モーニングキスは弟から。 | ||
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第一話 冷たい弟。 ─────第一印象。…心が揺れなかった、と言えば、正直嘘になる。 半年前、突然弟になった、こいつに。 「お母さん、ここはオレがしておくから。…ホラ、時間大丈夫…?」 弟は母に微笑いかける。どうやったらこんな風に微笑えるんだろう、ってほど、そつのない笑顔。上品で、そこになんの媚や相手の顔色を伺うようなニュアンスも含まず、限りなくソフトに甘い。 スーツ姿の母は少女みたいに頬をときめかせながら、「ごめんね、じゃあ先に…お化粧してくるわね」と口元に手を添え微笑み返しながら、そそくさとダイニングを出て行った。 「……………………。」 あたしは今、ダイニングテーブルに両手で頬杖を突いたまま、弟の行動を少し冷たく見つめてる。 彼の名は、累(るい)。同じ高校に通う、しかも同学年の3年生。 うちの学校の制服の、ついこの前夏服に変わった白い半袖カッターシャツ、グレイッシュブルーのネクタイ。 ほとんどの男子生徒はネクタイをしてないし、裾をオーバーパンツにした白いシャツの下からカラーTシャツを覗かせて、制服パンツをわざと腰履きしてる。…だけど累は違う。 ちゃんと白いシャツはベルトの中に入れてるし、ネクタイは悔しいくらい爽やかにキッチリ締めてるし。 髪、優等生風なそつのない黒。…うーんでも、元々少し色素が薄くて茶色がかってるか。───…あ、観察してたらいきなりこちらを流し見られたっ。 「………っ。」 目の前にドンッて置かれる。 スーパーで特大サイズの、ラーマソフト。…それからお母さんの好きな苺ジャム。 「───…ちっとは手伝え。」 累はもう笑ってない。…あたししか居ない時、彼は笑顔を見せない。急に愛想悪くなって、怒ったようにぶっきらぼうな口調で命令してくる。 「…何であたしが。」 「………オレはコーヒー煎れるから。」 あたしはしぶしぶ、セリフとともに差し出された、大きめのプレートに載っているトースト2枚にマーガリンとジャムを塗り始めた。一枚はお母さんの、もう一枚は自分用。 視界の端で、累が湯気の立つコーヒーのマグを4つテーブルに置く。お父さんがようやく起きてきて、洗顔後の顔やこめかみ辺りをフェイスタオルで拭きながらダイニングに姿を見せた。 「…おはよう。」 「おはよう。」 累はまたソフトな微笑みを作る。 ─────うちは4人家族。…半年前から。 あたしの名前は、片桐瑞香(かたぎりみずか)。 あと2枚のトーストが焼けた頃、お母さんが唇以外のメイクを終えて戻って来た。 最初に母が玄関を出て行く。母は再婚する前からずっと勤めてて、今も仕事を続けてる。それから、半年前からあたしのお父さんになった、累の父が出掛ける。…最後に残されるあたし達。同じ高校、違うクラス。 あたしが洗面台の鏡の前でアイラインを引いていると、その後ろを累が通った。 「………やりすぎ。暑苦しいんだよ、そのメイク。」 「…るさいっ」 彼はあたしに構うことなく、そのまま玄関を後にした。…行き先は同じなのに、一緒に登校しない。 彼はあたしとは一緒に居たくないみたいだ。…ふん、いいけどっ。あたしもあいつなんか全ッ然タイプじゃないしっ。 彼が出て行く、金属製ドアの閉まる少し重たい音を聞きながら、マスカラを付ける。 …一回塗って、アイラッシュカーラーでていねいにまつげを上に上げて、また重ね塗りして。 …よしっ、カンペキ。アイメイクは隙が無いくらいキッチリと。でも唇にはグロスだけねっ。 ちょっと輪郭より大きめに付ける。 あたしの髪は肩より少し長め。色は抜いてないけど、ゆるくパーマは掛けて、ふんわりヘア。前髪をワックスで斜めに撫で付け、整える。…メイクとか、けっこう好きだなぁ。 卒業したら、そっちの道に進もうかなぁ。…あたし、すんごい美人じゃないの、自分で知ってるけど───…。