クリスマス企画第2弾

Last of chance

〜クリスマスを過ぎても〜
12月22日

まさか...
生憎と、来客用のスペースは埋まってしまっていた。
仕方なくマンションの裏手のスペースに車を止めた課長はココで休むと言い張った。
「わかりました。わたしの部屋でよかったら...その代わり部屋なんて余分にないですから、リビングのソファしか空いてませんよ。」
「ああ、それとシャワー借りれたら十分だよ。助かる、杉原。けど、本当にいいのか?」
今更...結構強引だったくせにと思いながらも、課長のことだから男性の部下にもこんな感じなんだろうと思った。
「はいはい、課長を信用してますし、今ココで本宮課長が風邪でも引いたらプレゼンの準備一人でしなきゃなんないんですよね?部下としては当然だと思いますので。」
「...そうか?俺は助かるが。」
ほら、やっぱりあたしは対象外じゃない?

対象外、その気にならない女。あたしなんてずーっとそう思われ続けて28年。長すぎっ!
バージン...捨てようと思ったことは何度もあった。こんなやっかいなモノ。
男を知らないってだけでどうだって言うんだろう?男性と対等にやってるあたしがそうだなんて誰もそう思ってなくて、聞かれたことすらない。ましてや猥談で顔を赤らめたこともない。
かわいげのない女。
何度もそう囁かれたのだって知ってる。だけど仕事で全部返してきた。
今夜...もしかしてって、気持ちはほんの少しだけどあったんだ。
馬鹿みたいな考えだけどね。だって課長のように割り切った大人なら後腐れないだろうし、家庭があればどちらもなにも求めないだろうって。この場だけで、そう言うことになっても、翌朝平気な顔してまた仕事が出来る人だと思うから。
頼めば...なんてね。
たぶん課長のことは嫌いじゃないんだとは思うんだけど、でもやっぱり不倫なんて駄目だよね。テレビドラマでも、あの不倫ものが一番嫌いなんだよね。相手の家庭を壊すようなことはするもんじゃない。本気になっても辛いだけだしね...
ま、甘いことも考えていたけれども、向こうにだって好みや都合があるよね?それが事実。
ああ、また自分が恥ずかしくなる。
あたしが思考を飛ばしてるのを迷惑してると取ったんだろうか、遠慮がちに課長が声をかけてきた。
「困るんだったら、シャワーを借りたあと車に戻ってもいいが?」
「いえ、そんなことしたら余計に風邪引きます。」
「そうか...すまないな。」
わたしはバスタオルを課長に渡してバスルームに案内した。落ち着いて慣れた振り。実際部屋に異性が泊まるのは大学の友人達集団以来で、二人っきりなんて初めてで...
「あの、着替えとかは...」
「ああ、いつも車に積んであるんだ。」
ほらと、課長は持っていた包みを見せてくれた。忙しい男ならではだよね?
「そうですか、さすがですね。差し支えなかったら洗濯しましょうか?」
「いや、それは構わない。持って帰るよ。」
そだよね、奥さんが変に勘ぐっても申し訳ないよね。やましいことがない分余計にだ。いらぬことを言ってしまった自分に嫌悪を感じた。まるで愛人のような台詞...あたしはただの部下でしかないのに...

本当に疲れていたんだろう。
シャワーと言っていたが湯船を張ってゆっくり浸かって貰った。上気した顔でバスルームから出てきた課長にソファを示し、そこにビールを1本置いておいたら、あたしが上がったときにはキレイに飲み干して毛布にくるまってもう寝息をかいていた。
ソファの側でビール缶を片づけようと近づいた時、不意に課長の寝顔が目に入った。
「きれいな顔...」
男の人の寝顔なんて見たことがなかった。酔って寝こけただらしのない顔は友人どもで見慣れているけれども、こうやってすやすやと穏やかな寝顔なんて初めてだった。
「意外と若く見えるんだ...髪下ろすと。」
いつもは整髪剤できっちりセットされた髪が額にかかって、歳以上に彼を若く見せていた。
「あたしの部屋に男性が泊まるなんて、金輪際ないかもね。」
考えて見るとおかしかった。こんなシュチュエーションあり得ないのだから...あたしは思わず笑ってしまった。不思議と静かで、落ち着いた気持ち。少しは気を張ってたんだろうね、あたしも...要らぬ気苦労だったけれども。
そう言えば本宮課長は若い頃からモテて、結婚されたときには社内でかなり衝撃だったって聞いたことがある。髪を下ろしただけでこれじゃ、モテたのは間違いないよね。
噂では、いきなりのお見合いで、6ヶ月後には挙式とはさすがに何事も素早いと噂されたらしい。それまでは社内で女っ気のなかった出世頭のいきなりの結婚だったと先輩がひどく愚痴っていたっけ?そっか、見合いかぁ...
「あたしも、見合いでもすればすんなり決まっちゃうのかなぁ...」
あたしは手にしたもう一枚の毛布を課長に掛けると、自分の部屋に戻って眠りについた。



