クリスマス企画第２弾

Last of chance

〜クリスマスを過ぎても〜
１２月２３日

ん？何か鳴ってる．．．
あたしは携帯の着信音で目を覚ました。
１０時をすぎたところ．．．ちょっと寝過ぎたかもしれない。でも今から準備すれば３時からの披露宴には十分間に合う。
携帯の液晶盤には本宮課長の名前が点滅していた。
「もしもし？」
『ああ、おはよう、本宮だ。あと１時間ほどでそっちに着く。』
「え？でも早すぎませんか？？」
『中途半端に出るよりは早めに出て朝と昼を一緒にどうだ？マンションの下で待っているから、杉原はゆっくり支度すればいい。』
そんな！ゆっくりと言われても　．．．
電話をきった後、大急ぎで準備に取りかかる。顔を洗って、化粧して、スーツに着替えて。
きっとこのスーツ着てたら文句言うんだろうなぁ。でもさすがに数年前まで着ていたパステルカラー系のフォーマルは着る気にならない。黒のオーソドックスなタイプだけど値段は結構したのだ。何か買いに行く暇もなかったし、それに　どこがめでたいの？あたしにとってはお葬式と同じじゃない？あたしの８年分の思いのお葬式。真っ黒ずくめで、陰気な顔して参列したいものだわ。
そんなわけにも行かないので、シルバーパープルのシルクブラウスをインナーに着て、胸元にはパールはやめてプチダイアモンドにした。コレも自分へのご褒美に買った代物。
ああ、もう時間がない？？
時間にかっちりした課長のことだもの、きっともう下で待ってる？
ああ、急がなきゃって．．．あたし誰かに迎えに来て貰うのも、またせるのも、大学時代に富野達と出掛けて以来じゃなかった？
マンションを出るとシーマの助手席側にもたれて煙草を吸う課長の姿があった。
「すみません、遅くなりました！その、待たれましたか？」
「いや、急がせて悪かったな。でれるのか？」
「あ、はい．．．」
課長は煙草を携帯の灰皿ケースに押し込むと助手席のドアを開けてくれた。
やだ、こんな扱いも初めて？きっといつも奥さんにしてる癖なんだろうね。
あたしが乗り込むとドアを閉めて運転席側に回り込む。それからはほぼ無言で車を走らせる課長だった。

