「え?」
「今回、冴島が参加するって言ったら、ほかの奴らが無茶苦茶乗り気で、気に入らなかった。」
「あの…」
「滅多に、社内コンパにレクレーションにも参加しない冴島美雪が参加するって聞いて、このスキーコンパは人数が膨れあがったらしい。で、三井がどうしようって相談してくるから、別行動取ろうって話して決めた。」
わからない、なんでそうなるのだろう?
「あの、スキーコンパって?」
「今回のスキーツアーの目的だよ。社内で相手のいないもの、独身の者が集まってスキーで親交を深めてお付き合いのきっかけにするという...」
「そんなの、聞いてません!」
「ああ、三井も言ってないからどうしようって相談してきたんだ。夜は宴会になるし、お酒もまともに飲めない冴島をどうしたらいいか相談されて、オレが保護したんだ。」
保護?子供じゃないのに…でも助かったかも知れない。知らない男の人(会社の人でも)と話したりお酒飲んだりなんて、いやだなぁって思ってしまう。
「あ、でも、なんで沢田さんなんですか?」
「………それを今聞くか?」
「聞いてはいけなかったんですか?」
大きなため息をつく彼に、わたしはなんて言っていいのか判らなくなってしまった。
「オレが以前、バージンには絶対手を出さないって言ったからだ。」
「はぁっ?!」
そりゃ、間違いなくバージンですよ?だって男の人と付き合ったこともないんですから…それがなんでそうなるんですか??
「オレが冴島と居て、全く手を出さなかったら、今回の宿泊費が全部チャラになるんだよ、二人分な。」
「なんでですか??」
「俺たち二人をダシにして人数集めやがったんだよ、三井と室井が。」
室井って言うのはよくこういった催し物を幹事してる人で、たしか沢田さんの同期だったかしら?
「おかげで、二人とも意中のヤツが申し込んできたのはいいけど、オレらが居ると邪魔だから隔離されたってわけだ。」
「はあ…そうだったんですか。」
「ああ、だから安心しろ。オレはめんどくさいのには手を出さないし。それに、オレは…」
「ああ、彼女さんですよね?判ってます。だったら大人しく滑ってましょ。でも、何日もって訳にいかないから、明日滑ったら帰りませんか?彼女さんにも悪いし、わたしもそんなに長く男の人と二人っきりって言うのは、両親が感心しませんし。」
「…そうだな、じゃあ、今晩だけ。」
食事を一緒に済ませて、お風呂にも入った。備え付けの浴衣に着替えて、戻ると沢田さんは冷蔵庫を開けていた。
「まだ飲むんですか?」
「ああ、なんか寝付けそうになくてな。冴島は?」
「あんまり飲んだことがないので…」
「一度ぐらい飲んでみたらどうだ?」
「でも…」
「少しは飲めないと苦労するぞ。」
「そうですか、じゃあ…少しだけ。」
「ワインなら大丈夫だろ?」
そう言ってミニボトルを冷蔵庫から出して手渡された。
その紅い液体を、わたしはちびちび飲み始め、そして意識を失っていった。
目が覚めたあたしは、自分が信じられなかった。
何も着てない状態で、隣には沢田さんが、同じくで…
腕枕されてて、これって、抱きしめられてる状態で。
「起きたか?」
「あのっ!ごめんなさい…あたし、」
「何で謝る?」
「だって、か、彼女さん、居るのに…バージンダメなのに、すみません、あたしったら、きっと酔って何かしでかしたんですね?」
ああ、記憶がないのが恨めしい。
「あの、帰りましょう、すぐに。あの、彼女さんにはバレないように、って言うか、迷惑かけませんから、あの、あたし、あ…」
堪えきれなかった。
涙が溢れてきて止まらなかった。
わたしは、この人が好きだったんだって、こんな時に気が付くなんて…
彼女が居るから、ってずっと諦めていた。
見てるだけで、よかった。
最初に指導員になってもらったときから、ときめいていた。
やさしく、厳しく指導されて、それでもこの人は信じられる人だなんて勝手に思いこんで…
でも、手にはいるはずのないモノを欲しがるほど子供でもないつもりだった。だから、距離を置いて、見てるだけで満足していた。
なのに、きっとわたしは酔って本音を漏らしたのかも知れない。それでもって、迫ったのかも??