『馬鹿だな、おまえはなにを怖がってるんだ?』
「なにも...怖くなんかない。」
聞いたことのある声だけど誰かはわからない...勝じゃないのは確か...
『ならなぜそんなに身体を硬くする?』
「それは...」
『その歳でまさか初めてでもあるまい?』
あたしは応えられない。身体が硬くなる...
夢の中で伸ばされた男性の腕を前にして、あたしはひたすら強ばる身体を動かそうともがくけれども、動けない。向こうからぐぐっと近づいてくる。
「いや...」
『なにが嫌だ?見合いで結婚してもやることは同じだ、さあ...』
顔のない男の手がのびてくる。あたしをつかみ取ろうと...
「いやっ!」
「杉原...?」
「えっ?」
目を覚ました先に本宮課長の顔があった。
「なにをうなされてたんだ?しかし不用心だな、おまえは...いくら俺を信用してるからと言って、部屋の鍵ぐらい掛けろよ。」
呆れた調子で言われたけど、課長、顔近すぎ...あたしノーメークなのにっ!
「あっ、あのっ、すみません...」
「杉原、もう8時なんだが...急がないと会社に遅れる。残念だな、もう少し早く目が覚めてたら、朝食でもごちそうにでもなれたんじゃないのか?」
「ひぇっ!!」
目覚ましを止めて眠っていたらしかった。課長もさっき起きたらしく、スラックスだけ履いて、昨日のままの髪型であたしをのぞき込んでいた。
「あの、あのっ、すみません...コ、コーヒーぐらいなら...」
「杉原は化粧とか準備があるだろう?俺がやるよ。場所だけ教えてくれ。」
お言葉に甘えた。はっきり言ってこのままじゃ時間がない。遅刻する!せめて15分の電車に乗ればぎりぎりなのに...焦るほどストッキングが引っかかってうまく履けない。
目が覚めたとき、目の前に課長の顔があって...びっくりしたけど、心配そうに見ていてくれるその目をみてなぜだか安心した。誰かに朝起こされたのなんて久しぶりな気もするな。
課長って、優しい人なのかもしれない。家庭を顧みないオニだなんて言ってたの、申し訳ないかも...
でも実際今日も顧みてないんだものね。しかたがないよね?
急いでスーツを着て化粧して、ダイニングへ向かうとコーヒーのいい香りが広まっていた。
慣れた手つきでコーヒーメーカーから注いだコーヒーを手渡された。
あたしは朝の光の中佇む無、白いシャツにネクタイをしていない課長にしばし見とれていた。まるで喫茶店の小粋なマスターのように優雅な手つきで続いて自分の分のコーヒーを注ぐ。すごく様になりすぎてて唖然とする。
「あの、なれてらっしゃるんですね...」
「ああ、叔父が喫茶店をやっててね、たまに店番してたから。」
折り曲げたワイシャツの袖口から見える焼けた筋肉質の腕、柔らかい髪型の分、ずいぶんと課長が優しく見える。
「さあ、飲んだら早くでよう。車だとまだ間に合うはずだ。」
「いえ、とんでもない!あたしは電車で行きますから、課長は先にでてください。」
あたしはカップを急いで流しに置くと、そのまま鞄を肩に掛けた。
「わたしだけ先に会社に着いても、杉原が居なけりゃ仕事にならんだろう?」
そういって課長はあたしを車まで腕を掴んだままつれていき、押し込んだ。やっぱり強引?

「あの、会社の近くで降ろしてください。」
「なんだ、気にするのか?まあ、いいだろう。」
気にしますって、何言われるか...見られたら不倫決定だし。あたし達がただの上司と部下だっていうのはたぶん企画部のみんな以外は信じてくれないだろうしね。
「なあ、杉原。あの部屋に掛けてあった黒のスーツ、まさかアレを富野の披露宴に着ていくつもりじゃないだろうな?」
朝部屋に入った時に見たのだろう。壁に掛けていたフォーマルスーツ...ジャケットに長めのタイトドレス。胸元が少し開くのでパールのネックレスをすればいいと思っていた。
「あの、いけませんか?」
「まるで葬式だな...おまえ、もっとまともなの持ってないのか?」
「う、わ、悪かったですねっ!まともじゃなくて...」
あたしは文句をつけられたことに少し口を尖らせた。それに、おまえって、課長...?
少し睨むと、あたしの方を見ておかしそうにくっくっと、課長がまた笑った。