ちょっと頑張ってメイクを工夫すれば、魔法みたいに印象が変わる。 変わった自分を鏡で見るのは好き。それに友達の事をメイクしてあげるのも好き。 人が可愛く変わるのを見るのが好きなの。 「瑞香ーっ、お願いあるんだよーっ」 親友のワカが両手を拝むみたいに顔の前で合わせて、駆け寄ってきた。朝のチャイム前。 「何?」 「…バイト、今日だけ代わって!」 「───…え?」 ワカのバイトって…確かお店だったよね…?よく知らないけど、お酒出すようなお店。 …やだ、ちょっと怖いな、だってあたしミスドでしかバイトした事ないんだもんっ。しかも厨房で飲茶の担当だった…。 ワカが小声で頼んでくる。 「だってぇー、あんま子供っぽい子にも頼めないしさっ、瑞香だったらテキトーにエロオヤジのエロエロトークも笑って流せるじゃんっ、大丈夫―、座ってただ笑ってればいいだけだからっ!飲茶セットよりカンタンだよーっ!…お願いっ」 「─────…、」 正直、怖いよ。…やだ、エロオヤジのエロエロトーク…?!だってあたし、半年前から一緒に住んでる累のお父さんでも、未だにちょっと話すの緊張するのにっ。どうすればいいのーっ?! 「お願いっ!今日だけっ!一日だけでいいんだよーっ!瑞香なら大丈夫!…あたしさっき電話で店長に、超カワイイ友達に代わってもらいますから、って言っちゃったしっ、あんま色気ない子に頼めないよー」 ……………あたしって色気ある?!考えた事もなかった。 結局あたしは放課後、一端帰宅して私服に着替え、ワカに言われた場所に出向かなければならなくなっちゃった。 校門に向かって歩いていると、校庭の向こう、グラウンドと離れてスイミングプールが見えている。 「………でさー、次の大会…、」 「えー嘘ーっ、あたしも行くーっ、片桐先輩応援しなくちゃ、」 あたしのすぐ傍を横切っていく、女の子2人組。多分2年。 累の事話してるんだ、と気付いた途端、あたしの胸がギクリとした。 …何で「ギクリ」なんだろ?首を傾げてしまう。 女の子達は声を立ててはしゃぎながらプールのほうへ向かって行った。…弟を見に行くのかな。 あたしは、1年の頃から累を知っていた。 同じクラスになった事はない。だけど1年の夏ごろから、クラスの女子がチラホラと「片桐くん」という名を零し始めたから。だからどんな子か探して遠くからチェックした事がある。 第一印象の累は決して、クラスの中心になるタイプの、存在感のやたら強い男の子じゃなくて。なのに何でそんなに女の子達が騒ぐのかが、不思議だった。 ある時、廊下で彼とすれ違った。彼は男子生徒とじゃれてて、そのまま談笑しながら通り過ぎて言った。 「─────………。」 ホラ、片桐くんだよ、と。当時仲のよかった女の子に言われながら振り向いてまたチェックした。近くで見た累の横顔。…何ていうのか…、綺麗に微笑うなぁ、って。ちょっと感心した。───ううん、正直に言う。 …吸い込まれそうで慌てたんだ。…彼の笑顔に。 累は廊下の向こう、前から来てつまづきかけた女子生徒を危うく転ぶ前に受け止めて、隣りにいた男子生徒から冷やかされていた。だけどそんな事にもお構い無しに、「大丈夫?」なーんて女の子の顔を覗き込んで。女の子は真っ赤になり、弾かれたように彼の腕から逃げ出した。バタバタバタ…と、廊下に響く派手な足音。 あたしの好みのタイプは、もーちょっと悪い感じの漂う男の子。ヤンチャっていうか、髪とか茶色くしてて、バンドやってたりとか、どちらかと言えば派手めで遊んでるカンジの、少し危険な雰囲気を持つ男の子。…クラスの輪の中心で大口開けて笑ってるような男の子。勉強なんて出来なくていいから、授業中先生をからかってクラスを笑いの渦に落とし入れるようなタイプ。 …あたしはそんな男の子にいつもときめいてしまう。 累は何ていうのか、ちょっとマジメで人畜無害な学級委員とかやっちゃってそうな印象だった。…毒が無い?そつが無い?…もっと言えば、無難。…まるで少女マンガに登場しそうな優等生タイプ。