2005クリスマス企画
〜今年のクリスマスは〜
12/23・前夜
明日に挙式を迎えた二人の新居は、今や人だらけであった。
ホテルに泊まりながら上京してきている明日列席する杉原の親戚が二人の新居を見学にやって来ているのだ。中には本宮の親戚も混じり、本宮の両親も、杉原の両親もそのために一緒に来ている。明日の準備もしたいところだが、一通り見て帰らないと気が済まない、朱音の実家はしっかりと田舎なのである。
「まぁ、すごくイイ部屋ねぇ。せきりてーとやらもいいみたいだし。」
「ホントに羨ましいわぁ。こんないいマンション、ぽんと買えちゃうんだもの。」
「いえ、そんなたいしたことありません。」
俊貴も珍しく杉原の親戚連中に相手に愛想笑いを浮かべて応対している。前の家(前の奥さんの為に買った家)が思わぬ良い値で売れて、あとは俊貴の稼ぎと、小遣い稼ぎのつもりでやって来た財テクが功を奏して、ローンなしでこのマンションは購入できていた。そのことは賞賛されるが、相手はバツイチ、いくら一流企業の課長さんで、男前であろうが、愛想がよかろうが悪かろうが、強気なのは杉原の親戚のほうであった。
「まあ、35にもなればそのぐらい甲斐性がないとね。」
「まあ、もう失敗できないだろうしね。」
とまあ、辛辣と言えば辛辣である。しかしこれで悪気はないという、田舎の親族は恐るべし...そして、『ごめんなさいね』と言いながらも、有無を言わさないのは杉原の両親で、朱音はとっくに呆れて居間に向かった。
本宮の両親は何度かここに来ているので差し障りのないよう、大人しく居間でお茶を飲んでいた。バツイチの経歴は消えない、まあ、黙って受け入れようといったところだ。
「すみません、お義母さん、お義父さん、うちの親戚達が好きなこと言って...」
「いいのよ。あちらもご心配なのでしょう。こっちは二回目、何言われてもしょうがないわよ。この際納得するまで見て頂きなさいな。うちは朱音さんをいただくんですから、何の差し障りもないですし、この家は俊貴が自分の力で購入したものだわ。一軒家がよかったらいつでもうちの方に遊びにいらっしゃいね。」
「はい、ありがとうございます。」
本宮の両親はこの結婚には諸手をあげての賛成だった。もう嫁の来手はないと諦めていた矢先に連れてきたのが朱音だった。前の嫁はいい所の娘だったが、見た目は良くとも、思った以上に家事が出来なかった。その後の努力も無く、やる気も出なかったのは、仕事ばかりして家庭を顧みなかった息子悪いのだが、しまいには遊びが高じて離婚の羽目となった。
朱音は見た目も質素な上に、親の躾も行き届いていたのか、本宮の家に挨拶に来た夜も手伝いますと席を立って台所を手伝ってくれたりしたものだから、母親がいたく気に入ってしまったのだ。
「なんだ、朱音もこっちにいたのか。親父、おふくろ、皆さん一旦ホテルに戻られるそうだ。夕食を一緒にしないかと誘われてるんだ、来てくれよ。」
「ああ、そうなったか。まあ、両家の交流のためにも頑張るかな。」
本宮の父がそうおどけて立ち上がる。俊貴によく似た背格好、顔立ち。しかし性格的にはのんびりやで、定年後は毎日庭いじりをしているらしい。
「ゆっくり出来そうにないなぁ...」
ぼそりと俊貴が呟くのを聞いて、朱音は思わず安心してしまった。
翌日のスケジュールを考えると、食事の後はゆっくりお風呂を済ませて明日に備えたい。本宮の両親にも泊まってもらうよう申し出てみたが、杉原の両親がホテルに泊まられるのだから、自分たちもそうすると言われてしまった。
出来れば泊まって欲しかった朱音だった。
「朱音?車で行くと飲めないから、親父の車に乗せてもらうから早く準備して。」
「あ、はい。」
即されて、部屋のドアを締めて駆け寄る。既にみんなエレベーターで一階まで降りたようで二人だけだった。
「ちょっと、気を使いすぎたかな?」
エレベータの中で、俊貴が少しだけ疲れた顔を見せた。
「そうなの、なかなかの接待上手でしたよ。」
朱音が褒めると、すぐさま俊貴の唇が降りてきた。
「ん、充電。」
そういって開いたドアからスタスタと歩いていってしまう。
「あ、まって!」
ぼ−っとしてしまっていた朱音も急いで後を追う。
隙は見せられないと思った朱音だった
「電車なんて久しぶりだな。」
普段は車ばかりなので、二人並んで深夜の電車に乗ってるのが新鮮だった。
ホテルで宴会のような会食を終えて、二人は新居に戻ろうとしていた。
「ね、疲れた?」
「ああ、少しな...寝てもいいか?着いたら起こしてくれ...」
そう言って俊貴は目を閉じてしまった。お酒の量が多かったのは杉原の親類が飲ませたからで、普段から車が多くそんなに飲む方でない俊貴には過ぎた量だった。
「お疲れ様だったね。」
やたらと前妻のことを持ち出す親族相手にやんわりと話を逸らし、柔らかい物腰を続けていた。
『まあまあ、辛抱強くなったこと。』
と、本宮の母が感心していたことしきり。
こつんと、俊貴の頭が朱音の肩に寄せられた。わずかにかかる重み。
ほんとうに疲れたのだろう。呆れるほど田舎モノな自分の親類達は、悪気はないモノの、何でも寝堀り葉堀り聞いてくるのだから質が悪い。
しかしこうやって並んでいる二人は、世間の目にはどう映るのだろう?結婚してもう長い夫婦?それともまだ恋人同士?それとも...
