風花〜かざはな〜

番外編
〜妙・永久の想い〜


「目が覚められましたか?」

うつらうつらとした眠りから目を覚ます。

「竹村...ああ、少し眠っていたみたいね。今度の薬は酷く眠くなるわ。」
「そのようですね、けれども、お顔の色がよくなられた。最近は疼痛でお休みになれませんでしたから。」
「ええ、ずいぶんと、楽になったわ。」
「さすが、恭祐様が送ってくださるお薬は舶来の物でよく効きますね。最近は医療の分野にも力を入れてらっしゃるようで、頼もしい限りです。」
「そうね、立派になられたわ、恭祐様も、ゆき乃も...」
「さすが、お嬢様のお育てになられたお子らです。」
「お嬢様はやめてちょうだい。いい年したおばあさんよ?」
「いえ、私にはずっとお嬢様ですよ。」

優しく微笑みを注いでくれるこの男は、幼少の頃から側で育ち、私を影日向になり支えてくれた乳兄弟であった。
限りないその愛情が、私を求める物であったことも知ってはいる。

だけど...

家が傾き、父が大きな借財を残して命を絶った後、家の者や配下の者達を救えるのは私のこの身体しかなかった。
その選択が間違っていたとは思わない。あの心を凍らせたあの陵辱も、その後の仕打ちも、恨まずには居られなかったあの方の心の弱さを垣間見たときから、私はこの館を、あの方の側を離れることは出来なくなってしまったのだから。



「おまえが、俺を楽しませてくれるのか?」

館に上がり、最初の夜に差し出されたのは狂暴な目つきをした若様の寝所であった。

「それは無理でございます。」
「なに?」
「私は男女の交わりの経験はございませんので、どうすればよいのかなど、判るはずもございません。楽しませる、といったご趣向ならば、娼館にでも行かれた方がよろしいでしょう。」
「おもしろい女だな。頭のいい女は嫌いではないが、抱いて鳴かせるのはそこそこ馬鹿な女の方がいいな。」

ニヤニヤと笑うその目は少しも楽しそうではなく、意地悪く私を見ているだけだった。
精悍な顔立ちは異様に整っており、その表情を除けば女はいくらでもよってきそうであった。

「では、ご用がないのでしたら失礼してよろしいでしょうか?」
「それは困る。」

その腕が私を捕らえ、寝所の床に組み敷いた。

「据え膳を喰い残さないのが私の主義だ。このまま帰しても、おまえは私の父にいいようにされるだけだぞ?まだ私の方が若いだけマシだろ?」

お館様は既に50を越えた方で、確かに若様の元に差し出すと奥方様が仰られたときも随分と残念そうな顔をされていた。無類の女性好きだと聞いている。
私のうえに乗ったままシャツを脱ぎ側に放る。
たくましい胸板、若いその身体の美しさは、今からされようとしていることを一瞬忘れさせるほどの威力があった。



「いやぁぁあ!!」
強引だった。
引きちぎられる衣服、わしづかみにされる身体、押し開かれ、引き裂かれる身体
覚悟はしていても、涙は止まらない。

「いや、いやっ」
「ははは、やはり処女はキツイな、たまらんよ、その脅えた顔も、恐怖に震える声も」
「うぐっ、」

唇を塞がれ、唾液を流し込まれ、男の身体という物をたっぷりと味合わされた。

「ふはは、まだだ、これからだ。」

血を流す身体を、何度も、貫かれた。

「ああ、くそっ...し...の」

時々譫言のように聞こえた若様の言葉は、たしかに『志乃』と女の名前を呼んでいた。



志乃という名の持ち主はすぐに判った。
以前ここの使用人で、今は母親と共に姿を消した美しい女性で、玄蔵様の思い人だったそうだ。
私はその後、お館様の命で、そっとその方の母親と連絡を取る役を仰せつかることになった。
儚げな、綺麗な人だった。その時胸が痛んだ理由もわからずに、その親子がわびしい漁師村に暮らすわけなど知るよしもなかった。


