ませたらしいが、事あるごとくに報告しに来た。だが、付き合いだして即寝てプロポーズしたその勢いだったら、結婚はもっと早いだろうと思っていた。子供でもできたらすぐにだと予想していたのに、年末のクリスマスだとは。
「こいつが12月まで仕事休めないって言うしさ。だから……まあ、その、本宮さん夫婦にあやかって、オレ達もクリスマス婚をやることにしたんだ。式場もHホテルを押さえられたんで」
「それで、その傷の代償は?」
亮輔の額にあったでかいこぶ。それはなんなんだ? また喧嘩でもしたのか? そして、傷を負わされるぐらいのことを楓に、したと……
「あ、これか? 婚約記念にって頑張ったら、いい加減にしろってベッドから蹴落とされたんですよ。その時にサイドボードへしこたま打ち付けて……まあ、いいじゃないですか! 楓が結婚をOKしてくれたんだから」
亮輔、おまえ頭は大丈夫か? うちの社長がそんな不抜けた顔じゃ困るのだが……こいつはそんな心配にも気付かないまま、へらへらと嬉しそうに笑っていた。
たしかに、今日の楓はへろへろな足取りの上、腰を押さえて辛そうにしていた……相変わらずあの楓にご無体な真似をしているわけか? 頼むから、仕事のある日ぐらいは抑えてやれよ。わたしは、思わず目の前の男に忠告せざるを得なかった。
だがそんなふうに喧嘩ばかりしているわけでもない……いやむしろ違う方が頻繁で困っている。
『あっ……ん、だめ、誰か来たら……』
『大丈夫だよ、もう秘書たちは帰ったし……こんな時間に社長室を訪ねて来る奴はいないよ』
嘘つけ、いるだろうが? オレと、羽山が。
『我慢できないんだ……楓、楓っ……』
『あっ、あっん!亮……輔さん、うぅ……ん、深い……の、だめぇ』
信じられないほど甘い楓の声を聞かされて、わたし達は顔を合わせて苦笑いした。まあ、こんなことが一度や二度……ではなかったからな。
「まあ、あのふたりは大丈夫だろうな」
羽山が少し前かがみになってため息をつく。
「そうは言うがな、喧嘩するたびに愚痴られるこっちの身にもなってくれ」
「それはお互い様だろ? まあ、亮輔は楓にべた惚れだし、楓だって満更じゃないんだ。相変わらず素直じゃないだけだな……おまえの時みたいに」
「わたしの?」
「ああ、あいつはおまえに気持ちを素直に言わなかっただろ?」
お互いの関係を壊したくなくて、わたしは彼女の気持ちに気付かないふりをした。彼女も、最後まではっきりと口には出さなかった。羽山に言わせれば、態度に出てたのは誰の目にも明らかだったそうだが。
「まあ、あいつがかなりの意地っぱりだってことは認めるよ。だが、それも亮輔にかかったら、ああなるってことか……」
「まあ、強引だわな。オレ達の中であいつが一番……」
「だからTOPを任せられるんだ」
「ああ」
今は彼たちの甘い時間の邪魔はすまいと、飲みに行こうと言いかけたが、互いに愛する妻の元へ戻る方を選んだ。
その夜、あてられたせいではないと、決して言えないふたりの男に、それぞれの妻は激しく翻弄されたと思う。
結局今年のクリスマスの予定は、23日には例年通りクリスマス会&ふたりの結婚祝いパーティ。そして、翌日は夕方からふたりの結婚披露宴3組の夫婦が招待されることになった。
――――それも、各夫婦セミスイートへの宿泊付きだった。