優しすぎる、甘すぎる。ワイルドさがないよ。何かに命張ってでも冒険するようなときめき、彼の人生にはあるのかなぁ?…だけど強いて言えば背筋が気持ちいいほど伸びていて、自分に自信を持って生きてるんだろうな、って思わせる印象も兼ね備えてた。 ああいう累みたいなタイプの男の子、未だに少女マンガ読んでる女の子にはいいかも知れない。王子様待ってる女の子にはね。(名前も累だし?…『ルイ』だよ?日本名じゃないよっ、フランス名だよ!)だけどあたしはもう、少女マンガは卒業したし。…誰かと付き合った事ないけど、どうせなら彼氏は大人の男の人がいい。同級生よりも、クルマ持ってる大学生とか。あたしをリードしてくれる人。…で、デートはマクドナルドとかモスじゃなくって、ちゃんとアジアン創作デザートとか置いてるお店。 ─────…で。その印象をくつがえされたのが、偶然彼の泳ぎを見てしまってから。 片桐累は、水泳部だった。 彼のファンだった当時のクラスメイトに付き合わされて、プールサイドの青いフェンスごしに彼を見た。 切れそうに真剣な瞳。…全く微笑っていなかった。その瞳がゴーグルに隠れる。…なんて綺麗なラインで弧を描くように飛び込むんだろう…!───…飛び込んだと思ったら、もう25mプールを反転、往復してた。流れるように。まるで水を味方に付けてしまったように。 隣りのレーンの水泳部員に、きっと1秒以上の差をつけて彼はスタートした位置に居た。 彼が泳ぎをやめた後も、あたしの脳裏には鮮やか過ぎる彼のフォームの残像が強く残ったまま、消えてくれはしなかった。 流れるような、まるで力の入っていない泳ぎ。…水のほうが、彼のために道をゆずったような印象さえ感じた。ブリーズが、見ていたあたしの心にまで爽快に吹き抜けた。 ………彼は期待の1年部員なのだ、と、聞かされなくてもその泳ぎを見ただけで判った。 夏の眩しすぎる太陽は、普段の制服姿で柔らかに微笑う彼には似合わなかったけれど、真摯に自分自身を見つめるような、飛び込み台に立つ強い彼には、余りにも似合っていた。 一日だけのバイトに、あたしは味をしめてしまった…! 何これ?!こんなに楽でいいの…? この前までやってた、ミスドの厨房って何だったの…?! 言われた通り、持ってる中で一番丈の短いスカート履いて、Tシャツじゃなく、ちょっとヒラヒラ目のキャミソールを身に付けて出掛けた。色はサーモンピンク。 …うーん、これ一枚だと、ちょっと上から覗かれれば胸の谷間が見えちゃうよー、どうしよう、やや不安…。 なーんて心配しながら行ったけど、お店に着いてからはそんな事、一度たりとも思い出さなかった。 ワカの言う通り、座っていればいいだけ…!お酒は飲めない。だけど飲まなくっても怒られなかった。店長さんはちゃんとあたしが高校生だと知っていて配慮してくれたし。 たどたどしくお酒を作っても、そのたどたどしく慣れない手つきをお客さんはよろこんでくれた。 「………昨日まで台湾へ出張で行っててねぇー、瑞香ちゃん、カワイイから特別にこれ、キミにプレゼント。」初対面のエロオヤジ(って言っても、そんなエロい事も言わないフツーのおじさんだった)が、あたしに香水の箱をくれた。 うわ………!ホンモノだっ!ブランド物の箱…!これ、どこのかな?すごいっ、すごい…! パッケージ、全部英語だしっ。いや、フランス語?!大人ってカンジ…! 夜11時半。終電でお店を出て帰宅。一応、ケータイから家に電話を入れた。 「あ、お母さんー?ごめん、ワカん家居た。…今から電車乗るー、…うん、うん気を付ける。じゃあ」 あたしはもう、上機嫌で舞い上がってて。バイト料、一日だけだからその場で貰えて、その封筒の中身見てまた驚いた。 そしたら店長さん(30歳くらいの男の人)が、「よかったらうちでバイトしない?毎日でなくてもいいよ?」って。 「…キミ、けっこう男からみたら魅力あるんだよね…、よくカワイイって言われない?ナンパとかされまくりでしょ」 「…え!