「今日は逆らわないのか?」

数度目のしとねの中、私は目を閉じて横たわっていた。

「私はその為に買われた女です。いつまでも泣き叫ぶの疲れます。それとも嫌がった方がどなたかの代わりになりますか?」
「なっ!!...くそっ」

一瞬、信じられ得ないほど驚愕した表情を見せた後、玄蔵様は私の元を離れられた。

「もう、いい。おまえは、頭がよすぎる。そんな女は抱くのにはむかん。」

それ以来、私には手をつけられなくなった。
その代わりに与えられたのが玄蔵様の身の回りの世話で、女との後始末から何から何まで、私の前ではまるで体裁を整えない姿には驚いた。もしかして、信用されているのだろうかと思うと、不思議と嬉しかった。


「玄蔵様...こんな、外で、飲まれているのですか?」
「おまえか、今日は最悪の日だ。婚約だと、この私と婚姻してもよいとはなかなか大した玉だとは思わないか?女癖の悪さは館の外にまで広がっていると言うのにな!」
「相当酔ってらっしゃいますね。」
「酔ってなどおらぬ!おい、鉄面皮ばかりつけて居らず、たまには付き合え!」

杯を出されたので黙って受け取り一気にあおる。

「ほう、イイ飲みっぷりだ。」

何度も杯を重ね、玄蔵様はしたたかに酔われていた。

「無茶はなさいますと身体に毒ですよ、玄蔵様...」

不思議と声色が優しくなる自分に気がついた。わたしは、この方を恨んではいないのだと...

「...志乃」
「玄蔵様...あっ」

引き寄せられ、口付けされた。その甘さに驚く...

「志乃、志乃...」
「あっ、玄蔵様...あ...あぁぁ...」

優しい、熱い愛撫だった。
何度も昇り、受け入れた頃には身体を濡らし、歓喜の声すらあげていたと思う。

「志乃、志乃、おまえが、いい...おまえじゃなければ...し...の...」

私の中で果てた後、気を失うように眠られた玄蔵様を胸に抱いたまま、私は涙した。
その涙が彼を思って泣いた物なのか、自分を哀れんで泣いたのか、その時の私には判らなかった。




自分の気持ちに気がついたのは、お館様に無理矢理犯された時だった。

「玄蔵は、もうそなたは抱いて居らんのだろう?だったら...よいではないか、ああ、若い、まだ硬いこのからだ、久しぶりに身体が滾るわ。」
「おやめ下さいませ、お館様、あぁ、いや...」

それでも、一度玄蔵様に目覚めさせられたこの身体は易々とお館様を迎え入れてしまう。

「ああ、よいぞ、よいぞ」
「うっ...あぁ...」

身体とは別に、心が拒否する。玄蔵様ではない男を拒否する。
あれ以来、目覚めたときに、私の胸の中にいた事に気付いて、真っ赤になって怒って出て行ってしまわれてからは。一切手を出されなくなった。それがこれほど寂しいことだと、思っていても顔に出さない、私はそんな女だった。

「ああ、久しぶりに、よかったよ。」

何度目かの行為の後、奥様が部屋にやってこられた。

「奥様、あの...」
「あの人も、いい年して...」
「あの、」
「いいのよ、さすがにもう子は為せないでしょうから。それでも、子はいけませんよ。争いの種になります。それだけは許しませんから。」
「奥様...」
「もう、私も疲れました。あの人の女癖の悪さに気を立てるのも。おまえなら事を踏まえられるでしょう。余所に行かぬように、頼みましたよ。」

奥方が唯一許された夫の妾が私だけだったと、後ほど聞かされた。
もう、お歳で、それ以降はそんなに手を出されなかったことが救いだった。
けれども、玄蔵様が奥様を迎えられても、奥様にろくに見向きもされなかった事が気がかりだった。数度寝室を友にされてからは、また他の女性を召されたりを繰り返され、奥様が怒って実家にしばらく帰られても、その素行は全く直されなかった。

「玄蔵様、このまま奥様が帰ってこられなかったら、どうなさるおつもりですか。」
「うるさい。あんな女、いらぬ。馬鹿で、気位だけ高く、きいきいとわめいて溜まらぬわ。おまえのような女を捜すべきだった。」
「え?」
「いや、おまえのような女は、館を任すにはちょうどいいということだ。あの女は飾りにしかならん。その飾りでも無ければまたうるさいか...明日迎えに行く。連絡しておけ。」
「はい、かしこまりました。」

