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先生とあたし


2.はじまり

あたしが高校にはいってすぐ、中学と違って数学がどんどん難しくなって、文系だったあたしはどうしてもわからなくなってしまって、とうとう担当の先生に聞くことにした。

「おねえちゃん、深山先生ってしってる?」
「え?深山...」
「うん、数学の先生なんだけど、質問したらちゃんと教えてくれるかなぁ?」
「...たぶんね。昔担任だったけど、イイ先生だったよ。だれにでも親身で、真面目で...」
「担任?あ、もしかして、あの写真の?お姉ちゃん見せてくれたことあったじゃない、クラスで遠足いったりしたって。」
「そう、その時の担任だよ。」
「そっか、深山先生あんまり笑わないから、すぐにわからなかったなぁ。」
「...笑わないの?」
「うん、すっごく真面目な顔っていうか、にこりともしないよ。アイスマン深山ってあだ名が付いてるくらい。」
「そう、変わったんだ...」
お姉ちゃんは少し寂しそうに笑った。
「あ、おねえちゃん、時間だよ?袴田さんもう来るんじゃないの?」
「あ、ほんとだ、今日は式場見に行くって約束してたから...もう行かなきゃ。」
「楽しみだね。結婚式...あたしには一生縁がなさそうだわ。」
「依里子もコンタクトにすれば、世界変わるかもだよ?いつまでもそんな真面目に眼鏡の三つ編みじゃ男の子に声もかけて貰えないわよ?」
「そんなのいらないもん。あたしは...男の子って苦手だな。クラスの男の子が話してることなんか1/3もわからないもの。」
「またそんなこといって...」
「おねえちゃんみたいに愛想よく笑ったり出来ないんだもの。いいの、あたしはこのままで!」
「そのうち、恋でもしたらわかることか...」
「ありえないって!あたしはお姉ちゃんみたく、モテモテでも、恋多き女でもないんだから。でも最後に捕まえたのが稔さんみたいに素敵な人ならそれもいいかもだけど...でも稔さんって変わってるよね?」
「いいのよ、飽きなくてね。」
尽くされるほどモテてたおねえちゃんが、結局最後に決めたのはゲームの制作会社に勤めてる男性で、自分のことも何もしないで制作作業に集中しちゃうのでおねえちゃんは世話を焼きっぱなしで...それがほほえましかったりする。だって寄ってくる男の人を相手にしてるときのおねえちゃんってすごく嫌いだったから。
「そうね、本当の自分を見てくれる人なら、かっこつけなくてイイ相手が一番いいのかも知れないわ。見かけだけで寄ってくる男にいくらモテてもしょうがないし。やっぱり依里子はそのままで好きになってくれる人捜しなさい。ちゃんと自分をわかってくれる人をね?」


その時のおねえちゃんの言葉はずっと胸の中にあった。


「城野、具合が悪いなら保健室に行きなさい。」
深山先生が授業中小さな声でそう言ってくれた。
実は朝から身体がだるくって、熱がでてるっぽかったけど、数学は少しでも休むとわからなくなるから無理して授業にでていた。
その時間は我慢したけれども、次は体育だったので保健室で休ませてもらうことにした。
「城野?やはり熱があったらしいな。今職員室で保健の宇部先生がそういってらしたぞ。」
保健室を覗いてきたのは数学の深山先生だった。
「すみません、少しでもでてなかったらわからなくなってしまうので...」
「私の教え方はわかりにくいかな?」
「いえ、そんなこと...あたしが苦手なものですから。」
「そうか、じゃあ、今日の分。身体が楽になったら見なさい。プリントにしておいたから。」
そう言って手渡されたのは今日の数学、ううん、今日までのまとめに近いモノだった。

それだけ渡すと先生は保健室を出て行った。始終あの冷たい表情のままだけどそんなに怖い先生ではないのかも知れない。後で聞くと休んだ子や理解してない子にそうやって手助けをしてるらしかった。数学な嫌いな子からすると「嫌な課題」らしいけど、勉強したいモノからするとすごくありがたかった。

「意外と優しいのかな?」

それからおねえちゃんに深山先生のことを聞いて、あたしは先生に質問をするために度々数学教官室を訪れることになった。

ふと気がつくと、日射しの強いときにカーテン閉めたり、煙草は窓際でしか吸わなかったり、生徒が入ってくると急いで煙草を消したり、...
当たり前の優しさを無言で示す深山先生に好感を持ち始めていた。
ほんの少しずつの積み重ね。
それが好意に変わって、恋だと気がつくまでに、あたしは何度もそんな先生のいいところに気がつく。
おねえちゃんからもらった、クラスのスナップ写真の中に見つけた深山先生の優しい微笑み。あたしはいつかこの笑顔を、学校でみたいなって思うようになっていった。
そのためにも一生懸命勉強したし、どうしてもわからないところは先生に聞きにいった。
アプローチなんて器用な真似の出来ないあたしにはそれが精一杯だったけど、数学の点数が上がって、何度か数学で満点取れると、先生があたしを見る目が暖かくなった気がした。
そりゃね、これだけ頑張ってればそのぐらいって思うかもだけど、あたしはそんな小さな事でも充分だった。だって先生はいつだって冷めた表情で授業をしていたから。誰かとうち解けるなんて事は少ないけれども、出来るだけ取りこぼしがないよう授業に工夫してあるのもわかっていたから。


「先生、ココがわからないんですが...」
「ああ、ここはだな、」
問題を指さすペンを持つ手、解いていく男の人にしては長くて繊細な指。いつも撫でつけたきちっとした髪、クリーニングのきいたシャツにスーツ。
きっと真面目できっちりした生活を送ってるんだろうなって思っていた。
一人暮らしで悲惨な食生活を送ってるなんて、全然知らなかったくらい完璧な大人に見えた。
だから尚更、尊敬ともいえる憧れだけで、決してあたしの思いは燃え上がることも弾けることもないはずだった。


先生がただの男で...
欠点もたくさんあって
食事もさすがにインスタントは少なかったけれども、買ってきたものやバランス飲料やスティック、ゼリーが多いこと
それから...
意外と情熱家で、独占欲も強いってこと。
でもそれ以上に変に抑制的なところ。


そんな男性だったったってことは、ずっとあとになってからわかった事だったから。

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