「よし、これでいいな。」
会議室で最後のチェックを終えたあと、課長のOKを貰ってあたしはほっと息をついた。
これであとは発表するだけだ。
「今夜は早じまいだな。明日の準備もあるし。杉原、明日の朝はマンションまで迎えに行ってやるから待ってろよ。」
「えっ?い、いいです、あたし自分で行きます!」
「俺にあの部長の相手をしてろって言うのか?昨日泊めて貰ったお礼だし、遠慮するな。どうせ一人で来るつもりだったんだろう?うちの女子社員は総務課ばかりでうちからはおまえだけらしいからな。富野もその辺りもうちょっと気配りできんのかな、あいつは...」
そりゃそうだわ...接待だなんて言われなかったら、たぶん何らかの理由つけて断っていたはず。おまけにプレゼンがずれたのがもっと早くわかっていたら、その時点でもきっちり断れたのに。
でもなんで課長が迎えに来るのよ...?
「今から2時間のドライブか...ま、葬式用は積んでるが結婚式用は積んでないからなぁ。さすがに今夜はいったん帰るしかないか。」
なんだかすっごく帰りたくなさそうに見えるのは気のせい?ちらっとあたしの方を見たって知りませんよ。
「あの、お疲れ様です。気をつけて運転してお帰り下さいね。」
「...用意さえしてたら、杉原のとこでゆっくり出来るのにな。披露宴は会社のすぐ近くのホテルだろう?帰るのが面倒だ。」
「また冗談を...マイホームが遠いって大変ですね。」
「ああ、ほんとに...妻の実家が近いからってそっちに建てたんだが失敗したな。ったく、今日は騒音なしか。」
「もう、うるさくてすみません!」
「あはは、まあしかたない。昨夜たっぷり寝かせて貰ったから帰る余力はあるさ。仕事も予定以上にスムーズに終わったしな。」
「あ、はい。ではあたしも電車の時間がありますので、お先に失礼致します。」
「ああ、じゃあ、明日な。」
あたしは一礼すると、急ぎ会議室を出た。
妻の実家か...
この数日一緒に仕事していて初めて妻という言葉が出た。

あたしはなにを考えていたんだろう...課長の時折見せる優しさは部下に対するものだけなのに、いつの間にか妙な期待を持っていたらしい。馬鹿みたい。片思いでも、理不尽な片思いだけはどうしようもないのに...
どうせなら課長のような人がいい。いつの間にか、そんな考えを持っていた自分が居た。
勝のことを振り切れずにいたのだって、ヤツを憎んだり出来なかっただけだと思っていた。
情が移ったの?...側にいるだけでって、あたしって節操なかったのかもしれないね。
本宮課長は言葉はきついけど、ちゃんとあたしの仕事を認めてくれている。仕事に対する意見も厳しいけど出来ないことをいってくるわけじゃない。意外と勝と一緒にやってたときより、一緒に作り上げたって感じが今回はした。勝は意外とこっちに頼って来るから、かなりペースを落とさないといけないことも多く、今回ほど課長と色んな意見出し合いながらまとめれたのってなかった。
さすが、企画部の切り札本宮課長、もう尊敬する以外にはない、コレはきっと尊敬の念。
女は選りすぐれた遺伝子を求めるって言うじゃない?きっとそこからきてるだけの感情だと思う。この心の片隅にある思いは、きっと...


自宅にたどり着いて、リビングのソファにばさっと横たわる。
あ...
課長のにおいがしたような気がした。昨夜ココで一晩横になっただけなのに...思わず大きく深呼吸する。
......はあ、馬鹿みたい。
すぐに立ち上がって、キッチンに向かって夕飯の用意をはじめる。コンビニで簡単に済ませられるけど、取りあえず料理らしきモノぐらいは作る。田舎料理ばかりだけれども、コレが一番安くつくんだもの。おみそ汁とご飯と煮物に漬け物。
「いただきます。」
そう言えば今朝はその前の椅子に課長が腰掛けていて、一緒にコーヒー飲んで...
あ、あれって、初のモーニングコーヒーっていうやつじゃなかった?
あはは、なにいってんだか...なんにもなかったのに。
あたしってやっぱり男に飢えてるんだろうか?男性がこの部屋に入ったのがこんなにも珍しいんだろうか?それとも一人が寂しい??
こんなこと今まで考えたことなんかなかったのに...
昨夜は平気な振りをするのが精一杯でちっとも気付かなかった。
あたしは...
きっと寂しいんだ。勝がいなくなるような気がして...ヤツの存在に甘えていたのはあたしの方。
あたしには、もう誰も、いないんだって...
つけただけのTVからはクリスマス仕様のCMが流れている。
画面の中の夜の街、きらびやかなイルミネーション、暖かな家庭、恋人達...共に過ごす人がいるって言うのは暖かいものなのだ。
去年は誰もいないと言って、勝や長瀬、清野、美和ら他の大学時代の友人を交えて馬鹿騒ぎしたっけ?今年はその仲間が一部披露宴には顔をだす。いわばあたしはヤツの友人と、同僚の顔つなぎってわけでもあった。でも今更、勝抜きで長瀬達にも声は掛けにくい...たとえ勝の結婚話を酒の肴にってのも出来そうにない。美和も今年の秋に結婚して、呼び出せないしなぁ。
一人で過ごすのかなぁ...これからもずっと?

ああ、変われるものなら変わってみたい。
変われるものなら...

         

さて連続更新始まってます。取りあえず書けてるのでUPできるかどうかがネック?
何時になるかはその日次第です。ごめんなさい〜