目の前の電車の窓ガラスを見つめる。
安心しきった男の寝顔。自分はそれを受け止める女。
心配する以上にしっくりとした雰囲気で映し出される夜の闇の鏡の中の二人。安心したような笑みが漏れる。
「あ、もう着きますよ?俊貴さん。」
軽く揺り動かすとすぐさま目を覚ました俊貴が何度か目を瞬かして周りを見た。
「結構マジで寝てしまったよ。重くなかった?」
自分がもたれていた方の肩を軽くさすってから立ち上がる。
「さ、早く帰ろうか?僕たちの家に。」
夜の風は冷たく、二人寄り添ってマンションに戻る。それから一緒に暖かいお風呂に入り、念入りにお手入れする朱音を残して部屋に戻った俊貴もアルコールのせいかすぐさま睡魔に襲われる。
意外と、いや予想以上に緊張していたらしい。バツイチの自分がどう思われようと構わないが、あとで何か言われるのは朱音が可哀想だと思い、必死で立ち回っていたのだ。
睡魔と闘いながら俊貴は考えていた。この1年を...
昨年のクリスマスに思いを遂げたあと、あっと言うまの1年だったと感慨深げに思う。その間に、ちゃんと見ておかないと、すぐさま自分の元から去っていこうとする朱音だった。俊貴に粉かけてくる女性社員や、以前に付き合いのあった女性などからいろんなことを吹き込まれては自信を失い、彼を諦めようとしていた。それを引き留めるために、自分の想いを伝えるために、何度も彼女を抱いた。言葉ではうまく伝えられない分、身体で伝えるしかなかったのだ。
仕事で得た自信は彼女を人として自信のある存在として確立させていたはずだった。飾らない、装わない、だけどちゃんと人としての温かみも、気配りも持ち合わせている。それを朱音の女性らしい一面として俊貴はとらえていた。
そして媚びない凛とした真っ直ぐさが俊貴を引きつけて離さなかった。部下としてではなく、男として...
だが、腕の中で仕事という鎧を剥ぐとまるで少女のような不安げな顔をする。28まで男に愛されることもなく過ごしてきたことが、彼女から女性としての自信をこれほどまで奪っていたのかと考えると、富野を思い浮かべずに居られなかった。
どちらがよかったのか...
手つかずで置いてくれたことに感謝するのか、傷付けてきたことを恨むのか。
だが、愛すれば愛するほど、朱音が手放せなくなり、俊貴の力で花咲いた女の部分に他の男が気付くのが腹立しいほどの独占欲も初めて経験した。だから、逢えば何度も抱き、自分なしで居られないよう、意地悪く攻め立て、優しく愛撫した。
離したくない、そんな一心で...
「ん、朱音?」
深い眠りに落ちていた自分の腕の中に朱音が戻ってきたのを夢うつつで確認していた。その手を彼女に回して身体ごと包み、その温もりを抱きしめて再び眠りにつく。
「朱音、抱きたいんだが...眠い...」
その手で朱音の身体をまさぐりながらも、意識ははっきりとしない。
夢の中の朱音はなんと言ったのか、腕の中の朱音は穏やかな寝息を立てているのがわかった。
そうだった、もう焦らなくとも、彼女の身体に教え込まなくとも、ずっと側にいてくれるのだ。
穏やかな夜が流れ、暖かい眠りに二人は落ちていく。
そうして、二人の朝がもうすぐやってくる。二人が永遠を誓い合うその日...
挙式前日です。いや〜親戚って五月蝿いものですよね?(笑)