ないですっ、そんなの全然ッ!」 「またまたー、彼氏嫌がるかな?こういうバイト」 「彼氏居ませんからっ」 「嘘でしょ、ハハハ」 ─────そんな会話の後、一週間に一度、金曜だけでも入ってって言われたから、考えときますって返事した。 あたしはクラスの女の子からも、彼氏持ち、とか遊んでる、とか思われてる。 …きっとワカとつるんでるからだと思う。…ワカは実際、かなり遊びまくりだし。年上の彼氏は外車に乗ってるしっ。…ホントはあたし、全然そんな事ないんだけど、「絶対嘘だって!彼氏居るって!」 と言われるたびにだんだん「違うよ」「ウソだぁー」「違うってば!」 って会話が面倒になってきちゃって、この頃は「まぁねー」とか返事しちゃうようになってしまってる。 だけど今日のバイトだって、ホントはお店のドア開ける時、脚が震えた。…すっごく怖かった。 電車を降りて改札を抜けると、駅前には屋台が数件出てた。こんな時間に乗り降りしないから、知らなかった。酔っ払いの人が居る。ちょっと怖いな…。 「彼女、カワイイじゃんー、一人?」 「えっ?!」 いきなり、背後から声を掛けられて。ビクリと飛び跳ねそうな心臓を押さえて振り向いたら、二十歳過ぎくらいの金髪の男の人があたしの肩に手を置いていた。…そのまま腕を回されて、まるで肩を抱くみたいに接近される。 「や、やだちょっと…っ、」 「彼氏とデート…?」 「そんなんじゃないですっ…けど…、」 こんな時、うまくかわす方法なんてあたしは知らなくて。…怖くって、その人の手を振り払う事も出来なくて、ただただ固まってしまった。 「あ!判った、待ち合わせー?だったらさー、あそこの店で待たない?彼氏来るまでお茶しない?」 「……………っ、でもっ、」 「お茶だけ、お茶だけ。」 駅前の、朝までやっているカフェを指差す男の人。…だけどそこはお酒も出すお店。 「あのっ、もう帰らないとっ、急ぐんで…、」 「あー、じゃあ送って行ってあげる!ここら辺、ヘンな酔っ払いオヤジ多いから」 「いいです、独りで…、」 「危ないってー!」 強引な腕は、さっきから痛いほどあたしの上腕を掴んできてて。あまりにも顔を近づけられて、もうこのまま離してもらえないような怖さがよぎった。 やだ………っ、誰か…、おまわりさん…! 誰か来てよっ、ねぇ、助けてよ…!! 「瑞香!」 涙が滲みかけた視界の向こう。 ─────駆けつけたのは、………弟の累。 「………ごめん………」 あたしはうつむいたまま、顔を上げる事も出来なかった。駅から徒歩10分ほどの道のりを、とぼとぼ歩く。…累はあたしの少し前を歩いてる。 「───…てかさ、今日どこ行ってた…?」 「えっ………、」 振り向いた累は微笑ってない。両手をジーンズのポケットに掛けて、憮然とした顔。 ちょっと面倒くさそうで、ちょっと不機嫌で。 「…ワカん家」 「嘘つけ。」 即答されて、言葉に詰まる。 「…嘘じゃないよ…っ、ホントだもんっ、」 …そしたら累が、あたしの手首を引っ張った。 「っ!」 バランスを失い、前につんのめりそうになる。 「…じゃあお前、何でそんな酒とタバコの匂いしてるの?」 「えっ、」 「髪にタバコの匂い、移ってる」 「?!」 「─────………。」 やっぱり累は、怒った顔。…すぐ間近に見上げると、彼もあたしを流し見るように見下ろしてきた。 「……いいじゃんっ、何であんたがあたしに説教するワケ?!偉そうな口利かないで!」 「…オレがここまで迎えに来なかったら、お前さっきの金髪ヤローにまだしつこく付きまとわれてたんじゃないのか」 低い声で図星を指されて、あたしはまたうつむくしかない。 「─────…うるさいっ、弟のクセに。」 「…同い年だ。」 「違うよっ、あたしのほーが一個上でしょ?!」 「…何言ってんだよ………お前素直にありがとうって言えないのか」 いつもみんなに笑顔しか見せない累が、あたしにだけこんな表情と態度なのも、あたしの心をいたたまれない気持ちにさせる。