風花〜かざはな〜

番外編
〜漢・竹村、一筋の想い〜

妙様が宮之原から出ない理由を私は知っていた。
だが、それを言及することは一度もなかった。私は妙様に仕えるもの、口出しすべき事など何もない。だから、一度でいいから、妙様を自分のモノにしたいと願う劣悪な男の欲望もすべて飲み込んで、ひたすらお仕えしてきたのだ。


妙様は私の両親がお仕えしていた館のお嬢様だった。
父が執事、母が乳母をしていた関係で、私や私の姉弟はお嬢様とは乳兄弟として育ち、一家揃ってお仕えしていた。お嬢様はそれは美しく聡明にお育ちになられた。必死に勉強し、旦那様の支援で大学まで進ませて戴き、旦那様の仕事も手伝いながら妙様の勉学を見させて頂くのが私の仕事であった。

「竹村、おまえはここをでたいと思ったことはないの?」
「はい、私どもは、ここで一生お仕えする覚悟でございます。」

その言葉に偽りはなかった。一人娘であるお嬢様のお側で、将来伴侶を迎えられても、お仕えする覚悟は出来ていた。
醜い欲望は娼館で吐き出せば済むことだった。お嬢様には触れてはならない、そしてそう見せない隙のなさをお持ちだった。尊敬していたのだ、その凛とした気性も、不器用なほど厳しい優しさも。

「わたしも、一生こうやって文学を愛でて暮らしてゆけたらと思うわ。誰かの妻となり、その人間関係に振り回されるのはいやだわ。」

どこの大きな屋敷にもありがちだったが、旦那様には妾が一人、外に邸を宛われている。それをよく思わない奥様の苛立ちはお嬢様にも降りかかっているのだろう。
お嬢様が誰の妻にもならぬ、それが叶えばどれほど嬉しいか。だが実際、旦那様のお仕事を手伝わせて戴いてる私には、それが不可能だと判っていた。事業の悪化は目に見えていた。こうなれば娘の婚姻で企業提携を作り、融資の増大をはかるしかないと思われた。なにせ、旦那様は生来商いには不向きな大棚のおぼっちゃんだ。部下には恵まれず、そのため私を大学にまでやって、片腕として育てようとなさっていたが、それも時既に遅し、間に合わなかった。


「すまない」

そう言い残して、巨額の借金を残して旦那様は自害なさった。
奥様は既に臥せっておられた。妾はとうに姿を消していた。
残ったのは借金と、使用人は執事をしていた私たち一家のみだった。
しかしその邸も全て借金の返済のために転売され、お嬢様も...

「さるお方が、若くて教養のある女性を求められている。」

それはお嬢様の身体と引き替えに借金を肩代わりし、その人のモノになるという事実だった。

「わかりました。」

お嬢様は黙ってその事実を受け止められた。
元々は宮家の血をも引く宮之原という家にお嬢様は売られていった。
財閥として、事業も手広く広げ、一人息子がいるという。
凛とした態度でお嬢様は受け入れられ、その館に向かわれた。
その当時の私には、何も出来ることはなかった。。


そののち、私は新崎という男に拾われた。
やけになって暴れ回っているところを取り押さえられ、奇妙な約束を取り付けてしまったのだ。

「おぬしは何が欲しい?」
「......」
「その欲しいモノを手に入れるために。その手を汚さねばならないとしたら、おぬしはどうする?」

お嬢様はその身体を汚された。その身体で全ての借金を背負われた。
どこにお出ししても恥ずかしくないほど、美しく聡明でなあのお方が、あの様な扱いを受けて...

「どんな手でも使いましょう。それが私に出来る最前の策ならば。私は、欲しい物を取り返せる力が欲しゅうございます。」
「気に入った、おぬし私の元で働くがよい。そして力をつけて欲しいモノを奪いにゆけばよい。」

新崎は裏社会で顔を利かす組織の頭領であった。その仕事は様々で人に言えないような仕事も、修羅場も数多かった。だが私はがむしゃらに進むだけだ。時には頭を使い、時には腕ずくで...いつの間にか私は新崎の片腕となり、代替わりした時も、その息子の補佐につくほどの信頼を得た。
だけど、妙様は私を必要とはしてくださらなかった。

私は新崎の元で働くことになったことを妙様に伝え、宮之原を出ることを薦めたた。乳母であった母と執事であった父はいまでも私の実家に居るから、帰ってこられないかと。借金など私が全部返してみるからと願い出たが却下された。

「なぜですか??」
「帰ったところでわたしのなすべき事は何もないのよ。」
母には、妙様を私の妻として迎えたいと話していた。
「わたしの身体は既に汚れています。けれどもうその心配はなく、ここでする仕事を戴きました。ですからわたしは、その仕事をやっていこうと思います。」