私を認めてくださっているのが嬉しかった。それだけでもやっていけると思えた。



奥様がお帰りになられてから、3日三晩、玄蔵様と奥様は寝所に籠もられて、その後奥様は懐妊され、実家に戻ってご出産された。綺麗な男の子であった。
そのあたりから、玄蔵様のお顔が変わられた。優しいお顔になられたかと思えば険しい顔をされた。
その理由は、お館様のご用で志乃さんの所に出向いたときにわかった。
玄蔵様は志乃を見つけ出していたのだ。そして、そのことを奥様に知られてしまった。
そして...奥様が志乃さんにしむけたむごい仕打ち、他の男に散々犯させ、志乃さんは心を壊しかけていた。だけど本人から聞かされた事実、志乃さんは玄蔵様のお子を身籠もられたという。

このままでは危なかった。

わたしはそっと、竹村と連絡を取り、彼女を匿い、無事出産させた。その後、元居た漁師町から母親ごと余所に移してわからなくさせた。ほとんどが自分の判断でもあった。
お館様が亡くなり、玄蔵様が新しいお館様になられた後も、私だけが志乃さんの居場所を知り、亡くなったことも押し隠し、その娘の存在を守り続けた。
けれども、志乃の祖母が亡くなったと庄屋から連絡をもらったときは、さすがに知らせないわけにはいかず、お館様に連絡して志乃の祖母の遺言通り引き取らせて頂こうとしていた。ゆき乃が誰の子かも知らせないまま...

まさか、ご自分で迎えに行かれるとは思っていなかった。
玄蔵様は一人の小さな娘を連れ帰り私に託された。
その時、その子の小さな手をお館様が握られ居たのには驚いた。実の息子の手ですら握らない、抱き上げもしない方だった。
奥様似の綺麗な顔立ちはしていたものの、どちらにも似ても似つかぬほどお優しい恭祐様は、母の愛も父の手も目の前にしながら与えられずに育たれた。
つい不憫に思いながら、厳しい言葉以外にも愛情を注いでしまいそうになる自分が怖かった。
それは連れてこられた娘、ゆき乃対してもそうだった。
可愛らしかった。
おふたりとも、お優しく、心温かくお育ちになった。一線は引いていたものの、ついおふたりへの愛情はこぼれてしまう。
私は、ふたりが自分の子のように可愛くてしょうがなかったのだ。

そのふたりが、実の異母兄弟である事実は私だけが知っていた。
ふたりの間に生まれる淡い感情を恐れながらも、もっと恐ろしいお館様のゆき乃を見る目が怖かった。
志乃さんに、成長するほど似てくるゆき乃に対するお館様の目は普通ではなかった。
ご自分の子であると告げて予防線を張ったものの、恭祐様やゆき乃にどう伝えるべきか悩んだ。
ゆき乃にはお館様から告げられたが、恭祐様にはゆき乃自身から告げることになってしまった。
ふたりは既に想い合っていたというのに...
私にはもう見守るしかなく、真実を告げた後も、身体が弱り行く中ひたすら祈ることしかできなかった。
ふたりの幸せを...



けれども、事実は思もつかぬ所に存在した。
まさか、恭祐様が玄蔵様のお子ではなかったとは...
玄蔵様は薄々その違和感は感じておられたようだった。だからこそ、ゆき乃との血縁関係も怪しんでおられたのだ。
それが全てではないが、私の愛しい子らが幸せになれると思うと、もう思い残すことはなかった。


「竹村...あとを、よろしくね。私の、あの子達を...」
「はい、お嬢様。」
「お嬢様はやめてと言ったでしょう?」
「私にはいつまでもお嬢様です。」
「...ありがとう、竹村。おまえが居たから...」
「お嬢様?またお眠りになられたのですか?今日はもうすぐゆき乃様がいらっしゃいますよ。それまで眠られるとよろしいです。......お嬢様?」

ああ、声が遠くなる。
身体が重いわ。
でもね、心は軽いの。
『妙、おまえには無茶ばかり言ってきた。もうしばらく元気でいろよ』
先日、玄蔵様がそう仰ってくださったのよ。

あの方も、丸くなられたわ。
今はその贖罪を奥様に費やしておられる。

ああ、寒いわ...窓を閉めて頂戴。

温かくなったわ。

ありがとう、

竹村...



      

3話目、妙です。一番書きたかったカモです。
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