…何だか、世界中であたしだけが彼に嫌われてる、って証拠みたいだ。 「…累は3月生まれじゃん。…あたしは4月だもんっ。…ほとんど一個違うもんっ」 「─────…。…にしては、ガキくさすぎ。」 「………っ、」 「とにかくお母さんに心配掛けるな。…オレにも面倒掛けるな。帰ったら即行風呂入れよ、判ったな」 …何だか泣きたくなった。…彼に手首を引かれながら、すっごく惨めな孤独を感じた。 月曜の朝。身支度を済ませて、貰った香水を付けた。制服にその香りは、きっと合ってなかったかも。…だけど、大人ってカンジ。 屈辱的な週末。…累に「ガキくさい」なんて暴言吐かれて、このまま黙って引き下がるあたしじゃないからねッ。大人なあたしにギクリとさせてやるっ。 メイクもバッチリで、朝食の席に着いた。 目が合うと、累の視線があたしに止まる。驚いたような表情して、目を見開いたままプレートを持つ手も止まった。 「─────………。」 あたしも、目を逸らさなかった。挑むみたいにテーブルから彼をじっと見上げる。 「キャっ、」 母の声。隣りの部屋で、クローゼットの上にある靴の入った箱を取ろうとし、両手を伸ばしたら、重ねて置かれていた他のものまでが雪崩になって落ちてきていた。 「………っと!」 累はもうあたしの前には居なくて。 見れば間一髪、母の背後から、3つの靴箱が落ちてくるのを押さえていた。 「…っごめんなさい、」 バツが悪そうに頬を赤らめる母に、彼はまたあの溶けてしまいそうなスマイルを見せる。 「言ってくれれば取るよ。無理しないで、お母さん」 彼は必ず、『お母さん』を付ける。…彼なりの、家族になろうとする努力と配慮なのかも。 だけどそのそつの無さも、鼻につく。そしてあのスマイルが、あたしだけには向けられない事にも。 「…ありがとう、ホントごめんね」 母は慌てた様子でやっぱり少女みたいに彼からはにかんだ視線を逸らし、必要な靴だけ取ると玄関へ向かった。 「それじゃ、行って来ます」 「あっ、いってらっしゃい。…気を付けて」 母が出て行くと、彼の顔から笑顔が消える。…憮然とした様子で、あたしの向かいに腰を掛ける。 そしてもくもくとトーストを口に運び出す。…あたしのほうを見ないまま、累は言った。 「…その香り、きつすぎるんじゃない?」 「……………。」 うわ、やなカンジ。 「───…いいでしょ、貰ったんだもん」 「誰に」 「うるさいっ。何でいちいちあんたに聞かれなくちゃならないの」 「……………。じゃあもう聞かないから安心して」 「っ!」 ムカつくーっ! そのシレっとした言い方も!あたしをもう見ないのも!事務的なトーストの食べ方も…! 「おはよう」 お父さんがダイニングに姿を見せた。 「…何だ、またケンカしてるのか?」 お父さんは苦笑する。累はお父さんの前では、作り笑顔をしない。ムリしてあたしと仲良さそうに見せない。 「………あっ、コ、コーヒー…、煎れるねっ、もう入ってるからっ」 あたしがお父さんのために、慌てて立ち上がる。 「悪いな、瑞香ちゃん」 「ううん、いいよ?」 あたしは造り笑顔で、出来るだけ緊張を見せないように気をつけながら、お父さんのためにサーバーのコーヒーを注いだ。冷蔵庫からミルクも取り出す。 3人の朝食。累は黙々とトーストを食べ、一気にコーヒーを飲み干した。そして新聞の折り込み公告を見てる。 「…累、大会いつだっけ?」 お父さんの声。 「───…まだ先だよ。夏休み入ってからだから。」 「そうか。お母さんと応援に行こうかな」 「ゲッ、やめろよ気色悪い。…今までそんなの一度もなかっただろ、やめてくれ」 父はその受け答えに声を立てて笑った。 「瑞香ちゃん、よかったら応援しに行ってやって。こいつ、こんなぶっきらぼうだけど内心は来てくれたら嬉しくて飛び跳ねるから」 「うるせぇよオヤジ!」 |
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