「時間、すこしいいか？」
ホテルのレストランで、軽く食事のつもりだったけど、そこそこ食べてしまった。ちょうどランチバイキングだったから、そこで食べたのだがゆっくりは出来なくて早々に出てきてしまった。
二人で食事は一昨日以来だけれども、意外と会話が弾んだのには驚いた。まあ、同じ職場なのだから、仕事の話ばかりだったけど、あたしも課長も根っからの仕事人間ってワケだ。
「どこに行くんですか？」
時間はまだ１時にもなっていない。
３階でエレベーターを降りると真っ直ぐに向かっていく先があった。そこがどこなのか、あたしでもよく知っている。
「あの、課長？」
「課長と外では呼ぶなと言ってるだろうが？そこら中に課長はいるんだ。」
「すみません、本宮課長、この先は．．．」
「ああ、ここだ。すまない中上さん、いるかな？」
「はい、中上ですね。少々お待ちください。」
工藤と名札をつけたきりりとした女性が一礼して奥に戻っていく。
ここはこのホテルのウェディングプラン、要するに結婚式のプランニングを受け持っているところだ。おそらく自分には一生関係ないだろうと思われる場所。
「あのっ、本宮課長．．．」
呼んでも知らん顔して横向いている、あたしの腕だけ掴んで。
「課長．．．あのっ．．．本宮、さん？」
「なんだ？」
やっと返事した．．．
「あのっ、ココになんの用があるんですか？」
「用があるのはおれじゃない。おまえ、杉原だ。」
なに？どういうことかわからずに焦っていると、奥から少し落ち着いた雰囲気の女性が現れた。いかにもココの責任者って言う感じ。
「中上さん、すみません。無理を言いますが、お願いします。」
「わかりました。杉原様でしたね、こちらにどうぞ。」
「あのっ？課長．．．本宮さん？」
本宮課長は一人どっかりと隅の灰皿のおいてあるテーブルの前に座り込んで煙草に火をつけて知らん顔をする。なんなのよ？連れてきたのはあなたでしょっ？て．．．あたしは奥の部屋へと引きずられていく。
「本宮くんはわたしの古い知り合いでね、自分の部下の披露宴に連れて行く子を着飾ってやってくれって．．．本当に地味ねえ。あなたも負けるでしょう？」
中上と紹介された女性が振り返った方に先ほどの工藤と名札をつけた女性がにっこり笑って立っていた。
「着飾りがいがありますね。そのために最近勉強した技術が役に立ちますわ。」
そう言うとあたしを鏡の前に座らせて、中上さんが部屋を出て行くとわたしにケープを被せていきなり髪を解いた。
「あのっ！なにを？？」
ひっつめただけだけどそれなりにセットしたつもりだったのに…
「少しだけ華やかに装いましょう。あなた見てると自分を思い出しちゃうわ。あたしもね、地味なスーツしか持ってなかった口なの。それって、自分に自信がないからなのよね。」
「う、それは．．．」
当たってるだけに思わずじっとその人の方を見る。優しい色合いでメイクされた穏やかな表情を持ったその人はにっこりと微笑んであたしを見ていた。
「女はね、ドレスや化粧で気持ちまで変わるのよ。あとは自分をわかってくれる、必要としてくれる人の存在だけね。先ほどの方は、あなたのことすごくわかってらっしゃるんじゃないの？」
先ほどのって．．．本宮課長のこと？？
「か、課長は、ただの上司です、同じ課で．．．葬式みたいな恰好が許せなかったんだと思います。」
「そう？上司って言っても若い方ね。」
「奥様いらっしゃいますから．．．」
「あら、そうだったの？残念ね。」
ふふっと笑う声が優しかった。あたしに触れる手も優しくて．．．
「今日結婚する同僚って、大学時代からの友人なんです。ずっと片思いしてた人で．．．だから、気分はホントにお葬式で．．．」
「でも、大事な友達だったんでしょう？」
「はい．．．祝福しなきゃって思います。まあ、諦め入ってたから、もう涙も出ませんけどね。」
「そう．．．つらいわね。じゃあ、見せかけだけでも華やかに祝ってあげましょうよ。どうせならこんないい女だったって思わせてね？」
髪を巻かれて、華やかに散らされていく。主に付け毛だけれども．．．付け毛だったらあたしもこんな髪型出来るんだ。
メークもしたことがないほどしっかりメーク。眼鏡外してるからはっきりとは見えないけれども．．．こんな鮮やかなローズの口紅なんてつけたことない。
「ドレスはどれがいいかしら？」
中上さんが何枚か持ってきてくれたそれは、落ち着いた若草色や、ちょっと渋めの薄紅色。素材も光沢のない優しいシフォンで、レースもシンプルなものばかり。
「あ、コレ新しく入った．．．裾に変化があって落ち着いた割にエレガントですよね？」
薄紅のドレスを工藤さんが手に取る。
「これでいい？？」
あたしは思わず頷いていた。