聡明なお嬢様は、その苦境の中から自分がなすべき事を自分で見つけたと申された。
だがそれは、お嬢様にとって、ただの言い訳でしかなかったのかも知れない。

お嬢様がその身体を捧げられたのは、まだ未婚の子息の方だったという。しかしすぐにその所有権は父親の館の主に移り、亡くなられた後、お嬢様は仕事を得られた。
数年後、お嬢様からら連絡をいただくまで、私は彼女の存在を忘れるかの如く、暇なくしゃかりきになって働いていた。

「すまないけれど、この方を預かって欲しいの。」

儚げな美しい女性だった。明らかに妊娠しており、出産まで面倒見て欲しいとのことだった。
私は忙しかったので父と母に任せっぱなしだったが、出産した後またお嬢様に連れられて出て行かれた。
それから、新崎の駒として動き続けながらも、その女性の娘ゆき乃と、妙様の館に生まれた跡取り息子の恭祐のふたりを、妙様のたっての願いで見守り続けた。


「竹村はなぜお嫁さんをもらわないの?」
「もらわないのー?」
新崎の息子と娘達は不思議と私に懐いてくれた。
「必要ないからですよ。」
「好きな人がいるって、お父様が言ってたよ。」
「いてったー」
「そうですね、けれども私の片思いなのですよ。」
「その人は結婚してるの?」
「してるのー?」
「いえ、されてませんよ。けれどもね、わが子同様可愛がられているお子がふたりいらっしゃるのですよ。そうですね、男の子は綾女様よりいくつか下ですし、女の子はまだお小さいですよ。」
「昨日見に行ってたんでしょ?教えてよ!」
「おしえてー」
新崎の家系は裏家業もあるので、皆と一緒に学校へ通えるわけでもなく、家庭教師について勉強なさっていた。さすがに高等部からは私立の名門校へ進まれたが、まさかそこで綾女様が恭祐様と繋がりを持たれるとは思っても見なかった。
「興味があったのよ。竹村が気にかけてる男の子がどんな風に育ったのか。おもしろいわ、すごく。」
家業のせいか、早くから裏社会を教え込まれた達郎様と綾女様は、男女の理も早くに知り、世の中の不条理も全て見せられてきた。汚れを理解し、そしてその中で道を見つける。私も色んな場面におふたりをお連れした。
数年後、達郎様は立派な新崎の跡取りに、綾女様はその美しさで社交界の裏を牛耳りその両面から名実共に手に入れ、新崎の名前を確固たるモノにしていった。
妙様が可愛がっておられたゆき乃さんが攫われたとき、恭祐さんは再び新崎の力をお借りになった。
不思議と恭祐さんを気に入られていた達郎様はおもしろがって手を貸し、その後妙様のもとに戻りたいと願い出た私の望みを受け入れてくださって、現在宮之原の執事としてお館に居るわけだ。
おかげで、妙様の最後も見とれたし、私の実家のお墓に入ることを申し出られたときは驚いたが、それが妙様なりの私へのご配慮だったのだと思う。
『おまえの側が一番安らぐわ』
だから一緒のお墓がいいわねと、妙様らしくない、少し照れたような声でそう仰って頂けたときは、返事も出来ぬほど嬉しくて、年甲斐もなく泣きそうになってしまったほどだった。
その後、気にかけていらしたお館様とその奥様が亡くなるまで館を守ることもできた。

そして...
「じぃー」
「はい。」
「だー」
恭祐様とゆき乃様のお子様もみさせていただくことが出来、まるで家族のように扱って頂いているのだから、これを幸せといわずになんと言おう。
「まあ、慎祐は竹村の爺が大好きなのね?」
見かけは厳つい私に、満面の笑顔で歩み寄ってくる幼い笑顔に癒される。
「ありがとうございます。」
「まあ、それはこちらが言うことだわ。」
私にとっても家族同然と仰る、ゆき乃様の優しい言葉に感謝する。
「そうだよ、竹村が居なかったら、僕らはこんなに楽は出来ない。」
恭祐様も、ゆき乃様も、妙様が慈しみ育てたお子達がこのように立派な親となって、また愛しい子供達を育まれてゆく。

お嬢様。普通なら歪んでも仕方のない館の中で、あなたの愛は紛れもなくお二人を導き、守り、慈しんでこられた。ふたりの中にお嬢様の愛は生きていらっしゃるのですね。
きっと、お嬢様もこの様子をご覧になって喜んでいらっしゃるでしょう。
私は、もう少し長生きさせて頂きますよ。あなたの分まで、この館を見守っていかなければなりませんからね。

ねえ、妙様...

      

2話目、竹村サイドから軽く〜〜
次回は妙です。
よかったらぷちっと
応援してやってくださいw