ああ、そんな、約束もこれでダメになっちゃうじゃない?
手を出したら、ここの代金も自分たちででしょう?それはいいんだけど、沢田さんは処女は嫌いなはずだし…ああ、もうどうしよう??
パニックおこしたあたしを、沢田さんが腕の中に抱え込む。
「ごめん…」
謝るのは、わたしだ。彼女が居るのに、わたしは取り返しのつかないことをしてしまったのだから。
「美雪、おまえはまだバージンのままだから。」
「え?」
「してない、我慢したから、オレ…」
「あ、そうなんですか?よかった、じゃあ、」
「だけど、今は我慢出来ない。」
「え、な、なに…?」
「酔ってるおまえを抱けなかった。何も知らないおまえを汚せなかった。だからちゃんと途中でやめたけど、服を着せる気にはなれなくて…一晩我慢したんだ。だから…今から抱かせて欲しい。」
嘘…沢田さん、今なんて言ったの?
「バージンは嫌いだって…」
「昔は、遊んでばっかりいたから、面倒だったんだよ。」
「彼女が居るって…」
「ここに来る前に別れた。」
「なんでですか??」
綺麗な人だった。秘書課のお姉様。
「おまえ…美雪が来るって聞いたからだ。」
なぜあたしが?
「指導員やってたころから、おまえのことが可愛いと思ってた。だけど、オレみたいな遊び人、何言ってもおまえは相手にしなかっただろう?嫌われてるのかと思ってたんだ。」
「あの、なんの話ですか?」
「ったく、おれが、指導員の時、なんど食事に誘っても来なかっただろう?」
「ああ、だって、急に仰るので…いつも母が夕飯を用意してくれるのに悪いじゃないですか?」
「他の日誘ったら、お花だとか、お茶だとか…」
「だってお稽古日だったから。」
「後で判ったんだよ、美雪がとんでもない箱入り娘で、鈍感で、天然だって。」
「な!それとこれがどういう関係があるんですか?」
「つまりだ、おれは、入社当時からおまえに惚れてて、振られたって思いこんで、誘ってくる相手と手当たり次第に遊んでたんだ。このスキーの話を室井に持ちかけられた時、三井に、いつも仕事中、美雪がオレを見てるって言われて、なんとか俺たちをダシに念願成就したい奴らの話に乗ってオレが仕組んだんだ。言えば来なくなるからって、三井に聞いてたし、車に乗るとすぐに寝てしまうってのも聞いてたから…だから、サービスエリアなんかに止まってないし、この部屋にも誰も入ってきてない。電話も一切かかって来てない。」
「あの、まだよくわからないんですが...」
「……そうだったな、おまえははっきり言わないと判らないんだよな?」
わたしは頷いた。早く教えて欲しい。もし、わたしが期待してる答えなら、あたしは…
「オレはおまえが好きだ。逃げられないように、こんなことをしてしまうほど惚れてる、欲しいんだ。美雪の初めてをオレにくれないか?」
返事は判っていた。頷くだけでいい。なのに…
「うう…ひっく…ひっ」
涙がまた止まらない。
「美雪、泣くなよ、いやだったか?そうだよな、寝てる間に裸にされて、いやだよな、すまない…」
あたしは必死で頭を振る。
「美雪?」
「違うんです、わたし、あの、余りよく判らないんですけど…いやじゃなかったんです。ずっと一緒にいること、こうやって抱きしめられること…」
「いいのか?」
今度は一回だけ、こくっと頷いた。
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素材:FINON