「ほう、やはり見違えるじゃないか．．．けれどもその眼鏡は没収だな。」
「ダメです、課長、あたし見えないんです！」
本宮課長に掛けていた眼鏡をすっと奪われる。
あたしは仕上げを終わって、課長の前に立たされていた。最後に眼鏡を掛けて見せて貰ったあたしは別人だった。いい意味で．．．ね。
「見えなくてもいいだろ？富野のにやけた顔なんかな。」
え？それって．．．課長、気がついてたんだろうか？あたしの気持ちに．．．
「中上さん、ありがとう。その節は色々お世話になったのに、すみませんでした。」
「いえ、いいんですよ。こうやってまたお手伝いできるんならね。それにこういうの、この工藤が最近得意なんですよ。花嫁さんのお友だち方にも評判なんですよ？」
工藤さんが頭下げてるのがわかるけど、見えない。話しも見えなければ顔もちゃんと見えない。
「ありがとう、じゃあ、行こうか。」
挨拶を済ませて立ち去ろうとする課長。でも．．．
「あ、歩けません．．．本宮課長、あのっ．．．」
見えないのですごく不安定で．．．そうしたら課長が腕を差し出した。掴まれってこと？？
うわぁ、課長と腕くんで歩くなんて．．．っていうかあたしこんな経験すらない？
真っ赤になりそうなのを取りあえず押さえて平気な振りをするけれども．．．
「杉原、おまえって結構鈍くさいんだな。俺は役得だけどな。」
何度も躓きかけるあたしを支えながら課長が呆れた。腕はとうに解かれ、その代わりに課長の腕があたしの腰に回って支えてる。
「すみません、悪かったですねっ！」
開き直るあたしに、またくっくっと笑い声が漏れ聞こえる。本宮課長って、こんな冗談好きだったの？


「杉原、この先に富野が立ってるぞ。いけるか？」
いけるかの意味を考えるのが怖いけど、あたしは頷く。
「富野、おめでとう。」
課長が先に声を掛けた。あたしは取りあえず目の前まで連れていって貰わないとわからない。３人ほどいるけどどれが富野なのか．．．たぶん和装の袴着てるのがそうなんだろう。七五三みたい．．．
「本宮課長、本日はお越し頂いてありがとうございます。あの、お連れ様ですか？」
え、わからないの？あたしなのに．．．
「何言ってるんだ、杉原だ。」
あたしは一歩近づいて、なんとか表情の読み取れる距離まで近づく。
「す、杉原？？」
「う、うん、富野、おめでとう。その、眼鏡がなくてよく見えないんだけど．．．」
「あ、ありがと．．．って見違えるな、おまえもそういう恰好してると。」
「勝も似合ってるね、その紋付き袴。馬子にも衣装？」
「へえ、なんだ杉原だったのか、うん、似合ってるね〜そのドレス。それに比べて富野なんて七五三だよな？」
声でわかった。すごいだみ声は長瀬、もう一人は清野だったんだ。
「長瀬と清野？久しぶりだね〜元気だった？」
「おう、なんだ、こっちの席は女おまえだけだってな、酌して回れよなっ。」
背の低い清野が突っついてくる。
「すまないが、杉原は今日眼鏡を壊してしまってね、歩くのも危ないんだ。被害が出ないように取りあえずこっちで保護しておくよ。」
またすっと隣に並んだ課長があたしの腰に手を置くとそっと自分の方に引き寄せた。
うわぁ、エスコートされてるって感じ．．．
「それじゃ先に会場にお邪魔してるよ。」
そう言い残してあたしをその場から遠ざけた。


「くっくっ、富野も、その友人達も驚いた顔してたなぁ。総務課の子達も．．．部長はまだわかってないけどね。」
「案外冗談好きって言うか、いたずら好きなんですね、本宮課長って．．．」
披露宴が滞りなく終わって、二次会の会場に移動中だった。
よく見えなかった分、あんまりめそめそも出来なかったし、料理はそこそこおいしくってぱくついてたら、課長がコレも食べろって自分の分まで出してくる。あたしって結構食べる方なので遠慮なく頂いた。酔いもほどよく回って、歩くその腰に課長の手が添えられて、まるで恋人同士のように歩いてるのすら心地よかった。あ、もしかしたら、噂になっちゃうかも．．．課長の奥様、ごめんなさい〜ってね。
なんだかいつもと気分が違った。いつもと違う自分、自信すら湧いてくる。
二次会でもそこそこ飲んだあたしはちょっと足元も危なかったけれども、気分は最高だった。
『眼鏡取られると、雰囲気変わられるんですね。』って麻里ちゃんにも言われちゃったわ。
あはは、気分いい！
でも、眠い．．．
眠い．．．